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アラサー戦士中田翔子  作者: あざらし
正義の味方、中田翔子!
3/46

*2 味方は殺虫剤メーカー

 翌日、翔子は早朝から求人広告を睨んでいた。

 今回の求人情報は不作だ。これまで経験した所と、明らかに条件の悪いものしか無い。

 最低賃金で働くぐらいなら生活保護を受けたほうがマシである。

 ……ヒーローがこんな調子ではいけない。翔子は息を吐き、求人広告を置いた。

 ツーリングでもして気分転換しよう。久々の大型バイクだ。

 翔子は立ち上がり、クローゼットのある寝室へと向かう。ライダースーツに足と袖を通し、前のチャックを閉める。少し体を動かして、着心地を確認。良好。怪物の血で劣化していないか少し心配だったのだが、どうやら問題ないらしい。

 クローゼットからグローブを取り出し、外へ出た。鍵を懐に入れつつ、ヘルメットを小脇に抱えて階段を降りる。

 バイク駐車場に停まっている、二台のバイク。その内の大きい方――深紅のボディを持つ、ハーフカウルのバイク。翔子が初めて買った大型バイクで、それからずっと乗り回している愛車だ。故障部分を交換したり、各部にカスタムを施していたりしているので、市販品とはそこそこ違っている。頑丈な翔子の体に合わせたカスタムなので、他人では絶対に乗りこなせなかった。

 懐からヘアゴムを取り出し、髪を纏める。エンジンをかけたら、グローブを嵌めてヘルメットをかぶり、車体にを駐車場の出口まで押していく。今日は土曜日ということもあって、この時間帯は他の車が結構停まっているので、乗って出るのは危険なのだ。

 駐車場の出口、車道へ出る前に周囲の安全を確認。車も通行人も居ない。翔子はおもむろにバイクに跨ると、アクセルを吹かして車道へと出た。

 休日でもこの時間帯は、まだ車通りが少ない。今のうちに人気の少ない所へ出よう。翔子は風を切り、マシンを加速させていく。

 翔子の住むアパートは郊外に位置しているので、少し走ればすぐに人の居ない土地に出る。そこはつい最近立派に整地された土地なのだが、なぜか人がほとんど住んでいないのだ。ただ一つだけ大きな施設がある以外には、草原と舗装された道路しかない。

 恐らく、土地開発が行われたのはあの大きな施設のためなのだろう。だが施設は高い塀に囲まれている上に厳重な警備が為されていて、中の様子を覗うことはできない。

 色々と腑に落ちない土地なのだが、走る分にはとても都合が良かった。施設も最初は気になったが、今となってはどうでもいい。

 どこまでも続くような長い道を走り続けること数分。――あの感覚が、翔子を襲った。

 翔子の第六感は、この世界を感知する。空気の流れ、光の道筋。まるで箱庭を観察するように、全てがわかった。その中に怪物が現れれば、それは違和感となって翔子の脳に伝わる。

 場所は――ちょうど、この先だ。

 唸るエンジン。ギアを上げて、翔子はまっすぐに突き進む。目的地はすぐそこだった。

「く、来るな!!」

「誰か……助けて……」

 怯えた声が聞こえてくる。声の感じから、その場に居るのは五人ほど。大学生ぐらいの男女だ。この道は更に進むと海に出るので、行楽目的で来たのかもしれない。

 現場が見えてきた。壊れたクルーザーが一台横転していて、その陰に人が隠れている。怪物は、車の前で立ち止まっていた。――見たことのないタイプだ。

 細身の人型から、更にくびれた細い腰。頭の形は逆三角形で、サイドからは複眼のようなものが覗く。そして、背中に生えた薄い羽。黄色と黒の縞模様が、いたるところに刻まれている。百六十五センチの翔子よりも少しだけ大きい――恐らく百七十センチ程度の、怪物としては小柄なタイプ。

