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アラサー戦士中田翔子  作者: あざらし
正義の味方、中田翔子!
5/46

*4 正しい力の使い方

 その日の夜。今日はいろいろあったので、バイト中もあまり雑念に悩まされずに済んだ。

 改めて、自分の能力について考えてみる。

 この世界を四次元から観測する力。それは、その気になればこの世の全てを知ることができる。

(……あれ?)

 いいことを思いついた。

 この世の全てを知ることができるのなら、未来予知もできるのではないだろうか?

 しかし、未来を見るという感覚がよくわからない。こんな時は素直に詳しい人に訊ねよう。

 響子に電話をかけると、五コールほどしてようやく出た。取り込み中だったのだろうか。まあいい。

「すみません、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

『なんだ?』

「この世界の全てがわかるのなら、未来予知ってできたりしないんですか?」

 重大な質問に、響子はあっさりと答える。

『できるぞ。理論上は』

「理論上……というと?」

『理論上は可能だが、君の頭では無理だ』

「えっ」

 ひどい。

『昔、誰だか忘れたが似たようなことを考えたんだ。細かいことは忘れたが、要は世界を全て知ることができるなら、そこから未来を正確に算出できるのではないかと。天気予報と同じような理屈だな。だが試算した結果、一秒先を知るのに一秒以上かかるとかなんとか』

「そうですか……ありがとうございました」

『じゃあ、私は続きがあるから、また今度』

 そう言って、電話は切れた。

 続きということは、やはり取り込み中だったのだろう。しょうもない話題で呼び出してしまったことを反省しつつ、考えを戻す。

 未来予知は、事実上の不可能。競馬で一山当てられないかとでも思っていたのだが、無理なら諦めるほかない。

 一応、未来予知が不可能でも現在手に入る情報だけで金はいくらでも稼げる。主にカジノで。

 だが……曲がりなりにも正義の味方を目指す者として、不正はいただけない。仮に未来予知ができたとしても、結局は何もしなかっただろう。せいぜい、怪物の出現時刻を予知してシフトを調節するぐらいだ。

 だから全然悔しくなんて無いんだから! 頭の容量が足りないって言われて内心ショック受けてたりなんかしないんだから!

 と、自己を慰めて精神の均衡を図ったところで、次に移る。

 翔子の鎧は、肉体が何らかの変化を遂げた物らしい。つまり、融合でも装着でもなく変態……もとい変身だ。しかし、今更掛け声を変えるのも面倒である。ここは、そのまま通してしまおう。

 肉体の四次元パワー……はよくわからないので保留。最後に響子から預かった物品だが――まあ、これは実際に使ってみればなんとかなるだろう。とりあえず、出かけるときにバイクの後ろにでも括りつけておけばいい。

 『INSECTICIDE』 のロゴがでかでかと入ったアタッシュケースは、きちんと枕元に置いてある。忘れることもないはずだ。

 よし、寝よう。

 足の上に乗っていたミケを下ろし、あぐらを解く。ミケはにゃぁにゃぁ言いながら足元に擦り寄ってくる。遊び足りないのだろうか。もしミケの心が読めたら――。

 そこで翔子は、ある考えに至った。

 なんでも分かるのなら、他人の思考も読めるのではないか?

 実現すれば、間違いなく生活が楽になる。無闇矢鱈と読むのは行儀がいいとはいえないが、他人の怒っている理由や、飼い猫と意思疎通を図るぐらいなら特に咎められることもないだろう。

