*21 花火大会
花火大会当日、日が落ちかけた集合場所には、既に三つの人影があった。集合十分前に来たのに、これである。
「ごめん、待った?」
一同に訊ねると、彼女らはそれぞれ首やら手やらを振った。
「私も今来たところだよ」
「ダイジョウブー」
「あたしも大丈夫です」
まあ、集合十分前に来たのに遅いと言われてはたまらない。翔子は気を取り直して、清香の紹介をすることにした。
「この子が、妹の清香」
「よろしくおねがいしま~す」
清香が軽くお辞儀をすると、響子がその顔をまじまじと見る。
「なるほど……確かに、そっくりだ」
彼女の言うとおり、翔子と清香はよく似ていた。まあ、姉妹だし。
じっくりと清香を観察した響子は、翔子が促すまでもなく自己紹介を始めた。
「私は響子だ。翔子君と同じボランティアをしている」
響子とキャサリンには、花火大会に誘った際に翔子達の "設定" を話している。それをうまく汲んでくれたらしく、清香も疑問を差し挟むことなく響子の話を聞いていた。
響子に続き、キャサリンと弥月も自己紹介を始める。
「キャサリンダヨー」
「つ、月極、弥月、です……」
「因みに、弥月君のことはさっき本人から聞いたよ」
最後に響子が付け足し、自己紹介は終了した。いよいよ、花火大会の始まりである。
※
とりあえず焼きそばは押さえた。油断しているとすぐ混んでしまうので、夕食には少し早いが仕方がない。焼きそばが食べられれば、それでいいのだ。
今回買った焼きそばは、太麺で豚肉が多いタイプだった。細麺もいいが、太麺の焼きそばも悪くない。豚肉と太麺の相乗効果で、実際の量よりもボリューミーに感じる。
翔子の胃袋は常人の七~八倍の速度で内容物を消化し、瞬時に栄養を吸収した。力が漲ってくる。
気分よく屋台を巡っていると、不意に弥月が立ち止まった。今日初めて弥月が行動を起こしたので、四人の目は自然と彼女に集まる。見知らぬ大人に囲まれていたからか、これまで彼女はあまり自己主張をしていなかったのだ。
「射的……ちょっとやってきていいですか?」
遠慮がちに、射的の屋台を指さす。弥月と射的というのは、なかなか意外な組み合わせだ。
「射的か……私もやってみようかな」
屋台の様子を見て、響子も便乗した。彼女は興味で動いている。射的に興味を持つ響子……というのは、いかにも "ありそう" な話だ。
そういう翔子も、射的に興味が無いわけではない。
「よし、じゃあ私も」
こういった場では、なんとなく良い所を見せたくなる。別に射撃が得意なわけではないのだが、それでも手が伸びてしまう。今回に関しては、ベクターズとの戦いで結構な数の銃器を扱ったし、結構いい線いくんじゃないだろうか? などと思ったりもする。
弥月が年功序列と言ったので、翔子、響子、弥月の順番になった。
「あれ、翔子さんが一番なんですか?」
「うん、そうだよ」
それを聞いて、弥月はわずかに驚いていた。まあ、確かに翔子は実年齢より若く見える。響子が勘違いしていたぐらいなので、弥月が間違えるのもおかしな話ではない。
射的は一回五発で五百円。高い。
テキ屋の若い兄ちゃんからコルク銃を受け取り、的を狙う。まず最初は、真正面の大きなお菓子の箱だ。よくわからないが狙いを定め、引き金を引く。その時――。
弾道が、見えた。
発射された弾丸を目で追ったわけではない。コルク銃からコルクの弾が射出されたその瞬間、翔子の目にはコルク弾が "通るはず" の道が見えたのだ。結果、弾はまるで念力で操られているかのように弾道をなぞった。
的には当たらなかった。
「うーん惜しいな」
腕を組んだ響子が横で何か言っているようだが、今はそれどころではない。先程の弾道は、なんだ。
これまで――少なくとも先日の襲撃作戦で銃火器を使った際には――あんなものは見えなかった。弾道予測も、素人なのでとりあえず銃口を向けた方向に弾が飛ぶ程度しかできない。
これはまさか、脳がこれまでの経験と現在の状況を元に、撃った瞬間に弾道計算を行っているのではないだろうか。
以前、響子に 『世界の全てを知ることができるなら、未来を正確に予測できる』 と言われた。翔子の頭で処理できる情報で、完全な未来の結果を算出することはできなくても、弾道ぐらいなら計算できるかもしれない。
しかし、なぜ急にこんなことができるようになったのか?
