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アラサー戦士中田翔子  作者: あざらし
正義の味方、中田翔子!
7/46

*6 正義の在処

 家に帰ると、ミケが玄関まで出迎えに来ていた。

「おーよしよし。ただいま」

「にゃおん」

 部屋に上がるなり足に体を擦り付けてきたので何事かと思えば、餌皿が空だ。そういえば、夕食をあげていなかった。

 餌袋をひっくり返されるよりは、こうして催促されたほうが何倍もいい。翔子は、とりあえず餌皿と水皿を満たした。満足そうに、ミケは餌皿のペレットを貪る。

 さて、自分の作業だ。さっさと着替えて、結わえたままだった髪を解く。跡がつかないように、手櫛で整えてやった。

 下着の上に、何かは――着なくていいだろう。そもそも何か着るものと言っても、ヨレヨレのタンクトップぐらいしか持っていた覚えがない。これなら着ても着ていなくても変わらない気がする。

 この時間帯は別に誰かが来るわけもないので、やはりこのままでいいだろう。

 うーんと体を伸ばし、節々を解す。開放的な格好でのストレッチは、とても気持ちいい。一人暮らしさまさまだ。

 それから何をしたものかと周囲を見回す。放り投げられた携帯電話を見て、響子と話していたことを思い出した。

 再びかけ直す。ワンコールで応答。

「もしもし」

『やあ。大分時間がかかったようだが、片付いたかい?』

 もしかすると、この人はずっと電話の前で待っていたのかもしれない。少しだけ申し訳なく思いながら、翔子は口を開く。

「ええ。倒してから、妹と食事をしていました」

 すると響子は、疲れたような、少し低い声を出した。

『それは……羨ましい話だ。私は残業が終わらないから、職場でカップラーメンだったよ』

「残業……ですか……」

『で、その内容が、さっき話そうとしたスーツ――ヴィディスについてだ』

 それは翔子がベクターズに気づいて電話を切る前に、響子に訊ねた件だ。すっかり忘れていたが、そういえばヴィディスという正式名称があったのだった。翔子が促すまでもなく、響子は語り始める。

『まず、君には一つ謝らないといけない。詳しく調べた結果、君の融装プロセスはどうやらただの肉体変化とは少し違うようなんだ』

「……そうなんですか?」

 電話の奥で、響子が頷く。

『そうだ。……君が叫ぶと、服が別次元に転送される代わりに、別次元から鎧が転送されてくる。その鎧が、君の体と同化するんだ』

 言葉だけでは、漠然としたイメージしか浮かばなかった。

「つまり……どういうことですか?」

 訊ねると、響子は簡潔に答える。

『最初に君が言っていた 「融合装着」 は、言い得て妙だったということだよ』

 どうやら、新事実の発覚で融合装着が適切な名称であったことが判明したらしい。変えなくてよかった。

 翔子が一人で頷いていると、響子は話の舵を取る。

『さて、なぜその事実に行き着いたかというと、それは我々の他次元に対する理解が深まったからだ』

 要約すると、他次元の研究が進んだということだろう。少し前までは悪戦苦闘していた気がするので、大した進歩だ。

『理解が深まったことにより、ヴィディスの研究も大きな飛躍を遂げた。一日で、今までの一ヶ月分の進歩があったんだ。……ここだけの話、試作品の設計はもう少しで終わる』

 翔子の能力についての話を聞いたのが昨日なので、この件は今日一日で判明したということになる。その驚異的な研究速度には、あまり詳しくない翔子でも舌を巻く。

「……すごく早いですね」

 素直に賞賛の言葉を送ると、響子は特に大したこともないと言うように笑った。

『そこで詰まっていたところだからね。その障害さえ取れれば、後は早いよ。発見は、きっかけにすぎない』

 確かに、ほんのわずかな障害を乗り越えた瞬間に物事が一気に進むという経験は、翔子にもある。それは思いつきだったり、勘違いの修正だったり、新たな知識だったり。他次元に対する理解が深まったというのも、そんな些細な事が発端なのかもしれない。

