*34 思惑
「あの娘は、 "とりあえず" 黙らせておきました」
八重子を説得の報告を受け、久雄はふむと頷いた。
「とりあえず、とは?」
訊ねると、冴月は砕けた笑みを見せる。
「少し思わせぶりな事を言って、希望を持たせてやっただけですよ。その希望が叶う保証はありませんが」
そこで真面目な表情になった冴月は、言葉を続ける。
「あの娘をの執念は本物です。普通に説得しても、黙ってはくれなかったでしょう」
「なるほど……」
久雄は納得した。
冴月は、仕事を完璧にこなす男だ。
しかしそれは結果論であり、過程は問わない。
大規模な掃除であればプロを雇うこともあるし、表計算ならマクロを組んで自動化することもある。そんな人間だった。
※
ここ二日、八重子と連絡がつかない。
出かけるという話は聞いていないし、訪ねても反応がなかった。他の友人も何も知らないらしく、本格的に心配だ。
嫌な予感がする。そろそろ、周囲の大人に頼った方がいい段階なのではないだろうか。
だが、親や学校に話すのは違う気がする。誘拐や失踪などといった問題とはまた違う、どこか言い知れない不気味さが、この件にはあった。
こんな時に頼れる大人とは、誰だろうか。
少し考える。心当たりは、一人しか居なかった。
「もしもし、翔子さん?」
『ん? どうしたの?』
※
弥月からの相談は、最近友人の様子がおかしい、といったものだ。
事情を聞いて、とりあえず写真をよこしてくれ、ということになった。
そして、その写真が一番の問題だった。
彼女から送られてきた写真に写っている少女は、トランセンデンターの少女そのものだったのだ。
これは緊急事態である。響子に連絡し、協力を仰ぐ。
『えっ、なにそれ……』
響子も困ってしまったようで、声には困惑の色が滲む。
早速、響子の部屋で対策会議を行うことになった。
まず、この事実を弥月に伝えるか否か。
誠実な対応をするなら、伝えるべきだろう。だが、そうすると巻き込むことになってしまう。危険極まりない現状に一介の女子高生を巻き込むのは、褒められた行為ではない。
そのことを真っ先に翔子が言うと、響子は頷きつつも気まずそうに冷や汗を流していた。因みにキャサリンは普通に頷いている。
怪しいので問い詰めてみると、響子はあっさりと白状した。
「……弥月ちゃんをヴィディスⅣのオペレータにしようとしてた……ねぇ」
「私だって……ちょっと酷いこと考えてるなとは……思ってたけど……でも、あんな人材滅多に居ないから……」
彼女にしては珍しく、殊勝な態度で頭を垂れる。
「ふーん、わかってはいたんだ……」
少し意地の悪い言い方をすると、響子は更に調子を落とした。消え入りそうな声を、懇願するように絞り出す。
「そう……。だ、だから……嫌いに、ならないで……」
その表情には、見覚えがあった。確か、清香が料理の手伝いをしようとしてお皿を一枚割ってしまった時、こんな表情をしていた気がする。
(なんか可愛いなあ……)
確か、響子と清香は歳が近い。なんとなくイメージが重なるのは、そのせいもあるかもしれない。
今回の件、彼女なりにいろいろ考えがあったのだろうし、とりあえずは、責めないでおこう。
響子の肩を優しく抱き寄せ、翔子は柔らかく語りかける。
「大丈夫。響子なりにいろいろ考えてくれてたのは知ってるから」
そんなこともあり、一旦は知らせないでおこうという流れになった。
だが。
「ごめんね。私の方でもいろいろ調べてみたんだけど、わからなくて――」
『いや、嘘つかないでくださいよ』
「えっ……べ、べべべ別に嘘なんかついてないから! ホントだから!」
『……カマかけてみただけなんですけど、その反応、嘘ついてますよね』
「……」
彼女の覚悟は本物だった。
「八重子がそんなことになってたなんて、知らなかった自分が許せないんです」
「でも、危な――」
「八重子はもっと危ないことをしようとしてるんです! その前に、あたしが止めます!」
翔子の部屋に集まった、翔子、響子、キャサリン、弥月の四人。三人でいくら止めても、弥月は全く動じなかった。
これには流石に根負けしてしまい――。
弥月を家に返してから、テーブルを囲む三人。
「まあ、ヴィディスⅣは後方支援型だから、他より頑丈だし、前に出なければ危なさは減るが……」
腕を組んで響子が言うと、キャサリンが反論した。
「デモ、危ないヨー。ジョーホーをキョーユーするだけにトドメたほうが……」
「だが、戦いたいというのは彼女たっての希望だからなあ……」
弥月は、自分の手で友人――八重子を止めたいと言ったのだ。それを叶えるためには、ヴィディスⅣのオペレータになってもらうのが一番である。
