*19 一つの終局
「今どき壁に穴あけられるとか、ちょっと信じられない」
脱出の準備を進めつつ、爽香は上司の不備を嘆いた。
地下に隠してあることで油断し、警備を手薄にするというのは、どう考えても間抜けとしか言いようがない。部下がそんなことをしていたら、首を切り落としている。
所詮は科学者だか経営者だかよくわからない連中だ。中途半端なことをするから、こうなる。
……因みに、爽香は人員を増やすことで情報が外部に漏れやすくなるなどのリスクは一切考えていなかった。
とりあえず、私物のノートパソコンと外付けハードディスクを確保すれば、別に用意した隠れ家でも研究は続けられる。こんなところ、さっさと脱出してしまおう。
転送装置を、一度使ったら基地ごと壊れるように設定する。追跡されると面倒だし、残った資料を回収されるのも避けたいからだ。ただし、これをやるともうここに戻ることはできない。忘れ物がないか、もう一度チェックする。……大丈夫だ。脱出しよう。
荷物を抱えて、爽香は脱出――というか、脱走しようとした。
その時、背後でドアが壊れる音がした。
※
「……来たか」
部屋に入れば、久雄の後ろ姿が目に入る。彼は振り向きもせず、翔子にこう告げた。
「我々はまだ、君を諦めてはいない」
話を聞く気がない翔子は、容赦なく発砲する。彼の滅茶苦茶な理屈に耳を傾けているほど、翔子の心に余裕はなかった。
『人類は特別な存在だから、進化して全てを超越しなければならない』 ……という主張が、仮に正しいものだったとしよう。だが、進化した果ての存在――トランセンデンターは、果たして人間なのだろうか。
翔子には――身を持ってその力を体験した存在には――この力が人間のものだとは、とても思えなかった。
だから、止める。化け物をこれ以上増やさないために。
「……残念だ。非常に、残念だよ」
心からそう思っているのだろう。久雄の声は、悲しみに満ちていた。構わず、翔子はレヴァンテインを構える。
飛びかかって振り下ろすと、久雄はバク転でそれをかわした。続けざまに放ったマイクロミサイルも、素手で叩き落とされる。流石に、強い。
「ただ、俺も黙ってやられるわけにはいかない。……敵対するなら、本気でやらせてもらう」
そう言った彼の身体は、次の瞬間には消えていた。いや、消えたのではない。翔子の動体視力は、久雄の動きを完全に捉えている。背後から振り下ろされる手刀を、振り返りながらレヴァンテインで斬り落と――せなかった。
真っ二つになったレヴァンテインの刀身。久雄の左手が、刃を避けて横殴りに刀身を砕いたのだ。並大抵の技量ではない。まさか、これを見越してわざと手刀を――。
次の瞬間には、新たな攻防が生まれる。
足元にマイクロミサイルを撃ち込み、バックステップで距離を取る。残弾の無くなったミサイルポッドをパージ。ステップ中に変形させていたレヴァンテインを構え、プラズマ弾を連射する。莫大なエネルギーを叩きつけるプラズマ弾には、流石の久雄も足を止めた。しかし、装甲に傷はついていない。
右手でプラズマ弾を撃ちつつ、左腕ではフォトンブレードを展開。ボゥ……という効果音とともに、光の刃が形成された。因みにこの刃、光子を漏らさないため、静止時は電磁波が知覚できるトランセンデンター以外にはよく見えない。しかし動くと可視光線と干渉し、揺らめく色とりどりの光を周囲に放つ。それは凶器でありながら、ダイヤモンドにも匹敵する美しさを持っていた。尤も、原理を知らない翔子にとっては、ただの光る剣なのだが。
