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アラサー戦士中田翔子  作者: あざらし
異形の戦士、トランセンデンター!
26/46

*25 実家

 この数日間何もなかった。

 普通にバイトして、普通に三色食べて、普通に……ゴニョゴニョした。

 強いて挙げるなら、口の中を噛んで口内炎らしきものを発症したことぐらいだろうか。これまでは口内を噛んでも全然痛くなかったので、どうしたものか戸惑った。まあ、治りかけているので問題はないだろう。

 他には、少し調子に乗りすぎて改造乗馬マシンをぶっ壊してしまったことだろうか。なんだか感度が悪くなったので、いつもより腰を強く動かしたら……真っ二つだ。幸い本体は無事だったのだが、卑猥なスティックがバッキリと折れてしまった。長い間使っていたので、仕方ないとも言える。

 中で折れた時には死を覚悟したものだが、意外となんとかなった。ガバガバなわけではない。多分。

 バリバリの商業系である翔子に修理は不可能だったので、新しく買ってきた。一人でそういったお店に入るのはなかなか恥ずかしかったが、社会経験だと思って我慢した。以前のものより大きめのものを選んだのは秘密だ。

 そんなこんなで、遂に明日が帰省の日だ。着替えの類はバッグに入れてしまったので、今は下着だけである。もう寝るので問題はないし、明日はしばらくライダースーツを着ているのでこちらも抜かりはない。着いてしばらくしたら、着替えればいいだろう。

 案外腹が冷えるので、タオルケットを腹に巻く。トランセンデンターになってから体調を崩したことはないが、下痢の恐ろしさはそれ以前の人生で既に把握していた。

 よし、寝よう。

「おやすみ」

 ペットキャリーの奥で丸くなったミケは、返事をしなかった。



 帰省だが、別に早起きする必要もない。いつもどおりに起きて、いつものように朝食を食べて、身支度をしてから出発するだけだ。

 実家が近いと、こんな時に助かる。バイクに乗るのは好きだが、ツーリングと移動はまた違うのだ。移動は、疲れる。理由は知らない。

 そんなこんなで、すぐに実家に着いた。ゆっくり安全運転していたのだが、思ったよりも早い。

「うわー懐かしい……」

 久しぶりに見た実家は、なんというか、変わっていなかった。

 よく見ると、少しくたびれたような気がするが……多分気のせいだ。元々、結構くたびれていた。

 庭の隅にバイクを停め、玄関の前に立つ。

(なんて言って入ればいいんだっけ……)

 ただいま? こんにちは? お邪魔します? そして、チャイムは鳴らすべきなのだろうか?

 玄関前で考えこむこと、数分。ご近所さんの視線に気づいたのとほぼ同時に、軽自動車が現れる。その助手席から、よく知った顔が出てきた。

「あれ、翔子姉、そんなところで何してんの?」

「え、ああ、ちょっとね」

 何がちょっとなのかは、自分でもよくわからない。ただ、言葉が出てこない時についこう言ってしまうのだ。

 清香に続いて、賢治がこちらに会釈する。そのまま彼女らは、実家の玄関を開けて中へと入っていった。

「ただいまー」

「おじゃまします」

「あらいらっしゃい」

 それを出迎える、母の声。と、母と目があってしまった。状況が状況なので、少し気まずい。

「……あら、翔子じゃない。なんでそんなところで突っ立ってるの?」

「え、ああ、ちょっとね」

 清香に言ったのと全く同じセリフを吐き、頭を掻きながら玄関をくぐる。

「た、ただいまー……なんちゃって」

「はいはい、おかえりなさい」

 母の優しさが辛い……!



