二日目……生理的にムリ
「誰か来たみたいよ。君たちのお友達かな……って、皆どうしたの?」
玄関の方に顔を向け、喋りながら顔を戻すとザンたちの表情が一変していた。
「今日はアイツが来る日だったんだ。いいかお前たち、何も話すなよ」
素早く立ち上がって廊下に出る扉に手をかけたザンが硬い表情で言い、三人が怯えと緊張の入り混じった顔で頷く。
明らかにただ事ではない。
「ナナ、警戒した方がいいかも」
「きゅ」
頷いたナナは机の上から私の肩に飛び移り、鋭い視線を扉に向けた。
廊下から聞こえてくる足音は二つ。どんどんこちらに近づいてくる。
どうするのだろうとザンを見ると、彼は勢いよく扉を開けて廊下に出た。ちょうどそこに、廊下を曲がってきた来訪者が姿を現す。
「っ!?」
声を出しそうになった私は、慌てて手で口を塞いだ。ナナを見ると彼女も同じように前足で口を塞いでいる。
うん、やっぱりそう反応するよね。
「床がぎしぎしうるさいよ。床板を張り替えたらどうなんだい」
来訪者の一人が胸を反らし気味に口を開く。
性別は男性。年齢はおそらく私より少し上。体型は中肉中背。顔は不細工でもなければ美形でもない。高価そうな服のセンスは悪くない。やや声が高いが、まあ許容の範囲だ。
一歩下がったところで影のように控えているもう一人は服装と雰囲気から執事だろう。空気と同化しているのかと思うほど存在感がない。
私とナナは何に驚いたのか。
――それは、髪だ。彼は金色の髪をぴっちりと分けていた。九一で。
七三なら別に珍しくないが、ここまで分け目が側頭部にある人間は初めて見た。どうしてそうなったのか。そこまでするなら、いっそ十〇にすればと言いたくなるのは多分私だけではないはずだ。
「そう思うんならテメエが変えりゃいいだろ。ここはアンタの所有物なんだから」
嫌悪感を露わに来訪者を睨むザン。よく笑わないで直視できるなと変なところで感心してしまう。
見慣れているからだろうか。
「ふん、相も変わらず口の汚い奴だな。僕のおかげでお前たちは路頭に迷わなくてすんでるんだよ? もっと敬意を払いたまえ」
九一男は不快そうに顔をしかめるが、いかんせん髪型がおかしいせいでシリアス感が皆無だ。
話の内容から察するにこの男が孤児院を所有しているようだが、善意からではないというのが言葉の端々からにじみ出ている。
「俺は頭が悪いから人の名前が覚えられねえんだ」
「これだから教養のない人間は嫌なんだよ。お前と話していたら僕まで馬鹿になりそうだ。彼女に今月分を早く持ってくるように言ってくれたまえ」
「悪いな、イリエラ先生は風邪で寝てるんだ。出直してくれよ」
「そうか、では見舞ってあげよう」
「結構だ。お前の顔見たら先生の具合がますます悪くなる。とっとと帰ってくれ」
廊下を進もうとした九一男の前にさっと移動して、ザンは彼の進路を塞ぐ。九一男は目を吊り上げて口を大きく開けた。怒鳴るつもりだったのだろう。だが、直前で思いとどまったらしく、彼はすっと感情を抑えた。
「……いいだろう、僕は具合の悪い女性に無理をさせる教育は受けていない。今日は失礼するよ。二日後にまた来る。そのときに用意していなかったら……どうなるか分かっているだろうね」
「俺たちをここから追い出すんだろ」
吐き捨てるようにザンは言う。
「分かっているならいい。帰るぞ」
九一男は満足げに頷くと、踵を返し廊下を曲がって去っていった。その後を執事風の男が背後霊のようについていく。
ばたん、と扉が閉まる音がすると、顔をこわばらせていたザンが大きく息を吐いた。
「家を継いだだけのクソ野郎がでかいツラしやがって」
「今のキモ……男性は誰なの? ここの持ち主みたいなこと言ってたけど」
気持ち悪いという言葉を飲み込んで訊ねる。ナナもあれはナイといった感じで首を横に振っていた。
「サキューズ・リーグエ男爵だよ、ヒュリさん」
悪態をつきながら席に戻り、がぶがぶとコップの水を飲み干すザンに変わってヴァルが答えてくれる。
ここの名称はリーグエ孤児院だから、やはり彼が経営者で正解のようだ。
それにしてもあの男は貴族だったのか……。身なりから裕福そうには見えたが、いいのか貴族があんな髪型で? いや、貴族だから許されるのか?
「なるほどね。それで、あの人は何を取りに来たの? 用意できなかったらここから出て行けみたいなことを言ってたけど」
「金だよ、金。ここに住む以上、それに見合うだけの金を払えって言うんだ、あのクソ野郎は」
「は? ここは孤児院だよね。何でお金を払わないといけないわけ? 逆でしょ」
孤児院の運営費を渡すのなら分かるが、何故賃料を払わなければならない? 孤児院は生きる場所を失ってしまった子供たちを救うための施設。子供たちの大切な“家”となる場所。であるのに、金を払え? 払えなければ出て行け? 一体何を考えているのだ、あの九一男は。
「あのね、ジアーニおじいちゃんがしんじゃったの。そしたらあのおじさんが来るようになったの。アイリーあの人きらい。だってあの人が来るとイリエラせんせいがかなしいかおになるの」
「ジアーニおじいちゃん?」
「一年前に亡くなった先代のリーグエ男爵のことです」
後ろから答えが返ってくる。驚いて振り返ってみると、いつの間にか開いたままの扉の前に女性が立っていた。