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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
始まりの国マーレ=ボルジエ
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一日目……これはナイ

 途中にある“*”は活動報告に載せているときに、そこで話を区切っているという印です。

「……は? …………あつっ!」


 私は眼の前に広がる光景に自分の眼を疑った。

 一面に広がるのは砂色の砂漠。空からは容赦のない日差しが降ってきて身体が蒸発しそうだ。


「え、夢? あれ? 何で?」


 確か……そう、確か私は商業ビルのエレベータに乗っていたはず。

 いつもは人がいっぱいなのに今日は私一人だけで、珍しいこともあるもんだなと漠然と思いながら数字の点滅が移動するのを眺めていた。

 そして、チン、という軽い音の後にエレベータの扉が開くと、目的の店があるフロアに足を踏み出した――のに、どうして私は外、それも砂漠なんかにいるのだろう?


「これが瞬間移動ってやつ? 私って実はすごい力があったんだー……って、そんな馬鹿なことあるわけないし! やばいやばい、何これ。意味が分からないにもほどがあるんですけど。突然街中から砂漠に移動なんて、そんことあるわけ――あ」


 あるわけないと言いかけて、私はあることに思い至った。

 それは自分が書いた小説。

 内容は、気が付くと見知らぬ世界に来ていた主人公が、元の世界に戻るために黒犬と旅をするというもの。その主人公が異世界で最初にいた場所が砂漠だった。

 ちょうど今の自分の状況と同じ。


「いやいや、あれはファンタジーだし。現実にそんなことあるわけがないって。髪も服装も変わってないし」


 ワンピースにカーディガン、それにサンダルという恰好はどう考えても砂漠に相応しくない。バッグからハンドタオルを出して頭に乗せてみたが、そんなものでこの暑さがしのげるはずもなく、私はいい加減命の危険を感じ始めてきた。


「ここがどこかとか考えるより先に、移動しないと死ぬ。……どっちへ行けば砂漠から出られるんだろ?」


 右も左も前も後ろも砂しか見えない。目視できる範囲に村や町はないということだ。


「……ええい、女は度胸よ」


 勇気を出して私は最初に向いていた方角へと歩き出した。

 ざっ、ざっ、ざっ、ざっ。

 靴底と砂がぶつかり合う音だけが耳に響く。

 とにかく暑い。上も下も右も左も、全てが暑い。


「よくこんな暑い中、雷華とルークは歩けたわね。いや、そう書いたのは私なんだけど。もっと違う設定にしてあげればよかったかな。例えば……そう、翼竜に乗って移動とか。って、それは私の今の願望だわね」


 マーレ=ボルジエの騎士、その中でも一握りだけが乗ることのできる空飛ぶ生き物、翼竜。

 今ここに現れてくれたらどんなにいいか。


「我が前に現れ出でよ、空駆ける気高き竜よ! ……なんてね」


 大声で叫んでみたものの、私はおかしくなって噴き出した。

 翼竜なんて生き物、いるわけないに決まっている。

 ここが小説の世界でなどあるはずないのに。

 

「じゃあどこなのかって、それも分からないんだけどね。とにかく人を見つけないと……私が行き倒れる前に」


 肌が焼けるように痛い。喉が水を欲している。足がだんだんと重くなっていく。

 どうして私は砂漠にいるのだろう。

 色々考えても、結局頭に残るのはそれだけだ。

 答えは得られるのだろうか。


「雷華はすぐにルークと出会って話を聞けたけど、私は……どうかしらね」


 私を殺したいと思っている人物が私を麻酔で眠らせゴビ砂漠のど真ん中に置き去りにした、というのはどうだろう。

 ……全く意味不明としか言いようがない。金も時間も何もかもが無駄過ぎる。

 

「暑さのせいで思考が麻痺してきたかな……ん、なんだろう、空に黒い点が」


 雲一つない空にいつの間にか出来ていた黒い点。

 それは段々と大きくなっていき、点ではなくなっていった。


「鳥……じゃない! あれは、まさか!?」


 ぶわっ、と砂が巻き上がり頭に乗せたハンドタオルが飛んでいく。ばさりばさりと、翼がはためく音を聞きながら私はぎゅっと眼を閉じた。

 これは夢? それとも現実?


