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アラサー戦士中田翔子  作者: 抜きあざらし
異形の戦士、トランセンデンター!
32/46

*31 深淵の敵意

 結局、八重子の家に押しかけられたのは二日後のことだった。

 曰く、話したくはないが、とにかくいろいろあったらしい。

 その時出てきた八重子は、なんだか目が据わっていて近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

 とにかくいろいろ何があったのか気になるが、本当に話したくないようなので、無理には聞き出せない。

 嫌な予感はしたが、結局、 「危ないことはしないでね」 としか言えなかった。

(手遅れだったらどうしよう……)

 数分しか会っていないが、八重子の様子がおかしいのは明らかだ。

 それはもう、なにか企んでいる時の比ではない。あんな八重子は、弥月ですら見たことがなかった。

 恐らく、もう何かしらやらかしている。

 そして、まだまだやる気だ。

 ここで止めるべきなのではないだろうか?

 だが、しかし、弥月に止められるのだろうか?

 八重子はもう、手の届かないところへと行ってしまったのではないか。

 そんな不安が、弥月の頭をもたげる。

 しかし、もう一つ、湧き上がるものがあった。

 仮にそうだったとして、弥月は本当にそれでいいのか?

 八重子に手が届かないからといって、彼女を見捨てていいのだろうか?

 そんな自分を、許せるのだろうか。

 きっと、許せないだろう。



 弥月は、もう一度八重子の家に向かった。チャイムを鳴らし、反応を待つ。

「……何?」

 八重子の反応は、相変わらず取り付く島もないように見える。

「やっぱり、何があったのか教えて」

 それでも強引に聞き出すべく、弥月は詰め寄った。

「……言いたくない」

 そう言うと、八重子は玄関の戸を閉める。弥月は扉に腕を突っ込んで抵抗した。

「教えて」

「やだ」

「教えて!」

「やだ!」

 話は平行線に乗ったまま、全く進まない。

 弥月は、渾身の力で扉を無理やりこじ開ける。八重子も対抗して弥月を押し出そうとするが、既に腕を突っ込んでいる分、こちらが有利――かと思われた。

「もう出てって!」

「!?」

 昔二人で腕相撲をした時は、五分五分の戦いだった。体力テストでも、二人の成績に大きな差はない。体格的 (おっぱいを含む) には八重子の方が豊かなのだが、彼女は運動があまり得意ではなかった。

 なのに。

 八重子は、いとも簡単に弥月を押しのけ、扉を閉めたのだ。

 そのむっちりとした筋肉の少なそうな腕からは想像もつかないような腕力で、弥月は締め出された。

 そのことに驚いた弥月は、思わず尻もちをついてしまう。敷き詰められた砂利に尻を打ち付け、鈍い痛みと鋭い痛みが同時に弥月を襲う。だが、悶絶しているような余裕はなかった。

「八重子……?」

 一体、何が起こったのだろうか?

 おかしい。八重子にこんな腕力があるはずがない。これでは、まるで成人男性――いや、もっと強い。一瞬だけだが、とんでもない力を加えられた気がする。

 八重子の身体に、一体何が起きたのだろうか?