「おーい、お姉ちゃん、次つっかえてるぞ」
テキ屋の兄ちゃんに急かされ、ようやく我に返る。この件については、後で響子に相談しよう。今は、目の前の射的に集中するべきだ。
翔子は改めて銃を構える。先程見えた弾道を参考に、向きをずらして箱に当たるように調整。あのお菓子は、なかなか美味しかった記憶がある。
「今度こそ――」
息巻いて引き金を引いた刹那、左から横殴りの強い風が吹いた。弾道予測は先程の軌道から大きくずれ、弾もそれに倣うように大きく右にずれる。
これは仕方がない。
それよりも、予想だにしなかった突風にすら対応した弾道予測に驚くべきだろう。我ながら恐ろしい精度だ。
「さっきのは無かったことにしていいよ」
テキ屋の兄ちゃんが、そう言いながらコルク弾を一個差し出してきた。翔子はそれを受け取り、コルク銃に装填する。人の優しさに触れ、少し心が温まった。
その気遣い、無駄にしてはいけない。翔子は今度こそと気合を入れ直し、的を狙った。
弾道予測――ド真ん中命中コースだ。的の中心に吸い込まれるように、コルク弾は突き進む。
ビューティフォー。
美味しいお菓子を手に入れた。
さて、残りの弾はどうしたものか。一発当たったので、勢いに乗ったまま当てていきたいところだが……。
これまでの弾道を参考に、今度は昔清香が好きだったお菓子の箱を狙う。今でも好きかどうかは不明だが、不味い菓子ではないので、無駄になることはない。
引き金を引く。
はずれ。
コルクの詰め方が悪かったせいで、変な方向にずれてしまった。更に的との距離が変わったことも相まって、隣の的との間に落ちる。軌道がわかったので、次は当たるだろう。格好いい逆転劇を期待したが、そこまでの実力はなかったらしい。思い通りに行かなかったので、少し飽きてしまう。
消化試合のごとく命中させ、お菓子をゲットした。
二つのお菓子を貰って気づいたのだが、このお菓子は一箱百円強するものだ。他の箱も似たようなもので、つまり五発全てで箱を倒せば十二分に元が取れる。
なんと、とても良心的な価格設定だったのだ。兄ちゃんの容姿からテキ屋かと思ったが、自治体の出店なのだろうか?