 今日このパンツを覗いた時のように、ミケの思考に意識を集中した。

「――――!!?!?」

 脳細胞的なものが絶えず光るなどしているイメージが、翔子の頭に焼きつく。かなりグロテスクな光景だ。電気信号的な何かも知覚できるし、筋収縮がががあががが。

 おびただしい情報量で頭がパンクしそうになり、翔子は気を失って背後に倒れた。



 翌日、翔子が目を覚ました時、体は布団の上で大の字になっていた。差し込む陽の光から、午前七時代だと推測。

 頭が痛い。頭の血管がドクドクと脈打つような錯覚を覚える。偏頭痛というやつだろうか。

 どうにもしばらく動けそうにない。そう言えば、今日は午前中にシフトが入っていたはずだ。電話を入れて、休みをもらおう。

「もしもし――」

 なんとかバイト先に電話をかけ、頭痛が酷いので今日は休むと伝えた。担当の人がとても心配してくれた辺り、とてもいい職場だ。

 病院に行こうにも、動きたくないし、融装能力の件を異常として発見されたら困る。会社勤めしていた頃も、健康診断は外部で診断してから一部のデータに適当な数字を入れて誤魔化していた。あの病院の雑な診断、翔子的には助かったが普通に考えれば法的にまずいレベルである。

 とりあえず電気を消す。それから――寝て、落ち着いてから響子に相談するのが最適解だろう。

 先程からミケが近くでナァナァ鳴いているのだが、今はそんなことを気にしている余裕もない。頭痛の中、翔子は落ちるように眠りに就いた。



 目が覚めたのが、午後六時過ぎ。翔子はガバっと状態を起こし、あぐらをかいて頭の中を整理する。

 まず、昨日の夜にミケの思考を覗こうとした。そこで何かが起こり、倒れてしまったのだ。ここまではオーケイ。

 次に自分は朝目を覚まし――激しい頭痛に襲われて、辛うじてバイト先に休む旨を伝えてから、眠りに落ちた。

 そして今に至る。

 とりあえず経緯はわかった。次に、現在の状況だ。

 今の服装――下着姿。とてもはしたないが、平常通りだ。気になることといえば、寝汗のせいか少し汗臭いことぐらいである。

 コンディション――良好。頭痛は欠片も残っていない。寝過ぎたせいか少し気だるさがあるものの、ストレッチでもすればすぐに治るだろう。

 周囲の状況――特筆することは何もなく、至って正常だ。

 よし、とりあえずは問題ない。翔子は立ち上がり、大きく伸びをする。

 その時だった。

 リビングから、何かが倒れる音が響く。同時に、ザラザラと何か小さな個体が流れ出るような音がする。異常事態発生だ。

 翔子は急いでリビングに向かう。寝室からドア一つ挟んだ向こう側の空間で、一体何が起こっているのか。

 中途半端に開いたドアを開いて抜け、リビングの状況を確認。

 そこには地獄が広がっていた。

「な――な、んなぁ!?」

「……ナァン」

 キャットフードの袋が倒れていて、ペレット状のキャットフードが床に散乱している。水で顔を濡らしたミケがそれをカジカジと食べながら、時折こちらに視線を向けていた。台所からは、チョボチョボとシンクに水の落ちる音が聞こえてくる。

「……なにこれぇ」

 翔子は思わず声を漏らす。状況の理解に、少し時間がかかってしまった。

「あ、ヤバ、水道」

 目の前の惨劇からは一旦目をそらし、簡単に解決できる問題からあたろう。翔子は台所に向かい、水道のバルブを締める。ところどころに濡れた猫の毛が付着していて、とても悲惨な状態になっていた。後で掃除しなければ。