『この調子で行けば、近いうちに試作品ができるはずだ。その時はまた連絡するよ』

「わかりました」

 翔子が電話越しに頷くと、響子は乾いた笑いを上げた。

『……これからしばらくは残業だ。あははは、たのしーなー』

 聞いていて心配になる笑い声とともに、電話は途切れる。この笑いは、翔子がまだ定職についていた頃に過労で死にかけたプログラマーがしていたものと同じだ。本当に大丈夫なのだろうか。

 ……尤も、響子が簡単にくたばるとは思えないのだが。

 彼女の超マイペースな普段の言動からすると、死んでも義体で復活しそうな気さえする。平然と 「人間も物質だから、完全にコピーすることができれば肉体の複製も可能だよ」 とか言いそうだ。

 さて。とりあえず、用は済んだ。

 まだ午後の九時前なので、しばらく時間がある。ここからは自分の時間だ。

 いろいろあって、今日は疲れた。まずはシャワーを浴びて、疲れを癒やそう。

 プラスティックの引き出し型衣服ケースから適当な下着をひっつかみ、洗面所の棚にタオルと一緒に置く。今つけている下着を脱いで洗濯かごに放り込んだ。生まれたままの姿で風呂場に入る。

 椅子に腰掛け、シャワーヘッドを手に持ってからバルブを捻った。温まる前の水でじょわ~っと催したものを流し、お湯が十分に温まってから髪を濡らす。

 自慢の黒髪は、リンスインシャンプーで入念に洗う。翔子の髪は雑に扱ってもそう簡単には乱れないのだが、大切なものはやはり大切に扱いたい。

 ひとしきり洗ったら、シャワーで泡を流す。体を洗う邪魔になるので、濡れた髪はタオルでまとめた。

 濡らした垢擦りタオルで石鹸を泡立てる。泡立てた手でそのまま左腕を洗い、右腕へと続く。

 今日は思ったよりも汗をかいたので、念入りに洗う。代謝が良くなっているのか、能力を手に入れる前と比べて発汗量が上昇しているのだ。少し動いただけでも、それなりに汗をかく。

 洗い終えた体からシャワーで泡を流し、手で払って水気も落とす。鏡の前で立ち上がり、全身を確認。

 脇の下を洗っている時に気づいたのだが、やはり少しムダ毛が目立ってきている。そろそろ剃り時だろう。戸を開けて、洗面所にシェーバーを取りに行く。

 このシェーバーは五年ほど前に買ったのだが、防水加工は未だに生きていた。少し高かったが、いい買い物をしたものだ。

 感覚で脇の下を剃る。能力を手に入れてから、毛の生える速度は上がっていた。やはり、代謝が良くなったのだろうか。

 しかし、それだけではないような気もした。

 実は、翔子は一度脛毛を永久脱毛しているのだ。社会人になって、二ヶ月ぐらいだろうか。当時は、これでムダ毛処理から開放されると喜んだものだ。だが、完了してから数カ月後には普通に生えてきた。

 友人に訊ねるなり、会社のパソコンで勝手に調べるなりしてみたのだが、普通はそんなことありえないらしい。

 料金がかさむのでそれ以上は試さなかったのだが、恐らく今やっても同じような結果になるだろう。

 だから今は、こうして面倒な作業をいちいち行っているのだ。

 首周りから腕、脛と終え、さて下の毛はどうしようか――少し考えたが、結局やめた。世間的にはかなり濃い部類に入るのだろうが、どうせ見せる人も居ない。

 形を整えるのは面倒だし、かと言って他の箇所のように無毛にしてしまうとしばらくの間はチクチクしてくすぐったい。というか、こう言ってはなんだが、変態チックで嫌だ。

 ――というわけで、剃毛は終了。大した量もないので、シャワーで流してしまう。これで下水道が詰まったら笑えないが、暮らし始めてからこれまで毎週やっていることなので恐らく問題ない。

(これで詰まったら……大家さんに業者呼んでもらおうかな…………って、それは駄目だって)