まあいいや。
次は響子の番だ。彼女は銃を構えると、ろくすっぽ狙いもせずに早速撃つ。
見えた弾道予測は、的のすぐ隣に伸びていた。まあそうだろうなと思いつつも、他人の射撃でも弾道予測が見えたことに、内心驚く。撃つ前ではなく撃った直後に見えるので使いこなすのは難しいが、使いどころはいくらでもあるだろう。
響子は二発目を装填し、今度はじっくりと狙って撃つ。命中。今気づいたのだが、額に脂汗が浮かんでいる。ああ見えて、かなり緊張していたのかもしれない。
三発目――命中。コツを掴んだのか、四発、五発と当てていった。
なんだか妬ける。
「どうだい、なかなかのものだろう?」
「そうですね」
楽しそうに振り返る響子に対して、翔子は少しだけ不機嫌に接してしまった。
すると、響子はなぜか焦る。
「え!? あ、ああ、うん、ああ……」
「あれ……?」 だの 「何を間違えたんだ……?」 などと呟きながら、彼女は首を捻った。声の大きさ的に独り言のようなので、発言の意図は不明である。
次は、本命の弥月だ。元々彼女がやりたいと言い始めたので、射的が好きなのだろう。好きこそものの上手なれとは言うが、その実力はいかほどか。
彼女は片手でコルク銃を構え、ほぼ同時に撃った。狙ったとは思えないほどの速さだったが、弾道予測――及び実際の弾道は、的の中心目掛けて一直線に伸びていた。
まあ、世の中にはまぐれというものがある。弥月の一発目に対し、周囲にもそのような空気が流れていた。
しかしそれが、二回、三回と続けば……それは、まぐれではなくなる。
そしてそれを示す何よりの証左として、弥月はさも当たり前のように四発目も命中させていた。まぐれなら、彼女は驚いていたはずだ。
五発目も命中。あまりの技能に、テキ屋の兄ちゃんもポカンとしていた。場の空気が、固まっている。
射的を終えた弥月は満足気に振り返るが、固まっている場の空気を感じてか自身も固まってしまう。舞い降りる沈黙に、時が止まる。
その沈黙を一番最初に打ち破ったのは、キャサリンだった。
「ミツキ! スゴイネ!」
唐突に褒められたからか、弥月は硬めの苦笑を返す。
「まあ、動かない的なので」
そうは言うが、あの速さであそこまで正確に狙い撃つことができるのなら、動く的に対してもかなりの命中率を誇るのではないだろうか。
「いやー、こんな凄い子は初めて見た」
テキ屋の兄ちゃんも、倒した景品を袋詰めしながら感心する。と、袋に六個目の景品を入れた。倒れた的は、五個だったはずだ。が、その理由はすぐにわかった。
「凄いもの見せてもらったから、おまけしとくよ。良い宣伝にもなったしな」
その言葉に促されるように、一同は背後を見やる。と、そこには小さな屋台には不似合いなほどの人だかりができていた。なるほど、確かにこれなら、広告料を払いたくなる気持ちもわかる。
先程の突風の件といい、なかなか気のいい兄ちゃんである。この国の未来は明るい。
その後人だかりを抜けるまでに何度か声をかけられたが、軽くあしらって少し離れた場所に行く。道中で、キャサリンがクレープを、響子がりんご飴を買っていた。響子は他に、チョコバナナを一同に奢ってくれている。チョコバナナを咥えていた際、やたらと彼女の視線を感じたが……まあ、いい。
「りんご飴、いいね。懐かしい」
翔子が言うと、響子は待ってましたと言わんばかりにりんご飴を差し出す。
「どうだい、翔子君も一口」
「あ、じゃあ貰おうかな」
差し出されたりんご飴を一口……と言うよりは一舐めすると、響子が手ぶらな左腕で小さくガッツポーズするのが見えた。表情も、どことなく満足気だ。
前々から、彼女の行動には一部だが不可解なものが見受けられる。別に実害はないので、追求はしないのだが。
それにしても、やはりりんご飴は美味しい。砂糖の塊のようなものだが、そのチープさが花火大会の雰囲気と相まって独特の美味しさに昇華される。まあ、一個食べきらないうちに飽きるし、口の周りも意外と汚れるので、自発的に買おうとは思わないのだが。
それからしばらく、夕食代わりに出店を回る。一通り回り終えたところで、ちょうどいい時間になった。
最後のたこ焼きを食べ終え、清香が言う。
「そろそろ花火始まるね」
言われて響子の腕時計を見ると、もう打ち上げ開始の十五分前だ。耳を澄ませると、既に本会場では盆踊りが終わり、アナウンスが始まっている。司会のお姉さんが、元気に声を張り上げていた。