 この姿は、恐らくハチだ。不快な羽音を響かせ、クルーザーの奥に隠れた獲物を凝視している。早く助けなければ。

 翔子はバイクを停め、走りだす。後ろから怪物に取り付き、羽交い締めにした。

「早く逃げて!」

 車の陰で怯える五人にそう叫ぶ。五人は顔を見合わせたり、こちらの表情を窺ったりしていたが、一人が逃げ出すと皆がその後を追うよにその場から逃げ出した。人の少ないこの辺りで、彼らがこれからどうするのかは心残りだが、今は目の前の怪物が先だ。

 翔子は怪物を放し、右手を天に掲げる。

「融装!」

 鎧を纏って、すぐに攻撃。力任せに殴りつけると、怪物は一歩後退した。まるでこちらの様子を窺っているかのようだ。

 だが、その動きには違和感を覚える。これまでの怪物は、皆一様に襲い掛かってきたからだ。知性の欠片も見られなかったこれまでの怪物と比べ、この怪物は慎重すぎる。

(時間を稼いでいる……?)

 その発想に思い至った瞬間、翔子の耳にあの不快な超音波が届く――。ほとんど反射で耳を押さえ、怪物から距離を取る。

 だが、おかしい。

 超音波は聞こえているのに、翔子の頭は痛くならないのだ。耳を塞ぐ手をどけても、昨日とは違って一切の苦痛がない。

 なぜ、超音波を聞いていても平気なのか。それはとても気になる。しかし、現状ではまだ他に解決するべき問題があった。

 眼前の怪物が、肥大化を始めたのだ。

 流麗なフォルムは一瞬にして崩れ、無骨な筋肉が全身を盛り上げる。ほっそりとしたくびれは跡形もなく膨らみ、ボディビルダーのような逆三角形を呈した。

 やはり、そうか。

 翔子は予想を確信に変える。この超音波は、怪物を強化するのだ。そしてそれは、怪物のバックになんらかの組織が存在することを示していた。

 早急にこの怪物を始末し、超音波の出処を探りたい。昨日は超音波のせいで惨敗したが、今ならきっと勝てるはずだ。

 怪物は先程の回避主体の動きをガラリと変え、こちらめがけて一目散に突っ込んできた。素早さは、向こうのほうが上かもしれない。刺すように放たれたパンチを、翔子はギリギリで受け止める。危うく顔面に一撃をもらうところだった。

 翔子は受け止めた怪物の拳を握りつぶす。怪物は潰れた右手から鮮血を吹き出し、しかし怯まず今度は左手を突き出してくる。流石にこれは予想外の動きだったので、翔子はまともに受けてしまった。

 脳を揺さぶられる鋭い一撃。軽いめまいに少しふらつくが、すぐに回復して相手を見据える。格闘センスに関しては、翔子を超えているのだろう。これまでの怪物の動物的な攻撃に対して、このハチ怪物はとても格闘家的な攻撃を仕掛けてくる。……ような気がした。正直な所、翔子は素人なのでよくわからない。

 だがそのセンスは本物だ。翔子がパンチに警戒していると、怪物は不意に足を上げて回し蹴りを仕掛けてきた。

 腹部に突き刺さるような鋭い一撃。内臓の位置はよくわからないのだが、この一撃はかなり響いた。体が内側から痛みを訴えている。

(まずいな……強い)

 翔子の認識力は常人を遥かに超えるものだ。そんな翔子でも、この攻撃は捉えきれなかった。

 右の拳を翔子が左手で握りつぶせた辺り、耐久力はそこまで高くないのだろう。しかしとても技量が高い。技のキレが抜群で、攻撃の隙もほとんどなかった。

 これは勝てないかもしれない。翔子はわずかに焦りを覚える。超音波が効かなくとも、こいつは強い。

 怪物の攻撃が届かない距離まで間合いを取りつつ、翔子は光明を探る。

(あ、でも時間が稼げれば……)

 昨日の怪物がいつの間にか破裂していたことを思い出した。あの時翔子は何もしていないので、考えられる原因は超音波による過剰な筋肉肥大だろう。気を失う直前に見えた光景でも、怪物の体は肥大化していた気がする。

