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アラサー戦士中田翔子  作者: 抜きあざらし
アラサー戦士、中田翔子!
45/46

*44 決着

 三次元機動どころか、四次元機動にも迫るような戦いだった。

 四次元空間において、三次元的な "距離" の概念はあまり意味を持たない。それはさながら紙を折り曲げるような調子で次元を折り曲げ、まるで "最初からそうであったかのように" 空間を切り貼りする。

 とはいえ、四次元の存在ではない二人が四次元的な挙動を行うのは簡単なことではない。室内ならば空間を曲げて移動するよりも走ったほうが楽だ。

 最終的に、次元干渉を行う主な目的は、奇襲や次元掘削などの攻撃、及び緊急回避を行う場合にとどめ、ジャンプやダッシュの合間にそれらを織り交ぜるようなスタイルに落ち着いた。

 戦いの中で、早くもスタイルを確立する。トランセンデンターの適応力の高さは、並大抵のものではない。

 油断していれば背後から殴られるし、こちらも相手の隙を見計らって足を引く。

 そのような戦いだ。

 久雄の拳を位相ずらしで回避し、翔子は後退する。

 コンマゼロナナナナ秒で次元圧縮砲の狙いを定め、撃つ。真っ直ぐ伸ばした二の腕から先を銃身に、固く握った拳を銃口にして、不可視――トランセンデンターのみがその存在を第六感により認識できる――の弾丸が空間を突き進む。

 だが、その攻撃は壁を穿つに留まった。

 やはり簡単には当たらない。

 なら、次元障壁で拘束して――。

 次の手を練っていると、不意に壁の一面が崩壊した。



 冴月から貰った大量の死体。爽香は、これを動かす技術を完成させていた。

 欠損の激しい死体は他の死体とニコイチすることで可動部分や生命維持機能を確保。外付け機器の電気信号で強引に動かすので、脳に関しては欠損していても問題はなかった。

 更に、CODE-T3を投与することでトランセンデンターとして自在に操ることができる。生命力も強化されるので一石二鳥だが、コントローラーでは次元干渉を最大限活用できないことがネックだ。

 だが、構わない。打たれ強くて自由に動かせるコマ程度でも、十分すぎる戦力となる。それも、大量の死体を用いたので、十五体もの数を用意することができた。

 意のままに操れるトランセンデンターが、十五体。

 これを、トランセンデッドマンと名付ける。

 久雄だって怖くない。

 このまま全世界を制圧し、全人類を支配下に置いてやる。

 それが、長年爽香が発酵させてきた野望だった。



 崩壊した壁から現れたのは、金色でゴテゴテした鎧――第六感が警鐘を鳴らす――トランセンデンターだった。

 それも、複数……十五体だ。

 尋常な数ではない。

 一体何事か――考えるよりも先に、体が動く。組まれた陣形(フォーメーション)から退避し、ステップを踏み距離をとる。

 ああ、くそ。最悪だ。

 あまり時間を掛けたくないというのに、こうも面倒くさい問題が転がり込んできてはたまらない。

 一体一体相手をしていては、時間がかかりすぎてしまう。

 どうする?