今は、本会場から少し離れている。本会場への道は人間団子になっていてとても通れる状況ではないので、本会場へ行くのは諦めたほうがいいだろう。
ならどこで見ようかと考えていると、弥月が一つ提案をした。
「あたし、穴場知ってますよ」
穴場……というのは、いかにも毎年来ている女子高生らしい発言だ。そういえば、翔子も昔はそういったところで花火を見ていた気がする。最近来ていないので忘れていた。
弥月の案内に従って、人混みを抜けていく。本会場へ向かう人が多いせいか、人の流れに逆らうことになった。
しかし進むうちに人の数は減る。出店をほとんど見かけなくなった頃には、人の数もかなり少なくなっていた。そこから更に進んで、土手を越える。
「ここです」
弥月の案内でたどり着いたのは、開けた土地だった。芝生が生い茂っていて、近くには森が見える。ここは確か、緑地的な場所だった気がする。
穴場としては有名なのか、そこそこのレジャーシートが敷かれていて、そこそこ人が居る。仮設トイレも設置されていた。
穴場とは言うが、事実上の第二会場として機能しているようだ。見ると、わずかではあるが出店も出ている。
と、夜の虚空に光の輪が煌めいた。清香の腕時計をちらりと見やると、もう花火の打ち上げ時刻だ。移動は、ちょうどいい時間潰しにもなった。
響子がバッグから小ぶりのレジャーシートを取り出す。
「一応持ってきたのが、役に立ちそうだ」
一応、というのは、本会場でレジャーシートを敷くにはかなり早いうちから場所取りをする必要があるからだろう。出店をぶらついていては、場所取りをしている暇もない。花火だけが目当てならばそれでもいいのだが、それでは味気ないだろう。
響子の持ってきたレジャーシートは、五人が座ってちょうどいいぐらいのサイズだった。事前に人数を伝えておいたので、狙ったのだろう。有能な友人である。
立ち見は予想以上に疲れる (ただし翔子は除く) ので、レジャーシートは非常にありがたかった。
「さっすがー」
翔子が背中を叩くと、響子は照れたように頭をかく。
「いや、それほどでもないよ」
褒められたことがそんなに嬉しいのか、微妙に鼻の下が伸びていた。鼻の下を伸ばす女性は、初めて見た気がする。
そんなやりとりをよそに、立て続けに花火は打ち上げられた。翔子も会話を打ち切り、空に目をやる。大きな光の玉が、また一つ花開いた。
昔から、花火を見ていると、柄にもなく感傷的な気分になる。
今惜しげも無く打ち上げられているこの花火は、一発一発職人が手作業で作り上げたものだ。丹精込めて作られた花火は、宙で輝くこの一瞬のためだけに存在している。
これは飽くまで仮定の話だが、もし、花火に意志があったのなら……。そのあまりにも短い生涯に対して、どのような思いを抱くのだろうか。
花火としての役割――強制された責任に対する怒りだろうか? それとも、尽きない悲しみ?
あるいは、短くも華々しい一生を誇りに思っているかもしれない。そのような考え方も、あるはずだ。
だがしかし、その運命は果たして覆せないものなのだろうか。花火として生まれたからには、覆すことすらできないのだろうか。
そう思いながら眺めていると、連続で打ち上げられた花火の内一発が、炸裂せずに落下運動を開始した。一つだけ軌道を違えた火の玉は、そのままどこかへ落下する。目で追うと、打ち上げ場所から少し離れた川に落ちるのが確認できた。
それは多分、科学的に説明するのならば、湿気ていてうまく中の火薬に引火しなかった――ということになるのだろう。
しかし翔子には、自らに課せられた責任――花火として爆発する運命を拒否し、自分の足で未来を選んだように見えた。
あの花火はきっと、今後爆発することもなく、川の底で朽ちるまで眠り続けるのだろう。普通の花火よりも、よほど長い一生だ。
そこで、ある事に気づいた。
花火が爆発するのは、花火の責任としてではなく、花火が望んだ結末なのではないだろうか?
運命など最初から存在せず、責任があるからではなく、自ら望んで打ち上げられ、煌めいているのではないだろうか?
どんなことであっても、最後に決めるのは、他の誰でもない自分自身だ。それは人間も花火も変わらないのではないだろうか?
