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アラサー戦士中田翔子  作者: あざらし
異形の戦士、トランセンデンター!
24/46

*23 新たな力

 買い物が終わった。これでしばらくは食糧難に遭うこともないだろう。

 中身のある冷蔵庫を眺め、翔子は満足気に頷いた。やはり、冷蔵庫は中に食材を入れてこそだ。

 因みに、要冷蔵の食品は優先的に消費するのですぐになくなる。主力は戸棚の乾物だ。

 とりあえず早めの昼食でサラダを食べて、一休み。もうそろそろ、バイトが再開する。施設襲撃の際に確保した長期休暇だが、結局ただの休日になってしまった。

 休んだ分、明日からはモリモリ働こう。あまり考えないようにしていたが、この休日で存外の出費をしてしまった。

 さて、明日から始まるバイト生活のために、今日は身体を動かしておこう――そう思って部屋を出た矢先の事だった。

「キャー!」

 不意に耳に飛び込んできたのは、甲高い悲鳴。声から推測するに、二十代後半ぐらいだろう。数は一人。

 緊急事態だ。

 翔子はバイクに跨り、悲鳴の主の元へと向かう。体を動かすのは中止だ。

 大型バイクを転がすこと、数分。声の主と思しき女性は、森林の奥にいるようだ。確か、あの森林の中には小規模な公園があり、そこではなかなかいい景色が拝める。時間的にはお昼休みなので、そこで弁当を食べようとしたOLでも居たのだろう。そして、悲鳴を上げた。

 翔子はバイクを停め、森の中へと走る。何かに怯えている女性の声と、荒い息を頼りに突き進む。

「こ、来ないで……」

 見つけた。

「どうしました!?」

 訊ねると、へたり込んだ女性は弱々しく前方を指し示す。

 指で示される方向を見て、翔子は思わず絶句した。

 巨大な蚊を、無理矢理に二足歩行にしたような、その姿。見たことはないが、それがなんなのかはすぐにわかった。

「ベクターズ――!?」

 それは、紛れも無く、ベクターズだった。



 ちょっと――どころではない、致命的なミスを犯した。

 焦りながら、爽香は頭を抱える。

 輸送用の巨大な蚊に、間違えてCODE-T2Mを投与してしまったのだ。

 すぐに潰せば間に合ったのだが、焦って対応策を見失っている内に、蚊はその体躯を巨大化させながら隠れ家の外へと出て行ってしまった。今頃は、何をしているのだろうか。

 まさか、こんなつまらないミスで計画に支障をきたしてしまうとは。

 このタイミングでベクターズが現れたとなれば、当然相手は警戒する。奇襲は難しいだろう。洗脳装置もまだ完成していないので、これから急ピッチで作戦を始めるのも不可能だ。

