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アラサー戦士中田翔子  作者: 抜きあざらし
アラサー戦士、中田翔子!
44/46

*43 衝突

 準備は整った。

 作戦の概要は、翔子以外の全員が施設を包囲・潜入し、翔子は上空から降下する――というものだ。

 相手に対策する隙を与えずに、一息に攻め込む。

 その際翔子はパラシュートを用いず、自由落下の速度そのままに降下する。質量を以って外壁を破壊するためだ。響子は爆弾を使うつもりだったようだが、翔子自身が断った。爆弾の類は、工作班が用いて施設を破壊するのに全てつぎ込む。

 トランセンデンターを後世に残してはいけない。

 こんなものが野に放たれて得をするのは、ずる賢い人間か悪人だけだ。

 家族、友人……大切な人達の未来を守りたいから、翔子は戦う。そのために、キャサリンと一緒に必殺技も考えてきた。

 お気に入りのライダースーツを身に纏い、翔子は上空から施設を見下ろした。ヘリコプターから見る景色は、初めてだ。

「そろそろポイントに着きます。三――ニ――一――ゼロ!」

 降下の掛け声と同時に、翔子はヘリから飛び降りる。通りすぎる空気を、思わず下から吹き付ける風と錯覚してしまう。

 下手に移動しないようバランスをとりながら、いつものセリフを叫んだ。

「融装!」

 融合装着――その言葉の通り、虚空から現れた鎧が、翔子の身体と一体化する。

 強く逞しくなるのは外面だけでなく、中身も変化していく。望んだ強さを実現するため、日々進化する肉体――それこそ、トランセンデンター。ノーリスクで神にも悪魔にもなれる、製作者曰く人類の進化の先。

 なら、トランセンデンターがどれだけ恐ろしいものか、その身で味わってもらおう。

 弾丸のような早さで、翔子は落下する。

 難しい計算はわからないが、確か高速で移動する物体はその質量と速度で威力が二乗でどうのこうのという。教習所で習った気がする。

 とにかく翔子はその身を兵器と化し、施設の天井めがけて降下する。

 ――耳をふさげ!

 第七感が警告したその瞬間、轟音とともに翔子は施設に突入した。



 施設全体がどよめいている。天井の穴から漏れる光が眩しい。

 しばらく床に寝転がっていた翔子は、痛みが引いたので久雄の捜索を開始することにした。

 第六感を集中させ、次元干渉を探る。融装していなくても、少しぐらいはわかるかもしれない。

 …………微弱な反応がある気がする。

 それは真っ赤な絨毯に落ちた一つの綿埃ほどに小さな、ともすれば逃してしまいそうな反応。

 十分だ。

 反応は、ここより一つ下のフロア――地下にある。真下ではなく、三部屋分ぐらい南ではあるが。

 床を叩いてみる。翔子の落下に耐えただけのことはあり、この床はとても頑丈なようだ。この様子だと、破壊する方がかえって時間がかかるだろう。

 階段かエレベーターがあればいいのだが。

 次元破砕や次元圧縮で消してもいいのだが、アレは乱発すると疲れるのでできれば温存したい。

 前回の施設のことを鑑みるに一日もかからないと思うのだが、今回は久雄を完全消滅させるので戦いに備えるべきだろう。

 扉に鍵がかかっていたので、吹き飛ばして廊下に出る。

 警備兵らしきベクターズが数体やってきたので、手っ取り早く頭をちぎっておいた。見た目からして多分超音波強化された個体だ。昔はこの程度の相手にも手こずっていたことを思い出し、随分強くなったものだと自分で感心する。

 少し歩くと、エレベーターらしきものが見つかった。大きさからして、移動用ではなく資材の搬入用か何かなのだろう。

 現在、箱は二階にあるらしい。待つ気はないので、扉を壊して侵入した。

 地下一階。このフロアのどこかに、久雄がいる。

 大体の位置は掴んでいるので、探せばすぐだろう。



 廊下の突き当り――一番奥の部屋に、久雄は引きこもっていた。

「やっと見つけた」

 書類の山の中で、一人高そうなソファに腰掛けている。

「トランセンデンター一号か……」

「……?」

 どういうわけか、久雄から覇気が感じられない。以前の久雄は、もう少し危ないオーラを放っていたはずなのだが。

 まさか、偽物だろうか。

 こんな組織とは言え、久雄は要人だ。影武者を立てている可能性は十分にある。

 だが、目の前に居る久雄が偽物ということはありえない。翔子の第六感が、そう断じた。

 ならどうした? 気が変わったか?