 もし昨日と同じことが起これば、今回もなんとかなるだろう。完全なその場凌ぎだが、まずはこの場を凌がなければ意味が無いのだ。

 予想通り、怪物は苦しみ始めた。形勢逆転である――そう思って翔子が駆け出そうとしたその時、超音波が止んだ。

 頭を抱えていた怪物は、超音波が収まるとまるで正気に戻ったかのようにこちらを見据える。

 ……確かに、敵も組織なら学習するだろう。昨日超音波を浴びせ続けて怪物が自爆したのなら、自爆する前に超音波を止めればいい。至極当然の結論である。

 だが当然の帰結であっても、それでは困るのだ。勝てない。

 翔子が本格的に焦っている間にも、怪物は距離を詰めてくる。翔子は応戦するべく、慌てて構えを取った。素人丸出しの、よくわからない構えだ。

 そんな構えだから、超近距離での格闘戦では一方的に殴られる。防ぐのだけで精一杯で、攻撃を加える事ができない。一方的な展開だ。

「くっ、この!」

 だが、殴られてばかりではいられない。翔子は活路を見出すべく、一歩踏み込んで頭突きをかました。耐久力はこちらのほうが上である。怪物パンチは結構痛いが、翔子は我慢して防御を捨てた。

 殴られても退かずに拳を突き出し、防がれても更に拳を突き出す。パワーで無理やり押し通す――翔子には、それしかできない。

 だが怪物は強かった。巧みなステップで翔子の打撃を回避し、反撃の隙を窺っている。

 仕掛けるか、仕掛けられるか。一進一退の攻防だ。近づいては離れ、睨み合い……このままでは、埒が明かない。

 スタミナが切れるまでの持久戦に移行するかと思われた、その時だった。

 高い塀に囲われた謎の施設から、突如サイレン音が鳴り響く。同時に、塀の一部が大きく開いた。

 翔子と怪物は同時に後退し、その光景に目をやる。きちんと様子をうかがう辺り、やはりこの怪物は頭がいい。この隙に攻撃を加えるという手もあるが、翔子としても施設の動向は気になった。

 門のように開いた塀から、何かが出てくる。

 それは人型の重機――いや、パワードスーツと表現するのが適切だろう。四肢には外付けの油圧機構が備えられ、小型のショベルカーを彷彿とさせる。頭からは、ヘッドギアをつけた人間の顔が露出していた。

 その手には、巨大な機関銃が二丁。パワードスーツを纏った人間――よく見れば、金髪の女性だ――は、機関銃の銃口を怪物に向ける。

「モンスターをタイジしましょー!」

 女性は大声で叫んで、機関銃の引き金を引いた。

「イッツァ・ショウタイム!」

 多分英語なのだが、その発音はあまりにも日本人的だ。英語を習ったばかリの中学生に近い。

 だが翔子がそんなことを思った次の瞬間には、怪物に大量の銃弾が降り注いでいた。雨霰の如く叩きつけられる銃弾に、怪物は抵抗むなしく貫かれる。鮮血を吹き出して、膝をつく怪物。

 女性は弾を撃ち尽くしたのか、弾倉を交換しようとしていた。それを待つより、翔子がとどめを刺したほうが早い。

「てぇい!」

 翔子は高くジャンプし、膝をついて動けない怪物に飛び蹴りをお見舞いした。渾身の一撃に、怪物は大きくのけぞって、背中を地面に叩きつける。蹴りが直撃した頭部は、原型を留めないほどに変形していた。

 完全に沈黙した怪物は、いつものように蒸発を始める。危なかったが、勝利だ。ふと今回の功労者である女性を見やると、未だに弾倉を交換しているようだった。

 が、怪物が蒸発を始めたことに気づいたのか、弾倉交換をやめてこちらに歩み寄ってくる。支援射撃と言い、一体彼女――そして、そのバックにあると思われる施設の狙いはなんなのだろうか?

