表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様には救えない事例  作者: 相良胡春
14/19

父の亡霊

 物言わぬ遺体となって戻ってきた父は、どこもかしこも傷だらけだった。つけられたあざで、元の顔の色がわからぬほどに。 

 手も足も、一枚の爪も残っていなかった。体の骨はあちこち折れてぼろぼろだった。

 いったい、どんな拷問をされていたのか。

 そう考えるだけで、吐きそうになった。

 どうして父が、あんな目に合わされないといけなかったのか。

 どれほど考えても俺にはわからなかった。

 そんな報いを受けなければならないほどの人でなしだったのか?

 神に背くような後ろ暗いことをしていたのか?

 命を差し出さなければならないほどのひどいことを?

 人畜無害だったあの父が、そんなことをするわけがない。

 父は無実だったのだ。

 知り合いに、反政府運動に興じている者が多かったというだけで。

 秘密警察に追われ命を狙われている友人を、見殺しに出来るような人ではなかった。

 ただ、公正な人だっただけだ。

 あんな風に死ぬような人ではなかった。

 社会も神様もみんな理不尽だ。

 今すぐ殺されても仕方がない奴らが、のうのうと生きのびている。

 何もなかったように口を拭って。

 思い出せ。

 あの時の父の死に顔を。

 思い出せ。

 父の無念を。

 そして、するべきことをしろ! ヴァルター。

 どろどろと湿った暗闇の中から、血だらけの父が足かせの鎖をずるずる鳴らしながら、俺の方へ這いよってくる。恨みがましそうに俺のことをみつめ、差し出した右手の指を直角に折り曲げる。

 ここからいつ出してくれるのだ?

 この無念を晴らしてくれと。

 そんな夢を何度も何度も見た。

 目を覚ましても、どろどろとした暗闇は俺にまとわりつき、生々しく残った。

 けして忘れるな。呪いの言葉が紡がれる。

 今、その敵の一人が手に届く場所にいる。

 全ての根源をつくりだした男が。

 父を死へと追いこんだ張本人が。

 迷うことなんか何もない。

 今すぐ、奴の心臓を引き裂くんだ!

 息子の義務を果たせ!

 死んだ父に代わって復讐しろ!

 そう俺を急き立てる。

 何度も何度も繰り返されるうち、俺の頭の中いっぱいにその声が幾重にも重なり、何万匹もの蜂がたてる羽音のように密度を増す。

 裏切り者。どうして今すぐ殺しに行かない。

「おい、ヴァルター」

 名前を呼ばれて正気に戻った。

 視線をめぐらすと、緑の指の店内だった。

 目の前にギャルソンエプロンをつけたハンスが立っていた。彼は、俺の肩を掴んで乱暴に揺さぶっていた。優男な見かけによらず、指の力が異様に強い。

「痛ッ」

 思わずうめくとハンスは手の力を緩めた。

「目を開けて立ったまま気絶していたのか?」

 自分が、仕事場にいるのだという意識もまるでなくなっていた。

 最低最悪の覚醒だ。

「どうせ寝不足とか言うんだろう? 夜中中クラウスを鳴かせまくってさ。いったい何回いかせたんだ。この、色男」

 ハンスはそう言って、曲げた肘の先で俺の脇腹をつついてくる。

「どうしてお前はそういう発想しかできないんだ。このさいはっきり言っておくけどなぁ、俺とクラウスはそういう関係じゃない。昨日はまっすぐ家に帰って、一人ベッドで清らかに眠ったよ。みだらな夢も見ずにぐっすりな」

 ハンスは俺に向かってにやりとしてみせた。

「嘘つけ。ぐっすり寝たにしては目が赤すぎるだろう」

 実際は、また病院に行くのかと考えていたら一睡もできなかった。

「クラウスと何かあったのか? 彼がここに最後に来た時、あのおとなしそうな子がお前にくってかかってただろう。あの後アパートでたっぷり可愛がって仲直りしたのかと思っていたが、違ったのか?」

「違う。だから俺たちは……」

「なんだかんだ言ったって、やりはしたよな」

「……」

 思わず俺は口ごもる。


思わず職場で呆けてハンスにツッコみまくられる回です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