暗い鼓動
「身代わりなんて、ずいぶん簡単に言ってくれるじゃないか」
どうしてやろうかと顎に右手をかけた。
「何でもやるって言ったよな」
心の奥が、冷たく凍りついていくのがわかる。
「どこまで本気なんだ?」
クラウスはそう問われて弾かれたように目を上げた。
「生半可な気持ちで言ったんじゃありません」
自分の真剣さを疑われたのが気に障ったのか、むきな目になる。
そうこなくては面白くない。さらに抗議しようとするクラウスの言葉を、腕を振って止めた。
「じゃあ脱げよ」
聞き間違いかとクラウスは、俺の顔を見返した。
「聞こえなかったのか?」
高圧的に言い放つ。
「女の代わりにお前を抱くんだ。満足させてくれたらあいつに会ってやってもいい」
クラウスは状況を把握しようとゆっくり瞬きする。男同士で抱き合うことなど、彼の思考の中には存在すらしていなかったのだろう。拒絶するというよりも、まるで内容が理解できないという顔だ。
「お前の覚悟はその程度か?」
戸惑う彼を鼻で笑った。
クラウスはすっかり混乱してまともに返事を返せずにいたが、ぎゅっと目を閉じて気持ちを落ち着かせ、自分が我慢すればいいだけのことだと必死に言い聞かせているようだった。再び目を開けると、挑むように俺を見た。
「どうすればいいんですか?」
引っかかったと内心ほくそえむ。フリードリッヒ、あんたの大切な弟をこの手で汚してやる。残酷な喜びが身のうちに噴き出して、俺を興奮させた。
「まずはシャツを脱げよ」
クラウスは大人しく立ちあがって上着を脱ぎ、セーターを脱いでシャツのボタンに手をかけたが、指先が震えてうまくいかない。
「そんなにじらされると、せっかくの決心が鈍りそうだな」
クラウスはっとして俺の顔をうかがい、ここまでようやくこぎつけたのに気を変えられたら困ると、震えを忘れるほどせっぱつつまってボタンをはずし終えた。開いていた襟元に両手をかけて腕を抜き、はらりと足元にシャツが落ちる。手術を受けた時に出来たらしい大きな傷跡が、胸の上に残っている。見られていることを意識しているのか、両胸の中央にある薄いピンク色の塊が、不安そうに震えていた。
「次は下だ」
それだけでも死ぬほど恥ずかしい思いをしているであろうクラウスを、情け容赦なく追いたてた。激しく高鳴る胸の鼓動がここまで聞こえてきそうだ。
彼は、緊張した表情で靴と靴下を脱ぎベルトをはずした。ズボンのボタンをはずすと、すらりとした足の形にそって床の上にすべり落ちた。丸まった布の中から両足を抜き、下着に手をかける。全てを脱ぎさる決心がつきかねているのか、顔を赤らめたまま固まってしまった。
「クラウス」
名前を呼んで催促すると、止まっていた手が動き出した。気持ちが萎えてしまう前に、一気に下までおろして脱ぎ去ってしまう。
身を起こしたクラウスは、あえて前を隠そうとはせず耐えるように目を閉じた。薄桃色をしたその場所は、一人前の形をしていたが、体毛が薄いせいか少年のようなニュアンスを漂わせている。クラウスは息を潜め、俺が触ってくるのをけなげに待っていた。そんな彼を困らせてやりたくなった。何もせぬまま深く椅子に座りこんで、彼が沈黙に絶えられなくなるまで無遠慮ななめるような視線を向け続けた。
「ハイネスさん?」
堪えきれなくなったクラウスが、うっすらと目を開けて様子を窺った。腕を組んでじっとしている俺と目が合う。どうすればいいのだろうと不安そうな目だ。
「やって欲しかったら自分で頼めよ」
クラウスはくっと唇をかんで、気持ちを落ち着かせた。
「ハイネスさん。抱いてください。僕を」
屈辱的な悲壮感が漂っている。
「ヴァルターでいいよ」
俺は立ちあがってクラウスの前に歩み寄ると、肩に手を置いて唇を合わせた。彼は反射的に身を引きかけたが、腰を引き寄せてさらに深くキスした。
「ん」
慣れない唇が空気を求めて小さくあえいだ。柔らかい唇だった。彼の華奢な指先が、俺のシャツの前身ごろをきつく掴んでいた。背中から脇腹に向かって右手を滑らせながら、滑らかな肌の感触を確かめた。俺が身動きするたび、クラウスの肩がびくりと脅える。そんな彼の反応に満足を覚えた。今彼を翻弄しているのはこの俺だ。そう実感して。力なくうなだれた性器に手をのばすと、クラウスが喉の奥で息を飲むのが判った。
