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アラサー戦士中田翔子  作者: 抜きあざらし
異形の戦士、トランセンデンター!
40/46

*39 神経接続

 ここのところ、ロクなことがない。最後にあった良いことは、多分翔子の家に泊まった時の出来事だ。

 ベクターズ出現の報告を聞いて、響子はそんなことを考えた。

 ただの出現ではない。住宅街やデパートの付近――街中での出現だ。街は大混乱で、既に怪我人も出ている。

 他人の怪我を心配している暇も、自分の不幸を嘆いている暇も無い。気持ちを切り替え、響子はキャサリンを引き連れて社用車に乗り込んだ。

 翔子と、弥月にも連絡を入れた。もう四の五の言っている余裕はない。状況的にも、精神的にも、だ。

 運転していいような精神状況ではないが、気にしてなど居られない。

 暴走気味の運転で、国道を爆走する。法定速度とはなんだったのか。そんなものはない。(意味不明)

 道中、巡回中のパトカーの横を素通りしたが、職務怠慢からかパクられることはなかった。あるいは、警察もベクターズの騒ぎでてんやわんやなのかもしれない。

 道が空いていたことも幸いし、なんとか現場に辿り着くことができた。

 現場では、既に駆けつけていた警察特殊部隊がベクターズに応戦していた。だが、やはり生身では力不足のようだ。多対一の状況を作りそれぞれ押さえこんではいるものの、攻勢に転じることはできていない。

「キャシー!」

「ヘーンシーン!」

《Spatial coordinates set!! VDES start up!!》

 掛け声と共にキャサリンの身体をヴィディスが包む。その姿はこの日常空間ではどこまでも異質であり、際立った。

 だが、同じ "非日常" の存在であるベクターズとの親和性は高い。

 それはつい先刻まで数多くの人々が往来していた空間。付近のデパートには、未だ野次馬の姿もある。被害者と思しき怪我人は、ついさっき救急車に乗って病院へと搬送されていた。

 ベクターズがここまで堂々と姿を現したのは、二度目だ。

 一体なんのために?

 いや、そもそも、これまで人前に姿を現そうとしなかったのは何故だ?

 わからないことが多すぎる。いや、むしろほとんどわかっていないと言えるだろう。

 相手の狙いがわからなければ、対策の立てようがない。……いや、考えろ。

 ほんのわずかな事実から予想し、仮定に仮定を重ね、それを下敷きに更に仮定する。

 それはまるで、ポーカーで手持ちの五枚だけを用いて山札から次に吐き出されるカードを導き出すような作業。だから、まるでアテにならない。

 仮定を一つでも違えていれば足元から崩壊していくような頼りない方法だ。だから、試行回数を増やす。

 そもそも、なぜ相手の狙いを知りたいのか。それは、相手の狙いから相手の行動を予測し、対策を立てたいからだ。

 ならば相手の狙いをひたすら推測し、それに応じた対策をそれぞれ立てればいい。

 下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。

 どこに相手が隠れているのかわからないなら、狙撃ではなく絨毯爆撃をすればいい。

 何もしないより、遥かにマシだ。

 考えろ。

 適当にアタリをつけて、相手の思考をトレースしろ。

 そう、例えば――人間信者の久雄が、ベクターズを用いて人間を傷つけるとは考えにくい……だからこれは、別の人間による犯行なのではないか……?

 別の人間……それも、手段を選ばないタイプの相手だ。

 実際に被害が出れば、それだけ世間からの注目度も高まる。怪我人が出れば、国もより一層捜索活動を強めるだろう。一般市民を巻き込むのは、非常にリスクが高いのだ。

 久雄以外の人間が、そんなリスクを犯してまで何を望む?

 いや……違う。

 リスクの判断が上手くできていないのかもしれない。世間知らずか、自暴自棄か、あるいはそれ以外か――リスクとリターンの計算が狂った相手が、ある目的のためにこのような凶行に出たのだとしたら。

 例えば、八重子だ。

 それならば、これはこちら――翔子をおびき寄せ弱らせるための罠で、何かしらの副作用で正常な判断ができずに一般市民を巻き込んだ……と、考えられないこともない。

 そもそも彼女が見ず知らずの一般市民に価値を見出していない可能性もある。それに、一介の高校生――それも錯乱状態であれば、一般市民を巻き込むことのリスクが見えていなくてもおかしくはない。

 ……だが、翔子憎しで前が見えていない状態の八重子に、こんな罠を張ることができるだろうか?