だが、とにもかくにも危険だ。
両親は弥月が説得すると言っていたが、どうにも怪しい。翔子にカマをかけてきたところを見ると、親にも黙って事を進めるのではないかとつい疑ってしまう。
しかし情報共有だけに留めようとすると、またなにか仕掛けてきて、強引にオペレータの座を手に入れてきそうで怖い。
「ごめん……私が誤魔化せなかったから……」
翔子が何度したかわからない謝罪をすると、響子がこれまた何度言ったかわからない慰めの台詞を口にする。
「君は嘘がつけないから……仕方ない。そもそも、普通は女子高生がカマかけてくるなんて考えないだろう」
そんな不毛なやりとりを何度も繰り返すほどには、場は停滞していた。
「忘れ薬とか……」
「ないよそんなの」
「だよね……」
集まった三人の顔には、疲れが見え始めていた。
途中で夕食 (カップラーメン) を挟みつつ、空回りに空回りを重ねた結果、最終的に 『弥月には名前だけの後方支援をやらせて、実際には戦場から隔離する』 ……というはこびになった。
あまりにも空回りしすぎたせいで、もう日付が変わっている。
「今から帰るのも面倒だな……」
「……泊まってく?」
「そうさせてもらうよ……」
それからも、大変だった。
疲労で脳のストッパーが外れていたのか、はたまた深夜まで起きていた脳がハイテンションに突入していたのか、それともお泊り女子会的な状況に脳が興奮したのか、いつもより言動が過激になる。
ミケに餌をやってから、翔子がシャワーを浴びている時のこと。
「アライッコシましょー」
「えっ、い、いきなりっ」
「女同士だろ恥ずかしがるなよー」
決して広くはない風呂場は、三人で入るとそれなりに窮屈だった。
上がってからも、安息の地はない。押入れの奥深くに眠っていた、恐らく会社の忘年会辺りで貰った王様ゲームトランプ (ちょっとエッチな命令編) を発掘し、三人で遊ぶことになる。
「イチバンとニバンはキスしてくださーい」
「キ、キス……!? 翔子君とキス……!?」
「ま、まあ、キス、ぐらいなら……」
隣人は不在、下は空き部屋なので、多少騒いでも問題ない。
「ところで……押し入れからはみ出してるアレは、一体……」
「え……? あっ、ちょっと、あ、み、見ないで! 見ないでー!」
「スゴーイ、イボイボ……」
「どうやって使うのか、見たい、かあな……」
「え、そそそんな……でも……」
「じゃあ……命令」
「『一番と二番は王様の命令をなんでも聞くこと』 ……なにこのカード!?」
「引いたカードが予備だったから私が書いた」
「オーサマのメーレイはゼッタイですヨー」
「し、仕方ない……か……」
「タノシミデース」
「キャサリンも同じ命令だぞ」
「ワーオ!?」
エスカレートしていく命令は、場の雰囲気と相まって、まるで水に入れた氷砂糖のように理性を少しずつ溶かしていく。
「よし、このカード!」
「馬鹿な!?」
「カードの中身ぐらいわかる。そう、トランセンデンターならね。さっきまでは使わなかったけど、もう手加減はしないから」
「ぐぬぬ……」
「さて……一番はアレを使うこと。二番は……私の肩でも揉んどいて」
「ハイハーイ」
「大人しく醜態晒しなさい」
「くぅ……」
その後、翔子の選択権は一番最後となった。
「イチバンとニバンはディープキスしてくださーい」
「そんなカードまであるのか……」
「こ、この際どこまで行っても同じ……覚悟を決めないと!」
「まあ、翔子君がいいなら……」
夜が明けた頃には冷静になっていた。
「酔ってないから大丈夫だと思ったんだがなあ……」
布団の隅で頭を抱え、響子が呟く。
布団から起き上がる気力が湧かない。昨夜は体中を酷使した気がする。
「大丈夫大丈夫一線は越えてない……覚えてないから自信ないけど」
自分に半分、他の二人に半分言い聞かせるように、翔子は言った。寝っ転がったままなので、大分間抜けな絵面だ。
「コシガイタイデス……」
キャサリンは、うつ伏せで腰を押さえていた。そんな意味深な痛みを感じられると、ますます自信が無くなってしまう。
真面目な話でしばらく根を詰めていたせいか、えらく乱れた夜を過ごしてしまった。後半は記憶が曖昧で、どこまでやったかよく覚えていない。
「た、多分Bまで、Bまでだから!」
「翔子君、言い方が古い……」
「B……? Biological?」
喋っていて、口の周りになにか乾いた後があることに気づく。口から溢れたよだれが乾いたような跡だ。王様ゲームの時にディープキスをしたので、恐らくその跡だろう。そうに違いない。
下着が半脱げだし、キスマークが見える範囲でもいくつかついているが、多分、一線は越えていないだろう。一線の定義は曖昧だが、まあ、それはそれ。