「こうやって人に触れられるのは初めてか?」
唇を離して訊ねると、クラウスは言葉もなく、肩で息をついていた。全身がほんのりと赤みを帯びて、初心な反応とは裏腹に、やけに色っぽい。
手のひらでやんわりと握りこみ、上下になでさすった。クラウスは奥歯を噛み締めながらその感触に耐えている。丹念に愛撫を繰り返していると、手の中のものはゆっくりと熱を帯びて張り詰めだした。
「あっ」
その先を指先でなであげると、クラウスは短く声を漏らした。その声に驚いて目をみはる。本当に自分が発したものなのかと信じられない様子で。
クラウスと視線がぶつかった。俺はにやりと笑って見せる。感じているのは判っているぞと示すように。クラウスは気まずげに視線をそらした。
「ずいぶんといやらしい体だな。少し触ってやっただけで、こんなに大きくなってる」
耳もとで囁いて羞恥心をあおってやると、クラウスは聞くに堪えないと言いたげに、両手をあげて顔を覆った。
「ほらここも」
そう言いながら薔薇色に膨らんだ乳首の片側に、ゆっくりと舌を這わせた。
「…ん…ふっ」
クラウスは声が漏れないように慌てて唇を引き締めた。体中が敏感になり始めている。みだらに感じまいと苦しい息の下でどうにか持ちこたえようとしていた。しかし、触れられることに免疫のない体は、素直に反応してしまう。そんな努力の甲斐もなく、あっという間に追いつめられていった。
「は……あっ」
反対のふくらみを口に含み舌の上で転がすと、クラウスは切なげに声をあげた。
「いや……」
暴走する体に思わず悲鳴をあげる。
「いや、じゃないだろう? ここをこんなに濡らしておいて。お前たち兄弟は根っからのうそつきだな」
クラウスの体を弄びながら、フリードリッヒを足の下に踏みつけにしている気持ちになる。
そうじゃないと反論しかけたクラウスの言葉を、張り詰めて立ちあがっているものの裏筋に指を滑らせ、押しとどめた。
「イケよ、クラウス」
新たな刺激に下肢が強張っている。
「は…っ、あっ…ああ」
限界はすでに来ているはずなのに、クラウスは激しく首を横に振りながら、頑なに拒み続けた。
「いつまで耐えられるかな」
そう囁きながら耳たぶを甘噛みする。首筋に舌を這わせると、全身がわなないて大きくのけぞった。それと同時にどろりとした白濁が、手のひらの中で弾け飛ぶ。
クラウスの体から力が抜ける。激しく息をつきながら、よろけるようにベッドの縁に座りこみ、うつろな目で呆然としている。目尻にたまっていた涙が、つっと頬を流れ落ちた。
「あっけないものだな」
肩を突き飛ばしてベッドの上に倒した。横たわったクラウスの上に覆いかぶさって、彼を見おろした。
「そんなんで最後までいけるのか?」
クラウスの深い緑色の瞳がどんどん大きくなっていき、恐怖にも似た表情を浮かべる。
「いやだ」
俺の胸に両手をあてて、力任せに押しのけようとした。非力としかいえない力だ。俺は軽々クラウスの肩をベッドの上に押さえつけ、動きを封じこめた。
「承知したのはお前だろう? 今さら引き返したりできないんだよ」
「やめて…」
あげられる悲鳴もすすり泣きもまるで耳に入っていなかった。ただ、クラウスを犯すことだけしか頭になかった。奴隷のようにひざまずかせ、無理矢理受け入れさせた。きっと俺は獣のような目をしていただろう。
フリードリッヒがこれを見たらどう思うだろう。俺を殺したいと思うだろうか。憎くて憎くてたまらないと。朝も夜もその思いに身を焦がし、俺のことばかり考えるようになるだろうか。
なんだかこういうことになっちゃいました。
あっけなく一線超えちゃった。
相手がおとなしいからといって、ひどい奴だ(笑)
報復というよりクラウスに対するやきもちなのか! という気がしなくもない展開です。
書いてて思ったんですが、変態じじいっぽくないですか? ヴァルター。
ナイトガウンとワイングラス(ワインは飲んでいたけど、あの家にワイングラスがあるとは思えない)があったら完璧だったのに惜しいと、一人ツッコみしてました。