 帰って早々、思いもよらぬ話題を振られた。

「お、お見合い!?」

 積もる話だとか、そんなものは一切ない。ニ、三言葉を交わしたら、すぐに持ちかけられた。

「あんたもいい歳なんだし、そろそろ落ち着きなさい。清香から聞いたけど、まだフリーターやってるんでしょ?」

 それを言われると、言い返せないのが辛いところだ。たとえ身内といえど、ベクターズの件をむやみに話すのは、よくない。

「ま、まあ、そうだけどさ……」

 まさか、清香はこの件のために翔子を実家に誘ったのでは? 不意にそんな疑念が脳裏をよぎり、清香に目をやる。が、彼女は 『いや知らないよ』 とでも言わんばかりに首を振った。

 さて、拒否するムードに話が進んでしまったが、冷静に考えるとどうだろうか。このお見合い話は、別に悪い話ではなかったりするかもしれない。

 今の翔子は、ちょうど結婚を視野に入れている。お見合いということは、相手を探すという手間が省けるということ。それに親の紹介なら、信頼できる相手だろう。

 渡りに船、とはまさにこのことか。

「……どうしても嫌なら、別に構わんがな。理由は聞かせてもらうが」

 腕を組みながら、渋い顔をする父。

 どうしても嫌なら――別に、そんなことはない。もう翔子は戦えないし、落ち着いてもいいだろう。

「……いや、そんなことないよ。お見合い、やってみる」

 とりあえず、話に乗ることにした。それからはトントン拍子で話が進んで行く。

「この人なんだけど、どう?」

 渡された釣書を見るに、なかなか悪くない相手だ。三歳上の、会社員……まあ、そんなもんだろう。因みにこちらの釣書はもう手配済みらしい。周到な親である。

「うん、いいと思う」

 とは言え、実際に会ってみないことにはどんな人かわからない。翔子が立派な社会人で居られた期間は短いが、それでも見てくれだけ整えた人間は沢山見てきた。

 翔子の言葉を承諾と受け取ったのか、母は急に張り切りだした。

「じゃあ、会うのは明後日になるわ。明日は忙しくなるから、準備しておきなさい」

「えっ、明後日!?」

 なんとも急な話である。見合いの話自体が急なことなので、ある意味必然と言えないこともないが……。

 だが、決まってしまったことは仕方がない。覚悟を決めて、見合いに臨もうではないか。

 ……だが、その前に。とりあえず、友人各位には連絡しておくべきだろうか。



「お、お見合いぃ!?」

 数日ぶりに翔子から連絡が来たと思えば、これだ。昼休みでもないのにワンコールで出て、少し後悔した。

『うん。なんか、母さんが張り切ってて……。私も、いい機会かなーって』

「そ、そうか……。だ、だが、翔子君は、まだまだ行けると思うが……」

 翔子は、響子が歳下だと勘違いする程度には若々しい。それに、美人だ。きっとまだ、余裕はある。

『いやー、でもまあ……他にやることもないし』

「そう、か……」

 彼女にとって、自分は飽くまで "友人" だ。友人なら、ここは素直に祝福か、応援してやるべきなのだろう。

 しかしその言葉が、どうしても出てこない。

 なぜだ?

 いや……まあ、理由は大体わかっている。くだらないので、あまり他言したくはない理由だ。

 そんなくだらない感情で心を見だしていないで、さっさと応援してやったらどうだ。

 自分の尻を叩くように言い聞かせ、小さく深呼吸をする。

「……うん、そうだな、頑張れ」

 肩を叩くような気分で、響子は言う。棒読みにならないかどうかだけ気になったが、負の感情がこもっていたためその心配は杞憂に終わった。

『うん、頑張る』

 電話越しだからか、こちらの負の感情は伝わらなかったようだ。翔子は特に気を落とした様子もなく、こちらの気持ちも知らずに言う。

『んじゃあ、結果が出たらまた連絡するね』

「うん、待ってる」

 本当は待ってなど居ない。

 そんな話、破談になってしまえばいいのに。

 友人の失敗を願う……最低の行いだが、今の響子は人類の最底辺と言われても否定出来ないほどに負の感情に苛まれていた。

 ああ、くそ。

(今日はもう寝ようかなあ……)

 このまま起きていても、あまりいいことは無いだろう。ヴィディスⅢの改造は大体終わったし、ヴィディスⅣのオペレーター――弥月についての目処は未だに立っていない。ベクターズについての続報もないし、今日の食堂のメニューは響子の苦手な焼き魚だ。

 吐き気がするとか適当に言い訳を付けて、早退しよう。最近はあんまり休んでいない (曜日がわからないぐらい) し、少しぐらい怠けたって許されるはずだ。

 いや、この際、暇そうなキャサリンでも誘って昼間からどこかに出かけるというのもアリなのではないか?

