四十八日目……港町ザーラグ Side:レヴァイア
「見えたぞ。あそこがザーラグだな」
「ああ、やっと着いた」
雪のない平原の向こうに広がる町。そしてその先にある海。遠くで群れになって飛んでいるのは海鳥だろうか。
三日間、馬を走らせ続け――もちろん最低限の休息は取ったが――ようやく港町ザーラグに着いた。
そう、ようやく、だ。
普通ならあの距離を三日で進めば、早かったと思うだろう。だが、焦っている――俺もリマーラも態度には出さなかったが――俺たちにとっては、ようやく、なのだ。
この町で手掛かりを得る。
リマーラに偉そうに言ったものの、本当に得られるのか……。
ヒュリの居場所を教えてくれた小動物――ナナは、あの夜以来目を覚まさない。いくら揺すっても、呼びかけても死んだように眠ったまま。アレが起きてくれればもっと情報が得られるのだが。
ゴクサイの森。
それがどこにあるのか……少なくとも場所の手掛かりを得られなければ手詰まりになってしまう。
そこまで考えたところで、知らず溜息が出た。
「どうされた? レヴァイア殿」
隣を走るリマーラが、端整な顔をこちらに向ける。
「いや、何でもない。……しかし、これだけ苦労させられているんだ。あいつに会ったらとことん文句を言ってやらなければな」
「……ええ、そうですね」
「高級酒も振る舞ってもらうとするか」
にやりと笑みを浮かべてリマーラを見れば、彼女も口の端を上げて「異議なし」と答えた。
冷たい風に潮の香りが入り混じる町に入った俺とリマーラは、まずヴィトニル国の地図を買い求めた。
すぐに人気のない路地裏に移動して、食い入るように地図を隅から隅まで見る。
しかし、ゴクサイの森の名はどこにもなかった。
「ない……」
「だが、ここで諦めるという選択肢はない。そうだろう、リマーラ? 残る可能性を調べるぞ」
「ゴクサイの森がどこかの森の別名という可能性……誰に訊けばいいだろうか」
「そうだな、国を越えて活動する賞金稼ぎなら地名にも詳しいだろう。一応、俺もそれに当てはまるがな。あとは、歴史研究家とか学者とか、書物に埋もれているような連中だろうな。ああいう知識をひけらかすような奴らと話すのは好きではないが、そうも言ってられん」
「分かった。では、手配依頼所に行くとしよう。あそこなら情報が集められるはずだ」
「よし」
次の行先を決めた俺たちは、地図を畳んで馬に跨った。
通りすがりの人間に手配依頼所の場所を訊き、馬を早足で歩かせる。
通りは人が多く、あちこちから威勢のいい声が聞こえてくる。活気があって人々の表情も明るい。これまでに通ってきた町や村とはかなり雰囲気が異なる。
他国との貿易が盛んなのが大きな理由だろう。だが、これでこそ町というもの。
自分たちは神に選ばれた民などと夢物語のようなことを妄信して、他国を遠ざけ、見下すなど愚かと言わず何と言えばいいのか。
人の価値は生まれによって決まるものではない。そいつがどう生きるかによって周囲が決めていくものだ。初めから固定されているわけでも、ましてや己で決めるものでもない。
だが、それが分からぬ連中のなんと多いことか。
もし本当に神などというものがいるのなら、何故そんな馬鹿な人間ばかりを創ったのか訊いてみたいものだ。
などとつまらないことを考えていたら、目的の手配依頼所に着いた。
「いらしゃいませー。賞金稼ぎの方ですか? 今依頼がきてる分はそちらに貼ってありまーす」
中に入ると若い女の声が俺たちを迎えた。受付を見ると、十五くらいの女……少女が立っていた。どことなく不機嫌そうだ。
依頼所にこんな若い人間がいるのは珍しい、というか初めてだ。大体は何らかの理由で引退した元賞金稼ぎがいるものなのだが。
リマーラはどう思っているのだろうかと視線を向ければ、彼女の表情は変わっていなかった。少し驚いたが、そういえばリマーラは賞金稼ぎになったばかりだったなと思い直した。
「すまない、依頼を受けに来たのではないのだ」
リマーラが受付に近づきながら言う。すると少女は、こてん、と首を横に傾けた。
「えー、じゃあ賞金の受け取りですかー? そっちの人が賞金首? 縄で縛ったりしてないけど大丈夫なんですかー?」
「なっ!?」
「…………ふっ」
隣で小さく噴き出す声が聞こえ、リマーラを睨みつける。が、彼女は、さっ、と視線を逸らした。
確かに俺は善人ではない。復讐に身を落としたし人も殺した。
だが、初対面の人間に賞金首扱いされるほどの悪人面ではないはずだ。
「困ったなー。ヘルウェルさんしか金庫開けられないのに。あ、金額調べるので名前と罪状教えてもらっていいですかー」
「いい加減に――」
「いや違うんだ。彼は賞金首ではない」
言葉に殺気を篭めたのに気付いたリマーラが、俺の言葉を遮ってやや早口に喋る。
「違うんですかー? じゃあ何のご用でしょうか?」
「情報を貰いに。君はこの町には詳しい?」
「うーん、どうでしょう。ザーラグに住んで、えっと、二年……くらいなんで、隅から隅までは知らないですねー」
「そうか。では――」
がちゃりと少女の背後にある扉が開き、外の光が差し込む。入ってきたのは髭を生やした四十くらいの男だった。