 どうしたものか。

 なんの対策も思い浮かばないまま、爽香は思考を放棄した。



 ベクターズは、自然に発生するものではない。

 そして、ベクターズの発生源である謎の施設は……翔子達が、潰した。自爆は計算外だったが、それはいい方向に働いたはずだった。

 ベクターズの発生源は、もうないのだ。

 それなのに、目の前にはベクターズが居る。

「一体、どこから……」

 ――そういえば、響子が言っていた。一人、怪しい奴を取り逃がしたと。

 それに、施設は潰したが職員には逃げられた。よく考えれば、倒したのはトランセンデンターだけだ。

 なら、ベクターズが来るのも、おかしな話ではないのかもしれない。

 ……どこから湧いたにせよ、ベクターズは始末しておく必要がある。

「危ないんで、逃げてください」

 女性に逃げるように促す。女性はへっぴり腰ながらも、無事に逃げていった。

 さて。

「融装!」

 久しぶりの融装だ。しかし数日のブランクなどものともせず、鎧は翔子の身体と寸分の狂いもなく同化する。肌を露出しているような、あの感覚が全身に走った。

「どこから来たかは知らないけど……見つけたからには、逃がさない!」

 こちらの様子を窺うベクターズに、翔子は掴みかかった。先手必勝、ボディを固定し――ようとしたが、その拳は空を切る。

 対応しきれなかったが、翔子の視覚はしっかりと捉えていた。ベクターズが、背中の翼で飛び立つのを。

「空!?」

 今まで数多のベクターズと相対してきたが、空を飛んだのはこいつが初めてだ。

 そして更に、こいつの羽音は――あの超音波強化に用いられる超音波と、同じ周波数なのだ。

 空中で、蚊のベクターズはその姿を凶悪に、強大に変化させる。ただでさえ空を飛ばれて厄介だというのに、超音波強化までされるとは。

 翔子に翼はない。空を自由に飛べないから、空中の敵との戦いはかなり不利になる。それでも、やるしかない。

 幸いなことに、身体能力だけで言えば……ベクターズよりも、圧倒的に優れていた。

「ふっ!」

 地面を蹴って、大きく飛び跳ねる。身体のバネを活かした、大ジャンプだ。しかしすんでのところで回避され、拳は届かなかった。着地してから、もう一度ジャンプ。しかし、また回避される。

 駄目だ、これでは届かない。

 次の一手を考えていると、今度はこちらの番だとばかりに空中から体当りしてきた。――今がチャンスだ。

 向かってきたベクターズを、翔子は回避すること無く受け止めた。両手でガシっと捕まえ、動かないように締め上げる。だが、それだけで終わるほど甘くはなかった。

 ベクターズは、その口にあたる細長い針を、翔子の首に突き立てる。首の後に、刺さるような痛みが走った。思わず、拘束をゆるめてしまう。逃げられた。

 ジャンプも、拘束も駄目。他に何か打つ手は無いか。ベクターズに第六感で注意を向けながら、翔子は辺りを見渡す。ここは森だ。特に、使えそうなものは――いや、ある。

 翔子は足元の石をおもむろに掴むと、それを上空のベクターズに投げつけた。全力投球、クリーンヒット。肉がえぐれているのがわかる。これは、有効だ。

 しかし、二発目は簡単に当たらない。こちらの投げる軌道を読んでいるのか、スイスイと躱される。なら、両手で投げつけてやればいい。左手でも石を掴み、投げつける。

 両手で投げ始めて、命中率が格段に上がった。だが、まだ足りない。あと一本欲しい。

(あと一本……足りない!)

 そうだ、あと一本、あと一本腕が増えれば、あのベクターズを撃ち落とせる。体中傷だらけのベクターズだが、既に両手での投擲パターンを読み始めている。あと何回か投げたら、全く当たらなくなるだろう。だから、その前に。

(もう一本、腕が欲しい!)

 それは強い望み。意志が生み出した一つの選択。


 ――その感覚は、不意に訪れた。


 背中に、新たな重みを感じる。

 これはなんだ? ひどく不自然だが、しかし当たり前のようにそこにある。翔子の意のままに、操れる。まるで、体の一部のように。

 それもそのはず。

 背中から生えてきた "新たな腕" は、紛れも無く、翔子の体の一部なのだから。

 いきなり生えてきた三本目の腕に虚を突かれたのか、ベクターズの動きが一瞬止まる。翔子は容赦なく、石を投げた。一発、二発、三発。間髪入れずに投げられた三つの石は、ボロボロだったベクターズの身体を、貫いた。三つの穴から、空が見える。

 ベクターズの動きが、止まった。

 翔子はすかさず飛び上がり、両手でしっかりとベクターズを押さえ込んだ。鎧の薄い首を狙って迫り来る針は、背中の腕で砕く。翔子がしがみついたことで自重を支えきれなくなったベクターズは、翔子と共に真っ逆さまに転落する。

 翔子は背中の腕で器用に姿勢を制御し、落下までのわずかな時間でベクターズを下に向けた。

 地面に衝突。なおもベクターズは抵抗を続けるので、馬乗りになって押さえつける。二本の腕でしっかりと固定し、背中の腕で首を絞めた。蚊のモデルなだけあって首は細く、簡単に折れる。

 グロ死体が蒸発を始めたのを確認し、翔子は立ち上がった。強敵だったが、一応どうにかなった。腕が生えてこなければ危なかっただろう。

 それで、だ。

 この腕は、一体なんなのだろうか。こんなもの、今までは影も形もなかったはずだ。そんなものがいきなり生えてきて、翔子は困惑した。

 というか、こんな明らかに人の形を逸脱したものが生えてくると、非常に困る。こんな姿を見られたらいろいろと不味い。隠せなければ、一生引きこもることも視野に入れなければならないだろう。