連射を続けながら、翔子は低い跳躍で距離を詰める。着地と同時に刃を振るうも、久雄はギリギリで下半身を投げ出し回避した。投げ出された下半身は、そのままの勢いで翔子の足を払う。
翔子の身体が、ふわりと浮いた。体勢を立て直す間もなく、無防備になった腹部へと一撃が入る。針のように鋭く、かつ棍棒のように重い一撃は、衝撃だけで全身のヴィディス・アーマーをあっさりと破壊した。レヴァンテインをも取り落とし、翔子の身体は背後の壁に叩きつけられる。
当たりどころが悪かったのか、右肩のガトリングガンから変な音が鳴り始めた。見れば、シリンダーが空回りしている。暴発されると厄介なので、パージした。
久雄の猛攻は留まるところを知らない。一瞬で距離を詰め、二発目を叩き込もうと構えている。先程の一撃から軌道を予測、回避するべく身を捩る――拳はギリギリのところをかすめ、空振りした。すかさず後退。パージしたガトリングガンを蹴り上げ、牽制する。
宙に浮かんだガトリングガンが、久雄の目の前で爆発した。これは嬉しい誤算だ。衝撃と閃光で怯んだ隙に、フォトンブレードを振るう。手応え――あり。切断こそできなかったが、久雄の身体には間違いなくダメージが入った。
右に身体を投げ出しながら、エレクトロンライフルを掃射。格闘戦では分が悪いので、少し距離を取る……のだが、彼を相手に有利に立ちまわる手段が思いつかない。不意打ちカウンターも、そう何度も通じる手段ではないだろう。できれば、一撃でケリをつけたい。
翔子の武装の中で、最も威力の高いものは――右拳の、マイクロガンだ。これを残弾三発全て叩き込めば、あるいは……。
考えをまとめたところで、久雄が視界から消えた。弾幕を避け、天井ギリギリまで飛び上がったのだ。翔子はマイクロガンの銃口をそちらに向けようとしたが、間に合わないと判断して防御に切り替える――ように見せかける。上空からのチョップで、エレクトロンライフルはあっさりと破壊されてしまった――刹那、反撃の一太刀。まるでプリズムを通したかのような光の刃が、久雄を襲った。
「がはっ」
上手いこと、先程の一撃で斬った痕と重なったようだ。深いところにダメージが入り、久雄の口から赤黒いものが溢れる。
その傷跡に、翔子は思い切り右腕を突っ込む。人間であれば右肺がある位置に、容赦なく弾丸を叩き込む。一発、二発――三発目は貫通し、赤い尾を引いて反対側の壁を穿った。
※
適当な警備員にボスの居場所を肉体言語で訊ねたところ、何故か二部屋指定された。どうやらこの施設ではニ部門に別れた研究を行っており、それぞれにリーダーが居るらしい。そのうち片方は、社長だとかなんとか。
とりあえず、先に近い方の部屋にお邪魔することにした。意外と近いところにあったので、ダッシュで数分とかからなかった。
ドアを蹴破ると、白衣の女性がこちらに振り返る。黒髪ショートポニーテールに、メガネ――いかにも研究者らしい出で立ちだ。ノートパソコンとハードディスクを、大事そうに抱えている。
「やべっ」
女性はそう言うと、急いでリモコンを操作した。するとよくわからない装置が動き、女性の体を光が包む。
転送装置だ――キャサリンは直感でそれを感じ取った。踏み出すも間に合わず、女性の姿が消える。取り逃がしてしまった。
すると、不意に合成音声が辺りに響いた。
《緊急自爆プロセスが開始されました》
――自爆?