 時間が経って冷静になった、と考えることもできる。だが、八重子以外の手による犯行の可能性もある。

 八重子だった場合は、とにかく翔子との接触を避けなければならない。だがそれ以外なら、また別の狙いがあるはずだ。

 考えろ。

 一般人に危害を加えるのが目的の可能性はないのか? だとすれば、正面から殲滅する他ない。だが、あの物量で攻めてこられれば太刀打ち出来ないだろう。その時は……その時だ。

 しかし、危害を与えるためなら最初からあの物量を持ってくるだろう。その上、現在は一般人ではなくヴィディスを狙っている。これは手段であって、目的ではないと考えるべきだ。

 ならやはり、こちらを誘い出し叩くための罠なのだろうか。

 だが、そんな搦め手では翔子は倒せないし、こんな手を使わずともヴィディスなら倒せる。わざわざこのような手段を取る必要がない。

 目的は、こちらの撃破ではない。

 ……一応、インセクサイドの施設には連絡を入れて、警戒態勢を敷いてもらうことにする。だがまあ、向こうが襲われることはないだろう。ヴィディスと同じく、わざわざこんな手段を使う必要がないからだ。

「融装!」

 と、翔子が到着したらしい。バイクを停め、彼女は響子に目配せしてからベクターズの元へと駆け出す。

 弥月はまだだろうか。数が多い上にまだ野次馬が残っていたりするので、人手が欲しいのだが……。



「ちょっと出かけてくるね」

 響子から呼び出しが掛かった。弥月は靴を履いて、家を出ようとする――が。

「待ちなさい」

 母に引き止められてしまう。

「どこに行くの?」

「えーっと……ちょっと、八重子の家に……」

「嘘おっしゃい。最近八重坂さんちは留守にしてるそうよ」

 まずい。

 翔子やヴィディスのことは、両親に話していない。間違いなく反対されるからだ。

 だから毎回、適当に言い訳してきた。それで凌げていた――つもりだった。

 まずい。

「と、とにかく、出かけるから!」

「あ、ちょ、待ちなさい!」

 母の制止を振り切り、弥月は走る。内心で母に謝罪しながらも、無我夢中で自転車を漕ぎ続ける。

 だから、ずっと後ろを追ってきていた自動車には、気付かなかった。



「遅れてすみません!」

 言いながら、弥月は翔子のバイクの横に自転車を停めた。

「ああ、いいよ。とにかく、人手が足りない。後ろから翔子君達をサポートしてくれ」

 響子は頭のなかで考えを整理しつつ、弥月に指示を出す。

「わかりました!」

 彼女はそれに応じ、ヴィディスを纏う。

「チェンジ!」

《Spatial coordinates set!! VDES start up!!》

「でえい!」

 格闘戦を仕掛ける翔子とキャサリンを上手く避け、ガトリングのエネルギー弾をベクターズに浴びせる。

 だがその動きを見て、響子はある違和感を覚えた。

 相手の目的推理を一時中断し、弥月の観察にリソースを割く。

 ――焦っている。

 弥月は、まるで何かに急かされているかのように、焦っているのだ。まずガトリングという選択がおかしい。ガトリングは相手に多くの弾丸を打ち込めるが、集弾率が低いため街中での戦闘には不向きである。そして、一応外しては居ないものの弾道がブレていた。

 八重子が奪われたことに対する焦りだろうか? いや、しかし、それだけではないような――。

 そう考えていると、不意に翔子が叫んだ。

「――! 来る!」



 弥月は焦っていた。

 八重子の件もそうだが、他にも焦りの種はいくらでもある。男の言葉。渡された注射器。両親。どれも、弥月の平静を揺さぶる。

 そんな中に、彼女は現れた。

「八重子――!」

「……トランセンデント」

 次元を割って現れた八重子は、すぐに鎧を纏ってしまう。会話をする気はない、とでも言うかのように。

 だが、弥月は食い下がる。ガトリングを投げ捨て、ヴィディスに包まれた腕で八重子の肩を掴み、ガクガクと揺すった。

「親の仇だかなんだか知らないけど、そんなことしてたら死んじゃうよ!? あたしも一緒に考えるから、違う方法を探そうよ!」

 しかし八重子は応じない。弥月の腕を振りほどき、翔子の元へと向かう。

「……私、もうこれしかないの。私の全てはお父さんだったから、それが無くなったら、もうこれしかないの」

 そんな八重子を背後から羽交い締めにし、弥月はめげずに引き止める。これまで彼女と関わってきた弥月にとって、八重子が自らを 『父が全てだった』 と言い放ったのは、とても悲しかった。

「そんなことない! 八重子は……八重子は……!」

 うまく言葉に表せない。言葉に出来ないから、腕の力を強める。必死で、引き止めた。

 だが。

「……じゃあね」

 八重子は、その細腕で軽々と弥月を――ヴィディスを振り払う。それでもなお弥月は食い下がるが、一本背負いで地面に叩きつけられてしまった。打ち所が悪く、腕の装甲にヒビが入る。手首がむき出しになった。

 やはり、トランセンデンター―、それも何らかの強化を施された相手に、ヴィディスでは敵わない。

 早くしないと八重子が離れてしまう。

 懐から、注射器を取り出す。

 『そんな君にも、彼女に対抗出来るだけの力を手に入れる方法がある』――あの男の言葉を信じるのか? 何者かすらわからない男に渡されたこの怪しい薬を、信用するのか?

