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アラサー戦士中田翔子  作者: あざらし
異形の戦士、トランセンデンター!
27/46

*26 二十九歳、ヒーローでした

 お見合い前日は、本当に忙しかった。

 場所の決定、予約、時間合わせ……などなど。面倒だったので少しだけお見合いをやめたくなったが、そんなこと言ってられる雰囲気ではなかったので何も言わずに支度をした。

 当日の衣装は、一時間ぐらい言い争った末に私服になった。因みに、翔子は言い争いに参加していない。清香と母と、近所のおせっかいおばさんが激しい舌戦を繰り広げていただけだ。

 その間、翔子は賢治と話し込んでいた。

「あれ、賢治君と清香はいつから一緒だったんだっけ?」

 清香と賢治は、幼馴染……だった気がするのだが、いつから一緒だったかは覚えていない。高校時代に、清香他男女数名で遊んでいる中に混ざっているのは見かけたのだが、それ以前は不明瞭だ。

「一応、小学校……いや、幼稚園から一緒でしたね。仲良くなったのは、中学からですが」

「あー、そう言えば、卒園アルバムで見たかも……」

 言われてやっと思い出すようなレベルなので、その頃は彼に対する興味が非常に薄かったのだろう。普通に考えて、妹と同じ組の男子など心底どうでもいい。覚えていただけでも奇跡だ。

 あ、いや、違う。

 清香に賢治を紹介された時に、 「誰?」 と訊いたら 「幼稚園から一緒だったんだよー」 と返されて、その時に改めて見なおしたのだ。

 よくよく考えると、彼氏を紹介されて 「誰?」 と訊ねるのはおかしい気もする。まあ、あの時は確か徹夜明けだったので、多少ズレていても仕方がないだろう。徹夜した理由はよく覚えていない。

「そう言えば、お義姉さんは、彼氏とか今まで一人も居なかったんですか?」

 急にそんなことを言い出した義弟の表情は至って真面目で、翔子をからかおうとしているようには見えなかった。

 しかしその質問は禁句である。義姉とは言え、あまり女にそんなことを訊くものではない。

「賢治君はどう思う?」

 妖しげな瞳で聞き返すと、賢治はうーんと考えこむ。

「清香は居ないって言ってたんですけど、どうにも信じられないんですよね。他言してないだけで、実は付き合ってたあるんじゃないですか?」

 彼氏なしが信じられないというのは、褒められているのか貶されているのか……。

 まあいい。どちらにせよ、彼の予想はハズレだ。

「残念。私は生まれてこの方、異性とお付き合いしたことがありません」

 なぜ付き合わなかったのかというと、多分タイミングを完全に逸したからだろう。小中高では、自分にはまだ早いと考えていた。こういうことは、大学生になってから――そう考えていた矢先、トランセンデンターになってしまったのだ。

 あんな身体では、目立たないことに徹するだけで精一杯だった。

 で、気がつけばこの歳。やっとトランセンデンターから開放されて、今に至る。

 今にして思えば、もっと若いうちにいろいろやっておくべきだった。

 綺麗な身体がどうのこうのという話はあるが、これまで綺麗な身体で居て得したことは一度もない。誰かと付き合う気がないのなら、そんなものはどうでもいいのだろう。

 まあ、お見合い相手は喜ぶかもしれないが。

「意外ですねえ。ナンパとか、されないんですか?」

 それはつまり、翔子が美人だということだろうか。

 ……そう言われて悪い気はしないが、所帯持ちがそんなことを軽々しく言うべきではない。義姉と言っても、女であることには変わりなかった。

「それ、ナンパのつもりかな? 清香に言っちゃうぞ」

 母と言い争う清香に目をやりながら言うと、賢治は慌てて手を振る。

「いえいえ、そんなつもりでは……この話題は、やめときましょう」

「賢い義弟を持って私は幸せだ」

 とは言ったものの、実際に清香がこの会話を聞いていたらどう思っていたのだろうか。

 彼女はあの性格なので、あっさりと 『別に翔子姉ならいいよ』 みたいなことを言いそうではある。

 そしてそのまま三人で。

(いや待て何考えてるんだ私)

 やはり低感度状態で手だけで済ませるのは……。ああ、もう。

(もういい……もういいだろぉ!)