 で、次。床に散らばるキャットフードをどうやって片付けるか。

 一旦ミケを引き離そうと持ち上げるも、暴れて余計に散らばらせてしまった。ちょっと収拾がつかないかもしれない。

 どうしようかと焦っていると、玄関からドアを叩く音がした。

「お姉ちゃん、起きてる?」

 清香の声だ。今はそれが、天使の声にすら聞こえる。

「いいところに!」

 翔子は急いで玄関まで駆け、ドアを開けた。

「おじゃましまーす……って、え、なにこれ……」

 姉妹で反応が似たのか、清香もこの光景に絶句する。

「多分ミケのせい」

 翔子が簡潔に説明すると、清香もある程度状況を飲み込んだらしい。

「も~。駄目でしょ、ミケちゃん!」

 荷物をおいて部屋に上がると、ミケに向かってつかつかと歩み寄る。ミケはそれを見るやいなや、そそくさとその場を去った。

 清香は振り返って言う。

「さ、お掃除しよ」

「あんた……強くなったね……」

 妹の成長に、翔子はこみ上げてくるものを覚えた。



 キャトフードはこぼれただけなので、実際の掃除はそこまで大変ではなかった。

 ほうきとちりとり――なんてものは無いので、広告と広告でかき集める。集めたものは、全て元の袋に戻した。無駄にすると、経済的打撃を受けてしまうのだ。

 ミケはこれから床に落ちた飯を食べていくことになるのだが、まあこぼしたのは彼女なので自業自得だろう。

「でも、なんでミケちゃんがこんなことを?」

 広告を畳みながら、清香は疑問を呈した。

 確かに、ミケは腑に落ちない点もあるが基本的には賢い猫だ。普段なら絶対にこんなことをしない。

「そもそも、なんで翔子姉はミケちゃん止めなかったの?」

 新たな疑問。これは答えられる。

「そりゃ、寝てたから」

「え、寝てた?」

「うん」

 翔子が平然と答えると、清香が恐る恐る訊ねてきた。

「……もしかして翔子姉、一日中寝てたの?」

「うん」

 翔子が頷く。すると清香は、小さくため息を吐いた。

「それ……お姉ちゃんが餌あげるの忘れてたからじゃない……?」

「あっ」

「はぁ……翔子姉、相変わらず抜けてるんだから……。その格好も、誰か来て襲われても知らないよ?」

 下着姿の翔子を見て、清香は更に溜息を吐く。

「ああ、これは……まあ、夏だけだから……」

「そういう問題じゃなくて……もう」

 この話題はまずい。そう思った翔子は、わざとらしく話題を逸らす。

「そう言えば、清香は今日なんで来たの?」

「ああ、そうそう……」

 清香は思い出したように、玄関に置いてきた荷物――エコバッグを取りに行く。中から、この前と同じ高そうなキャットフードを取り出した。

「ホントは私があげようと思ってたんだけど、いいや。ミケちゃんに申し訳なく思うなら、翔子姉からミケちゃんにあげて」

 よく出来た妹である。

「ごめんね……だらしなくて……」

 非常に申し訳ない気持ちになり、口から謝罪の言葉が漏れた。しかし清香は、明るく言う。

「いいよいいよ、こういう時はお互い様だって」

 ベタだがとても優しいセリフに、翔子は複雑な気分になる。お互い様とは言うが、ここしばらくは清香に助けられてばかりだと思う。

 翔子の表情から気まずいものを察したのか、清香は話題を切り替えた。

「あ、そういえば、なんだか最近変な怪物? に襲われた人が何人か居るって話だから、翔子姉も気をつけてね」

 遂に、清香の耳まで届いたか。翔子は、内心で危機感を覚えた。

 清香の夫は若くして起業したエリートだ。まだそこまで大きな企業ではないものの、その業績は好調らしい。住居は高級なマンションであり、世間の低俗な噂とは少し離れた位置で暮らしている。

 実は、怪物の噂自体は一年以上前から若干ではあるが存在していた。怪物出現の頻度が増すに当たり、少しずつ広がっていたのだ。

 清香が知ってしまったということは、もうかなりの規模になっているのだろう。

 民衆の恐怖は、日に日に増している。

 そして、それに立ち向かえるのは――インセクサイドもまだ有効な手を打てていない現状では、翔子ただ一人だ。

 その責任は、重い。

「わかった。気をつける」

 黙っているのも不自然なので頷くと、清香はエコバッグを持ち上げた。

「じゃあ私、帰るね」

「気をつけて」

 清香を玄関まで送る。世間的にまずい格好をしているので、玄関から体を乗り出さないように気をつけなければならないのが少し面倒だった。



「もしもし」

『私だ。今日はどうした』

 清香が帰って、ミケの餌皿と水皿を満たしてから、早速響子に電話をかけた。

 危うく忘れてしまうところだったが、しっかり聞いておかねばならないことがあったのだ。

「私はなんでも分かるって言ってたじゃないですか」

『ああ、言ったな』

「だから昨日、飼い猫の思考を読んでみようと思ったんですよ」

 翔子が言うと、響子は興味深そうに訊ねてくる。

『ほう、それは……思いつかなかったな。で、どうだった?』

 どう答えるべきか迷う。感じたままの光景を言葉で表現できるほど、翔子の語彙は多くない。なら端的に話すべきか、それとも別の話し方をするべきか。ただ、そもそもあの光景を端的に表現できるほど翔子が賢いかと言われれば微妙である。いや、きっと翔子以上に頭がいい人――響子やその上に居るような人間でも、あの光景を言葉に表すことは難しいだろう。