 結構大きいので、果たして隠せるかどうか……とりあえず、融装を解除してみる。

 と――不意に、背中の腕の感覚が消えた。背中を手で探っても、腕のような感触はない。ライダースーツそのままだ。どういうわけか、腕そのものが消えたらしい。

 とりあえず、解決。まだいろいろと不明瞭な点はあるが、それは帰ってから鏡でも使って確かめることにしよう。



 というわけで、鏡の前で上を脱いでみた。

 鏡に映った背中は、これまでと全く変わらないものだ。とても腕が生えていたとは思えない、ツルツルとした背中。……我ながら、綺麗な肌だ。高校生と言っても通じるかもしれない。

 話が逸れた。背中には何もなく、腕の痕跡は全く見られない。……生身では。

「……融装!」

 鏡の前で融装するのは久しぶりだ。自分の姿を確認し――やはり、背中の "ソレ" も確認できた。

 いや、見なくてもわかる。自分の右腕の存在をいちいち確認するまでもないように、神経の通ったものが当然のようにそこにあった。自分の背中には今、腕が生えている。

 見た感じ、肩から生えている腕とは、少し長い以外に大きな違いはない 。だが、指の生え方が特殊だった。小指の代わりに親指がついているような、奇妙な見た目だ。一応、左右対称である。

 基部は、肩甲骨中心から少し下の辺り。変な痣の上辺りだ。骨格的には、背骨の辺りから繋がっている感じがする。可動域は、肩関節とあまり変わらない。基本的に上方向に伸びていて、肘は内側に曲がる。手首は、掌を肘の内側に向ける形でついていた。

 昔、アクションだか格闘だかよくわからないサルと戦うゲームで、博士系のキャラクターがこんな武器を使っていた気がする。翔子は主人公キャラを使っていたし、持ち主である友人はサルの親玉キャラを使っていたので、よく覚えてはいないのだが。

 案外、チョウチンアンコウをイメージするとわかりやすいかもしれない。

 うわ嫌だ。

(でもそう……これ明らかに人外だよねえ……)

 桁外れのパワーと、並外れた耐久力を持ち、背中からは腕が生えた鎧。とても、人間の姿とは思えない。

 とうとうここまで来てしまったようだ。

 トランセンデンターとなった自分は、最早人ではない。わかってはいたが、実際に人の形を外れてみると、その事実が重くのしかかってくる。

 このまま、足が増えたり角が生えたり、触手が生えたりするのだろうか。

 恐らく、融装後の姿に何が起きても、今回のように生身の姿には影響がないのだろう。だが、これまで数多の苦難を乗り越えてきた融装後の姿も、れっきとした翔子の一部だ。その姿が人外なら、翔子は人外である。

 わかりやすく言うならば、狼男が人外扱いされるのと同じことだ。生身の体と同じく、融装後の姿もまた、翔子そのものなのである。

「人外……うーん、人外かぁ」

 人外、人の形を外れしもの。一般的に言う化け物だとか怪物だとかと、同じだ。十年ぐらい前は間違いなく人間だったはずだが、どうしてこうなったのだろうか。

 この体になって助かったことは、確かにある。それも一度や二度では済まない。この体で居た時間が長すぎて、戻った時のことが想像できないほどだ。そんな自分は、やはり化け物になってしまったのだろう。

 かなり前、響子に 『見た目と心は人間だ』 と言われたことを思い出す。確かに生身の翔子は人間と変わらぬ見た目をしているし、心は……人間時代から、そうそう変わっていないだろう。

 しばらくして 『君が信じたもの……それだけが、真実だ』 とも言われた。

 翔子は、何を信じる?

