*41 急転
翔子とキャサリンで、計二回も説明する羽目になった。
まあ、ほとんど自分で巻いた種のようなものなので、仕方あるまい。
翔子とキャサリンの加勢で少しだけ落ち着いた響子は、素直にそう思うことができた。
落ち着いたことで、もう一つの問題も見えてきた。
弥月のアフターケアだ。
現在は睦月と話しているようだが、多分事情をよく知らない彼女では上手く慰められないだろう。親だからといって、完璧な対応ができるわけではないのだ。
友人の死……弥月と八重子――それこそ現在で言う翔子やキャサリンほど親密だったわけではないが、響子にも一応経験がある。
「ちょっと弥月君の様子を見てくるよ」
翔子とキャサリンにそう言って、響子は車を降りた。
「今は睦月さんに任せた方がいいんじゃない?」
翔子は眉根にシワを寄せながら言う。様子を見るとしか言っていないのだが、響子が何をしようとしているかは既に察しているらしい。まあ、睦月に任せておくのも一つの手だ。完璧でなくとも、あの親――見た感じ娘を大切に思っている睦月なら、悪い結果にはならないだろう。
しかし、八重子の件に関してそれなりに罪悪感のある響子は、個人的に直接話しておきたかった。
翔子に顔だけ向け、響子は言う。
「多分なんとかなるさ」
と、キャサリンが挙手する。
「ワタシもイク?」
キャサリンはああ見えて思慮深いので、上手く弥月を励ますことができるかもしれない。だが、響子は首を横に振った。
「いや、私だけでいい。君達は……そうだな、警察の事情聴衆をやっつけておいてくれ」
さり気なく厄介事を押し付けると、二人は嫌な顔一つせずに頷く。
「オーケイ、ワカッタよ」
「うん、わかった」
なんだか新たな罪悪感を産んでしまった気がする……。ホイホイと仕事を投げてしまったことを、響子は少しだけ後悔した。
「少し、いいですか?」
睦月の肩を叩き、弥月の前に出る。
「……一体何をするおつもりで?」
睦月は疑いの眼差しを向けてきたが、響子は軽く受け流した。
「悪いようにはしませんよ」
「……」
怪訝顔をしつつ睦月が少し身を引いたので、響子は膝を抱えて座り込む弥月の前に腰を下ろし、目線の高さを合わせる。
「……すまない。間に合わなかった。相手の尻尾を掴めていれば、違う結果になったかもしれない」
こと情報戦において、こちらは圧倒的な劣勢に立たされていた。
尻尾どころか影も形もわからないし、その目的すら判然としない。久雄の思想を掲げているかどうかすら怪しい。
対するこちらは、拠点は割れているし、規模や戦力も推し量られていると見ていいだろう。
実態の分からない相手に、丸腰で対峙しているようなものだ。
ハッキリ言って、八重子を救えた可能性は限りなく低い。
謝りはしたし申し訳ないとも思っているが、これ以上の動きができたかといえばそれはきっとノーだろう。響子の手持ちのカードでは、どうしようもなかった。
「だが、それにはあまりにも手強い――いや、それ以上に、得体の知れない相手だった」
なんだか言い訳じみていて情けないが、これだけは伝えておきたい。
「だから、君のせいじゃない。君は君にできる中で最大限の働きをした」
何も言わない弥月の肩を叩き、響子は続ける。
「君は不可能とも思われた八重子君の説得をこなしたんだ。結果は残念なものだったが、君の思いは間違いなく八重子君に届いた」
弥月の顔が、微妙に動いた。
「八重子君は君のことを恨んではいないだろうし、むしろ好ましく思っているだろう。それだけは、覚えておいてあげてくれ」
言ってから、もう少し上手い言い方は無いものかと思った。
前に翔子を励ました時にも感じたが、自分はどうにも口が上手い方ではないらしい。
人付き合いが少ないせいだろうか。ああ、くそ。今はそんなことどうでもいいのに、自らコンプレックスに触れそうになった。
気を取り直して……というわけではないが、今度は言葉を変えてみる。
「友人を失って辛い気持ちは、わかる。私も、過去に経験があるからな」
「……そうなんですか?」
自分の話題を臭わせて相手の興味を引く作戦は、どうやら成功したらしい。初めて弥月が喋ったので、響子は心のなかでガッツポーズをした。
「まあ、君達ほど親密な仲ではなかったがな……」
響子がそこで言葉を止めると、弥月は催促するような視線を向けてきた。
要望通り、話すことにする。