 邪念を振り払っていると、決着が着いたらしく清香がこちらに来た。

 そして今に至る。



 先日は間違えて蚊のベクターズを放ってしまったが、結局のところ計画に支障は出なかった。

 泳がされている可能性も考えたが、しばらくだんまりを決め込んだので問題ないだろう。

 何も問題がなければ、計画はスムーズに進む。ついさっきモノが揃ったので、いよいよ明日決行だ。

 翌日昼ごろ、人通りの多い街中でベクターズを生み出し、トランセンデンターをおびき寄せる。トランセンデンターが現れたら、大量のベクターズを用いて、排除――完璧な作戦だ。

 爽香は虫カゴの中の蚊を眺め、満足気に笑む。

 虫カゴの蓋は隙間だらけなので、蚊ぐらい身体が小さければ簡単に抜け出すことができる。しかし爽香の用意した七匹の蚊は、カゴの中の止まり木に一糸乱れず整列していた。

 今やこの七匹の蚊は、完全に爽香の制御下にある。前回の反省を踏まえ、蚊にも洗脳装置を埋め込んだのだ。これが意外と手間取った。

 無駄を徹底的に省き、洗脳装置は一円玉以下の大きさにまで縮小された。しかし、それでも蚊に埋め込むには大きすぎる。だから今度は、必要な機能――洗脳した生物の電気信号を吸い上げて充電する機能――を排した。長期間の使用を完全に度外視した、使い捨て前提の設計。およそ、七十二時間動く。それだけあれば十分だ。

 これと、完全版の洗脳装置を搭載したラジコヘリを飛ばす。洗脳装置があればセルフで超音波強化と同等の効果を得られるので、超音波機材は必要ない。

 放つ場所も、決めてある。近くにちょっと高めなお食事処のある公園だ。あそこは生き物が多く、人通りも多い。まさにうってつけの場所だろう。

 明日の出来事を妄想し、爽香は口の端を邪悪に歪めた。



 そんなこんなで時は流れ、お見合い当日。

 場所は、ちょっと高めなお食事処。なんと、お座敷だ。まさか、近所にこんな店があるとは思わなかった。

「こんにちは。中田さんでよろしいでしょうか?」

 時間よりかなり早く着いたというのに、すぐに相手が現れた。

「はい。そちらは杉村さんで?」

「はい。ああ、よかった」

 杉村氏はほっと胸を撫で下ろす。見た感じ、写真そのままの人といったところか。悪い人には見えないので、ひとまず安心。

 お互いの家族にも挨拶を済ませた。

 さて。早く来たのはいいのだが、予約の時間までまだかなりある。こんなに早く店に入っても迷惑だろうし、近くの公園で少し散歩しようという話になった。

 二家族での散歩は、なかなかの大所帯だ。翔子の側は、翔子本人に加えて両親と賢治清香夫妻の五人。杉村氏の側は、杉村氏と両親、そして弟の四人。総勢九人……ちょっとした宴会に見えなくもない。

「蝉の声……ついついうるさく感じてしまいますが、離れてみるとこれがなかなか恋しくなる」

「それ……わかります。それで久々に聞くと、やっぱりうるさいんですよね」

「まったく、その通りですな」

 朗らかに笑う杉村氏。なかなかいい会話なのではないだろうか。場の空気もいいし、今日のお見合い、いけるかもしれない。

「セミの声だけじゃなくて、カエルの鳴き声も――」

 いい空気のまま会話を続けようとした、その時。

 立ち並ぶ木々の間から、何かがドサリと落ちた音がした。

 木の実や石ころ程度の音ではない。これは、小動物――あるいはそれ以上のものが落ちた音だ。

 反射的に、一同は音のした方向へと顔を向ける。そして、そこに居るその存在を見てしまった。平和だったはずの空間に、戦慄が走る。

「……セミの、化け物――!?」

 わけもわからずに叫ぶ父。

 セミの特徴を持ちながら、人間のようなシルエットを持つ化け物。二足歩行で、口はストロー状。大きな声で鳴きながら、こちらに近づいてくる。

 それがベクターズであることを、この中で翔子だけが知っていた。

 これは非常にまずい。

「逃げて!」

 真っ先に我に返った翔子は、他の八人にそう促した。肩を揺すって、頬を叩いて――なんとか全員が我に返り、翔子に急かされるまま逃げ惑う。清香だけは何か不満そうな顔を向けてきたが、緊急事態なので無視した。

 そして何より、今の翔子に戦う力はない。ベクターズに対抗できるのは、インセクサイドのヴィディスだけだ。

「もしもし、響子!?」

『ん、どうした翔子君――』

「ベクターズが出た! 今すぐヴィディスを持ってきて! 場所は――」

 まくし立てるように状況を伝え、すぐに電話を切る。今は一刻も無駄にできない。幸いなことに、ここはインセクサイドの施設からさほど離れていないので、そこまで時間はかからないだろう。