 弥月は自問し、自答した。

 信用したわけではない。だが、今はこれしかない。これ以外に、八重子を止める方法がない。なら、これしかない。

「八重子……やめるまで、許さないから」

 実は、注射は結構苦手だ。だが今は、そんなことを意識している余裕もなかった。

 むき出しの手首に、注射針を突き立てる。場所は手首を通る動脈。脈拍を測る位置だ。針は普通の注射針よりも少しだけ太く、その分痛い。

「ぐ……」

 痛みを振り切り、内容液を注入。何かが身体に広がっていく、不思議な感覚を覚えた。



「兄ちゃん、この前渡したアレ、T3じゃなかったわ」

「……なんだと?」



 視野が広がった。

 最初に自覚した変化は、それだった。

 ヴィディスは、HMDの大きさの問題で、カメラで捉えた映像を一度に表示し切ることができない。その範囲は元来の人間の視野よりも広いので特に問題はなく、今後変更することはないと響子も言っていた。

 しかし、今は明らかに視野が広い。カメラに写った景色が全て見えていると、 "断言" できる。

 そう、わかるのだ。次に自覚した変化がそれだった。

 HMD上に表示されているわけではないし、音声案内が語ったわけでもない。だが、わかるのだ。ヴィディスと視界を共有していることが、はっきりと。

 視界だけではない。各部の破損状況が、ディスプレイに表示された情報よりも細かく、明確にわかる。まるで自分の身体のことのように――いや、それ以上に、把握できていた。

 コンデンサの充電状況も、人工筋肉の動きも。腕装甲の破損が手首を除いて人工筋肉までは達していないことも、装甲の歪みで腰の人工筋肉に過負荷がかかっていることも。

 はっきりとわかる。

 歪んだ部分の装甲を曲げ戻し、過負荷を解決する。とりあえずは、これでいい。

 タキオンリアクターの出力を上げる。通常はソフトウェアからリミッターがかかっているので、そこに介入した。これで、十数分だけ通常時からは考えられないようなパワーを得られる。

「八重子……」

 言いながら、彼女の肩を掴み、 "強引に" 振り返らせた。トランセンデンターにも対抗しうるパワーを、――時間制限こそあるものの――ヴィディスは持ち合わせている。

「!?」

 先程までとは打って変わって力強くなったヴィディスに、八重子は驚いたようだ。こちらを凝視して、すぐに警戒の色を出す。

「八重子がやめるまで、あたしもやめないから」

 八重子を再び羽交い締めにし、弥月は言った。

 だが、八重子は応じない。

「……弥月、ごめん」

 拘束されていない足で、弥月の足を思い切り踏む。じわじわとした鈍痛が弥月を襲った。

「ぐっ……もう!」

 これには流石の弥月も腹が立った。一度八重子を離してから、頭を掴んで地面に叩きつける。

「もう怒ったからね。やめるって言うまで許さないから」

 起き上がらせてから、バチンと頬を叩く。

「――私はやめないから!」

 負けじと、八重子も掴みかかる。弥月はバランスを崩し、後ろに倒れこんだ。ゴロゴロと地面を転がり、めまぐるしく上下が入れ替わる。

「くだらないよ、そんなこと!」

「弥月は他人だからそんなことが言えるの! 私にとって、お父さんは……!」

「そうだよ! 他人だよ! だから、八重子のほうが大事なの! 危ないことしてほしくないの!」

 つかみ合いながら、お互い好き勝手に言いたいことをぶつけあう。

「わ――っ、わたしは、わたしには、お父さんしかないの! だからこれしかないの!」

「やめてよ! そんなの寂しいよ!」

「やめない!」

「やめて!」

「いや!」

 上になった八重子は、弥月の襟首を掴んで持ち上げる。両者の顔がグッと近づいた。

「勝手なことばっかり言わないでよ! 私はやりたいようにやってるだけ! 私のことは私が決めるの! 弥月じゃないの!」

 だが、やられるだけに留まる弥月ではない。

「そんなの同じだよ! あたしだって、やりたいことやってるだけだから!」

「――っ!?」

 軽く頭を引いてから、目と鼻の先にまで近づいた八重子の顔に、頭突きをお見舞いする。鈍い音とともに、ヴィディスの装甲がひしゃげた。HMDの一部が壊れたはずだが、視覚は問題なかった。神経接続に切り替えたのだから、当然だ。

 怯んだ八重子を振り払い、弥月は立ち上がる。

「あたしは、八重子にこんなことして欲しくないから、止めてるの」

「弥月……」

「……友達だから……居なくなったら、寂しいし……」

 八重子は膝を立て、か細い声で言う。

「……その気持は、嬉しい、けど……」

 震える腕で膝を押さえながら、八重子は再び立ち上がる。その動きは、八重子の意思と切り離されたもののように思えた。

 嫌な予感がした。

「八重子……?」

 鎧の下の表情は見えない。だが、その声からは何かを悟っているような印象を受けた。

「私、もう駄目みたい」

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