 もう一度話すべく扉に手を掛けるが、今度は内側から鍵をかけられていた。

 二時間ぐらい粘ってみたが、反応はなし。

 本当に、もう間に合わないのだろうか。

 ちょっと自信がなくなってきた。

 駄目だ、今日はもう帰ろう。



 帰ってからも、弥月は悩まされた。

 多分、まだ何もできていない。

 机で頬杖をついた弥月は、目の前の空間を半眼でぼんやりと眺める。

 どうしたらいいんだ、これは。

 言葉も届かない。強制力もない。腕力でも敵わない。

 ダメダメではないか。

 気持ちがあっても、実力が伴わない。意地や気合だけでは、どうにもならなかった。

 どうしたら、八重子を止められるのだろうか。いや、止めるだけでは駄目だ。もう彼女は先に進んでしまっている。取り返しがつかなくなる前に、引き戻さなければならない。

 力のない自分が、どうやって彼女を引き戻すのか。

 しばらく考えたが、結局何も思いつかなかった。



 弥月の誘惑に耐えるのは、それなりに大変だった。

 先の見えない仇討ち。闇の中でもがくには、心の拠り所が必要だ。その拠り所が……今は、宙ぶらりんになっている。

 褒めてくれる父は、もう居ない。追い詰められた心は、どんどん濁っていく。

 なら、せめて、友の助けを請いたくなる。

 だが、それは許されない。

 大切な友だからこそ、闇の中に引き込みたくはなかった。



 久雄を取り逃して以来、ベクターズが現れていない。

 恐らく、勧華製薬へのガサ入れが原因だろう。だがその一方で、久雄の居場所やベクターズの主任技術者などで色々不明な点があるらしい。ベクターズ問題は、まだまだ解決には至っていないようだ。

 響子からも、マメに疲れたメールが届く。軽いノリで 『疲れた』 と言える内はまだ大丈夫なので、彼女については心配する必要はないだろう。毎回、ねぎらいの言葉と雑談で返信している。

 ベクターズが現れないので、バイトにも集中して取り組めていた。エッチな気分になる問題については、改造乗馬マシンの卑猥なスティックを二本に増設したことで緩和。清香にはドン引きされた。

 今日はバイトが休みなので、キャサリンと必殺技の考案をする約束をしている。

 集合場所である町外れの公園に、大型バイクで向かう。ここのところ移動では中型ばかり使っていたので、バランスをとってみたのだ。

 時間よりも早く来たのだが、やはりキャサリンは先に着いていたようだった。

 よく見ると、響子も居る。

「あれ、響子、どうしたの?」

 翔子が訊ねると、響子は少し恥ずかしそうに視線を逸らす。

「いや……書類にコーヒーをこぼしてしまってね……。パソコンは今作業中で使えないから、書類が乾くまで何もできないんだ」

 よく見ると、白衣にコーヒーの染みがついていた。なるほど、どうやら本当にこぼしたらしい。それも結構派手に。

「つまり、暇だった、と」

「まあ、そうなるな……」

 まあ、別に響子が居ても居なくても特に問題はない。予定通り、必殺技を考えることにした。

 ここはインセクサイドの研究施設の近くにあり、人通りが非常に少ない。というか、皆無だ。必殺技の練習をするには、ちょうどいい場所だろう。

「よし、じゃあ早速――融装!」

「ヘーンシーン!」

《Spatial coordinates set!! VDES start up!!》

 二人は鎧を纏い、並び立つ。構想は、できている。

 キャサリンが軽トラの荷台からドラム缶を降ろし、運んできた。適当な場所において、響子と一緒にそそくさと退散する。

「じゃあ、私から――」

 響子とキャサリンが離れたのを確認した翔子は、ドラム缶に向けて、右の掌を突き出す。手首を左手で押さえて、射出体勢。

 体中で起きている次元干渉。それを、掌に集中させる。

 ここから先はイメージだ。掌の目の前の空間を四次元方向に捻り、歪ませる。掌で、次元の壁を破るように。

(歪め――破れ――放て――!)

 歪んだ空間が、次元の壁を壊しながら翔子の掌を離れる。ソフトボール大の歪みは対数的に加速し、マッハを超える勢いで突き進む。翔子の目でも捉えきれなくなった瞬間――。

 形容しがたい鈍い音と共に、ドラム缶に大きな穴が空く。

 上出来だった。

 まさか、思いつきでやってみたものがここまで上手くいくとは。思っても見なかった出来事に、翔子は誇らしいような嬉しいような気分になった。きっと融装していなかったら、気持ち悪い笑みを浮かべていたことだろう。