 問答無用で抹殺するのも引っかかる。話しぐらいは聞いてやってもいいだろう。

「人類の進化? ってやつ、諦めたの?」

 久雄は翔子の言葉を無視し、弱々しく絞り出す。

「お前も……人類の可能性を否定するのか」

「あんなの人じゃない」

「そうか……なら、黙ってもらおう」

 どうやら話し合いの余地はないらしい。久雄は立ち上がり、叫ぶ。

「トランセンデント!」

 ならばこちらも本気を出さねばなるまい。

「すぐに終わらせてあげる……!」

 全身の筋肉が引き締まる。飛躍的に向上した瞬発力。久雄の意識よりも疾く動き、懐に飛び込んだ。

 渾身の一撃をみぞおちに叩き込む。

 怯んだ隙に次元掘削パンチを――使うべく次元を開いたが、その間に久雄は立て直したらしく、後退してしまう。流石に、翔子の次に長くトランセンデンターをやっている相手は手強い。

 後退すると同時に、久雄は言った。

「なぜ人類の進化の邪魔をする。その力を独占するためか?」

 久雄が翔子の意思を理解していないことがわかる。伝えていないので当然だろう。トランセンデンターに、心を読む力は無いのだから。

「強すぎる力が必ずいいものになるなんて思わないことね!」

 翔子にとって、この力は久雄を倒し彼の計画を挫くためのものだ。その後にどう使うかといえばまだ考えていないし、別に終われば無くなってもいいと思っている。

「人類全てに行き渡れば、差別や孤独感はなくなる!」

 こちらの攻撃を回避しながら、久雄は言う。

 まあ、それは正しい。

 異端が排斥される理由は異端であるからだ。出る杭まで平均が押し上げられれば、打たれることはない。

「でも、もう今みたいな生活はできなくなる!」

 トランセンデンターには、それこそ一人で世界をひっくり返せるほどの力が秘められている。

 それは意図することで覚醒し、望む強さを与えられる。

 やったもん勝ちなのだ。

 そんなもので埋め尽くされた世界で、自分の身を守れるのは、自分しか居ない。

 強さを求める相手の悪意に対抗するには、自ら強さを求めるしか無いのだ。

 そんな世界は息苦しい。

「それに……」

 そして、何より。

「こんなの、人間じゃない!」

 久雄にとって、トランセンデンターは人類の究極体なのだろう。

 だが、翔子はそうは思わない。願えば背中から腕が生え、翼だって手に入れられる。望めばどんな異形にだってなれるだろう。

 それはもうバケモノだ。

 人の形を失ってまで力を求めるその生物は、もう人間とは呼べない。

 足りないものを叡智で乗り越えてこそ、人間だ。

 翔子の叫びに、久雄の動きが止まる。

「……お前まで……」

 強烈なまでの怒気。怒りに肩を震わせる。それはまるで、どよめく山のよう。憤りに火をつける寸前の久雄は、まるで噴火を前にした火山のような――。

「お前まで……それを言うのか……!!」

 地の底から吹き出すマグマのような叫び。

 漆黒の鎧の隙間から燃えるような赤がのぞき、大気を揺るがすほどの気迫を身に纏う。

 ああ、彼の想いが見える。

 自分の信じたものが誰にも受け入れてもらえない。それが許せない。

 確かに悔しいだろう。自分はこれほど信じて、その素晴らしさを説いているのに。怒りたくもなるだろう。

 だが、実際はそんなものだ。

 生物の成すことに正しいも間違いもない。あるのは、結果として起きた事実だけだ。

 エゴを押し通すのも、わがままを言うのも勝手だ。好きにやればいい。

 だが、それが必ずしも叶うとは限らない。

 こうして邪魔をすることも、勝手だからだ。

「あんたの野望……私がここで叩き潰す!」

 目の前に放っておけないエゴがある。許しておけない敵がいる。

 腕が。足が。翼が。

 引き締まった筋肉を覆う鎧が、流れるようなラインの、その姿を再び描いていく。

 全身から湧き上がる高揚感。溢れ出る万能感。漲る力。最早何者にも敗けることはない。目の前の敵を消し去るために自らが望んだ力。


 さあ――。


 異形の力を振るう時だ。



 響く銃声。蛍光灯の光の他に、マズルファイヤの光が浮かぶ。

 弥月は、一人先行していた。

 キャサリンとは入り口で別れている。後続の武装部隊に最低限の安全を確保するため、ヴィディスの二人は先にある程度のベクターズを始末しているのだ。

 連携がキモであるヴィディスⅣにあるまじき役割だが、変な薬で (接続状態が) 最高にハイになっている弥月にとって、そんな些細な事は問題にならない。ベクターズなど、連携するまでもない、取るに足らない相手なのだ。

 相手のリーチの外から確実に発見し、正確な射撃で仕留める。

 攻撃どころか、指一本触れられていない。

 周囲の被害を案ずる必要がないので、遠慮なく鉛球をぶっ放せた。

 八重子は救えなかった。

 ならせめて、八重子と同じ被害に遭う人がこれ以上でないようにしたい。それが弥月の想いだ。

 そうでもしないと自分が許せなかった。

 激しく揺れ動く感情は、次第に行動すら侵食する。

 一発で仕留め切れなかった個体には、接近して機関銃の斉射を行う。それが過剰火力だとわかっていたが、理性の制止は届かない。

 原型を留めない、ボロボロの雑巾のような肉塊が、蒸発を始める。ベクターズは、死亡確認が楽でいい。

 圧倒的火力で迎撃のベクターズを殲滅しつつ進撃していると、何人もの職員が慌てて逃げ出していく。八重子の件に関わった可能性が高い連中なのでまとめて始末しておきたいところだったが、銃口を向けた相手が人の顔で怯えるので、なんとかギリギリで見逃すことができた。