 それほどまでに、昨日感じたあの光景は凄まじかったのだ。

「え……と……見たら頭が痛くなって……倒れました」

 仕方がないので、とりあえず結果だけ伝えることにした。

 響子は少し考えるように息をつく。その息はノイズとなって、翔子の耳に届いた。

『頭痛……大方、過負荷で意識を失った――と言ったところだろうか。つまらん結果だが、妥当ではあるな』

 響子の原因究明は素早い。確かに翔子も倒れた瞬間そんな感じだった。彼女に相談したのは、まあ正解だったのだろう。

『つまらん結果とはいえ、感じたものは詳しく聞きたいところだが……まあ、無理だろうなぁ』

 今度はため息をつく響子。あまりにも残念そうだったので、翔子はとりあえずのイメージだけ告げる。

「なんか、細いのが光ったり波打ったりしてました。他には、電気みたいな感じだったり……」

 それを聞いた響子は、うーんと唸った。

『脳細胞でも見えたのかね……私も脳と意識について、そこまで詳しいわけではないのだが……。まあ、なんだ。電気信号の法則性とかがわかれば、テレパス紛いのことができるかもしれないぞ』

「見込みはあるんですか……?」

 翔子が訊ねると、響子はきっぱりと言い切る。

『無理だと思うよ』

 言い出しっぺの割には無責任な発言だ。

『それに他人の思考など、知らないほうが幸せだよ……。彼我の境界の問題もあるからね』

「なんですそれ」

 不機嫌に訊ねると、響子はフッと笑いながら言う。

『他人と自分がわからなくなるんだよ。思考の共有が必須な以上、サイエンス・フィクションで扱われるような話題ではあるが……君の能力は十分SFじみているからねぇ』

 そこで、響子は話を変える。

『そうだ、怪物の呼称が決定されたよ』

「呼称……ですか? なんでそんなものを?」

『いつまでも怪物と読んでいては締まりがないからね……特定の名称をつけたほうが、会話の上でもわかりやすい』

「そうなんですか……。で、なんて名前に?」

『"ベクターズ" だ。遺伝子組み換えに使うベクター……まあ知らないだろうが、そこに複数形のエスを付けたものらしい。これからは君もこの呼称を使ってくれるとありがたいかな』

「はぁ……わかりました」

 確かに今まではずっと怪物と呼んでいたが、特定の呼称があったほうが混同も避けられるなどメリットが多いだろう。慣れるまでは多少掛かりそうだが、翔子もこれからこの呼名で行くことにする。

「ところで、なんでその名前になったんですか?」

 ポッと浮かんだ疑問を訊ねると、響子は少し投げやりに答えた。

『現時点で出現が確認されている個体は、いずれも既存の生物の意匠が見られる。そこで、これは既存の生物に何らかの組織あるいは人間が手を加えたものなのではないか……という推測からだ。私は変異体である "ミュータンス" を推したんだが、仕方ない。数の暴力にはなかなか勝てないものだ』

(多数決で決まったんだ……)

 議論の場で自分の意見を熱弁する響子の姿が、ありありと想像できる。一応、多数決の結果には従っているようだが……。

『さて……他に、君からの連絡はあるかな?』

 問われ、翔子は頭を回す。――清香が噂を知った件を、報告するべきか否か。

 数秒考えた末、おおまかに伝えることにした。

「怪物……ベクターズでしたっけ……その噂が、案外広がっているんですが……」

 すると響子は、急に真剣な声になる。

『……今までは君の活躍で最低限の目撃に留まっていたが……流石にもう、限界か……。ベクターズの出現頻度は、依然として高まっているし……。これは、我々の研究も急がなければな……』