 自分はこんな姿だが、飽くまで人間だと信じるか。あるいは、化け物であることを認め、信じるか。……まあ、化け物だろう。

 ならば、化け物であるということは、一体どういうことなのか。

 人と形が違う。人とは身体スペックが桁違い。人には感じられないものを、感じることができる。果たしてそれらは、何かを意味するのだろうか? ……わからない。

 それがあるから、人助けを行うのか? ……わからない。

 なら逆に、その力がなければ人助けを行わないのか? ……それも、わからない。

 わからないことだらけで、何を信じていいのかわからなかった。真実は、闇の中に埋もれていく。

 ……とりあえず、第三の腕について響子に報告しておこう。

 融装を解除した翔子は、服を着て携帯電話を手にとった。



 意図的な進化――それも非常にわかりやすい形態変化が、早くも発生した。

 その事実は、翔子の考察を裏付ける。やはりトランセンデンターとは、人類の意図的な進化だ。尤も、進化した先を人類と定義するべきなのか否かは、微妙なところなのだが。

 どちらにせよ、人類に莫大な力を与える代物であることは間違いない。

 翔子には、 「君の身体に今後どんな変化が起こるかは、飽くまで君の意思次第だ」 と伝えた。いろいろと悩んでいたようだが、こればかりは本人がどうにかするしかない。結局、悩みの種を取り除けるのは自分だけだ。他人は、取り除き方を教えることしかできない。たとえそれがどんなに近しい存在であっても、だ。

 だから今後翔子がどうするのか、響子にもわからない。

 トランセンデンターの力をフル活用して手の付けられないような進化をするのか、進化を拒否して地道に戦うか。それ以外の道も、あるかもしれない。なんにせよ、彼女が決めることだ。

 さて。

 結局、弥月については伝えられなかった。

 弥月をどうするかによって、今後のヴィディスⅣの扱いが決まる。彼女をオペレーターとして据えるのが一番いいのだが、こればかりは響子が好き勝手に進めてできることではない。

 せめて、弥月が大学生……いや、社会人なら……。しかしそれは、多分五、六年先の話だ。そんなに待っていられない。

 ベクターズがまた、出現したのだ。今後どのぐらいの頻度で攻めてくるかわからないので、警戒は怠れない。戦いの日々がまた始まる。

 更に、今度は次元干渉が無かったらしいので、相手の出処を追うことはできない。再出現は予想されていたことだが、対処法があるわけではなかった。

 また、やり直しである。

 手がかりはないか、また施設の廃墟を探索しに行くことになるだろう。そこに手がかりがある保証はないが、他に手がかりのありそうな場所はない。

 政府に協力してもらい、トランセンデンターやベクターズに関する研究を行う企業を探してはいるが……そちらも、定期報告の結果は芳しくなかった。

 そもそも……これは響子の勘なのだが、ベクターズとトランセンデンターの研究は、別の目的で行われているのではないだろうか。人類の進化を謳うトランセンデンターと、ベクターズというのが、どうしても結びつかない。

 たとえトランセンデンターを本当に倒せていたのだとしても、ベクターズへの対策には一切結びつかないのではないか……? そんな予感を、響子は否定できなかった。

 恐らく、お互い同じ施設を使いつつも、目的を意にしている。だからトランセンデンターの問題を解決してもベクターズは収まらないし、ベクターズの問題を解決してもトランセンデンターは収まらない。

 厄介な問題が増えた……いや、最初からそうだったのだろう。ただ、初めて認識されただけだ。

 このことは、上に報告しておいたほうがいいだろう。もしかしたら臨時予算を出してもらえるかもしれない。この会社は、会計が優秀で予算関係の動きが早かった。その中でも特に、ベクターズ対策については尋常じゃないほど早い。許可が下りれば、すぐに貰えるだろう。

 なぜそこまで動きが早いのか、詳しいことはわからない。まあ、十中八九社長がベクターズに私怨を抱いているからだろう。

 この会社がベクターズ対策に乗り出したのは、社長が家族で出かけている時にベクターズ (当時はただの怪物扱いだったのだが) に襲われたかららしい。

 その時、大学生だった娘さんは恐怖のあまり失禁してしまった上、更に偶然現れた女性にも見られて大恥をかいたという。

 娘さんを溺愛していた社長は、怪物退治を決意。他にも怪物の噂が流れていることと、大株主の一人も襲われたことがあったらしく、かなり強引に株主総会を進めることができたそうだ。

 因みに、つい最近翔子にそのことについて話した時、彼女は 「漏らした人なら五人ぐらい居た気がするけどいちいち覚えてない」 と言っていた。いいのか、悪いのか……。

 まあいい。仕事に戻ろう。

 響子はヴィディスⅢの改造に戻る。現在行っているのは、遠隔装着プログラムの修正だ。響子はプログラミングにおいても天才なので、もうすぐ終わる。

 そしたら本体を改造して……上半身が終わる頃には、定時をとっくに過ぎているだろう。日付が変わっているかもしれない。徹夜ばっかりしていると翔子に怒られてしまうので、寮に帰って寝なければならない。