 翔子が八人の避難を促している間、今度は悲鳴が聞こえてきた。

 見れば、ハチのベクターズが遊具の一つを刺し壊している。あの凶暴なシルエットは、明らかに超音波強化後だ。

 まさか、ベクターズが同時に二体も現れるとは。

 完全に予定外の出来事に、翔子は激しく混乱した。しかし鋼の自制心で混乱を無理矢理押さえつけ、杉村氏に家族の非難を誘導するよう言いつける。

 そのまま、翔子は遊具の元へと走った。遊具の近くでへたり込んでいた親子を急かして避難させ、自分はベクターズの対応をする。

 しかし何度も言うように、今の翔子に戦う力はない。あるのは、知恵と勇気だけだ。

 とにかく、響子とキャサリンが着くまで時間を稼がなければ。

 遊具を切ったハチのベクターズは、セミのベクターズと合流して公園を荒らす。毒液で木を枯らせたり、大きな声で鳴いたりと、大惨事だ。パニックを起こした人々は、我先にと逃げ惑う。

 そんな中で、自分は何ができる? 時間を稼ぐと言っても、ベクターズに狙われれば今の翔子はすぐに殺されてしまう。あまりにも、無力だった。

 愕然としている間に、また新たな個体が現れる。見た目からして、蝶か蛾か――顔の形から、なんとなく蛾のように見えた。

 幸いにも、既に周囲の人々は避難し終わっている。好き勝手に逃げ出したとはいえ、広い公園。団子になって共倒れということも起きなかったのだろう。よかった――そう思った矢先、視界の端に一組の親子が映り込む。

 転んだのか、膝を擦りむいて泣いている少女と、それを必死に励ます母親。まずい。翔子は駆け寄り、少女を助け起こした。

 母親に少女と一緒に逃げるよう促してから、すぐ近くにベクターズが居ないか見回す。――居た。また新たな個体。今度は、カミキリムシだろうか。大きなアゴでカチカチと音を鳴らし、こちらに向かってくる。

 あのアゴ、人間の頭程度なら軽々と砕けるだろう。今までの経験から、翔子はそう判断した。

 あの親子を逃してから、自分も逃げ――る余裕はない。相手はもうすぐそこにいる。自分だけ走って逃げれば間に合うが、それは嫌だ。

 駄目だ。この状況を打開するには? どうすればいい。いや、無理だ。せめて、力が――


 ベクターズと戦える力さえあれば――!


「助けにキタヨ!」

 それはよく知る声。

 女性は、翔子とすれ違う瞬間にジャンプした。

「ヘーンシーン!」

《Spatial coordinates set!!》

 声と同時に、何もない空間から突然鎧が現れる。鎧は女性の動きに追従し、その身体を包み込んだ。

《VDES start up!!》

 電子音声が鳴り終わるかどうかといったところで、女性は空中からカミキリムシに強烈なキックをぶちかました。ゴロゴロと転がってから、起き上がるカミキリムシ。

「ヤッパリまだ死なないネー」

「キャサリン!!」

 やっと来た。翔子が安堵していると、キャサリンは先程彼女が現れた場所――公園の出入口を指さした。

「ハヤク! ニゲテ!」

「う、うん……」

 そうだ。ここに自分が居ても、彼女の足を引っ張るだけだろう。翔子は親子と一緒に、逃げる。

「まとめて相手にシテアゲル!」

 背後から、キャサリンの声が聞こえたが、振り返らずに走った。



 セミ、ハチ、蛾、カミキリムシ――それなりに強そうな布陣だが、相手はそれを手際よく捌いている。

 小型ラジコンを通して撮影した映像を見て、爽香は舌打ちした。

 あれはトランセンデンターではない。恐らく、トランセンデンターに協力しているという企業のものだろう。トランセンデンターと一緒に、研究施設を破壊したものと同一だと思われる。