 真っ黒な心の声を押し殺して、翔子は立ち上がる。

 洗面所の棚からタオルを掴み、体を拭く。大体拭き終えてから、洗面所に出て髪を包んでいたタオルを解いた。

 よーく、丁寧に髪を拭いてから、最後の仕上げにドライヤーを使う。長時間使うのは、騒音的にも電気代的にも憚られた。鏡の前に立ちながら、ヘアブラシと併用して髪を乾かす。

 髪を乾かし終え、翔子は棚から下着を手に取る。身につけつつ、はみ出し気味の肉を整えた。太った――と言うよりは、筋肉量が増えたのだろう。かなり古い下着なので、サイズが合っていないようだ。新しい下着なら、もう少しマシなのだが。

 さて――。翔子は、明日の予定を脳内で確認する。明日も――尤も、今日は休んだのだが――、午前中からバイトが入っていた。風呂を洗う暇がないので、今のうちに洗ってしまおう。



 風呂を洗い終え、翔子は寝室で一息ついた。

 狭い風呂な上に浴槽は使っていないので、洗うのは思ったよりも楽だ。父の実家のような風呂にはしたくないので、キチンと毎日洗う。あの黒ずみって一体何が原因なんだろうか……。

 次にやることを考える。そういえば、洗濯をしていなかった。

 タオル二枚と下着ぐらいしかないので、毎日洗濯機を動かすのは少々効率が悪い。しかし、昔週一で洗濯していた頃、気がついたらタオルにカビが生えていたのがトラウマになっていた。あれは下手なホラー映画よりも怖い。

 洗濯カゴから下着を取り出し、ネットに入れる。それをタオルと一緒に洗濯機に放り込んで、洗剤を入れてスイッチオン。

 放置。

 再び翔子は寝室に戻る。布団でゴロゴロしているミケの隣に座り込んで、腹を撫でてやった。ミケは気持ちよさそうに尻尾を振る。

 しばらくそうやってミケと戯れていると、洗濯終了のアラームが鳴った。翔子は立ち上がり、洗面所へと向かう。

 洗濯機の蓋を開けようとして、翔子は踏みとどまる。危うく、洗濯物を毛だらけにしてしまうところだった。キチンと手を洗ってから、洗濯物を取り出す。特に問題もなく、洗濯は完了していた。

 ベランダの網戸を開け放ち、外に出て角ハンガーに下着とタオルを吊るす。バランスを取らないとハンガーが傾いてしまうので、少しだけ頭を使う作業だ。

 ゆっくりやって、数十秒。上手いこと、ハンガーと地面との並行を保つことができた。というか、最近はパターン化しつつあってあまり頭を使っていない。これは由々しき事態……でもないか。

 ただ、あまり頭を使わない現在の生活には、少しだけ危機感を覚えていた。

 学生時代に、友人から 『あまり頭を使わない生活をしていると脳が腐る』 と脅かされたことがある。脳が腐るという戯言は一ミリも信じていないのだが、頭を使わないとボケが早くなるなどという話も聞いたことがあって、一概に笑い飛ばせる話でもない。

 まだボケとは程遠い歳のように思えるが、この先何年も何十年もこのような生活を送っていたら……自分は一体、どうなってしまうのか。

 この先の人生のことを考えるのは、苦手だ。

 今のことは、いい。ただ目の前の苦難に挑んで、討ち倒していればなんとかなる。

 だが、マクロな視点で見た時。人生という長い視点から見た時、果たしてそれだけでいいのだろうかと、言い知れない不安を覚えた。

 自分は、いつまで正義の味方をやっているのか。

 自分は、いつまで正義の味方を続けられるのか。

 どんなヒーローにも、自分の都合がある。明日の生活がある。未来がある。

 自分のことと、正義との兼ね合い。我武者羅に人を救っているうちはいいのだが、一度考え始めると、その答えはなかなか出ない。

 自分は一体何がしたいのか。

 自分のこれからの人生を、翔子は決めかねていた。



 翔子が憧れていた正義のヒーローは、いつでも強い心を持って戦い続けていた。

 