「スゴイネショーコ!」

「まさかこれほどとは……!」

 変わり果てたドラム缶の姿を見て、キャサリンと響子も感嘆の声を上げる。

 ドラム缶の穴は、翔子が潜ろうと思えば潜れる程度の大きさだ。もう少し大きければ、上下で分離していたかもしれない。断面は内側に曲がっていて、何かに引き寄せられたかのようだった。

 そして、破片の類は存在しない。跡形もなく、消え去ったのだ。

 翔子の想定した以上の威力だった。

「次元干渉を制御している……? だとしたら、これは……」

 腕を組み、なにやらブツブツと呟く響子。多分、何か思いついたのだろう。だが、細かいことは後で聞くことにする。

「よーし、次はワタシだよ!」

 次のドラム缶を用意し、キャサリンが元気よく叫んだ。



 箱庭に異物を見つけたような妙な感覚が、八重子を襲った。

 強烈な次元干渉。

 能の裏側を這うようなこれは、トランセンデンター一号――ショーコのものだろう。

 仇敵の出現に、八重子は口の中が乾くのを感じた。緊張している、のだろう。

 様子を見るか? 襲撃するか?

 時間帯、距離、コンディション――その他諸々勘案し、結局襲撃することに決めた。

 移動は自転車。しかし身体能力が飛躍的に上昇しているので、とんでもない速度が出た。悲鳴を上げながら走る今の自転車は、車よりも早いのでは――。

「!?」

 脇道から、不意に自動車が飛び出してきた。このままでは直撃だ。まだスピードに慣れていない頭をフル回転させ八重子は――地面を蹴った。

 タイヤの空回りする音と共に、自転車と八重子は宙を舞う。無茶なマニューバだが、自転車はなんとか持ちこたえた。綺麗なアーチを描きながら、自転車を抱えて、着地。

 周囲の称賛と運転手の罵倒を無視し、再び自転車に跨る。後もう少しで、目的地だ。

 残り三キロ――ニキロ――一キロ――。

 だが、目的地を目前にしたところで、金属の弾ける音と共に急にペダルが軽くなった。……自転車が、壊れた。

 長時間過負荷に晒し続けたのだ。無理もない。素早く思考を切り替えた八重子は、自転車を投棄して己の足で走り出す。

 相手はすぐそこだった。



 キャサリンの必殺技も、なかなかのものだった。次の技に移るべく、ドラム缶を新しくしようとした――その時だった。

「!?」

 何者かが、こちらに近づいてきている。速度からして、自動車か――いや、この大きさは、バイク、いやもっと小さい。

 次いで、金属の弾ける音が響いた。間を置かずに、自転車が倒れるような音と、異常な速さで近づいてくる足音が迫ってくる。

 これは――こんな速度で走れるのは――間違いない。

「トランセンデンター!? 久雄!?」

 足音の方向。人影が見えた。だがそれは、見知らぬ少女。

 どういうことだ、これは――まさか。

 その、まさかだった。

「トランセンデント!!」

 少女が叫ぶ。姿が変わる。それは紛うことなき、トランセンデンターだった。

 新手のトランセンデンターが、仕掛けてきたのだ。

「どういうことだ、これは!?」

「キョーコ、ニゲテ!」

 戸惑う響子と、それを軽トラの影に隠れさせるキャサリン。必殺技の影響で、ヴィディスは今性能が落ちている。……彼女達が狙われるのは、まずい。

 しかし。

 翔子が動くまでもなく、トランセンデンターはこちらだけを狙ってきた。

 なぜ――? いや、だが好都合だ。

 深緑で悪魔の様な姿をしたトランセンデンターは、まるで親の仇でも見るかのような勢いで翔子に襲いかかる。

 状況は飲み込めないが、まずは迎撃だ。獣のように飛びかかってくる相手を、右手で受け流し弾き飛ばす。

 と、軽トラの影から響子が叫ぶ。

「翔子君! 君の必殺技は応用がきく!」

「応用!?」

 再び飛びかかってきた相手をいなしつつ、翔子は応じた。