 翔子はわずかに警戒しつつ、女性に近づく。見たところ彼女に敵対心は無いようだが、念の為融装はそのままにしている。

 女性は翔子の目の前まで来ると、急に手を握ってきた。

「ブラボー! ジャパニーズのヒーロー、とってもクール!」

 外国人特有の手をブンブンと振る握手に、翔子は戸惑いを隠せない。話し方もそうだが、このテンションはすごく疲れる。悪意の類は、感じられないのだが。

「あ、えーと、せ、センキュー……」

 翔子が対応に困っていると、こちらに歩み寄る影がもう一つ。白衣を着た、背の高い女性だった。美しく伸びた黒髪が、純白の白衣によく映える。

「いや、すまない。彼女は変身ヒーローに目がなくてね……」

 白衣の女性はそう言いながら、翔子とパワードスーツとの間に割って入った。パワードスーツを諭すように手を振った後、こちらに向き直る。

 身長は、あまり翔子と変わらない。きりっとした中性的な顔の作りで、パーツ一つ一つが端正に整っていた。そのクールな容姿とは裏腹に、表情には暖かみがある。

「私は阿久津 響子(あくつ きょうこ)だ。そこの施設で、研究員のチーフをやっている」

 響子と名乗った白衣の女性は、そう言いながら背後の施設を親指で示した。背後の施設のチーフ研究員……そんな大層な立場の人間が、翔子に一体なんの用なのだろうか。

 響子は咳払いすると、翔子に訊ねてくる。

「君が、日夜怪物を退治してくれているヒーローだね?」

 それは自分の活動を公にしていない翔子にとって、生まれて初めてヒーローと呼ばれた瞬間だった。

「え、ひ、ヒーロー? 私が……ですか?」

 慣れない呼び方をされて、翔子は戸惑う。それは憧れの、そして決して届きはしないと思っていた称号だった。

 戸惑う翔子に、響子は苦笑する。

「人を襲う怪物を、人知れず退治していたんだ。それがヒーローでなければ、一体誰がヒーローなんだい?」

「私が、ヒーロー……」

 確かに翔子の行動は、ヒーローを志してのものだ。だが改めて言われると、とても照れ臭い。恐らく、素顔だったならさぞだらしない笑みを浮かべていたことだろう。しかし鎧の上からそれを悟られることはない。この鎧に感謝だ。

「えへ……えへへ……」

 しかし声は隠れていなかった。

 だがそんな翔子の声を一切気に留めず、翔子は話を続ける。

「怪物対策は我々の間でも急務だ。だから、少しこちらの研究に付き合ってくれるだろうか」

 翔子の頭はだらしないままなので、二つ返事で了承した。

「研究? ああ、いいですよ」

 研究と言っても、どうせ大したことはしないだろう。



 どうやらここは、インセクサイドという企業の研究施設だったらしい。表向きには殺虫剤メーカーをやっている、かなり有名な企業だ。

 予想通り、危険な研究は行われなかった。おかしな薬を投与されたわけでもないし、解剖されたわけでもない。ただ生身状態と融装状態とで様々なデータを取り、比較するだけのようだ。久々に着たジャージの感触は、どうにも慣れない。

「この能力は、蚊に刺されて手に入れたと?」

 職員の質問に、翔子は頷く。

「はい。思い当たるフシがそれしかありません」

 職員は書類にいろいろ書き足しつつ、他の資料にも目を通していた。

「その蚊は、どんな姿をしていたかわかりますか?」

 そんなことを訊かれても困る。高校時代に刺された蚊の姿など、そこまで詳しく覚えていない。というか、状況的に無理だったのだ。

「それはわからない事情がありまして……」

 翔子がそう答えると、職員は興味ありげに訊ねてきた。

「一体どんな事情が?」

「いえ、別にそんな大層なことではなくて……」

 記憶を掘り返しながら、翔子は語り始める。

「寝る前に本を読んでいたんです。そしたらなんだか急に首筋が痒くなってきたんで、かいたんです。でも何かを潰したような感じがして、手を見てみたら……」

 そこまで話したところで、職員が得心したように頷く。

「……潰れた蚊が付着していた……と」

「……はい」

 翔子は肯定した。まさにその通りだ。潰してしまったので、蚊だということぐらいしかわからなかった。

「それなら、仕方ないですが……」

 書類に何やら書き込む職員。この恥ずかしい顛末は、恐らく記録として残されるのだろう。

「では、次の場所へ移動します」

 これで質問は終わったのか、職員は立ち上がる。翔子も立ち上がると、職員は部屋を出た。

 職員の後をついて、病院のような廊下を歩いて行く。ドアをいくつか素通りして、一番奥のドアへ。表札には、Chief roomと書いてある。察するに、チーフである響子の部屋だろう。

