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神様には救えない事例  作者: 相良胡春
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思わずつかんだ手

  俺は、「緑の指」というカフェでウエイターをしている。自家焙煎したアラビカ豆を使って入れるこだわりのコーヒーが人気だ。近くのパン屋から仕入れているふわふわサクサクのクロワッサンが、香ばしいバターの香りを漂わせている。うちのコーヒーと相性がいいよう特別に作ってもらっている。朝やって来る客の半分以上は常連だ。天気がいい日はテラス席から埋まっていく。

 いいかげんしつこい奴だな。

 通りが見える窓際の席にクラウスがいた。注文を取り終えたハンスがこちらへやって来る。

「彼に金でも借りてるのか?」

 厨房に手早く注文を伝えて、俺の隣に並んだ。

「何故そう思う?」

 クラウスとは店の中で一言も話していない。

「彼、来た時からずっとお前のことばかり見てるじゃないか」

 それでまず思いつくのが借金か? お前が持っている俺のイメージってどんななんだ。

「俺はいつだって現金払いだよ」

 自力で払える範囲の生活しかしてないから。

「それじゃあ彼氏か? 別れ話がこじれてるんだろう。今日はやけに渋い顔してるもんな」

「そんなんじゃない。さっき会ったばかりだ」

「隠すなって。お前が誰と付き合おうと、俺はかまわないぜ」

「えらっそうに。お前は俺の恋人か」

 頼まれてもそんなのはごめんだ。

 ハンスは気が多い男だ。彼の恋愛事情に興味はないが、恋人との待ち合わせによく店を使っているので、嫌でも詳しくなってしまう。隣にいるのは毎回違う顔だ。しかも決まって美形ぞろい。女も、男も。

「何も隠してなどいない。お前のような好き者と一緒にするなよ」

「それじゃあ、俺が声かけてもかまわないよな。結構タイプなんだ」

「あんなお子様がか?」

「彼、かわいいじゃないか。あの唇見てみろよ。小さいのにふっくらとしてて、いかにも柔らかそうでさ。今すぐ味わってみたい」

 ハンスは目を細めて唇を舐めた。

「いっそのことどこかに連れて行ってくれよ。目障りで仕方ない」

「もちろんそうするつもりさ。仕事が終わったらな」

 ハンスは出来上がってきた卵料理とカプチーノ、クロワッサンをトレーにのせ、クラウスの席に向かう。俺はそれを目で追った。

「ヴァルター。お前もいいかげんに仕事をしたらどうなんだ」

 そうコックに催促されて、注文が出来上がってきていることに気がついた。


「彼、東ベルリン生まれだって」

 朝から何度もクラウスのもとに通ったハンスは、お茶の時間が終わる頃にはすっかり事情通になっていた。ハンスはクラウスの質問に答えているふりをしながら店長の目をかいくぐり、要領よく聞きだしていく。その巧みさは驚くばかりだ。

「手術をするために、西側に亡命したそうだ」

 フリードリッヒから病気の弟がいるどころか弟がいることさえ聞いていない。

「歳はお前と同じだ。その割にはすれてないっていうか、初心な感じな子だな。男どころか女も知らないぜ。きっと」

 間違いないとハンスは太鼓判を押す。

「手取り足取り始めから教えるのも楽しいよなぁ。美味いものを食べさせてさあ、気を許したところを狙うんだ。とにかくやっちまえばなびくもんだよ」

 そんな災難が待ち受けているとは思いもよらないクラウスは、のんきに通りを歩く人の流れを眺めている。


 仕事はディナーの時間が始まるまでだ。

 早速ハンスは、本来ならば関係者以外立ち入り禁止のはずの従業員休憩室にクラウスを呼び寄せ、飲みにでも行かないかと誘った。俺と会わせるとでも言って連れてきたのだろう。

 部屋の中で着替えをしていた俺の耳にも、自然と二人の話し声が聞こえてきた。まるで警戒心がないクラウスは、それほど親しくもないのにどうして自分が誘われるのだろうとハンスを見上げ、すまなそうに表情を曇らせた。

「誘って頂いて本当にうれしいんですけれど、今からハイネスさんと出かけるんです」

 ハンスは俺の方を振り返り、よくも騙したなと言わんばかりの恨めしそうな目で睨んだ。

「そんな事実はない。そいつのでっちあげだ」

「でっちあげなんかじゃないです。僕がおごります。付き合ってください」

 ハンスの誤解を解こうとした俺の気など知りもせず、クラウスはさらに言葉を重ねた。

「カールの店にでも連れて行けよ。サービスいいし、あの手の店にしてはこぎれいだぜ」

 ハンスは腕を組んで、皮肉げに唇の端を曲げた。

「冗談言うなよ」

 俺はうめき声をあげる。彼が言っているのは、裏通りにある連れ込み宿だ。

「そんなにいいお店なんですか?」

 適当な店を思いつかなかったらしいクラウスは、何の疑いもなく無邪気に聞いてきた。

「まあな。週に何度も行くことだってある。なんなら一緒に行かないか? こんな野暮天なんかほっといて。俺と今すぐ」

 ハンスは艶めいた雰囲気を漂わせながら、前髪をかきあげた。

完全に面白がっている。

「いいかげんにしろって」

 俺はクラウスの手をつかんで店の外に連れ出した。

「カールさんの店に行くんですか?」

 手を離して歩き出した俺に、クラウスは追いついてくる。

「行かない。あそこは俺の趣味じゃない」

 このままほっといたら、あの世にだってついてきそうだ。

「話ぐらい聞いてやる」

 仕方なく俺は腹をくくった。


第2話目です。

ハンスがいてくれて本当によかったと思ってしまう。

そうじゃないと、話が全然動いてくれない(笑)

ナイスアシストです! と、自分で作り出した登場人物なのに泣いてお礼言いたくなってしまった。

あと、カールさんのお店がどんなお店なのかとても気になります。


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