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アラサー戦士中田翔子  作者: 抜きあざらし
異形の戦士、トランセンデンター!
33/46

*32 超越者

 殴っても蹴ってもふっ飛ばしても、少女は諦める素振りを見せなかった。

 折角考えた必殺技も、予備動作と初速のせいで回避されてしまう。腕の先ぐらいにならかすめるのだが、消滅させてもまた生えてくるのだ。

 その過剰な破壊力が故にキャサリンに羽交い締めしてもらうわけにも行かず、更には乱発もできず、まだまだ改良が必要だった。

 ヴィディスの性能が戻り始めたのでキャサリンと連携して追い詰めているのだが、とにかく少女は諦めない。何度でも立ち上がり、こちらに向かってくる。

 手心は加えていない。

 隙あらば突き、袋叩きも辞さない。それでも、トランセンデンターの過剰なまでの耐久力と再生力で、少女は何度でも立ち上がった。

 戦って、改めて思う。説得は無理だ。

 言葉よりも気迫よりもこの手が、拳が雄弁に語っている。お前を許さない。絶対に殺してやる……と。

 だが、翔子もおいそれと殺されてやるわけにはいかない。

 隙を突いて裏に回りこみ、首を絞める。しかし相手もトランセンデンターだ。力いっぱい振りほどかれて、手を放してしまう。トランセンデンターを相手にするには、まだまだ腕力が足りない……!

 力が欲しかった。トランセンデンターをねじ伏せることができるだけの、力が。

 振りほどかれて体勢を立て直す翔子のすぐ目の前に、拳が迫る。素人丸出しのフォームで繰り出されるパンチを、翔子は掴んで自らの膝に叩きつけた。鈍い音と共に、肘関節が逆方向に曲がる。

「があっ!」

 少女は悲鳴を上げた。立て続けに左腕も掴み、こちらの骨も折ろうとしたところで――後頭部に強烈な一撃。力任せの一撃で、一瞬だが意識が飛びかけた。距離をとるべく、倒れこむように受け身を取る。見れば、ついさっき折ったばかりの右腕の肘は既に治っていた。

 尋常ではない、並外れた再生能力。それはトランセンデンターが、ごく当たり前のように備えている能力。

 同じトランセンデンターである以上、単純なスペックは互角。翔子にはキャサリンと戦闘経験、そしてもう一本の腕があるので、有利といえば有利なのだが……その程度のアドバンテージでは、トランセンデンターを下すことはできない。

 もっと強い力が欲しい。

 トランセンデンターの腕力は、四次元にまで拡張された筋肉が由来だ。ならば、腕力を上げるためには何をするべきか。

 答えは明白である。筋肉を更に拡張すればいいのだ。

 筋肉だけでは物足りない。

 素早い相手に引けをとらないための瞬発力。空を飛ぶ相手に翻弄されないための翼。

 まだだ。まだ足りないものは沢山ある。

 トランセンデンターの究極の進化の先には、まだ――。

 なおも飛びかかってくる相手と、翔子は取っ組み合った。均衡した力と力がぶつかり合い、打ち消し合ってゼロになる。

 はずだった。

 不意に、翔子の身体に力が漲った。

 それはほんの一瞬のことだ。

 同じトランセンデンターであるはずなのに、その一瞬だけ、翔子の腕力は相手を圧倒していた。誰よりも速く動き、空も飛べるような万能感。

 力任せに相手を突き飛ばし、背中の拳で殴り飛ばす。開いた距離をひとっ飛びに詰め、翼を広げて威圧する。

 突き出した拳は空間を突き抜け、倍速で敵を射抜く――!!

 唐突なラッシュに、少女は為す術もなく蹂躙される。翔子の動きに対応できず、防御に徹しても防ぐことができず、一方的に殴られた。

 だが、ほんの一瞬だ。

 一瞬で相手を圧倒した翔子は、しかし相手を吹き飛ばす以上のことはできなかった。

 地面だって割れると思えた腕力はもうない。光に迫った先程と比べて、今の動作はひどく緩慢に感じられた。背に翼はなく、あるのは第三の腕だけ。本来の、翔子の姿だ。

 なんだったんだ、あれは。

 そうこうしているうちに、相手が立ち上がる――そして、同時に新たな次元干渉が起きた。

「一人で出るのは無謀だ」

 聞き覚えのあるねっとりとした声。次元の狭間から現れた鬼のようなシルエットは、間違いなく久雄だ。

 やはり、彼が一枚噛んでいたらしい。

 だが、これはピンチだ。

 トランセンデンターが二体。片方が素人でかつこちらにはキャサリンが居るとはいえ、響子を守りながらの戦いだと考えると不利だ。

「キャサリンはあっちを!」

「ワカッタ!」

 キャサリンに少女の相手を任せ、翔子は久雄の相手をする。連携などさせるものか。

 トランセンデンターと違い、キャサリンには疲労がある。長引けばこちらが不利になるだろう。久雄は、すぐに始末したい。

 もう一度、あの力を――!