 幼少期、翔子は所謂 "物分りの良い子供" だった。

 三歳の頃に妹が生まれ、親があまり構ってくれなくなる。だがそれは仕方のない事だと、キチンと頭のなかで理解していた。

 だから我儘を言わず、一人で遊んだり、近所の子供と遊んだり、妹を観察していたりして、暇を潰す。

 そんな時に出会ったのが、正義のヒーローである。

 それは土日の朝だったり、平日の夕方だったり、とにかく、翔子は夢中になった。

 彼らは自分のことを顧みず、目的のために必死に戦い続ける。挫けても、必ず立ち上がってまた歩き始める。

 そんな勇姿に、翔子は憧れ、夢中になった。

 中学三年生の頃から、受験勉強に時間を割かれ、そう言った娯楽の類からは身を引くことになる。……それでも、心のなかでは憧れが燻り続けていた。



 自分の目的は、一体なんなのだろうか?

 別に、戦いが好きなわけではない。ならば、正義だろうか?

 しかし正義に傾注するには、翔子の心はあまりにも弱すぎる。

 今日だって、あの時清香の他に誰かが襲われていても、後回しにしていただろう。

 ならば、一体何のために?

 平和のため? 世界のため? 人類のため?

 それとも、自分のため?



「んなぁ」

 ベランダに出たまま考えていると、不意に足首に柔らかい毛並みが触れた。

「……今は、考えても仕方がないか」

 翔子はミケを抱え上げ、寝室に戻る。幸い虫が入った様子はなかったので、そのまま網戸を締めた。

 ミケを抱えたままあぐらをかき、ワシャワシャと頭を撫でる。迷いを振り切るように、ヒクヒクと動く耳をつまんだ。

 今は考えたところで答えが出ないのだから、後回しにして別のことをするべきだろう。

 ミケをこねくり回しながら、翔子は深呼吸した。

 明日もバイトがある。午前中から便器を磨く仕事だ。改めて考えると虚しいが、給料は良い。

 今日はいろいろあって疲れたので、もう寝よう。性欲は溜まっていないので、すぐに眠ることができる。

 ミケを離して、自身は横になった。不意に、天井で輝く電灯が目に入る。危うく、無駄な電気代を食うところだった。慌てて立ち上がり、電気を消す。暗い部屋には、カーテンを閉めていない窓から月明かりが差し込んだ。

 何も考えずに突き進めるのなら、それが一番楽なのだろう。考えることを放棄するというのは、とても楽なことだ。逆に、最善を求めて考えぬくことは、とても、苦しい。

 苦しいことからいつまでも逃げ続ける――それも一つの有り様だ。逃げた先が最適解である可能性も、往々にしてある。例えば数式を解く時、間違った公式で考えていてはいつまで経っても解けないだろう。しかしそこから一度退いて違う公式を当てはめると……それは、もしかすると正解かもしれない。

 だから、逃げることも立派な選択肢なのだ。

 しかし、同じ選択肢がどんな時でも正解であるとは限らない。

 自分の未来を決めるのは、自分だ。どんな困難に見舞われようと、それを突破するのは自分だ。他人に助言を請うこともあるだろうし、指図されることもあるだろう。だが、やはり自らの最終決定 "義務" は自分にあるのだ。

 それは決して、権利などという甘っちょろいものではない。何かをするにしても、何もしないにしても、この世界に存在している以上、行動の選択からは逃れられないのだ。

 何もしない――それは一見決定の放棄に見えるが、本質は違う。何もしないというのはすなわち "何もしない" ことを選択したということだ。

 迫る困難に対し、一切の対策を立てない。それは簡単に見えて、相当の覚悟を要する。普通は、小手先だとか付け焼き刃だとか、最終的には何かしらの対策を施そうとする。

 翔子にそんな度胸はない。

 だから、いつかは自分の目的と向き合わなくてはならなかった。今この瞬間は答えをだすことができなくても、いつか必ず答えが必要になる。これからの人生の指針を定めるのに、自らの目的は必須だ。