合成音声から間もなく、大勢の足音が背後から聞こえてくる。何事かと振り返れば、警備員や研究者らしき集団が、エレベーターのあった方向へと大急ぎで向かっていた。その必死の形相から、自爆というのが事実であることを察する。
『自爆だと!? どういうことだ!?』
「oh. . .」
これはまずいことになった。
悠長に調査などしていられない。早く脱出しなければ、施設が自爆してしまう。この規模の施設が自爆するとなると、ヴィディスではとても耐えられないだろう。
それに、翔子もまだどこかに居るはずだ。
翔子がどこに居るかはわからない。だが、別れてからこれまで一度も接触しなかったことを考えると、エレベーターとは逆側――施設の奥にいるのは、間違いないだろう。
そして奥には、もう一つのボスの居場所がある。そのボスは多分、トランセンデンターだ。
きっと翔子は、そこに居る。
「今からショーコを連れて脱出スルヨ!」
自分のため、翔子のため。
『……必ず戻ってくること。約束だ』
そして残された響子のため。
「オーケイ!」
力強く頷き、キャサリンは走りだした。
※
「あが、ぐ、ぐぐ……」
血を吐きながらも、久雄は自らの身体を貫く腕を掴んだ。桁外れの生命力である。やはり、トランセンデンターは化け物だ。
翔子はまとわりつく腕を振り払う。あまり力が入っていないのか、久雄の手はあっさりと解けた。腕を引き抜くと、鬼の面をした化け物は膝をつき、倒れる。
さて、どうトドメを刺すか――考えていると、天井のスピーカーから合成音声が響く。
《緊急自爆プロセスが開始されました》
緊急時爆とは。
突然の出来事に翔子が戸惑っていると、久雄が血を吐きながら悪態をついた。
「会津の……奴……やはり、あいつは……ぐ……」
苦痛に呻きながらも、その声には焦りが感じられる。どうやら、自爆というのは本当のことらしい。これは非常にまずい。
脱出経路の確保を、していないのだ。そもそも、出口がどこかもわからない。入ってきた縦穴をよじ登るという手もあるが、ヴィディスでは厳しいかもしれない。
そうだ、ヴィディス――キャサリンとは別行動をしているのだった。彼女の動向がわからない限り、下手に脱出することはできない。きっとヴィディスでは、自爆に耐え切れないだろう。
久雄にもトドメを刺さなければならない。やるべきことが多すぎる。まずは、目の前の問題から処理しよう。
久雄は未だに息がある。ここまで強靭な肉体は、ちょっとやそっとでは死なないはずだ。それこそ首でも切れればいいのだが、生憎フォトンブレードにそんな切れ味はない。別の視点からアプローチを仕掛ける。
満身創痍の久雄を見るに、彼はもう動けない。このまま自爆に巻き込まれれば、無事では済まないだろう。なら彼へのトドメは、この施設に刺してもらおう。
軽量化も兼ねて、ダメ押しをしておく。
フォトンブレードをパージし、直接手で持って久雄の背中に突き立てる。同胞殺しの罪悪感と、先のトランセンデンターを斬首した際の感触が蘇り、一瞬腕が止まった。しかしすぐに頭を振って、余計な感情を意識の外へと追い出す。銃弾の貫通した痕を広げる形で、床と身体とを縫いつけた。
これで、お別れだ。
翔子は逃げるようにその場を去り、廊下を疾走する。それは自爆から逃げているのか、同胞殺しの罪から逃げているのか、自分でもわからなかった。
道中、こちらへ向かってくる人影を見つける。
「!」
「ショーコ!」
その人影は、キャサリンだった。ニ、三言で簡易的な情報交換を行う。どうやら彼女は、出入口のエレベーターを発見していたらしい。
出口があるなら、そこを目指すまでだ。
自爆まで、どれほどの猶予が残されているのだろうか。カウントダウンや警告の類は一切なく、いつ爆発するかも分からない中、二人は必死に走った。
エレベーターは、廊下の端にほど近い位置にあった。翔子は、数分で施設を縦断したことになる。しかし今はそんなことを考えている余裕はなく、無言でエレベーターの前に立つ。後は、これに乗って脱出し、遠くへ離れるだけ――安堵仕掛けた、その時だった。
