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饕餮の贄(とうてつのにえ)

作者: 目262

休暇を使って台湾に旅行した際、台北にある故宮博物院に行った。その中に甲骨文字という展示物があり、私は興味を魅かれた。

 紀元前十四世紀頃、中国大陸にあった殷王朝が戦争や天候、作物の豊作を占うために、亀の甲羅や牛の骨を焼き、ひび割れの具合で吉凶を判断した。その甲骨の表面に描かれた文字で、最古の漢字であると言われている。

 文章の内容は占いの目的と結果であるが、その結果が凶と出た場合、これを回避する為に生贄を捧げていたらしい。生贄は牛馬などの家畜だが、時には戦争で捕虜にした人間も供された。生贄の数も占いで決められた。

 初めに生贄の数を十人とする占いが行われる。結果は凶。

 次に生贄の数を十五人とする。結果は凶。

 三度目の占いで生贄の数を三十人とする。結果は吉。

 凶の結果が出る毎に、生贄の数が増えていく事、何の感情も込めずに淡々とその人数を記している事、占いの目的がいつの間にか生贄の数を決めるためのものに変わってしまっている事に、私は慄然とした。

もしも延々と凶が続いたら、一体どうなるのだろう。この文字を書いた人物は、この時に何を考えていたのだろう。

 記録によると、一回の儀式で最大六百五十人の生贄が神に捧げられたらしい。あるいは、まだ証拠が発見されていないだけで、さらに多くの生贄を犠牲にしていた場合もあったのではないか。

 殷の神は饕餮という名前で、全てを貪り尽くす怪物だったという。

 この、あまりにも多くの生贄のせいで、辺境民族の怒りを買った殷は彼らに滅ぼされた。いわゆる 殷周革命である。つまり、饕餮は自らを信ずる人間をも貪り食ってしまったのだ。

 古代人の妄信と冷酷さに寒気を憶えた私は、現代社会に生を受けた事を感謝して帰国した。

 

 翌週、私が出社すると、社長から緊急発表があると言われ、同僚たちと一緒にホールに集合した。

でっぷりと太った老人が演台に上り、小さく咳払いをして口を開いた。

「昨今の世界的な不況により、わが社も大幅な赤字が予想されます。この危機を乗り越える為に、苦渋の選択をしなければなりません。私ども経営陣は、今期中に希望退職者を募る事にしました。人数は全社員の一割です。無論、会社として出来る限りの補償はいたします。詳細は直接の上長に聞いてください。不況が長引き、来期も収益が改善しない場合は引き続き退職者を求める可能性もあります。しかしながらその時は、充分な補償額は確保できないかもしれません。社員の皆様には重々将来の事を熟慮されて、進路を決断される事をお願いします。その後も業績の悪化が止らなければ来々期も人員の整理を継続する事も……」

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