「お迎えが遅くなり申し訳ございません、創造主様」


 眼の前に降り立った翼の生えた巨大なトカゲがそう言った瞬間、私は夢に違いないと確信した。



 ばさりと一度大きく翼をはためかせ、鈍色に輝く竜が灼熱の砂の上に着地する。

 見るからに硬そうな鱗、鋭く尖った牙。

 私がイメージした翼竜そのものだ。

 認めたくはないが、やはりこれは現実なのだろうか。

 

「創造主様、どうされました? 創造主様?」


 頭を抱えて自分の中の何かと戦っていると、頭上から声が降ってきた。

 ……そういえば何故この翼竜は喋れるのだろう? 私が書いた小説では竜は人語を話せないのだが。


「あのー……」


 おそるおそる私は上を見上げてみた。

 普通に怖い。パクリと一口でいかれそうな気がしてならない。

 

「何でございましょう、創造主様」


「ここは何処で、貴方は誰ですか?」


「その答えは同じです。ここはクアラリエス、そう申し上げればお分かりでしょう」


「……そう、ですか」


 覚悟はしていたが、私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。 

 クアラリエス。

 間違いなく、私が作った小説の世界の名だ。


「わたくしがこのような姿なので驚かれたかと思いますが、これは意識を翼竜に飛ばしているからです。本体は眠ったままですのでご安心ください」


 なるほど、翼竜が喋ってるわけではないのか。

 何を安心すればいいのかは分からないが、とりあえずふぅん、と納得しかけて、肝心のことを訊いていないことに気が付いた。


「どうして私はここにいるんですか?」


「創造主様が来たいと願ったからです」


 ……一言で片づけられた。さんざん悩んだというのに、「え、他に何が?」的な顔をされて、あっさりと言われた。

 何かすごい腹が立つのだが。

 蹴ってやろうか。……自分が痛い思いをするだけだから止めておこう。


「ああ、ご友人もお連れしましたよ。旅には供が必要だと思いましたので」


「は、友人?」


「翼竜の背に乗っております。どうぞ創造主様もお乗りください。町に移動します」


 翼竜の影に入っているので先ほどに比べればかなりマシではあるのだが、それでもここは長話をするのに相応しい場所ではない。

 訊きたいことや言いたいことはまだまだ山のようにあったが、私は大人しく翼竜をよじ登ることにした。

 一瞬躊躇してから、鈍色の肌に触れる。

 ざらりとした皮膚は、以外にもひんやりとしていた。


「ふんっ、んっしょ、どっこらせっとぉ」


 おっさんのようなかけ声を出してしまったが、気にしてはいけない。

 やっとのことで翼竜の広い背中に跨る。かなり視点が高くなった。


「おお、結構広いわね。これなら六人でも乗れたかも……あれ? 誰もいない? 私の友人がいるって言ったのに」

 

 キョロキョロと辺りを見回す。と言っても、隠れる場所などないのだが……。

 

「あの、クアラリエス……さん? もしかして来る途中で――」


 落としたりしてませんよね? と続けようとすると、すぐ近くで「きゅきゅっ」という可愛らしい、どこかで聞いたことのある音がした。


「きゅ?」


 視線を真下に向ける。


「んなぁっ、なんじゃぁこりゃあぁぁぁぁっ!」


 そこにはハムスターがちょこんと座っていた。



「え? ええ? 友達? 私の? このハムスターが?」


 もちろん世の中にはハムスターが友達だと言う人間もいるだろう。飼っている動物を家族だと表現する人間も多い。

 だが私にはハムスターと親密な関係を築いた記憶も、ペットショップで購入した記憶もなかった。

 つまり知り合いのはずがないのだが……。


「申し訳ありません、説明不足でした。その小動物は元は人間です。力のない人間が世界間の移動を行うと身体に影響が出る可能性が高いため、なるべく影響の少ない生き物に変えさせて頂きました」