「エレベーター、上で止まってるよ!」
キャサリンがほとんど悲鳴のような叫び声を上げた。どんな理由かは知らないが、確かにエレベーターは一向にここまで下りてくる気配がない。
もう待っていられなかった。とにかく上に登る方法を考え、苦悩の末に翔子はエレベーターのドアを破壊する。カゴを運ぶワイヤーを指さし、キャサリンに説明した。
「これをよじ登る!」
危険だが、もうこれしか無い。
「ワカッタヨ!」
キャサリンも半ば自棄になっているのか、語調は荒かった。
二人はワイヤーに飛びつき、よじ登る。地上までは大した距離がなかったので、すぐにカゴが見えてきた。邪魔なので、カゴの床に手を突っ込んで床板を剥がす。
「うわぁ、出た!」
「化け物だ!」
と、カゴから大勢の悲鳴が聞こえてきた。どうやら、施設の職員がすし詰め状態になっていて、降りるのに手間取っていたらしい。二十人は余裕で乗れそうな広いエレベーターなので、とんでもない人数が詰め込まれていたのだろう。
しかし、二人は構わずに地上に這い出る。人の塊をかき分けて、小山に偽装されていたエレベーターから脱出。そのまま走ると、ワゴンが見えてきた。
「二人共、こっちだ!」
運転席からは、響子が腕を振っている。二人が乗り込むと、ワゴンは急発進した。それから程なくして、背後で爆発の音が響く。
エレベーターに居た職員は、全員逃げられたのだろうか? そんな疑問が頭をもたげたが、そこまで気遣っている余裕はなかった。
※
その晩。
報告書を書きながら、響子は今日の出来事を整理する。
前線基地と思しき施設を潰すことはできた。しかし、相手の尻尾をつかめるような情報は、結局のところ手に入らなかった。……というのが、おおまかな内容だ。
その他に、翔子から受けた報告として、トランセンデンター二体を始末したというのがある。そのために持っていった武装のほとんどを壊してしまったらしいが、彼女が五体満足で帰ってきたので別に構わない。翔子は申し訳無さそうに謝ってきたが、別にいいよと言っておいた。彼女の無事もあるが、その功績も素晴らしい。
トランセンデンターは、目下最大の障害だった。それを二体とも始末できたのなら、武装の喪失など些細なものだ。そもそもあの武装は、壊れたり失くしたりすることを前提に持たていせたところがある。設計図などのデータはキチンと残っているので、必要があれば作りなおすことも可能だ。
だが、良いことだけではない。キャサリンからの報告に、敵のボスと思しき人物が一人逃げたというものがある。白衣を着てメガネを掛けた、黒髪ショートポニーの女性。細かいことは一切不明だが、重要人物であるのは間違いないだろうとのこと。
大きな施設を一つ潰したので、すぐに動くというのはあまり考えられないが、警戒の必要はある。今後最も懸念されるのが、これだ。
結局、相手の正体はわからないまま、施設を一つ潰し、戦力を大きく削いだだけ……ということになった。今後もベクターズ対策は継続し、さらなる調査の必要もある、と。
まあ、要するに、今までとあまり変わりはない、ということだ。トランセンデンターという大きな障害は排除したが、ベクターズそのものがどうなっているかはわからない。逃げ出したという白衣の女性――響子の見立てでは、恐らく爽香と呼ばれる女性だ――がどう動くかが気になるところだが、短期間で大事件を起こせるとも思えない。
第一部、完。みたいな感じだろう。
今後も通常のベクターズ対策を行いつつ、情報収集を続ける。ヴィディスⅣの開発も、平行して進めていこう。
「……今日の仕事、終わりっと」
書類をまとめた響子は、酷使した部下達にねぎらいの言葉を掛けるべく、部屋を出た。
※
「ただいま……」
インセクサイドでの事後処理を終えた翔子は、疲れきった顔で帰宅した。道中で信号を見落としかける程度には、疲れている。
