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アラサー戦士中田翔子  作者: 抜きあざらし
異形の戦士、トランセンデンター!
37/46

*36 CODE-T3+2M

「トランセンデンター一号だが、もう好きにして構わない」

 長机の件を報告した際、久雄にそんなことを言われた。

 あれほど目をかけていた相手のはずだが、どうして急にそんなことを言い出したのだろうか。

「……いいんですか?」

 訊ねると、久雄は考える間も置かずに、さも当たり前のように言った。

「構わん。それで死んだら、その程度ということだ」

 飽きてしまったのだろうか。それとも、心変わりだろうか。トランセンデンター一号への関心が、薄れている……?

 ここはもう少し探りを入れて、久雄の真意を確かめるべきだろうか。だが、これは好都合だ。手間がいくつか減る。

 久雄の感情と自分の都合を天秤にかけた結果、冴月はこのまま仕事を進めることにした。



「許可が降りた。今が攻め時だ」

 八重子にそう伝えると共に、冴月は注射器をテーブルに置く。CODE-T2M……ベクターズを生み出す薬品だ。爽香が持っていたものを、一つだけ分けてもらった。

 八重子は、注射器を怪訝な顔で見つめる。

「これは……」

「能力を強化する薬だ。これなら、トランセンデンター一号にも対抗できるだろう」

CODE-T2Mの効果は、特性の強化。能力が全体的に底上げされているトランセンデンターが使えば、その実力は更に高まる――はずだ。

 理論上は。

 前例がないので、理論でしか物を言えない。それも、憶測に程近いような曖昧な理論だ。

 だが、八重子はこの違法建築スレスレの理論を信じてくれたようで、注射器を手に取る。それほど切羽詰まっているのか……あるいは、信用されているのか。

 まあ、頭が弱いだけの可能性もあるが。

 八重子は掴んだ注射器をしばし眺めてから、一思いに腕に刺した。細い針が、彼女の皮膚を貫く。

(そういえば、血管の位置とか大丈夫なんだろうか)

 ふと、そんなことを思う。八重子は既に注射器の中身を全て注入していたので、その心配はもう後の祭りだ。

 だが、なんとかなったらしい。

 八重子は自身の体の変化を何か感じ取ったようで、右手を開いたり閉じたりしていた。外観に変化はないが、何かしらのパワーアップが起きたのだろう。なんの能力もない冴月が感じられるほどに、その身体からは威圧感が溢れていた。

「よし、これで――」

 トランセンデンター一号を倒せる……と言おうとしたところで、既に八重子は玄関から飛び出していた。トランセンデンター一号に対する憎しみは、並大抵のものではない。

(その憎しみを拝見させてもらうとしようか……)