「アレは私が大学で遊んでた頃だ。私の居たラボは、そこそこ危ない実験をするようなところだった」
これは翔子やキャサリンにもしていない話だ。……いや、したかもしれないが、覚えていない。まあ、とにかく、あまり喧伝するような話でもないだろう。
だが、この場にはちょうどいい。
「その中でも一際危ない実験を、私の友人はすることにした。私含む数人は反対したが……まあ、煽る奴も居たな」
どこにだって無責任な奴は居る。響子だって、どうでもいい事柄に関しては無責任なことを言ったりする。
「そのせいかは知らないが、彼女はその実験を行った……」
ここで一度言葉を止める。弥月は催促するような視線を再び送ってきたが、それだけでは駄目だ。響子の意図を察したのか、弥月は催促の言葉を口にする。
「それで……どうなったんですか?」
上々だ。とにかく会話をすることで、相手の気持を持ち上げる。
「失敗して死んだよ。それから、これまでの危ない実験やら私も知らないような予算の横領やらが明るみに出て、ラボは潰れた。……まあ、それだけの話だ」
「悲しくなかったんですか……?」
「そりゃ数少ない友達だったからな。結構悲しかったよ。でも、ずっと悲しんでても仕方ないだろう」
響子は諭すように言う。
「過ぎたことは、過ぎたことだ。悲しくたって悔しくたって、覆ることはない」
突き放すような言い方だが、これ以外に言葉が見つからない。口下手な響子では、上手く言うことができなかった。
「だから、君が悩んでも、どうにもならないんだ。……それも、覚えておいてくれ」
これ以上、響子の口から言えることはない。
睦月に会釈して、翔子たちの方へと向かった。
※
それからしばらく時間が経って、弥月の父親――月極 葉月が現れた。
かっちりとした背広を身に纏い、油断なく絞めたネクタイに、猫をかたどったタイピンがアクセントになっている。
弥月とは、そんなに似ていなかった。弥月から睦月を引き算したら、こんな顔になるかもしれない。(意味不明)
会って早々に名刺を渡されたので、多分滅茶苦茶警戒されているのだろう。
響子は名刺を持ってきていなかったので、名刺交換会にはならなかった。
それで、話したことといえば……まあ、予想通りだ。
やれどうして私達に連絡を入れなかっただの、娘の身に何があっただの、あんまり睦月と言っていることは変わらなかった。
違うことといえば、会話の一部始終が録音されていたぐらいだろうか。ボイスレコーダーは隠していたようだが、響子の目は欺けない。
まあ、睦月よりは落ち着いて話を聞いてくれたので、その点だけは評価してやろう。(何様)
そんな感じでクッソ面倒くさい事務的な会話が続くと思ったが、舞台は意外な結末を迎えた。
弥月の介入だ。
彼女は 「責任は自分にある」 と言って、響子達を庇った。
両親も最初は難色を示していたが、弥月がこちらを丸め込む時と同じぐらいの強情っぷりを発揮してくれたので、なんとかご両親は納得してくれた。
そして、ドサクサに紛れて、弥月がこれ以降もヴィディスⅣのオペレーターをやるという話まで決めてしまった。
それに気づいた時には、響子もハンコを押していた。
扱いとしては、アルバイトと同義。ヴィディスを着用した時間だけ、時給が発生する。
……余談だが、その時給は翔子のものより高いらしい。可哀想なので、翔子には後で食事を奢ると約束した。
※
八重坂八重子は、月極弥月と戦って、死んだ。
いい余興だった。
欲を言えば、もう少し血みどろの戦いを繰り広げて貰いたかったのだが……仕方あるまい。
もっと派手な薬を渡して弥月の凶暴性を引き出せれば良かったのだが、それはもう後の祭りだった。
まあ、敵側にトランセンデンターを増やしても邪魔になるだけなので、結果オーライだろう。
弥月に渡した薬だが、アレは爽香が暇つぶしで開発した 『メカニカ』 というものだった。
細胞分裂に少し悪さをして、機械との融合を可能にする薬らしい。動物実験の結果、コンピューターおばあちゃんネズミができたとかなんとか。
冴月はそちらの方面はあまり詳しくないので機械との融合と言われてもよくわからないのだが、悪くない結果になったことだけはわかる。
素人なりに予想すると、弥月がヴィディスを用いていたことが鍵だったのだろう。
『メカニカ』 について、副作用はまだ確認されていない。
コンピューターおばあちゃんネズミはまだ健康体で、餌をよこせなど要求をプリンターで印刷しているらしい。人類と動物の会話という歴史的に重要な出来事が、こんなしょうもないことでいいのだろうか。