 放った七匹の蚊の内、一匹は一般人に叩き潰されてしまった。残り二匹は、未だ素体の選定中だが、残しておいて正解だったかもしれない。

 爽香の目的は、飽くまでトランセンデンターだ。名前も知らない企業の回し者などに、興味はない。こんなところで手駒を浪費するわけにはいかなかった。

 セミ、ハチ、カミキリムシであれを足止めし、残りの二匹と蛾を一般人が逃げた先に放り込もう。なんとしても、トランセンデンターをおびき寄せるのだ。



 四体ものベクターズを相手にするのは、とても骨が折れる。

 時には火器を放ち、時には肉弾戦で、キャサリンは四体を相手にしていた。ベクターズはこれまでと違って連携をとっているので、押され気味ではあるのだが。

 このままでは押し切られてしまうかもしれない。

 キャサリンの顔に、焦りが浮かんだ――尤も、鎧の下なので、誰にも見えないのだが――その時。

 突然、蛾のベクターズが大きく羽ばたき、空を駆けた。その方向は――翔子たちが逃げた方向、公園の出入口だ。あの先には、まだ多くの一般人が居る。

「キョーコ!? ソッチに一体イッタ!」

『なんだと!?』

 無線越しにも、響子の驚きと焦りが伝わってきた。向こうには戦う力がない。駆けつけようにも、ベクターズ三体の相手で手一杯だ。今背中を向けたら、殺される。

 こんな時、翔子が戦えたら。

 そう思ってしまうのも、仕方のない事だった。



 家族と合流してからすぐに、ベクターズが現れた。

「空からくるぞ!?」

 蛾のベクターズは、空から。父はそれを指さし、尻餅をつく。

「また来たわ!?」

 カブトムシのベクターズは、森の中から。母はそれを見て、悲鳴を上げる。

「な、何あれ……?!」

 カマキリのベクターズは、目の前で変化した。それを見た清香の顔が、恐怖に歪む。

 怯える人々の中から、見覚えのある車を探す。キャサリンが来たということは、響子も近くに居るはずだ。

「響子!?」

 予想通り、響子は居た。彼女にしては珍しく、目に見えて動揺している。額から脂汗がダラダラと流れ落ちていた。

「しょ、翔子君!」

「何か武器ない?!」

 挨拶もそこそこに、翔子は訊ねた。生身では戦えない。力が、力が必要だ。

「警棒ぐらいならあるが、それでは……!」

「貸して!!」

 渋る響子を無視して、助手席に置いてあった警棒を強引にむしりとる。なんでもいい。とにかく戦う力が必要だ。

「そっ、――危険だ! 無茶は――」

「やあああああああ!!」

 響子の制止を無視し、翔子は警棒で立ち向かう。超人的な身体能力はないので、派手な動きなどできない。真っ直ぐに、カブトムシのベクターズに突進した。

 だが、あっさりと弾かれた。

 当然だ。生身の人間に、ベクターズと戦う力はない。

 無残にも地面に投げ出される翔子。警棒は先程の攻撃で砕けてしまった。体中が痛い。骨も折れたような気がする。駄目だった。

 力が、力が欲しい。

 戦って、家族や人々を守れる力が、欲しい。

「ぅ、ぅ……うぁああああああああああああああああああ!」

 それは怪我からくる体の痛みからか、悔しさからくる心の痛みからか。なけなしの余力で絞り出した悲痛な叫びが、虚しくこだました。

 まだだ。こんなものでは、ベクターズと戦えない。もっと、もっとだ。力がなければ、何も守れない。守りたいのに、守れない――!

「力が……力が欲しい……っ!」

 ……なぜだろう。不思議と、体の芯から力が湧いてきた。

「ベクターズと、戦える……!」

 立ち上がり、歩き出す。折れた骨がくっついた。五感が冴えていく。それだけではない。懐かしい、あの感覚――!

「トランセンデンターの、力が……!」

 トランセンデンターの力は、意図的な進化だ。

 久雄に打ち込まれた薬品によって脳の片隅にまで空間障壁で追いやられていたトランセンデント細胞。それは力を望む翔子の意思で、進化した。

 空間障壁を打ち破ったトランセンデント細胞は、翔子の体の隅々までを瞬時に進化させる。四次元的な構造を持った、四次元細胞。人が人を超える力を生み出す、超越者の力。


 ――そうだ。この力だ。この力が、欲しかったんだ。

 初めて人を助けた時も、そうだ。翔子は望んで、戦った。自分の意志で戦った。だれでもない翔子自身が、そうしたかったから。


 翔子は右手を、天高く掲げる。

 これまで何度もやってきたこと。

 翔子は叫んだ。

 腹の底から、自分でも驚くほど大きな声で。

 大学時代に考えたあの決め台詞、戦う力の象徴であるあの台詞、これまで何度も口にしてきたあの台詞を。

「融装!!」

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