 爽香から貰ったもう一つの道具を、冴月はポケットから取り出した。



 八重子は、自身の能力上昇を実感していた。

 まず、何より、全てのトランセンデンターの居場所がわかる。

 これまでは鎧をつけていない相手の居場所はわからなかったが、今はわかるのだ。だから、トランセンデンター一号の居場所もよくわかる。

 それは今、とある公園に居た。

「トランセンデント!」

 鎧を纏った八重子は、強く念じる。あの公園に今すぐたどり着くためには――。

「ワープ!」

 次元を捻じ曲げて、この場所と公園を繋げる……それが最短ルートだ。その距離、わずかニ歩。大股で一歩。

 大きく足を開いて突撃。出た場所はトイレ。そこで、一人の女性が便器を磨いていた。

「!?」

 八重子の姿を見て、困惑する女性。それはごく普通の、ジャージを着た女性だった。

 だが、八重子にはわかる。彼女が、父の仇、トランセンデンター一号だ。

「死ね!」

「融装!」

 早速殴りかかったが、ギリギリのタイミングで防がれてしまう。

 そのまま、カウンターとばかりにトイレから押し出された。ゴロゴロと地面を転がってから、起き上がる。ワープの影響か、どっと疲れが襲ってきた。

 それでも、掴んだチャンスは放したくない。

 トイレから出てきた一号を睨み据え、八重子は再び飛び掛かる。ただ殴っても効果が無いのは、これまでの経験でわかっていた。だから、その硬い装甲を貫く鋭い刃をイメージ。

 そして、イメージは具現化する。

 五本の爪が、見る見るうちに伸びるた。伸びた爪同士が触れた部分からめり込み、融け合い、一体化する。

 腕を振るう。一閃の斬撃を、しかし一号は回避した。トイレだけが、鋭い爪の餌食となる。白いタイルが、粉を飛ばして真っ二つになった。

 この力は、確かに強い。

 だが、疲労のせいか意識が遠のいていく気がする。

 動いているはずの手足の感覚がない。視界も、徐々に赤く染まってきている。



 その動きは、まるで理性のタガが外れた野獣のようだった。

 翔子は戦場を移すべく、入り口の半壊したトイレから退避する。このままここで戦えば、職場がなくなってしまう。

 八重子の斬撃を回避しつつ、周囲の安全を確認。人気はなく、他人を巻き込むことはないだろう。

 響子に連絡したいところだが、生憎そんな暇はない。本能的に繰り出される苛烈な攻撃は確実に翔子を狙っていて、少しでも油断すればその爪で切り裂かれてしまうだろう。

 次元干渉を感知してくれることを祈るばかりだ。

 斬撃は続く。相手のリーチに入るのは危険だ。バックステップで距離を取り、小規模の次元干渉弾 (名前はまだない) をばら撒く。

 弾が複数あると、コントロールがままならない。最低限地形を破壊しないよう心がけつつ、単調な攻撃で相手を追い詰める。

 野獣のような本能に従った動きは、鋭いがわかりやすい。わかりやすい動きは、御しやすかった。

 公園の端に追い詰め――響子やキャサリンが駆けつけるまで待つ。今できることは、それだけだ。

 次元干渉弾。それはこれまで武器を持たなければ格闘攻撃しかできなかった翔子が、新たに手に入れた能力(ちから)。これで翔子は、武器に頼ること無く、自分の肉体だけで、遠く離れた敵を攻撃することができる。

 人間の強さ。それはやはり、その肉体以外で戦うことができることだと思う。

 人間の肉体は、それだけで完結していない。牙や爪で強靭な野獣の皮膚を切り裂くことはできないし、空を飛ぶための翼もない。体温を維持するだけでも、衣服を必要とする。

 そんな不完全な肉体で、しかし道具を使うことでここまで生き残ってきた。道具を使うことで、今や地上の大半を牛耳る存在となった。

 道具を扱うこと。それこそが、人間の強み、人間の戦い方なのである。

 なら、生身で完結している翔子の肉体は、やはり人間ではないのだろう。

 わかっている。

 もう、いいのだ。

 次元干渉弾の数を絞り、コントロールに意識を割く。整形、檻のイメージ。空間断裂による次元の壁を作る。

 いかにトランセンデンターといえども、空間断裂を無視することはできまい。

 内心でほくそ笑みつつ、翔子は檻の維持に努める。――と、檻に干渉する力があった。

 何か腕力的な要因によって、翔子の檻が干渉されている。檻を壊すべく、何者かが力を加えている。

 一体、誰が?

 いや。問わなくても、そんなことはわかりきっている。

 この場でそんなことが可能な相手といえば、一人しか居ない。

 八重子が、次元の檻を破壊しようとしているのだ。自ら次元干渉を行い、空間断裂を修復しようとしている。離れた空間を、繋げる――。

 なるほど、わかった。

 最初に八重子がいきなり現れたのは、次元干渉でワープを行ったのだ。時空をねじ曲げ、ショートカットコースを作る――昔読んだ漫画で、そんな秘密の道具が出てきた気がする。