 眉間に指を当てて唸っていると、翼竜がくるりと首を動かし私を見下ろしてきた。


「は? ……じゃあ何で私は人の姿のままなの? 私に力なんてありませんけど」


「いいえ、貴女は誰よりも力をお持ちでいらっしゃいます。創造主なのですから」


「…………そうですか」


 言い返す言葉を思いつかなかったので、深く追求しないことにした。何を言っても「創造主だから」で返されると思うのは、あながち間違っていないはずだ。

 それよりも訊いておかなければならないことがある。


「それで……このハムスターが私の友達なのは分かりましたけど、誰なんですか?」


「名は存じません。創造主様に友好的な感情を抱いている人間を選んだだけですので」


 …………は?


「と、言いますか、わたくしはこの世界との繋がりを持たない他世界の人間のことを知ることが出来ないのです」


「…………もうやだ。友達がげっ歯類になってるってことだけでもショックなのに、それが誰かも分からないなんて」


 涙が滲んでくる。

 ぎゅっと眼を閉じて泣くのを堪えていると、翼竜の背の上に置いていた手にぬくもりを感じた。

 眼を開けてみると、茶色と白の小動物が私の手の上に座って心配そうにこちらを見上げていた。


「……心配してくれてるの?」


「きゅ」


 ハムスターは可愛らしく何度も首を縦に動かす。


「そっか、ありがとう。……そうだよね、貴女を巻き込んだのは私なのに、私がしっかりしないでどうするんだ」


 私よりももっと戸惑っているはずの友達――誰かは不明だが――に励まされるなんて。何をやっているのだ。

 私はぱんっ、と両頬を叩いて気持ちを入れ替えた。


「すみません、クアラリエスさん……長いのでクーアさんって呼んでもいいですか? 町へお願いします」


「創造主様のご随意に。では浮上しますので、お気を付けください」


 翼竜が大きな翼をはためかせ、空へと飛び立つ。熱く乾いた風が全身に吹き付けた。

 飛んでいかないようにハムスターを片腕で抱きかかえ、前を見る。

 一面の砂漠と遠くの方に微かに見える緑色の大地。どこまでも続く空と眩しいばかりの太陽。

 素晴らしい景色だった。


「きれいだね、ハムスターちゃん……ってハムスターちゃんはないか。何か呼び名を考えないと。えーっと……性別は女性だよね?」


「きゅ」


「じゃあハム子でいい――いたっ!」


 腕を噛まれてしまった。どうやら不満らしい。


「ハム子が駄目なら、スターちゃんは、いたたっ!」


 爪で引っ掻かれてしまった。これも駄目なようだ。


「じゃあ……名前がない人のことを名無しの権兵衛って言ったりするし権兵衛で、あ、うそうそ、冗談です。爪を光らせないで、真面目に考えるから! えっとえっと……あ、ナナはどう? 名無しのナナ」


 ハムスターは人間のように――人間なのだが――腕を組んで考える素振りを見せた。

 また却下されるのか。そう思い次の候補をひねり出していると、彼女は気に入ったらしくこくりと頷いた。


「ナナでいいのね?」


「きゅ」


「オッケー。さてと、ついでに私も何か名前を考えた方がいいわよね」


 雷華はどちらの世界でも問題のないようにつけた名だったから変える必要はなかったが、私の場合はそうはいかない。今後誰かに名乗ることがあるのかどうか分からないが、そうなったときに慌てて考えるよりも今のうちに考えていた方がいいだろう。名を訊かれて返答に詰まるなど怪しすぎる。