 翔子が望んだ、その瞬間。

「!? なんだその姿は!?」

 再び、あの万能感が訪れる。腕が、脚が、翼が――全てがこれまでを超越し、新たなシルエットを描く。

 そうだ、間違いない。

 これは意図的な進化。求めれば得られる。異形に堕ちた者だけが得られる、ある意味では究極の自己実現。

「行くぞ!」

 久雄との間には、決して無視できない距離が開いていた。だが、今の翔子にそんなものは関係ない。

 秒間フレーム数が劇的に増した翔子は、周囲が次の瞬間を感じるよりも速く、行動を完了している。

 久雄に肉薄。彼の拳は重く、鋭い。無力化するべく、両腕を付け根からちぎりとる。頑強なはずのトランセンデンターの外皮は、しかしまるで薄いティッシュのようにあっさりとちぎれた。

 そのまま久雄の頭を掴んで、地面に叩きつける。地面のアスファルトが砕け、久雄の頭が埋まった。

「これで……終わり!」

 トドメだ――そう意気込んで右手に次元干渉を集中させたところで、急に動作が緩慢になった。収束していた次元制御は散乱し、強い脱力感が翔子を襲う。

 手足の形も元に戻っていた。翼も、もうない。

 気づけば、融装すらも解けていた。

 まずい。

 尻餅をついた自分の身体を見て、翔子は焦る。全身に力が入らない。酷く腹が減った。こんな調子では、もう戦うことはできない。

 速くトドメを刺さないと、久雄が再生してしまう。

 だがしかし、その懸念は杞憂に終わった。

「今回は撤退だ!」

 再生した久雄は、トランセンデンターの少女に向かってそう叫んだ。少女は不服そうな声を出していたが、久雄がひと睨みすると大人しく彼に従う。

 次元の狭間へと帰っていく彼らを追うような気力は、もう翔子には残されていなかった。



 その後翔子が倒れたのは言うまでもない。

 意識のない翔子を軽トラの助手席に乗せて、バイクはキャサリンに乗ってもらった。勝手に乗るのは悪いような気もするが、なかなか立派なバイクだったので長時間押すのは辛いだろう、という判断だ。因みにキャサリンはなぜか大型二輪の免許を持っているので、法的には問題ない。

 全身の筋肉を弛緩させ、力なく助手席にもたれかかる翔子は、エ、新鮮で正直ムラ、同性の響子から見ても魅力的だった。

 きっと、今なら何をしても抵抗されないだろう。

 ――まあ、何もしないのだが。



 翔子をどこに運ぶか、医務室と自分の部屋で少し迷ったが、用意してある医療設備でなんとかなるものではないように思えたので、とりあえず自分の部屋にした。

 やわらかなベッドは翔子の体重で沈み込み、独特のシワを描く。因みに、ライダースーツ (しかもお気に入りの品だと言っていた。雑談メールで聞いた) にシワができるのは考えものなのでそちらは脱がせた。下着も洗濯するために脱がせた。いい身体だった。

 しばらく待って、彼女が今日中に目を覚まさない可能性に思い至る。その場合、キャサリンと三人で同じベッドに寝ることになるだろう。大きなベッドなので落ちる心配はないと思うが、なんとなく躊躇われるた。

 なぜ躊躇われるのか。……それは乙女の純情だとかそういった可愛らしい理由ではなく、単に響子とキャサリンが寝る時は全裸派だからだ。

 同性とはいえ、別にそういった関係ではない女々が裸で同衾するというのは……まずいだろう。

 彼女が目を覚ました時に、誰かしらが近くにいるというのは、それはそれで都合がいい。しかし、目を覚ました時、彼女は一体どう思うだろうか。

 目を覚ますと、そこは知らない天井。そして知らないベッド。隣には、全裸の友人が二人。そして、自分も全裸。

 多分きっと勘違いするだろう。自分ならしている――響子はそう断じる。

 それに……大切な客人を狭いベッドで寝かせるのは、なんだか申し訳なかった。

 まあ、他にも高校生並みの理由はあるのだが……あえて多くは語らない。

 今から医務室に連れて行くというのは却下だ。無抵抗状態の翔子を夜通し医務室なんかに置いておくのはリスクが高過ぎる。今日は睡眠時間を確保したいので、つきっきりで監視しているのも難しかった。