 八重子は、既に次元干渉をモノにしているというのだ。

 この短い期間で。

 いくらなんでも早すぎる。

 だから、翔子は疑った。彼女は、なんらかの "ズル" をしたのではないか、と。

 トランセンデンター技術に関しては、久雄の側に分がある。何かしらの強化手段を持っていてもおかしくはない。

 だが、だからといって素直に負けてやる気はなかった。

 相手が檻を壊そうというのなら、こちらはそれよりも強い力で檻を維持すればいい。それは次元干渉と次元干渉のせめぎあい。力と力のぶつかり合いだった。

 両手を前に出し、次元干渉を行う。壊されそうな空間断裂を再発生させ、檻を何度も補強する。

 次元干渉のキャリアなら、こちらのほうが長い。ぽっと出の新参に負ける翔子ではなかった。

 目を血走らせながらも、強固な檻を維持する。


 どれぐらいそうしていただろうか。長時間の次元干渉に、流石の翔子も疲労を隠せない。

 実際には二分程度なのだが、翔子には数時間にも感じられた。普段よりも強い次元干渉が、時間の感覚を狂わせているのかもしれない。

 八重子も肩で息をしている。お互い、限界が近いように思えた。

 そこで状況は好転する。

「遅れてすまない!」

 聞き覚えのある声と、自動車の音。なんだか前にも同じようなことがあったような気がする。デジャヴだろうか――いいや、事実だ。

 以前と同じように、響子が助けに来てくれたのだ。

 車が止まると、後部座席からヴィディスの影が二つ――キャサリンと弥月だ。

「八重子!」

 すぐさま、ゴツイ方のヴィディスが八重子の元へと駆け寄る。

 弥月の声を聞いて、八重子は――なんの反応も見せなかった。

「!?」

 聞こえていない、というのは考えにくい。空間断裂の檻は格子状のため、音が通る隙間はあるはずだ。

 なら、なぜ反応がないのか。

「――――ッ! !!」

 その事実に気を取られていた隙に、八重子が空間断裂を破壊してしまった。牢獄から解き放たれた八重子は、再び翔子へと突撃してくる。やはり、弥月には目もくれない。

「八重子!」

 再び叫んだ弥月が、八重子に体当たりを仕掛ける。軽く攻撃して意識を向けさせようという算段だろう。

 ヴィディスⅣは、安定性が重視されているために重い。ただの突進でもその威力はそこそこあり、決して無視できる威力ではないはずだ。

 だが。

 突進を受けてなお、八重子は翔子を睨んでいた。

 鎧越しでもわかる、怨念のこもった視線。どれだけの殺意を練り込んでいるのか、それはただの視線であるにもかかわらず、翔子の背筋に嫌なものを走らせる。

 これだけ純粋で強烈な殺意を、翔子は向けられたことがない。

 翔子でなくとも、余程の悪事でも働かない限りはこんな視線を浴びることはないだろう。

 自分は、何をした?

 本当に、何もしていないのか?

 思わず自己の記憶を疑ってしまう。

 疑われ続けた時、本当に自分がやったのではないかと思い始める、あの感覚。

 だが記憶に無い。恐らく八重子の勘違いだ。

「八重子!!」

 しびれを切らしたのか、弥月がバズーカのようなものを構えた。デザインがヴィディスと統一されているので、恐らく専用武装だろう。

「話を……、聞けえ!」

 ロケット弾が、翔子のすぐ横を抜けて八重子に直撃した。咄嗟に前に出したらしい長爪が崩れる。着弾の衝撃と爆風で、八重子は怯んだ。

 その隙に、弥月はバズーカを捨てて八重子に飛びかかった。馬乗りになり、胸ぐらを掴む。

「八重子!!!!」

 今にも頭をぶつけそうなほどに顔を近づけ、叫ぶ弥月。これが生身での出来事なら、美しい友情を絵に描いたような図になるのだろうが……ヴィディスとトランセンデンターという異様な組み合わせのせいで、殺し合いにしか見えない。