 お盆の少し前。世間的には――まあ、それは学生ぐらいのものだが――、もう立派な夏休みだ。超絶ホワイト企業は夏休みが一週間を超えるらしいのだが、多分都市伝説だろう。因みに響子はお盆も出社する予定だ。

 夏は、いろいろ盛り上がる。どこもかしこも、イベントが目白押しだ。街の方へ行けば、暇はしないだろう。ポケットマネーも、常識の範囲内で遊ぶ分には十分な額がある。

 キャサリンを誘って遊んだ未来を、響子は想像した。――想像して、決めた。

 やっぱりやめよう。

 外に出たら、どうせカップルを見かけて不快な気分になる。普段は全く気にならないのだが、今は奴らの存在に無性に腹が立つ。

 どうせキャサリンを誘うのなら、家でお互いの欲望をぶつけあっていたほうがいいだろう。

 それにそもそも、キャサリンが休めるかどうかもわからない。

 ヴィディスⅢの専属オペレーターであるキャサリンには、これからヴィディスⅢの改造点を把握しレポートを作るという仕事がある。細かい仕様変更なども結構あるので、案外時間がかかるだろう。

 一人でふて寝しよう。

 その結論に至った響子は、パソコンを消して部屋を後にした。



 翔子は相当慌てていたようで、勤務中であることをガン無視して電話をかけてきた。

 流石に勤務中に堂々と雑談をするのは気がひけるので、キャサリンは彼女をたしなめ、昼休みにこちらからかけると伝えた。

 そして、昼休み。

 昼食をとった後に、人気の少ないところへと移動する。仮設トイレの裏など、人の少ないところは案外多いものだ。

 忙しいのか、翔子が出るまでには思ったより時間がかかった。

「モシモシ、ショーコ?」

『もしもし、キャサリン?』

「ウン。で、ヨーケンは?」

『ああ、うん。それが――』

 実家に帰ったら、お見合いを勧められた。相手の情報を見るに、なかなか悪くない。明後日、実際にお見合いしてみる。

 それで、友人各位に連絡を入れた――とのこと。

 なるほど、お見合いときたか。

 確かに、翔子の年齢なら結婚を考えてもおかしくない。彼女はもうトランセンデンターではないので、結婚をためらう理由も特にないだろう。

「イイキカイだし、ガンバッテネ!」

『うん、頑張る』

 とりあえず応援してから、次の話題に移る。

「トコロデ、ソレはキョーコにも話したの?」

 これは、響子がショックを受けそうな話題だ。しかしそんなことを翔子が知るよしも無いので、彼女を責めるのはお門違いではある。だから、場合によっては自分が励まさないと駄目だろう。

『うん。さっきした』

 まあ、キャサリンにだけ言って響子に言わないというのも不自然だ。予想していた答えに、キャサリンは用意していた答えを返す。

「そう、ワカッタ。じゃあ、またナニカあったらレンラクしてね」

『うん』

 ガチャリと電話が切れる。通話終了の旨を知らせる画面を切り、キャサリンはスマートフォンをしまった。

 さて……どうしたものか。

 どうせ響子はショックで引きこもっているだろう。彼女はああ見えて意外と乙女なところがある。こちらも早退して慰めてやるべきだろうか。

 だが、仕事が山積みだ。

 仕事をサボって慰めに行くべきか、仕事を優先するべきか。

 まず、この仕事を終わらせないと、ヴィディスが使えない。この仕事は一日あれば終わるので、今日終わらせれば明日にはヴィディスが使えるだろう。

 明日、ベクターズが現れるだろうか?

 現状、ベクターズに関しては、 "いつ現れてもおかしくない" 状況だ。ここ数日現れていないのは、タイミングを見計らっているのか、数を増やしているのか、それとも他に理由があるのか……わからない。

 だから、仕事は早いうちに終わらせた方がいい。もしかしたら、今この瞬間にベクターズが現れるかもしれないのだ。

 流石に、この状況で私情を優先するのは……よくないだろう。

 なら、できるだけ早く仕事を終わらせた上で、慰めればいい。

 仕事を早く終わらせるため、キャサリンは残り半分以上ある昼休みを潰すことにした。



 弥月にも連絡するか迷ったが、結局連絡することにした。

 そして例によって例のごとく、驚かれる。そんなに意外なのだろうか?