 職員に促されるまま部屋に入る。職員は部屋の前で待機するようで、ついてくることはなかった。

 部屋の間取りは、やはり病院と似ている。大きな机とその上に乗るパソコン。椅子には響子が、こちらを待ち構えていたかのように座っていた。

「実験のデータが出た」

 響子はそう言うと、パソコンを少し操作する。カタカタとキーボードで文字を入力してから、画面をこちらに向けた。

「まず、これが君の身体能力のデータだ。こっちが細かい数値で、こっちがわかりやすく視覚化したグラフ」

 画面には、表とグラフが表示されている。グラフは五角形で、それぞれの頂点にスピード、パワー、スタミナ、テクニック、センスと書かれていた。それが、二つずつ。

「上が生身で、下が融装後。見ての通り、下のほうが高い数値が出ている」

 上のグラフは、最大十の内ほとんどが五程度。下のグラフは、テクニックが九な以外は全て十だ。融装後の方が、二倍ぐらい高い。

「ちなみに一般人の数値はこれだ」

 もう一つウィンドウが開かれ、そこにもグラフが映った。そのグラフは、一と二ばかりである。

「三あればスポーツ選手レベル。世界大会クラスでも四は行かないぞ」

「そ、それって……」

 翔子が狼狽すると、響子は真剣な顔で言う。

「まあ……人間の数値ではないな」

「……」

 それは気づいていたことだ。自分の能力は明らかに人間の域を超えている。最初から、わかっていた。

 だが改めて数値にされ、はっきり言われると、それはなかなかに衝撃的だ。

 あの日蚊に刺されてから、自分は一体何者になってしまったのだろうか。

 と、落ち込んだ翔子の顔を覗き込みながら、響子が言った。

「なに、そこまで気にするようなことでもない。君の外見と心は、紛れも無く人間のもの。数値なんか些細な事だ。重要じゃない」

 そう言ってくれるのは、とても嬉しいのだが。

 翔子はジャージの上着を脱ぎつつ、響子に背中を見せる。

「背中に大きな痣が……」

 だが、それを見ても響子は自信満々にこう言うのだ。

「世界にはもっと派手な刺青がある」

 ここまで言ってくれるのなら、彼女の言葉を受け入れてもいいのかもしれない。自分の見た目と心は、まだ人間だ、と。

 そんなことを考えていると、響子は突然話題を切り替えた。

「……そうだ。データをとらせてもらったんだ、我々の目的を話しておかないとな」

 そう言った響子は、パソコンを少し操作し、別のファイルを開く。画面に写ったのは、先程翔子と共に怪物を撃破したパワードスーツだ。

「これは、徐々に頻度を上げる怪物の出現に対抗し、我々が独自で開発したパワードスーツだ。V.D.E.S.――通称はヴィディス。今までは出動よりも先に君が怪物を倒してしまっていたから、役目がなかったんだがね」

 話の内容は、大体読めた。

「それが今日、偶然施設の近くで出現した上、私が苦戦した、と」

 響子は頷き、画面にもう一つウィンドウを出す。そこに表示されているのは、スペック表と書かれたデータだ。

「そう、その通り。だから出動し、君のサポートに回った。……恥ずかしながら、現在の性能では重火器による殲滅射撃ぐらいしか使いようがなくてね。格闘戦ができればいいんだが、まだ瞬発力に難がある。君のデータを見る限り、パワーにも改善の必要がありそうだ」

 どうやら、現在の性能では銃の反動を受け止めるぐらいにしか使えないらしい。スペック表に書かれたデータを見ても何もわからないのだが、響子の話で理解できた。

「そこで、君の鎧を解析して、今後の開発に役立てようと思った次第だ。だが、今日はデータを取っただけだ。細かい解析にはまだ時間がかかる。本格的に協力できるようになるまでは、もうしばらく時間が必要だ」