 そんなわけで、その日の夜は結局ソファで寝ることにした。

 キャサリンと翔子はベッドだ。この組み合わせなら間違いは起きないだろう。

 タオルケットはベッドに回し、響子は適当なバスタオルを被って寝ることにした。



「ん……」

 知らない天井――というわけでもない。この天井には、見覚えがある。

 翔子の記憶が正しければ、恐らく響子とキャサリンの部屋だ。

 そしてその記憶が正しいことは、すぐにわかった。

 隣で裸のキャサリンが寝ていたからだ。

「んんー?」

 あまりに唐突な出来事に、理解が追いつかない。

 先程から何度も喚く腹の虫を抑え、これまでの出来事を回想した。

 確か、翔子は公園でキャサリン達と必殺技の練習をしていて、途中でトランセンデンターに襲われ……。

 記憶が曖昧だ。滅茶苦茶強くなって久雄を解体し覚えはあるのだが、それと今の状況がどうしても結びつかない。

 どうして久雄を解体したら、響子のベッドで寝ているのか――そうだ、響子はどこに居るのだろう?

 辺りを見渡すと、ソファにバスタオルと不自然な膨らみがあった。よく見ると、端の方から生足が覗いている。多分あれは響子の足だ。前に彼女が倒れた時に見た。

 翔子はベッドを出て――タオルケットから抜け出す際にあまりにもとっかかりが少ないことに違和感を覚えたが、気には留めなかった――ソファへと向かう。案の定、ソファで寝ていたのは響子だった。

「響子、起きて」

「ん……んぅ……」

 乱暴にユサユサと揺すって起こす。目を覚ました響子は、腕で目をぐしぐしとこすってから、翔子を見上げる。

「翔子君……? ……――うぉっ!? あっつ、あたたたたた……」

 そして驚いたように後退し、肘掛けに頭をぶつけた。忙しい反応だ。

 が、響子の露骨な反応が気になったので、翔子は自分の体を見下ろしてみる。

 全裸だった。

 自覚してみれば、確かにスースーする。融装状態のあの感覚のせいで、全裸でいることに違和感がなくなっていたのだろうか……。

 ぶつけた頭を押さえながら体を起こす響子もまた、全裸だった。ちょっと状況が飲み込めない。

「さて、響子――」

 状況を説明してもらおうかと思ったその矢先、腹の虫が特大の鳴き声をあげる。

「……食べるもの、あるかなぁ」

 図々しい話ではあるが、もう我慢の限界だった。



 いい時間だったので、朝食のバターロールを囲みながら、響子から説明を受ける。

「――というわけだ。……べ、別にいやらしいことはしていないからな」

 そんなこと全裸で言われても説得力がない。顔赤いし。

 まあ、疑うようなことでもないので信じるのだが。

 現在、場の流れで三人共全裸である。翔子の下着は乾いていないし、響子達から借りるにしても、彼女達のブラではサイズが足りない。一人だけ全裸というのもイジメ臭がするので、とりあえず三人共服を着ていなかった。

 よく考えると、別にノーブラノーパンでも服を着ることはできるのだが……まあ、寝惚けていた結果だ。食べ終えてからでいいだろう。女しか居ないし。

 順調に女をすり減らしつつ、考える。

 トランセンデンターの新たなる力。これは、翔子が望んで得たものだろう。意図的な進化……という奴だ。

 だが、翔子の体は意図していない状況に陥った。激しい空腹と、意識を失う程の脱力感だ。

 ここから導き出される結論は、意図的な進化も万能ではない、ということだ。

 さしあたり判明したのは、エネルギーの問題があるということ。空腹も脱力感も、急なパワーアップでエネルギーを使い果たした故の出来事だろう。

 トランセンデンターは常人とは桁違いのエネルギー効率を誇るが、それですら一気に使い果たす。このパワーアップは、想像を絶するエネルギー消費なのだろう。

 そう考えれば、長時間もたないことにも合点がいく。

 慣れれば消費問題も解決するのか、あるいは永久にこのままなのか、それはわからない。やる度に倒れていたのではたまらないので、解決するといいのだが。

「それにしても……あの翼はどう使うんだろうな」

 呟くように、響子は言う。

 響子とキャサリンは、パワーアップした後の翔子の動きが速すぎたせいで、おぼろげなシルエットしか認識できなかったらしい。当然、どのように戦ったかなども見えていないようだ。