 自分で改めて考えてみて、間違いなく意外だという結論に達した。

 結婚する気ないですよオーラを漂わせていたことは、それなりに自負している。別に周囲を騙していたわけではなく、本当にその気はなかったのだ。

 ……なら、今はその気があるのだろうか?

 戦いから開放されて、やることがなくなって、親の誘いを受けて……お見合いという行為に向けて、自分は自発的に行動しているのだろうか?

 今でも、実はその気がないのではないだろうか?

 いや、でも、駄目だ。

 もうここまで来てしまった。今更やめますだなんて、許されるわけがない。

 やるなら、最後までやるべきだ。

 尤も、その最後が、結婚か破談かはまだわからないのだが。

「しょーこー、猫どうするのー?」

 弥月への連絡をちょうど終えた頃、母の呼ぶ声がした。

「ああ、まずい」

 すっかり忘れていた。いや、心の片隅では気にかけていたのだが……三パーセントぐらい。

 とりあえず、ペットキャリーの中にぶち込んできた餌皿と水皿を取り出す。プラスチック製なので、特に梱包しなくてもバイクの旅に耐えられる優良品だ。

 水はまあいいとして、餌はどうするか。

 考えていると、清香に肩を叩かれた。振り返ると、久々のお高い餌を持った清香がそこに。

「はい、これ。お見合い祝い」

「ちょっと気が早くない……?」

「そんなことないよ。あと、猫の餌ってあんまり安いと体に悪いらしいよ?」

 清香はそんなことを言う。だが、翔子がミケにあげている餌は、一応猫の健康に気を遣っている品だ。店員さんに勧められた代物である。

「ウチの餌は、なかなか悪くないモノなのよ……」

 言うと清香は、きょとんとした。

「え、そうなの? てっきり翔子姉のことだから、その辺り無頓着だと思ってたよ」

「ひどい」

 こいつ、姉を何だと思ってやがる……。しかし、強く言い返せない辺りがなんとも情けない。姉の威厳とは一体。

「まあ、でも、翔子姉がちゃんとミケちゃんの健康に気を遣ってたのは良かったかな」

 清香は、そっと胸を撫で下ろす。

 健康への気遣い具合で言えば、恐らく翔子は自分よりもミケを優先している。尤も、それは翔子が極めて頑丈だった頃の話で、トランセンデンターの力を失った最近に関してはその限りではないのだが。

「そりゃ、家族だしね」

 そう翔子が言うと、清香はペットキャリーに目をやる。

「今は引きこもってるけどね」

 彼女の言うとおりだ。ミケは実家に連れてきてから、ずっとペットキャリーの奥に引きこもっている。

 これだけなら別に、今までだってありえたことなので問題ない。だが、ここ最近のミケは翔子すらも警戒しているので、心配だった。

 変な病気になっていたりしなければいいのだが。

 とりあえず、清香に貰った餌をやる。

 ペットキャリーに餌皿と水皿を入れて、遠目から観察。

 ……どうやら、きちんと食べているようだ。引きこもりと違う環境のコンボで拒食を起こすかとも思ったが、いらぬ心配だったらしい。

 他には運動不足も心配だが、それは夜中にでも勝手に歩いてくれるだろう。とりあえず、寝る前にペットキャリーの扉は開けておく。尤も、脱走防止に部屋の扉は締めるのだが。

 後は、ストレスだが……これに関しては、もうどうしようもない。

 夜中に勝手に運動して、ストレスを発散してくれればいいのだが……。とりあえず猫じゃらしは持ってきたが、翔子や他の誰かが使っても警戒して遊んでくれないので、多分意味が無い。

 この際、走るミニカーでも買ってやるべきだろうか。ゼンマイ式の、頑丈なやつならきっとミケの猛攻にも耐えてくれるだろう。猫じゃらしよりも、一人 (正確には一匹だが) 遊びには向いているはずだ。

 仮に問題があるとすれば……夜中に騒がれると、うるさいということだろうか。

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