「ア……」

 呻き抵抗する八重子の頬を、弥月は容赦なく叩いた。前から思っていたが、押しの強い娘だ。

「あたしの話を聞け」

 だが、八重子が応じることはなかった。

 弥月を後ろに投げ飛ばし、八重子が起き上がる。

 今更な話だが、様子がおかしい。

「弥月ちゃん……ちょっと……」

「わかってます」

 そのことは弥月もわかっているのか、また新しい武器を次元ハードポイントから取り出す。今度はマシンガンだ。

「一旦あの鎧を剥がしましょう」

 トランセンデンターの鎧は皮膚と同化しているので、剥がすのは生皮を剥がすのと同義……冗談はともかくとして、アレは一体どうすれば本人の意志以外で解除されるのだろうか。

 過去の経験から考えられる方法は、ガス欠か気絶ぐらいだろうか。なかなかオーソドックスな手段のような気もする。適当にやっていても到達できそうな手段だ。

 だが、弥月がそこまで考えているとは思えない。見通しの甘い彼女のことなので、翔子の経験など知らず、とりあえず気絶させればいいぐらいに考えているのだろう。

 常識ではありえない出力と低燃費を誇るトランセンデンターを相手に、ガス欠を狙うのは愚策だ。気絶させるという方法自体は、悪いものではない。

 だが、ヴィディスでトランセンデンターと渡り合うには相当の技量が必要だ。射撃能力だけではなく、高度な立ち回りも求められる。

 危険だ。

 人智を超えたバケモノであるトランセンデンターを相手に、気絶狙いで挑むのは、無茶だ。殺すぐらいのつもりで居なければ、逆にこちらがやられてしまう。

 翔子やキャサリンの補助にも、限界があった。

「いや、駄目だよ。弥月ちゃん、もう諦めよう」

 翔子が弥月の肩を掴んでそう言うと、彼女はキッとこちらを睨む。

「なんでそうなるんですか!?」

「トランセンデンターは私達の問題だから、巻き込むわけにはいかないよ」

「ふざけないでください! これは私の問題なんですよ!」

 その一言で、翔子は言葉を失う。

「――っ」

 弥月の言い分は、間違いではなかった。いや、むしろ正しい。

 友人を助けたいのは、弥月自身だ。そのために何をどうするか、そこは弥月の問題である。

 しかし、巻き込んでいるのは事実だ。弥月を危険に晒す訳にはいかない。それはこちらの問題だ。

 ようやく言い返そうとした時、弥月が更に言う。

「もし響子さんが同じような目に遭った時、翔子さんはどうします?」

 返す言葉もなかった。

 友人が一人減ったぐらいで、人生が変わることはあまりない。あまりないのだが……。友人一人を取るか、これから先の人生を取るか……おぼろげにしか見えない先の未来と、目の前の友人なら、翔子はどちらに価値を見出すだろうか。

 響子一人が死んでも、別に翔子の人生が終わるわけではない。インセクサイドとの関係も、キャサリンを通じて継続することができる。

 だが。

 今後の人生を投げ捨ててでも、翔子は響子に手を伸ばすだろう。

 翔子はそういう人間だ。

 弥月も、きっとそうなのだろう。

「……ああ、もうっ!」

 弥月の肩を放す。

 頭が痛い。右手で額を押さえ、こめかみを揉もうとするも――鎧に阻まれてしまった。

 こんなことをして、もし弥月が死んだら、責任はどう取るのか。

 駄目だ、止めろ。理性がそう強く語りかけるが、身体がそれに応じない。気がつけば、左手で弥月の背中を押していた。

 子供を、戦場に放り込むのか?

 駄目だ。今からでも遅くない、止めろ。

 理性の最終警告。

 確かにそうだ。これは危険だ。

 八重子は弥月を見ている。一時的に、狙いが翔子から離れたようだ。真っ向勝負となれば、弥月が不利なのは明白である。

 止めろ。それしかない。

「いや――」

 もう少し踏み込む。弥月をなるべく危険に晒さず、かつ彼女の要求を通すためにはどうすればいいか。これまでの方法では、妥協が足りなかった。

 彼女は、もう八重子と話をするまで止まらないだろう。

 なら。

 翔子にできることは、一つだけだ。

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