本当の敵は
「ああいう晩熟の子は結構手ごわいよ。よほど好きじゃなければ、簡単に身を任せようとしない。まずは恋ありきで、結ばれる相手は運命の人だけだと、意識もしないまま固く信じている。一途すぎて、一夜の恋にはもっとも向かない無垢なロマンティスト。思いつめすぎて、手首切っちゃったりするんだよなぁ」
やっかいだよなぁと、ハンスはぼそりとつけたす。
「それがわかっていてクラウスを誘ったのか? 思っていた以上に下種だな、お前」
まるで他人ごとのように言うハンスにあきれてしまう。
「そこをクリアにするのが俺の腕なの。どんな相手でも、甘い気持にしたまま綺麗に別れられる。人徳ってやつかな」
お前のどこに徳があるというんだ。
「だけどお前は違うだろう? 一日中むすっとしてるのなんかしょっちゅうだし、暗いし、気の利いたこと一つ言えない。見た目はそれほど悪くないにしても、俺の誘いを断るほどの絶世の美男でもない。いったいどんな魔法をかけて、クラウスをその気にさせたんだ? どうやって惚れさせた? 仕事場に通わせるくらいにさ」
教えろよと、ハンスがしつこくせっつく。俺は面倒臭くなってため息をつき、口を開いた。
「惚れてなんかいるものか。クラウスは俺の敵だぞ」
「敵? また古風な言葉を使うな。キャピレットとモンタギューかよ。今どきシェークスピアなんて流行らないだろう。何代にもわたって家どうしが殺し合いでもしているとか?」
「そんな歴史ある家の出に見えるか。俺が」
「確かに気品が足りなすぎるな」
ハンスはにやりとしてみせる。
「それで?」
先を話せと催促する。
「取引したんだ。クラウスの要求をのむ代わりに俺と寝ろって。向こうはそれを承知してやることやった。それだけ」
最後は嫌がるのを無理やりではあったが。
「どっちが下種だよ。クラウスの美しい夢をぶち壊しやがって。舌とか噛み切って死んだりしたらどうするつもりだったんだ」
「どこの王国の姫君だよ」
クラウスは顔だちが優しいから、そういう格好も似合いそうではあるが。
「それで後悔しているわけか。根っからの極悪人でもないのに、なにやってるんだよ」
そうだと認めたくないので、俺はむっとして口をつぐんだ。
さすがにあれはやりすぎだった。
そう思ってしまう自分の小心さに嫌気がさす。
どんなあくどいことをしても、大したことじゃないと言い切れる人間だったならばどんなにいいだろう。
どうして俺が、落ちこまなければならない?
どう考えてもおかしすぎる。
そうじゃなければ、今頃父の無念を晴らして、もっとすっきりとした気持ちになっていたはずだ。
「お前、クラウスのことが好きなんだろう?」
「どうして俺が? 冗談言うなよ。クラウスは俺の……」
「敵だって言うんだろう。そうは言っても、クラウス自身に恨みがあるようには見えないが?」
クラウスはフリードリッヒの弟だっていうだけで何も悪くない。
でも、弟というだけで敵と言うには十分だ。そうじゃないか?
「悩めよ、ロミオ。本当に憎むべき相手は誰なのか見誤らないようにしろ。目先の復讐ではなく、問題の根本に目を向けろ。そうすれば、クラウスが本当の敵なのかが見えてくるだろう」
「それはもしかして、大賢人のお告げのつもりか? ありがたみはまるでゼロだが」
「信じる者は救われるってな。とにかく、その怖い顔をどうにかしろ。客が逃げる。それと、店長が出先から帰って来たぞ。もっとしまれよ。ヴァルター」
「わかった。クビにならないようにうまくやるよ」
俺はハンスに片手を上げて見せ、やって来た客を迎えに入口に向かった。
いい加減に決着をつけなければならない。
下種同士の会話です(笑)
同じ敵という漢字でも、てきと言うのとかたきと言うのでは、受ける感じが全然違う。
この回ではもちろん、かたきと読んでいます。