「この世界らしい名前…………うん、ヒュリにするわ。というわけで、クーアさんも私のことはヒュリと呼んで下さいね」


「畏まりました、ヒュリ様」


「様もいらないです」


「……仰せのままに、ヒュリ」


「よろしい。あ、見てナナ。砂漠が終わるよ」


「きゅっきゅー」  


 誰よりも知っていて、でも初めて見る世界。

 しっかりと顔を上げて前を向いて進んでいこう、私はそう心に決めた。



「クーアさん遅いわねー。もう三十分は経つんじゃない?」


「きゅ」


 ソルドラムの町を見下ろす丘の上で私とナナは翼竜から降ろされた。ソルドラムと聞いて思い出すのは、若き領主クレイ・ヴォードだ。会ってみたいような会いたくないような、複雑な心境に私はなった。……まあ会うことはないだろうが。

 クーアからここで待っていろと言われたので、大人しく木陰に座って待っているのだが……いつまで待てばいいのだろうか。そろそろ草をむしっては風に運ばせる作業にも飽きてきた。

 それに……


「本っ当に大丈夫なんでしょうね?」


「きゅう……」


 ナナと一緒に私は木の後ろをそっと覗き見る。そこには地面に伏せて微睡む翼竜がいた。時折見える牙が、今にも襲いかかってくるんじゃないかという不安を掻き立てる。

 何故私たちがびくついているのか。

 それは、翼竜の中にクーアの意識がないからだ。彼――性別がないので本当は彼でも彼女でもないのだが――は今、私たちが町に入っても目立たないよう衣服など必要なものを揃えに行ってくれている。当然のことながら翼竜の姿でそんなことが出来るはずがなく、町にいる適当な人間の身体を使っている……はず。

 “はず”と言うのは実際に見ていないからなのだが、でもまあ間違いないだろう。人間の衣服を調達するのに犬や猫の姿を借りるとは思えない。


「翼竜に人間を食べる習性はなかったはず、というかそんな設定にはしなかったはずだけど、空腹だったらパクリといかれる可能性も……あったら嫌だなあ」

 

 翼竜は温厚な生き物で、よほどのことがない限り命令なしには攻撃をしない、とは思うのだが、いかんせん見た目が怖すぎてびくついてしまう。

 こんなことになるのならもっと愛嬌のある姿に設定すれば良かったと少し、いやかなり後悔した。


「ああ、クーアさん早く帰ってきて。怖いし喉渇いたし怖いしお腹空いたよー」


「きゅきゅっきゅうー」


 私が木の幹に頭を当てて呻いていると、ナナが後ろ足で立ってぴょんぴょん跳ねだした。小躍りしているようにしか見えないが、多分こちらに近づいてくる物体があると教えてくれているだけだろう。

 並走する二頭の馬と、その後ろに見える黒い箱。


「あれって、どう見ても馬車だよねえ」


「きゅ」


「クーアさん御者の人の身体を借りたのかしら」


 歩いて迎えに来るとばかり思っていた私は、意外に思いつつも立ち上がって、裾に着いた砂をはらった。

 私たちがいる場所は十数段ほどの階段を上ったところなため、馬車が来ることは出来ない。ここで待っているべきなのか、階段を下りた方がいいのか。

 どうしようかと迷っているうちに馬車が階段下に到着する。


「わぁ、紋章が入ってる……え、これって、まさか……」


 馬車に描かれた紋章を見て、ぎょっとなった。

 剣に花が巻き付いた、洗練された美しい紋。

 私はこの形を知っている。

 扉が開き、男性が一人降りて階段を上ってくる。

 白髪交じりの髪をきっちり整え、シワ一つない服をきっちり着こなし、背中に定規が入っているかのように姿勢よく歩くその姿は――


「お待たせいたしました、どうぞお乗り下さい」


「な、なななな……なんでバルーレッドぉぉっ!?」


 ソルドラムを治めるヴォード家の執事に他ならなかった。

 




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