 ……何も考えずに突き進めるのなら、それが一番楽なのだろう。

 考えることを放棄するというのは、とても楽なことだから。



 それから五日が経った、土曜日。

 清香が襲われた一件以来、ベクターズの出現は確認されていない。今までのペースからすると、そろそろ来てもおかしくはなかった。

 昼間のシフトを終えて帰宅途中、コンビニに愛車を停める。今日はやたら暑いので、奮発してアイスを買おうと思い立ったのだ。

 自動ドアをくぐり抜けて、コンビニ店内へ入る。冷房の効いた店内はとても涼しくこれだけで満足してしまいそうだったが、外に出ればまた猛暑に襲われることを思い出す。やはりアイスは必要だ。

 しかしこう暑いと……アイスケースに間抜けなアルバイトが入っていたりしないか心配になる。翔子も、幼稚園ぐらいの頃熱さに耐えかねて家の冷蔵庫に入ろうとしたのだが、親に止められた。親が居なければ凍死していたかもしれない。

 奥にあるアイスケースを目指し、食べたくならないように弁当などを目に入れないようにしながら進む。ガソリン代を抑えられればこの程度の出費は余裕なのだが……それは無茶だろう。

 アイスケースに間抜けなアルバイトは入っていなかったので、特に問題もなくアイスを選ぶことができそうだ。

 いくつかの商品に目をつけ、うーんと唸りながらどれを買うか選ぶ。

 一番安いのは九十八円のシャーベットアイスなのだが、生憎翔子はそこまでシャーベットが好きなわけではない。そこで、次に安い百五十円前後のものから選ぼうとしたのだが――。

「これ……美味しそう」

 目に留まってしまった、一つの袋。それは三百円近くするという、この中では最高級の部類に入る代物だ。ケース内でも一際目立つメタリックカラー。大きさも値段に伴い、ビッグサイズだ。なにより、とても、美味し、そう。

 その横にある、一回り小さな袋――これも、なかなか美味しそうだ。それに百五十円で買える。

 翔子は、その二択まで絞り込んだ。思い切って一番美味しそうなものを買ってしまうか、そのワンランク下の商品で妥協するか。

 決めかねていると、不意にポケットの携帯電話が振動した。見ると、響子から電話が来ているようだ。

 一度コンビニを出てから 「もしもし」 と応答すると、響子の興奮した声が響く。

「できたんだ! できたぞ!」

 普段の響子とは明らかに違う、子供っぽいというよりも脳に欠陥がある人間のようなテンションだ。過労の後遺症だろうか。

「少し落ち着いたらどうです……」

 翔子が冷めた声で返すと、響子はわずかに声のテンションを下げる。

「それは……ああ、すまない……いや、遂に完成したものだから、感極まってしまってね」

「さっきから、一体何ができたんです?」

 質問の答えには大方目星がついているのだが、翔子はあえて訊ねた。予想通り、響子は嬉々として答える。

「ヴィディスだよ、ヴィディス! 前に話したスーツが、遂にできたんだ!」

 ヴィディス――インセクサイドが、ベクターズに対向するべく独自に開発したパワードスーツだ。一応、翔子を解析した結果のデータも活きているらしい。尤も、どこにどんな用途で使われているのかはわからないのだが。

 その続きも、予想通りのセリフだった。

「今から見に来るといい」

 まあ、そうなるよなぁ……。

 そもそも、それ以外にわざわざ電話をしてくるような理由がない。彼女だって忙しいだろうし、雑談目的でかけてくるとは思えなかった。

 だが、翔子にも都合はある。

「今アイス選んでるんですけど」

 かなり些細なことだが、今はアイスが食べたい。もう少しじっくり選びたいのもあり、あまり急ぎたくはなかった。

 が、その考えは響子のたった一言で覆される。

「アイスならここにもあるぞ。とびきり高いのがな」

「今すぐ行きます」

 アイスがあるのなら、躊躇う理由はなかった。

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