「あれは威嚇に使うんだよ」

「そんなわけあるか」

 否定されてしまった。

「まあ、そういう使い方もあるかもしれないが、そのための翼ではないだろう。飛ぶ以外の用途がメインならもう少しそれっぽいフォルムになるはずだ。クジャクみたいに」

「それは確かに……」

「尤も、クジャクの羽は求愛のために派手になったのではなく、派手な個体が求愛に成功しどんどん派手になっただけなのだが……それはまあ、置いておくとして。意図的に引き起こされた進化なら、結果と過程の関係が乱れてもおかしくはない。結果的に、目的に応じて持った性質が自然界で起きた進化を模倣したものである可能性は非常に高い」

 今度は何を言っているのかよくわからなかった。生物学は専攻していないので詳しくない。

「したがって、威嚇に使うためならそれに特化した性質、例えば――」

 翔子の額に浮かぶ汗を見たのか、響子は途中で言葉を切った。そして、咳払いをしてからもう一度語りだす。

「……とにかく、いかにも飛びそうな翼を得たということは、飛ぶかそれに近しいことをするための性質なのだろう。望んで得た力なのだから、君にも心当たりはあるはずだ」

 言われてみれば、確かに。

 翔子はあの時、空を飛ぶ相手に翻弄されないための翼を望んだ気がする。戦いに夢中だったので、あまりよく覚えてはいないのだが……。

 が、不意にキャサリンが口を開く。

「デモ、あんな翼じゃトベナイヨ」

「そうなんだよなあ……」

 響子もそれに同調する。

「え、そうなの……?」

 生物学は専攻していないので詳しくない。いやこれは物理学の領域だろうか。どっちにしろわからない。

「まあ、おおまかなシルエットしかわからないから細かいことは言えないが……。恐らく、あのサイズだと君を飛ばすのは不可能だ」

 そういえば、鳥は飛ぶために骨がスカスカなのだという話を聞いた覚えがある。

 翼が生えた際、体が軽くなった気がしたがアレは体重のことではないだろう。なら、確かに飛べないかもしれない。

「できるとすれば、滑空ぐらいかなあ」

 腕を組んで響子は言う。

 彼女はよく腕を組む。考え事をする時は、特に多い。そう言えば、腕を組むのは心理的な拒絶を表している……とどこかで聞いた覚えがあった。集中して考えたいのだろうか。

 とも思ったが、しかし、彼女の表情からは一片の拒絶も感じられない。それどころか、なんとなーく自分に酔っているような雰囲気だ。

 単にかっこつけているだけな気がしてきた。

 まあ確かに、こうして腕を組む彼女の姿はなかなかサマになっている。全裸でなければ。

 腕を組んだせいで、響子の大きいでも小さいでもない、形だけはいい乳房が潰れていた。因みに翔子のサイズになると、潰すと苦しいので腕の上に乳房を逃がす。

 閑話休題。

 それにしても、滑空……。

「滑空なんて使うのかなあ」

 そもそも望んだ力を得られていない。滑空程度では、空を飛ぶ敵と対等に戦えないだろう。

 考えていると、あ、そうだと言わんばかりにキャサリンが手を打つ。

「ジャンプシタラ?」

「ああ、そういう……」

 恐らく強化されているであろう跳躍力で、空飛ぶ敵を圧倒する。更に、そこから滑空する……ということだろう。

 画的に映えないが、今のところそれぐらいしかまともな策がない。

 意図的な進化――というものを、翔子はまだまだ使いこなせていないらしかった。



 人類の新たな可能性に、久雄は興奮を隠し切れないでいた。

 敵ながらに素晴らしい進化だ。やはり、人類に限界はない。見たところまだ問題があるようなので、今後の進化からも目が離せない。

 だが、これはまずいことだ。

 久雄の好奇心、探究心を煽るのが、よりにもよって敵なのだ。可能ならばこの目で最後まで観察したいというのに、それが叶わない。

 殺すのが、惜しくなってきたのだ。

 アレを殺すのは、人類の可能性を自ら摘み取るということではないだろうか?

 一同そう考えてしまうと、もう頭から離れなくなる。

 あの可能性を、手にしたい。

 人類が、万物の霊長であり続けるために。

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