 最近はキャサリンともご無沙汰だし、寝不足なだけでも翔子に心配されるので、できるだけ早く帰らなければ。



 ―― 「君の身体に今後どんな変化が起こるかは、飽くまで君の意思次第だ」

 なるほど、確かに翔子は三本目の腕を望んだ。苦し紛れの一時の感情だが、確かにこの腕のおかげで勝利も掴んだ。

 他の能力も、翔子の望んだ結果である可能性があるらしい。

 トランセンデンターの特徴である 『意図的な進化』 の結果、この腕は生えたし、弾道予測も可能になった。そもそも、衰えない肉体も、異様な頑丈さ――基礎能力の強化も、意図的な進化……な可能性が非常に高いらしい。ただし基礎能力の強化については、翔子ではなく "トランセンデンターを生み出した人間" の望みである可能性もあるようだ。

 まあ、細かいことはいい。要するに、翔子は自分の体を意のままに操ることができるようになった……ということだろう。

 生身の体が人間そのものなのも、翔子の望みを反映した結果――なのかもしれない。

 因みに、翔子の豊かな身体はトランセンデンターになる前からこうだったので本来のものである。

 望んだ姿に変化できる。なんだか、ますます化け物じみてきた気がした。

 こんなことになるぐらいなら、事実は知らないほうが良かったのかもしれない。昔のように、正義の味方に憧れていた、あの頃のように――。

 そこで翔子は、気づいてしまった。

 そうだ。

 自分は、正義の味方に憧れて戦っていたのだ。

 忘れていたことを、思い出す。

 いつの間にか、力を持ったが故の使命感にすり替わっていた、最初の動機。

(そうだ――私は、憧れで戦っていた……)

 しかし、今更気づいたところでどうだ。異形の力を手にし、正義への憧れすら忘れていた自分は、果たして正義の味方になれるのだろうか? そもそも、正義の味方とは……。

 同時に、他に悩んでいたことも思い出した。

 ベクターズやトランセンデンター、全ての問題が片付いた後のこと。自分の、これからの人生についてだ。

 自分は一体、何がしたい?

 その自問自答は、しかし不毛に終わる。わからない。思考が停止し、口から溜息が溢れる。

「……疲れた」

 昼寝でもして、嫌な気分を鎮めよう。全ては先送り。いつ手遅れになるのかは、わからない。今は布団に寝転ぶだけだ。

「んにゃお」

 布団で転がっていると、ミケが寄ってきて、寝転がる。ちょうどいい、一緒に寝よう。

 ミケを撫でながら、翔子は眠りに落ちた。問題は全て放り投げ、先送りにしたままだった。



 この薬には、 『CODE-T3-A』 という名前をつけた。CODE-T3――トランセンデンターの力を封じる薬だ。

 久雄は施設から脱出した後、以前から手配してあった第二研究施設でこの薬を作り上げた。突貫作業なので完成品とは言えないが、理論上はトランセンデンターの力を封じることができる。都合のいいサンプルは居ないので、実験はできない。

 これをぶっつけ本番で、トランセンデンター一号に使う。トランセンデンターの鎧をも貫く特殊な注射針で、直接注入するのだ。味方に引き入れることができず、倒すことも困難なら、方法はこれしか無い。

 それが終わったら、どこかへ消えた爽香を探す。自爆の件でどうこうするというわけではない。彼女が居ないと、CODE-T2Mで怪物を生み出すことができないのだ。あの怪物は、トランセンデンターの数が増えるまでは貴重な兵隊として機能する。

 人間様に使い潰されるなら、怪物共も本望だろう。

 決行は、明日。

 人気の少ないところで鎧を纏い、次元干渉でトランセンデンターを誘い出す。CODE-T3-Aを注入すればいいだけなので、簡単に終わるだろう。

 トランセンデンターの力を失った後は……普通の人間として、暮らしていけばいい。もしかしたら、力を失ってみて改心するかもしれない。久雄の考えは、正しかった――と。

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