四十八日目……手配依頼所 Side:リマーラ
「おう、戻ったぞ。留守番頼んで悪かったな、ピィニ……っと、客か。これまた随分と別嬪な賞金稼ぎだな。どこの出身だ?」
男は手に持っていた白い布袋を裏口の脇に置き、白いものが混じるあご髭を撫でながらこちらに近づいてきた。
私の顔を見て、ピュゥと口笛を吹く。
不快に感じたが、それを表に出すことなく訊かれたことに答える。
「……マーレ=ボルジエだ」
「ほー、そりゃまた随分と遠くから来たもんだ。それで? 誰を捕まえたんだ? こんなところまで追いかけてきたんだ。余程の大物なんだろうなあ」
もう一度ピュゥ、と口笛を吹いて、男は少女の隣に並んだ。私の隣からは、ピキッ、と血管的な何かが切れる音がした。
確かにレヴァイア殿は、その、愛想が良さそうには見えないが、かと言って凶悪犯にも見えないと思うのだが……。私の認識がずれているのだろうか?
「お前ら、いい加減に――」
「い、いや違うんだ。そこの少女にも言ったが彼は賞金首ではない。手配書リストを見に来たわけでもない。情報を求めて来たのだ」
険悪な雰囲気になる前に事情を説明する。こんなところで要らぬ騒ぎを起こしたくはない。訊くことを訊いてさっさと……と、思ったのだが、情報が欲しいと言った瞬間、男の表情が変わった。
「へえ、情報をねえ。依頼所の人間なら親切に教えてくれるとでも思ったか? 残念だったな。ザーラグは他国からの船を受け入れてはいるが、住民全員が余所者に友好的ってわけじゃねえんだ」
「ヘルウェルさん、何でそんなこと――」
「お前は黙ってろ」
ヘルウェルと呼ばれた男は、声を上げた少女――ピィニだったか――を一睨みして黙らせる。
クルディアの人間の多くが他国の者を見下している。
だが、彼から感じるのは蔑みなどではなく、敵対感情だ。私たちを警戒……敵視している。
何故だ? 最初は私たちを客として見ていたはず。しかし、情報が欲しいと言ったことでこの男は態度を一変させた。
……過去に何かあったのだろうか。
ちらりと視線を横に動かすと、レヴァイア殿と眼が合った。私と同じく彼も戸惑っているらしい。
どうする? 諦めるか?
そう思いながら視線をヘルウェルに戻そうとしたところで、ピィニの姿が眼に入った。
体の前で両手をぎゅっと握りしめた彼女は、何か言いたそうに私たちとヘルウェルを交互に見ている。
ふむ、やはり彼の態度には何か理由があるらしい。
となると……こういうのはヒュリが得意としていることなんだが、やってみるしかないか。
「何か、あったのか。情報を貰いに来た他国の賞金稼ぎと」
「……なんだと?」
ヘルウェルの顔が一層険しくなる。
図星、か。
「もう二度と来るなと思ったか? あるいは殺してやりたいと思ったか? 何にせよ、さぞ不快な思いをしたのだろう。同情する。賞金稼ぎの中には、礼儀を知らぬ奴がいると聞くからな。だが、貴方に何があって、何を思ったのか、私には知らないし、知るつもりもない。私には関係のないことだからだ。私たちと貴方を不快にさせた人間との間には何の繋がりもない……私が言いたいことが分かるか、店主殿?」
「…………」
私を睨んだまま、ヘルウェルは黙り込んだ。
ヒュリならもっと上手く言えるのだろうが……。
「ねえ、ヘルウェルさん。この人たちは悪い人じゃないよ。あの人たちとは、違う……」
ピィニがヘルウェルの服を掴み、震える声で呟いた。
それから数呼吸の沈黙のあと……ヘルウェルは大きく息を吐き出した。ガシガシと頭を乱暴に掻き、反対の手でピィニの頭をポンポンと撫でる。
こちらに向けられた眼に、もう敵意は見られなかった。
「そうだな……お前たちには関係のないことだな。……悪かった。それで、何を知りたいんだ?」
「理解してくれて感謝する。私たちが訊きたいことは一つ。この町に地理や地名に詳しい人間はいないだろうか? それもクルディアだけではなく、大陸全土に詳しい人間だ」
「随分変わったことを知りたいんだな。地名……地名ねえ……そんなのに詳しい奴なんて…………そうか、あのばあさんなら……。おう、喜べ、思い当たる人間が一人いる」
「本当か。名は何と言う? どこに行けば会える?」
「メイダってばあさんだ。昔、城で大陸の歴史の研究をしてたらしい。家は……口では説明しにくいな。紙に書いてやるからちょっと待ってろ」
「ヘルウェルさん、私が案内するよ。メイダさんの家の辺りは細い道が入り組んでいて、すっごく迷いやすいもの」
掴んだままだった服を引っ張り、ピィニがヘルウェルを見上げる。ヘルウェルはひどく驚いた顔をした。
「ピィニ、分かってるのか。賞金稼ぎだぞ? 大丈夫なのか?」
「あれからもう二年だよ? 留守番だってちゃんと出来てるでしょ? それに、さっきも言ったけど、この人たちは悪い人じゃない。分かんないけど、分かるの。だから、大丈夫」
そう言って笑うピィニは可愛かった。二人の会話から察するに、彼女には何か辛い過去があるらしいのに、それを感じさせない陽光のように明るい笑顔。
この子は強い、そう思った。