翔子の思考を、一際大きな爆音が遮る。
「ほう……大きいな」
響子が感嘆の声を漏らした。
この花火大会の目玉である、二尺玉だ。通常の尺玉とは迫力が段違いであり、見るものに物理的な衝撃を与える。体の芯まで響く轟音は、お年寄りや小さな子供には刺激が強すぎるので気をつけよう。
二尺玉は立て続けに三つ打ち上げられ、辺りはまるで陽の光に照らされているかのように明るくなる。
「ワンダホー!」
興奮気味に手を叩くキャサリン。その音さえも、花火の前では無に等しい。
最終的にはおよそ二万発の花火が打ち上げられ、花火大会は無事に終了した。
※
「やっぱり凄かったね~」
大迫力の花火を見て、清香は満足気に言う。
「今年は特に凄かったですねー」
毎年来ているらしい弥月も、ご満悦のようだった。
「ライネンも来たいネー」
やたらとはしゃいでいたキャサリンは、既に来年のことを考えているようだ。
「そうだね。来年も、機会があれば……」
そう言う響子の声音は、いつもよりも柔らかいものだった。
「……さて」
携帯電話の時計を見て、翔子は言う。
「もういい時間だし、帰ろっか」
時刻は既に午後の九時を回っている。高校生の弥月も居るので、あまり遅くまで出歩いているのは憚られた。
今日は花火大会のお陰で人も多いので、そこまで心配はないだろう。だが……一人で帰って補導されるのも気の毒だ。なら、少し回り道をしても送っていったほうがいいのかもしれない。
しかしよくよく考えてみると、清香とバイクで二人乗りして来たので、弥月を送っていくのは不可能だ。
それでも、このまま放置というのは気がひけるので、帰ってからメールで安否確認をすることにした。 「帰ったらメールしてね」 と弥月に言ってから、流れで解散。
清香を後ろに乗せて、翔子はバイクに跨った。
「翔子姉にあんな知り合いがいるとは思わなかったよ」
帰り道の途中、清香にそんなことを言われた。
あんな知り合い、と言うのはどういう意味なのだろうか。翔子がはかりかねていると、清香が付け足すように言う。
「金髪の外人さんとか、女子高生とか、なんか白衣着た人とか……翔子姉の友達って、OLさんとかそういうのばっかりだと思ってた」
確かに、響子やキャサリンはあまり多くいるタイプの人間ではないし、母校の後輩でもない女子高生の知り合いというのも、珍しい。普通の友達も居ないことはないのだが、なかなか会わなかった。
「まあ、いろいろあって、ね」
「いろいろ、ねえ……まあ、いいけどさ」
探るような声ではあったが、それ以上の追求はない。この話題は打ち切りのようで、清香は次の話題を繰り出した。
「それと、今年のお盆は翔子姉も帰りなよ? お父さんたち、表には出してないけど結構会いたがってたよ」
帰りたいのは山々だが、ベクターズとの戦いがあるので、これまであまり帰省できていなかったのだ。一人暮らしなら楽なのだが、実家だとベクターズが現れる度に何かしら言い訳を付けて抜け出さないといけないので、面倒臭いし怪しまれる。
しかし今年は、先日の施設襲撃と、キャサリン達の存在も相まって、少しぐらいならゆっくりと帰省できるかもしれない。そこまで強い個体でなければ、別にキャサリンのヴィディスだけでもなんとかなるだろう。実家はそこまで離れていないので、ピンチになってから助太刀に向かえるだけの余裕がある。
今度響子に相談しよう。
「うん、考えとく」
簡単に肯定はせず、とりあえず保留することで、回答を先延ばしにする。軽い気持ちで約束すると、後で面倒なことになったりするのだ。
「……怪しい」
清香は若干低い声でそう言ったが、こればかりはどうすることもできない。
「それにしても、花火凄く綺麗だったね」
露骨に話しを逸らす作戦で、とりあえずこの場を切り抜けることにする。
「うん、また来年も来ようね」
清香が簡単に乗ってくれたので、作戦は成功だ。
そのまま、家に着くまで延々と花火についての感想を語り合っていた。