要は気持ちの問題である。スキンシップの範囲で済めば、問題はない。仮に越えていても、問題は問題にしなければ問題ではない。
万事問題ないのだ。
※
本当に問題なかった。二度寝したらどうでも良くなった。
それよりもっと大きな問題を思い出して、それどころではなくなった……というのも、多分にあるのだが。
「これが……ヴィディス……」
ガラスケースに入れられたヴィディスⅣを見上げ、弥月は感嘆の息を漏らす。
響子がいつのまにやら完成させていた 『ヴィディスⅣ』 は、現在キャサリンが使っている 『ヴィディスⅢ改』 よりも重量感があった。
全体的に、フレームが見てわかる程度には増強されている。射撃時の反動を考慮してのものだろう。背中についているアンカーらしきものも、恐らく同じ理由で増設されたものだ。右膝にはよくわからないアタッチメントがついているが、これはよくわからなかった。
他にもいろいろあるのだが、割愛する。
これなら確かに、ヴィディスⅢ改よりは安全だろう。
だが、戦場に出るからには危険は避けられない。その上ヴィディスの性能ではトランセンデンターと対等に戦うことができないので、八重子を止めるのが目的なら相当な無茶をすることになるだろう。
だから、そうならないためにこちらでサポートする。弥月には告げていないが、それがこちらの計画だ。
仮にこちらの思惑を振りきって暴走した場合は、響子の側で遠隔操作し離脱させ、システムを強制シャットダウンして止めるらしい。
そんなことをしたら間違いなく彼女は怒るだろうが、怒るだけで済むのなら安いものだ。
八重子の対処については……弥月が安全な場所から説得するぐらいしか考えていない。まあ、八重子は弥月の友人らしいので、弥月相手にいきなり殺しにかかったりはしないだろう。トランセンデンターに理性を失うという副作用はないはずだ。それに、理性を失うというのは久雄の理念に反する。
希望的観測が多分に含まれているが、そもそも八重子が翔子を恨んでいる (と、思われる) 理由すら現状では不明なのだ。具体的な対策は、弥月が八重子から何かしらの情報を引き出してから立てるしか無い。
ハッキリ言って、手詰まりなのだ。弥月からの連絡がなければ、殺害すらも視野に入れていた。いくらいたいけでワケアリな少女とは言え、相手はトランセンデンターだ。容赦して無事で済む相手ではない。翔子のパワーアップを自由に使えるようになれば、トランセンデンターの殺害も可能だろう。
だから、弥月が説得に失敗し、八重子がなおも翔子を狙い続ける場合は、彼女に消えてもらわなければならない。久雄を脅迫し、トランセンデンターの力を封じる薬を投与させるという手もあるにはあるのだが……アレは翔子が打ち破った前例があるので、あまり信用できる代物ではなかった。
無論、弥月には真実を伝えていない。
「これで、八重子を……」
ヴィディスを見上げた弥月は、決意に燃えていた。
彼女には、今が全てなのだ。
翔子にもそんな時代があったので、わかる。
弥月はまだ高校生だ。これから先、五十年以上の人生がある。ここで死ぬなり重大な後遺症を残すなりしてしまえば、その五十年は霧散してしまう。一時の感情のために、だ。
非常に酷な言い方だが、友人一人失ったところで、人生が終わるわけではない。
確かに、失敗を取り戻すのは決して簡単とは言えないだろう。
だが、だからこそ、目先の成否にとらわれて、もっと大きな失敗をしてしまった場合……それこそ、人生が終わってしまう。
明日がある。
若さは、それを見えなくしてしまう。この一瞬が全てだから。失敗したらそれで終わりだと錯覚しているから。この一瞬のためになら、残りの人生を棒に振っても構わない。そんな短絡的な思考――それこそ若さの象徴である情熱の正体でもあるのだが――が、若者の特徴だ。
大人の役割は、そこにセーブをかけてやることだ。
頭ごなしに否定するわけではない。
彼女の長い人生が、ここで潰えてしまわないように。
底なし沼への道を進むなら、違う道を示してやる。それでも進むようなら、沼を埋め立ててやる。
だがそれは八重子にも言えることだ。
彼女の周りには、それをしてやれる大人が居なかったのだろう。
だからこちらが、弥月という違う道を、出来る限り示してやる。
正義的に言うと彼女らのどちらかを優先するのは間違っているのだろうが、選択するのは翔子であって正義ではない。
八重子のことは、正直なところよく知らない。弥月の友人なのでどうでもいいというわけでもないが、トランセンデンターとして久雄の下に居る以上、こちらの敵だ。
敵と味方の区別ぐらいは、つけないといけないだろう。