「そうだ。あれは意図的な次元干渉だ。弾を撃つだけじゃない!」

 そこまで聞けば、彼女が何を言いたいのかだいたいわかった。身体が、わかっていたのだ。

 そう。球状の次元干渉弾を放てるのなら……。

 またも襲い来る相手に向けて、翔子は右掌を構える。イメージするのは――。

「シールド!」

 翔子の目の前の空間に、次元断層が発生した。裂けた次元は、三次元の全てを阻む。

 突破不可能の壁に激突するトランセンデンター。翔子はすかさず次元断層を戻し、激突の反動でたたらを踏んだ相手のみぞおちに拳を叩き込む。

 深い踏み込みからの、重く鋭い一撃。相手は少女だが、トランセンデンターを相手に手加減はできない。

 インパクトの瞬間、相手は防御すらしなかった。吹き飛んでも受け身をせず、ゴロゴロと転がる。

「し、素人……?」

 あまりにもお粗末な技能。思えば、延々と飛びかかってきたのも素人故の愚行かもしれない。

 なぜ、素人にトランセンデンターの力を付与したのだろうか?

 だが考える間もなく、再び相手は立ち上がる。見上げた根性だ。だが、いくら立ち上がっても無駄である。

 こちらに敵意を持って攻撃してくる以上、殺すとまでは行かなくても追い返すぐらいはしないといけない。負けてやるという選択肢は、なかった。

 捕獲……するのは厳しいだろう。現状の拘束具では、トランセンデンターが抵抗すればすぐに壊れてしまうはずだ。

 追い返しても悩みの種になるだけなので、ここで殺してしまうのが一番いいのだろう。

 だが、あのトランセンデンターを殺害してしまうことに、翔子はどうしても気が乗らなかった。

 そもそも殺せないのではないか……という問題はさておいて。どうにも、今回の件はきな臭いのだ。

 あの少女は、翔子に怒りを向けている。それはもう、意図的な進化で本当に爆発しかねない勢いの怒りだ。大事な書類を濡らして危うく部署を潰しかけた同期ですら、ここまでの怒りは向けられていなかった。あの少女は、それこそ親の仇でも見るかのような目つきをしている。

 しかし……翔子には、あの少女にそこまで怒りを向けられるような心当たりがなかった。人違いの可能性は考えにくく、本当に、なんで怒っているのかがわからない。

 と、なると。有力なのは、誰かに嘘を吹き込まれている可能性だ。

 トランセンデンターのノウハウを有しつつ、翔子に敵意を持っている人物――仕掛け人は、久雄が有力である。というか、それ以外に考えられない。

 説得するべきだろうか?

 トランセンデンター同士の無益な争いは、深刻な被害をもたらしかねない。特に今は相手がムキになっているので、その強大な力がどこに向かうかわからなかった。

 落ちてしまいそうなほどに深い緑色の鎧を纏った少女は、ふらふらと歩く。だが揺れる肉体とは対照的に、瞳だけは敵意に満ち満ちて、寸分の狂いもなく真っ直ぐに翔子を見据えている。

 翔子は、ふと昔のことを思い出す。最初に融装した時は、勢い余って塀を壊してしまった。トランセンデンターの強大な力は、一ミリでも間違えればとてつもない破壊を生み出してしまう。だから今の少女は、極めて危険だ。

 身体の修復が終わりつつあるのか、相手の歩みが徐々に整っていく。

 ……説得できるのだろうか?

 威圧感だけで言えば、今の少女は久雄など問題にならないぐらいの脅威だ。果てしない怒りが、敵意が、ダイレクトに翔子にぶつけられている。

 そんな相手を、果たして説得できるのだろうか?

 思わず尻込みしてしまうような気迫。あの圧力に耐えて説得するなんて、翔子には無理だ。恐らく、全く話を聞いてくれないだろう。

 なら、説得ができないのなら――。

「ええい、ままよ!」

 残された答えは、戦うことだけだった。

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