 話の流れからして、インセクサイドは翔子に協力してくれるのだろう。謎の超音波の件を考えると、ありがたいことだ。

 謎の超音波で、一つ思い出した。

「そう言えば……怪物の正体については、何かご存知で?」

 現在、怪物のバックには何かしらの組織が存在していると予想されている。しかしその詳細は一切不明で、生物方面のテクノロジーに長けていることぐらいしか予想できない。超音波の発信源を突き止めれば少しは進展があるのだろうが、現状それは達成できていなかった。

 だが、これだけの大企業ならば、翔子よりも多くの情報を得ているかもしれない。

 期待を込めて訊ねた翔子だが、その成果は芳しくなかった。

「いや、それは我々にもわかっていない」

 大企業でも正体をつかめていない辺り、手強い相手なのだろう。

「さて、他に質問は?」

「無いです」

「そうか……。私はこれから解析に入る。何かあったら――そうだな」

 響子は胸元からメモ帳を取り出し、そこにペンでサラサラと書き込み、ビリっと破って翔子に突き出した。書いてあったのは、恐らく彼女のメールアドレスと番号だろう。 『kyoko_insecticide_0908』 という、いかにもなアドレスだ。

「後でここにメールしてくれ。その時こちらも登録しておく。今日は帰って休むといい」

 そう言って、響子は椅子を回してパソコンに向き直った。翔子は受け取った紙をポケットにしまおうとして、このジャージが借り物だったことを思い出す。危うく紙ごと返してしまうところだった。

 部屋を出て、待機していた職員に誘導されるまま更衣室へと向かう。ライダースーツに着替え直し、懐に貰った紙を入れた。今度こそ、大丈夫だ。



 施設を出て、駐車場に移動されていたバイクに跨ろうとする。と、不意に背後から誰かが近寄る気配がした。

 振り返ると、そこには先程パワードスーツを着ていた金髪の女性が立っている。

 とても身長が高く、恐らく百八十センチは超えているだろう。百六十センチの翔子よりも、頭一つ分近く大きい。

 女性は友好的な笑みを浮かべて、翔子の肩に手を置いた。

「ジャパニーズヒーロー、会いたかったデース!」

 ものすごく胡散臭い口調だ。感情のこもり方から本気であることはわかるのだが、口調のせいでどうしても胡散臭く感じてしまう。

「あ、は、はろー……?」

 どう対応していいのかわからず、とりあえず返してみる。すると、女性は朗らかに笑った。

「ワタシ、ニホンゴも話せるヨ。むしろニホンゴのほうが得意ネ」

「え、あ、あ、あはははは……」

(じゃあなんでそんな話し方してるんだよ……)

 思わず内心で突っ込んでしまったが、口には出さないでおく。しかし、表情に出ていたのか、女性は苦笑した。

「昔からイギリスとこっちを行ったり来たりしてて、混ざっちゃったんだヨ」

 なるほど、確かにそれなら納得だ。

「じゃあ、ご両親はイギリスの方なんです?」

 翔子が訊ねると、女性はフッと笑う。

「ケーゴは苦手だヨ。……パパがイギリス人で、ママが日本人なのネ」

 たしかにその容姿は、どこか日本人的な雰囲気も併せ持っていた。例えば、髪は綺麗なブロンドだが、瞳は慎ましやかな茶色だ。

 翔子が少し観察していると、女性はふと思い出したように言う。

「そうそう、ワタシはキャサリンって言うヨ。そっちは?」

 そう言えば、まだ自己紹介をしていなかった。翔子も改めて、名を名乗る。

「私は翔子。よろしく」

「ヨロシクー」

 キャサリンが右手を差し出してきたので、翔子もそれを握り返す。キャサリンは、嬉しそうに握った手をブンブンと振っていた。



 その後連絡先を交換し、翔子は帰路に着く。もう昼近いので、今日はコンビニ弁当で済ますべくコンビニに寄った。

 弁当コーナに残っていたのは、唐揚げ弁当、鮭弁当、幕の内弁当だ。どうも今はそんな気分になれない。仕方がないので、塩おにぎり二つとサラダを一つ手にとった。

 会計、三百三十円。ゾロ目まで後三円なのだが、どうでもいい。こんなくだらないことのために出費を増やすのは、それがたとえ一円であっても惜しまれる。

 というわけで、素直に硬貨六枚で会計した。

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