 人殺しの是非について、八重子を殺した弥月が論じるつもりはない。

 ただ、死への恐怖で歪んだ顔を見ると、引き金にかけた指から力が抜けるのだ。

 撃たないのではなく、撃てない。

 尤も、それが深層心理での人殺しへの忌諱から来るものなのか、怯える顔から死への本能的な恐怖が刺激されているからなのかはわからないのだが。

 突き当りだ。扉を蹴破り、中へ進入する。

 そこは、とても清潔な部屋だった。

 白い壁紙もねずみ色の絨毯にも、汚れ一つついていない。ベージュのソファから、ニス特有の艶を放つ茶色いテーブルを挟んだ反対側には、電気屋さんでしか見たことがないような大きなテレビが置いてあった。無論、ホコリ一つついていない。

 そして、ソファに座り、大画面テレビに映された映画を見ている男には見覚えがあった。

 薬を渡してきた男だ。

 銃口を向け、警告する。事前に響子から聞かされていたテンプレのセリフだ。

「動くな。この施設はすでに包囲されている」

 男はようやく弥月の存在に気づくと、苛立たしげに舌打ちした。

「今いいところなんだ、邪魔しないでくれるか……」

 その顔に、恐怖の色は見えない。

 こいつなら撃てそうだ。

 だが――これまで数多の職員を逃してきたのに、こいつだけ撃ち殺してどうしようというのか。それは、ただの憂さ晴らしではないだろうか。

 一度は男に銃口を向けた弥月だが、間違えて男を撃たないように、銃口を下げる。

 だが、次の男の言葉で再び銃口を上げることになった。

「八重子の時は都合よく動いてくれたのに……なんで今さら邪魔しに来るんだ」

 "都合よく動いてくれたのに" ――それは一体何を意味するのか。

「どういう……こと?」

 いや、わかっていた。ヴィディスと神経接続されている弥月は、ヴィディスの首脳部であるメインコンピューターの演算能力を少し借りて、思考を加速させることができる。

 わかっていて、訊いた。

 何故か?

 それが杞憂であって欲しかったからだ。

 八重子の命が、こんな奴の掌の上で弄ばれただなんて、信じたくなかったのだ。

 だが。

「わかるだろう。八重子と君は、俺の娯楽のために殺しあったんだ」

 ああ、くそ。

 その上、男はこんなことまで言い出す。

「いい娯楽だったよ。まあ、派手さが足りなかった気もしたが……及第点だ」

 ふざけるな。何が及第点だ。

「一番面白かったのが、殺し合いよりも俺の思い通りに動いたところだったのは、残念だ」

 想像を絶する発言。こいつは一体、八重子の死を何だと思っているのだろうか。

「残念……? 一体何を言っているの。死ね」

 相手の発言が弥月の理解の範疇を越えていたので、返しも妙な日本語になってしまった。言いたいことが多すぎて、上手くまとめられないというのもある。

 状況を整理しよう。メインコンピューターの一部を間借りし、思考を加速させる。

 男が一体何をしたのか。その全貌はわからない。

 それでも、この男のせいで八重子が死んだことはわかる。

 この男が居なければ、八重子は死ななかった。

 過去に遡ってこいつを殺すことはできない。弥月に与えられた選択肢は、 "今" 、 "どうするか" だ。

 別にこの男を殺しても八重子が戻ってくるわけではない。八重子はもう死んでいて、その事実だけはどうしようにも覆しようがない。

 それでも、弥月はこの男を許しておくことができなかった。

 弥月は、再び銃口を男に向ける。躊躇いはない。

「……邪魔をしないでくれるか」

 男は斜めな機嫌を隠すこと無く表情にして表す。声にも、機嫌の悪さが滲み出ていた。

 どこまでも自分本位な相手だ。

 そんな、自分のことしか考えられない哀れな男にはうってつけの最期を与えてやろう。

 弥月は、倫理や合理性を投げ捨て、自分の感情のみに従って引き金を引いた。

 発砲の轟音と、袋が潰れて破れるような音が部屋に響く。銃弾のめり込んだテーブルは、その衝撃で真っ二つに割れる。真っ白だった壁には、赤を基調とした現代アート的なものがべったりと張り付いた。

 ねずみ色の絨毯に散らばる残り物を眺め、弥月は死亡確認を終える。

 男は死んだ。

 弥月がひとりよがりな想いで放った、一発の銃弾で。

 一発で殺したのは、せめてもの慈悲……というわけではない。今使っている銃だと、どうあがいても人間は一発でこうなるのだ。

 銃を持ち替えてチマチマいたぶってから殺すということも考えていないといえば嘘になるが、とにかく一刻も早くあの男をこの世から消し去りたかった。

「……これ、仇討ちになるのかなあ」

 ソファから漏れ出た羽毛の舞う部屋の中で、弥月はポツリと呟く。

 その言葉は、人の形を失った部屋の主にも、蒸発した親友にも届くことはなかった。

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