 こうする。

 翔子は翼を大きく広げた。用途不明の翼は、しかし翔子の思いのまま、明確な目的を持ってその可動範囲をめいいっぱいにまで活かす。

「ディメンションクラック!」

 必殺技その壱。

 まるで翼で相手を殴るかのように、大きく羽撃く。その羽撃きは、決して空気をかくためのものではない。空間を "削り取る" ためのものだ。

 先程までそこに居た三体の金色の鎧は、その姿をどこかへと眩ませていた。

 どうやら新しく現れたこのトランセンデンターは、次元干渉能力が弱いらしい。

 新人だろうか――相手の正体を考察していると、不意に聞き覚えのない声が聞こえてきた。

「あたしのトランセンデッドマンを……そうもやすやすと……!」

 怒りに満ちた声。だが不思議とその声に恐ろしさはなく、むしろ子供が喚いているような印象を受ける。

 こいつはあまり気にしなくてもいいだろう。

 もう一度翼を広げる。

 先程の攻撃で学習したのか、金色のトランセンデンター――トランセンデッドマンは、翔子から距離をとった。読み通りだ。それでいい。

 空間湾曲によって、右目のすぐ前に擬似的なレンズを作り上げる。次いで、この施設の上空と、レンズの手前に次元湾曲でワープホールを開通。

 ワープホールを通ってきた莫大な陽光は、レンズで収束。ビームとなって、文字通り目の前を焼き尽くす。

「シャイニングビーム!」

 必殺技その弐。

 目の前にレンズを作った理由は、視線をそのまま照準として使うためだ。ビームは重力や風の影響を受けることなく直進するので、視線の先に真っ直ぐ届く。

 視線を動かすことで、距離をとったトランセンデッドマンを、左から右へと薙ぎ払う。

 直撃した一体の頭部が蒸発する。

 他の個体も、腕が飛ぶやら胴体が真っ二つになるやら、酷い有様だった。

「あ、あたしの……あたしのトランセンデッドマン……」

 謎の声は、失意に堕ちていた。気の毒だが、邪魔なのでこうするしかなかったのだ。

 次はうまくいくといいね、と心の中で慰めの言葉を送りつつ、久雄に視線を向ける。突然の来訪者に驚きはしたようだが、シャイニングビームを造作もなく回避したようだ。

 ドサクサに紛れて事故死していればよかったものを。

 久雄の相手に戻りたいところだが、その前にやらなければならないことがあった。

 レンズとワープホールを消し、翔子は駆け出す。

 後始末をしなければならない。ボロボロになったトランセンデッドマンを、空間ごと削る。

 腐ってもトランセンデンターだ。放置しておけば、いずれ復活する可能性がある。念入りに始末しなければならないのは、何も久雄だけではない。

 久雄の攻撃を回避しつつ、トランセンデッドマンを始末。最後の一体を消し去ったのと久雄の攻撃を回避したのは、ほぼ同時だった。

「トランセンデンター……やはりこの力こそ、人類の進歩」

 翔子の反撃を回避して部屋の隅まで退避した久雄は、未だにそんな世迷言を口にする。

 これまで散々因縁をつけて殴りあったが、多分彼とは一生分かり合うことができないだろう。これまでどんな人生を歩んできたのかは知らないが、根本から考え方が違うのだ。

 それは、別に悪いことではないのかもしれない。

 だが、翔子にとってそれは邪魔な思想だった。

 都合が悪いと言い換えてもいい。

 人類の進歩だかなんだか知らないが、こんなバケモノの力をばら撒くわけにはいかないのだ。

「そんなわけないでしょ!」

 久雄の言葉を強く否定し、翔子は次元跳躍で彼の背後に回り込む。本来なら壁にめり込むのだが、同時に空間湾曲で壁を凹ませておいたので、干渉することはない。

 久雄はとっさに位相をずらしたが、翔子も位相を合わせる。太い首を両手でギュッと絞め、背後から囁いた。

「やっと捕まえた」

 首は絞めたが、別に絞め殺そうとしたわけではない。

 翔子は一瞬で爪を伸ばし――八重子がやっていたのと同じように――刃を形成する。八重子のような新米でもできるのに、もう十年以上トランセンデンターをやってきた翔子にできないわけがないのだ。

 久雄は拘束から逃れようとする。しかし翔子はいくら位相をずらしてもついていくし、三次元的に振りほどけるほど生易しい拘束もしていない。

 寸分の慈悲も与えることなく、翔子は久雄の首を切断した。

「馬鹿な……っ!」

 宙に舞った鬼の面が、驚愕の声を上げる。胴体も暴れていた。

 しぶとい奴だ。頭突きで頭を叩き落としてから、翔子は次元掘削で胴体を消し去る。

「人類の可能性が、こんなところで……!」

 叩き落とされてなお喋る頭に、翔子は引導を渡す。

「相手が悪かったね、ほんと」

 生首は最後のあがきと必死に四次元座標を逃げまわっていたので、観測できる四次元座標の全域ごと消し去ってやった。

 これで終わりだ。

 融装を解除すると、どっと疲れが湧いてきた。流石に次元干渉をやり過ぎたようだ。お腹が空いた。早く帰りたい。

 そうだ、帰ろう。皆が待っている。

 歩くのも億劫なので、手っ取り早く空間をねじ曲げてワープホールを作る。ここに来る時は出来なかったが、先の戦闘もあってかもう使いこなせるようになっていた。

 ワープホールの先で、響子と目が合う。いきなり翔子が現れたので、彼女は驚いているようだ。

「私の新しい力だよー……なーんて」

 冗談めかして言うと、響子は 「お、おう」 と漏らしてから、咳払いをした。

 そんな彼女を尻目にワープホールを抜ける。眩しい光に釣られて見上げれば、青い空、白い雲。目的を終えた清々しさもあって、その抜けるような青と白のコントラストは、凡庸な表現になってしまうが、美しい。