 事態は深刻化の一途を辿っていた。これまで十年近く翔子が守り続けた平穏が、崩れようとしている。問題は表面化し、翔子もその正体を公に晒す時が来るかもしれない。

 バイトで日銭を稼ぎ、怪物――ベクターズが現れれば、それを叩く。そんな中途半端な日常で過ごしていられなくなる時は、もうすぐそこまで迫っているのかもしれなかった。



 電車を降りた清香は、駅からの家路を一人で歩いていた。

 既に日は落ち、辺りは静寂に包まれている。

 ここは街灯こそ並んでいるものの人通りが少なく、夜はとても静かだ。一人歩きは危険に思えるかもしれないが、この辺りの治安はとても良く、特に危険な目に遭ったことはない。

 翔子の家の掃除に少し時間がかかってしまったが、問題ないだろう。

 エコバッグ片手に、明日の夕食について考えていた。

(昨日はうどん、今日はカレーだから……明日はカレーうどん――っていうのは安直すぎるかなぁ)

 夫は庶民から成り上がった起業家なので、凝った料理よりも舌の慣れた庶民的な品物を好む。仕事の都合で高級料理店などで食事をすることも多いが、清香の料理が一番好きだと言ってくれた。なのでカレーうどんでも喜んでくれるだろうが、それは清香のプライドが許さない。というかよく考えたらうどんが残っていなかった。

 なら、カレーコロッケでも作ってみようか――そんなことを考えた、その時だ。

「ん……なにあれ」

 三個先の街灯の辺りに、筋肉質な人間のシルエットが見える。逆光になっていて、どんな姿をしているのかはよくわからない。ただ、これだけ離れているにしては明らかに体が大きい気がした。

 怪しく思った清香は、立ち止まって少しだけ観察してみる。それは人にしては、ずいぶんと体が細く、長い。

「……もしかして」

 あれは、噂の怪物では無いだろうか?

 噂の怪物は、動物が人型になったような姿をしているらしい。……あのシルエットは、どこか昆虫らしさを感じさせるような……。

 清香が思い至ったのとほぼ同時に、怪物がこちらに近づいてきた。

「え、ちょっと……」

 ここは人通りが少ない。周囲にあるのは大きめの公園だけで、叫んでも誰かに気づかれることはないだろう。なら、携帯で助けを呼べば――それで、どうなる?

 まず、助けを呼んでから来るまでにかなり時間がかかるだろう。警察は説得に時間がかかりそうだし、夫はまだ会社か、良くて帰宅途中。翔子の家もここからかなり離れているし、ご近所さんは呼んだところで頼りにできない。

 ならば、走って逃げたほうが有意義だろう。人通りの多いところまで逃げれば、今より大分マシな状況になる。

 そう結論づけた清香は、今来た道を戻るべく振り返り――驚愕した。

「え、なんで、こっちにも居るの……?」

 振り返った視界の先、二本先の街灯の辺り、同じようなシルエットがこちらに近づいてきている。今度は照らされているために、その姿がよく見えた。恐らく三メートルはあるであろう巨体。細長い足と、後ろに伸びる太い腹。三角頭に触覚。そして細い胴から生える、大鎌のような腕。

 それはカマキリの足を何本かちぎって直立させたかのような姿だった。

 もう一度振り返る。先ほどの怪物は消えていない。――挟み込まれたのだ。

「そんな、嘘でしょ……」

 清香の口から、か細い声が漏れる。逃げられないこの状況で、絶望だけが心のなかで膨れ上がった。

「そ、そんな……やだ……やめて……こないで……」

 弱気な悲鳴。こんな怪物に襲われて、無事で済むわけがない。

「誰か……助けて……や……いや……嫌ぁあああああああ!」

 へたり込んで、上げた悲鳴。それは闇夜の静寂に吸い込まれて、消えてしまうかと思われた。

 ブィインという、何かが小刻みに震えるような音が短く響いた。

 それから一秒もしないうちに、何かを切り裂くような鈍い音が響いた。

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