まあいい。
副作用が出ても出なくても、最早冴月の知ったことではない。
ショーは満喫したので、弥月への興味を失ったのだ。
まだ利用価値があればいいのだが、多分弥月はもう面白いことをしてくれないだろう。メカニカとの向き合い方に関してはいろいろ葛藤したりするのだろうが、そういうのはあまり見ていても楽しくない。
冴月は安易なネタが好きなのだ。
辺に小難しく考えさせるモノよりも、親友同士の悲劇の決闘だとか、そういった感じの単純な悲劇の方がいい。
次は誰で遊ぼうか。
飽いた獲物を見放し、冴月は次の獲物の吟味を始めた。
※
それから数日。
八重子の葬式やらなんやらのもろもろが終わり (因みに死体は蒸発した) 、再び何の進展もない日々が数日続いた頃。
お盆も終わり、八月もそろそろ終わりが近づいている。暑さはまだまだ収まりそうもない、今日このごろ。
しばらくロクでもないことばかり続いていたが、それもようやく終わりを告げそうだった。
久雄の潜伏先が、明るみに出たのだ。
市民に大きな被害が出た八重子の件以降、警察がブチ切れたらしい。その張り巡らされたネットワークを駆使し、久雄の尻尾を掴んだ。
逆に言えば、警察はそれまであまり頑張っていなかったらしい。まあこの国の性格上、受け身になってしまうのは仕方がないとも言える。むしろ仕事してくれただけありがたいと思っておくべきだろう。
警察が久雄の尻尾を掴んでくれたので、こちらでの調査も大きく進展した。
こちらは一般企業ということで、個人情報である久雄についての情報の一部は伏せられたのだが……それは大した問題にならなかったようだ。
久雄の潜伏先がわかったのなら、後は畳み掛けて壊滅させるだけである。
尤も、そのためにはいろいろと準備が必要なのだが。
「武器はいらないかなあ」
現在、社員食堂で駄弁りながらプランを練っている。翔子と弥月の食券は響子の奢りだが、これはこの前約束した分には含まれていない。
「確かに、今の翔子君ならむしろ武器が邪魔になりそうではあるな」
最近の翔子は、殲滅力がうなぎ登りになっている。
次元干渉で遠距離攻撃もできるし、手刀がその辺の刃物よりも鋭い。謎のパワーアップもじわじわと使いこなしてきているしで、まさに一騎当千と言えるだろう。
なので、今回も翔子は単独行動の予定だ。単騎で敵施設中枢まで潜り込み、久雄ら首脳陣を制圧する。危険な任務だが、彼女なら大丈夫だ。
キャサリンは弥月その他と合同で、各所の制圧と情報収集を行う。こっちはこっちで危ないが、リスク無しで果たせるような任務ではないので仕方ない。
正直ミサイルでも落として始末するのが一番いい気がするのだが、翔子曰くトランセンデンターはその程度では死なないらしい。崖から落とすとか爆破するとかいう大雑把な殺し方ではなく、もっと念入りに、ダルマにして干物にするとか次元の彼方で分解するとかして、最後に死亡確認をしなければならないようだ。
彼女は最後に 「そのぐらいしないと、少なくとも私は死なない」 と付け加えていた。
自分のことは自分が一番よくわかる。普通の人間なら例外はあるが、ことトランセンデンターにおいては、そうではないらしい。第六感は、まず自己の把握に充てられているようだ。
とりあえず、久雄については翔子に任せても大丈夫だろう。
「それより、トランセンデンターの発生原因……確実に潰しておいてよね?」
「ああ、わかっている」
インセクサイド及び公安の目的はベクターズの撲滅だが、翔子の目的はトランセンデンターをこれ以上増やさないこと――久雄の目論見の阻止にある。
翔子に久雄の対処を頼んだ以上、トランセンデンターの発生原因を潰すのは……こちらの役割だ。
それが、外部の協力者である翔子に対して通すべき筋というものだろう。
単純に、友人として、彼女の要望を聞き入れてやりたい、というのも……まあ、否定はしないが。
「キャシーと弥月君は?」
ヴィディスのオペレーターである二人は、翔子と違って遠距離攻撃をするには武器を扱う必要がある。特に弥月のヴィディスⅣは射撃前提でゴツめにデザインされただけあり、素早さでベクターズに劣り格闘戦には向かない。
「ワタシは溶断ブレードがあればイイヨ」
「私は、使える分は一応全部スタンバイしておいてください」
「わかった。溶断ブレード含め、全部用意しておこう」