 とりあえずは、終わった。

 施設の後始末やらなんやかんやといった雑務はまだ残っているのだろうが、疲れたのでそれはインセクサイドと公安に丸投げしよう。

 適当な樹の幹によりかかり、響子と言葉を交わす。

「終わったー」

「おつかれさま。私の見立ては正しかったようだね」

「うん。もう疲れちゃったよ、スパゲッティでも食べたいな」

「ああ、終わったら手配しておこう」

 それから彼女は 「まだこっちは仕事が残っている」 と言って、その場を離れる。しばらく暇な翔子は、達成感を胸に空を見上げていた。



 施設の制圧が完了。職員はその場で逮捕され、その場にあった物品は一部を除いて警察に確保された。それについては、事前に了承済みだ。

 他にも久雄については事前に事務的な処理が行われていたのだが、それ以外に一人だけ行方不明者が出てしまった。

 会津冴月。職員の一人である、会津爽香の実兄だ。

 後日の調査で冴月と思われる身体の一部が発見されたが、死因は不明。

 更にその数日後、爽香の反対を押し切って調査は中止された。

 関係者の処罰や被害者への補償などまだ終わっていないことはあるが、トランセンデンターとベクターズを巡る出来事に、一応の決着がついたのだった。



「ああもう、貯金なくなっちゃったよ」

 頬杖をつきながら、響子が呟く。夜景の綺麗なレストランの雰囲気にはそぐわない言動だ。

「ワタシタチもサンザンアバレタシー、シカタナイヨー」

 その隣に座るキャサリンは、ナイフとフォークを上品に使いこなしながら言う。

「そうそう。お金で解決しただけまだマシだよ」

 響子の対面に座る翔子は、使い慣れないナイフとフォークに苦戦しつつ、響子を励ました。

「まあ、確かにそうだよなあ……。勝てば官軍、みたいなもんか」

 大きな大きな溜息をついて、響子は食事を再開する。

 今日は彼女の奢りで、ちょっといいレストランに来ている。以前に響子が翔子の時給の惨状を耳にした時の約束だ。都合がついたので、キャサリンも一緒に来ている。

「勝てば官軍、ねえ。じゃあ、負けたらどうなってたの?」

 響子の言葉に引っかかりを覚えたので訊ねると、想像したのか彼女は心底嫌そうな顔をして言った。

「……何かしら言い訳つけられて、訴えられてたんじゃないかなあ。私なんかは、ドサクサに紛れて消されてたかもしれない。弥月君の件とか、だいたいこっちの落ち度だし」

「うへぇ……」

「君も死んでただろうし、ロクなことはないね」

 まあ、確かに、かなり危ない橋を渡ってきたと思う。

 この国で、気に入らない相手を暴力で下したのだから。

 だが後悔はしていないし、これでよかったとも思っている。久雄と対決していなければ、今この時を平和に過ごすことはできなかったのだから。

 バケモノは自分だけでいい。

 他の誰かが苦しむ必要はない。自分だけがこの強すぎる力を引き受けていれば、それでいいのだ。慣れてるし。

「まあ、いいだろう。仮定はどうあれ、私らは勝って、今ここにいるんだ」

「ソーネ、ゲンキガイチバン!」

「そうだね。もうしばらく辛気くさい話はしたくないかも」

 慣れているから、忘れて笑い合うこともできる。

 翔子は、再び訪れた平穏と共に、一週間の食費に匹敵するディナーを噛み締めた。



 不幸自慢ができるぐらいには酷い目に遭った弥月だが、夏休みが終わってからも引き篭もることなく毎日学校に通っていた。

 弥月のやったことは公にされていないし、八重子も自殺ということになっている。響子には、頭が上がらない。

 いろいろあって終わらなかった宿題も翔子達三人に手伝ってもらったので、特に咎められるようなことはない。

 あまりにもケロッとしているので両親からは心配されたが、別に大したことでもないと、弥月は病院へ行こうという両親の言葉を無視した。

 まあ確かに、この切り替えの早さには自分でも驚いた。

 ある朝起きた時、唐突に理解したのだ。いくら嘆いても、八重子は戻ってこないと。

 それは言うならば急に物分かりが良くなったような、成長と言えなくもないような感覚。

 元凶をこの手で屠ったから、醒めてしまったのだろうか。

 心理学には詳しくないので、自分がどんな精神状態なのか、弥月にはよくわからない。

 ただ、少なくとも今は、悪い状態には思えなかった。

 友達の死を忘れるのは悲しいことだが、別に忘れたわけではない。例えば大切にとっておいたプリンの容器を捨てるのと同じように、自分の気持に区切りをつけて、次に進んだのだ。

 今なら翔子達の言っていたことも理解できる。別に友達一人死んだところで、人生が終わるわけではない。

 でも、八重子を助けるために踏ん張ったのも、悪いことではなかったように思う。

 きっと、今こうして気持ちの整理ができたのは、八重子と正面からぶつかったからだ。

 確かに手遅れだったが、それは無意味ではなかった。少なくとも、弥月の中では。

 こういうことを、自己満足というのだろう。

 別にそれでもいい。人生なんて、ただの自己満足の繰り返しなのだから。

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