ヴィディスに関しては武器の呼び出し機能があるので、整備してスタンバイしておけば問題なく使える。
呼び出し機能がなかった場合、武器一つにつき一つずつハードポイントを作成する必要があった。まあ、規格を統一すれば多少は楽になるが……それでも改造は面倒だ。
「それと、弥月君とヴィディスのデータが出た」
弥月の自白で、彼女が何らかの薬物を注射したことが判明した。入手経路は彼女自身も把握していないらしいが、このような薬品を作ることが出来る組織または個人は決して多くないだろう。
響子は、測定データの書類を取り出し説明する。
「弥月君の側から、ヴィディスに神経接続が仕掛けられている」
ヴィディスに神経接続機能はないから、この神経接続は弥月の身体の変化である――という響子の予想は、的中した。
嬉しくもなんともない。
機械だって別に魔法で動いているわけではない。人体と同じように複雑な構造を持ち、それぞれの機構が噛み合って動いているのだ。
だが、人体と機械は違う。例えば、人間の筋肉とヴィディスの人工筋肉は全く別の素材を使っているし、関節の構造も微妙に違うものを採用している。人間の神経はタンパク質的なものでできているが、ヴィディスの神経はポリカーボネートと銀だ。 それはまるで "規格の合わない端子" のように、決して噛み合うことはない。
しかし、現に神経接続は起きている。それは何を意味するのか。
規格の違う端子を無理やり接続した場合、どうなるか。答えは単純で、端子が壊れる上に大概の場合正しい信号は送信されない。
恐らく、弥月の身体は機械に適合する仕組みを持っている。人間の神経を無理矢理機械に接続し、信号も変換する。多分、やたらと身体に負担がかかるだろう。
無理をさせてはいけない立場だというのに。
子供を戦場に立たせることに関する罪悪感……に関しては、もうあんまり気にならなくなった。ここに立っているのは、弥月自身の意思によるものだ。むしろ罪悪感こそ彼女への侮蔑となるだろう。
が、怪我でもされれば話は別だ。保険やら両親のサインやら一式は用意したが、トータルで考えるとこちらの責任がなくなるわけではない。後遺症の残るような怪我なら、様々な力が働いて響子の首が飛ぶだろう。世間一般的な常識が通じない荒事なので、最悪社会的に抹殺される。
ふざけるな。なぜ意思やら決意やらに巻き込まれてこちらの首まで飛ばないといけないのだ。
自己責任であることを認める旨の書類にサインはさせた。両親のサインも貰った。それで終わればよかったのだ。できる限り怪我はさせないようにするが、怪我をされても別に響子の脛に斧が飛んでくるわけではない。
しかし、たかがサインごときで世間の目が制御できるかといえば、決してそんなことはない。
現に、人事に言われた。直接的表現を避けた非常に回りくどい言い方で、察しが悪ければ気づかずに明日の天気と一緒に聞き流してしまうような言葉だったが、言われた。
弥月に何かがあって会社がヤバくなりそうならお前クビな、と。
ここまで来てしまったのだ。今更弥月の決断を恨んだり、彼女に嫌味を言うなどするつもりはない。
それでも、もっと自分の身体を大事に扱ってくれとは思う。
八重子が救えなかったことで死に急ぐ可能性もある。
現在、響子や両親による言葉が功を奏したのか、表面上はそのような素振りを見せていない。だが、内面に、どこか危うさを秘めているように思えた。
不確定要素が多すぎる。できれば、出撃させずにいろいろ調べておきたい……というのが本音だ。
これが終われば、今度は弥月の治療をしなければならない。
(……そうだ、弥月君に使われたものの資料も、優先事項に加えよう)
さて。
「他に、こちらで用意して欲しいものはあるかな?」
響子が問うと、三人は口々にもう無いという旨を告げる。
「……よし、いいだろう。言われたものはこちらで用意しておく。君達も、必要な物を準備しておいてくれ」
三人を見渡しながら、続ける。
「日付は決定次第報告する。決行一週間前には決まるはずだから、突然出発……ということにはならないだろう」
三人は、ゴクリとつばを飲んだ。まあ、キャサリンに関しては響子を介さずに直接連絡が行くのだが。
「それじゃ、後は適当に」
あまり緊張されても良くないので、ここで態度を崩してお茶を濁す。響子が食事を再開すると、他の三人も追って食事を再開した。