バイトもしばらくは休みなので、ゆっくりしたいところだ。
「あ、おかえりー」
エプロン姿の清香の声が、疲れた心に染みわたる。事前に 「今日中に帰れそうだ」 と伝えていたため、夕食は二人分用意してくれているらしい。
「お風呂にする? ご飯にする? そ・れ・と・も……?」
翔子の疲れた顔を見てか、清香は冗談めかして言った。
(これ賢治君にもやってたのかなあ……)
彼女なりの気遣いなのだろうが、妹……しかも人妻にそんなことを言われると、微妙な気分になってしまう。更にその後に行われるであろうやりとりや行為を想像してしまい、虚しいやらムラムラするやらで大わらわだ。何が悲しくて妹の情事を想像して興奮しなければならないのか。
「お風呂にしようかな……」
散々暴れたので、とりあえず汗を流そう。融装状態では汗は流れないのだが、気分的な問題がある。とっととシャワーを浴びたい。
「そう、わかった……。あ、そうだ」
清香は一度頷いてから、何かを思いついたかのように手をポンと打つ。一体何を思いついたのかと思えば、次の瞬間には衝撃的な一言を発していた。
「久しぶりに、一緒に入ろうよ」
人妻なのに……。まあ、お互いそっちのケはないし、姉妹なので特に問題はないのだろうが……。まあいいか。
既に湯船が張ってあったりと、用意周到である。
翔子は基本的にライダースーツの下は下着であるため、洗面所で脱ぐものといえば下着ぐらいのものだ。いつもなら、さっさと脱いでバスルームに突入する。
が、今日は少しだけ違った。すぐ隣で服を脱ぐ清香に、どうしても目が行く。
翔子の妹なだけあり、清香もかなりのモノを持っている。姉から見ても魅力的なので、旦那はかなり喜んだことだろう。
そしてそんな身体を包む下着も、翔子のような安物とは違い、高そうな黒下着だ。おまけにストッキングとガーターまでついている。流石にレースのスケスケエロ下着ではなかったが、むしろ貞淑な感じがしてエロい。おしゃれにはあまり興味が無いのだが、ここまで魅力的だと自分もいつかあんな下着を穿いてみたくなる。まあ、下着に金を使うぐらいならバイクで無駄に走るのが翔子なのだが。
そんな感じで複雑な思いを抱きながら、バスルームに踏み込んだ。そこで清香はある提案をしてきた。
「洗いっこしようよ」
この子姉相手だからってガード緩すぎるんじゃ……などと心配になったが、考えてみれば昔は結構やっていた気もする。大学時代にも一回ぐらいやった記憶があった。まあ、たまにはいいだろう。
「お背中流しますよー」
「もう少し上かなー」
「上、上……えいっ」
「ちょっと、どこ触って――」
「やっぱり翔子姉のおっぱい大きい……」
「あんたのも大きいでしょ……それっ」
「やーんくすぐったいー」
たまにはいいだろう。
※
「あ、そうだ。明後日に花火大会あるんだけど、翔子姉も行かない?」
夕食のうどんをすすっていると、不意に清香がそんなことを言い出した。
「花火大会……? ちょっと待ってて」
そういえば、今年の花火大会は誰かと一緒にいく約束をしていた気がする。携帯のメールを確認。……弥月だ。そもそも花火大会自体すっかり忘れていた節があるので、思い出せてよかった。
さて、弥月との先約がある状態で、清香といっしょに行く予定を立てるのはいかがなものか。しかし、花火大会を思い出させてくれた清香の思いを無下にするのも気が引ける。
どうにかして、両者の間を取りたいものだ……。少し考えて、翔子は思いついた。
花火大会、他の人を誘ってもいいかとメールで弥月に訊ねる。結果は―― 「いいですよ」 とのこと。
決定だ。皆で行こう。
「花火大会、他にも何人か誘うから、皆で行こうか」
そう提案すると、清香は少し驚いたような顔をした。
「……翔子姉、誘える友達居たんだ……」
「失礼な。ちゃんと居るよ」
「ごめんごめん、冗談だって」
まあ確かに、去年――というか一月ぐらい前までは居なかったので、清香が驚くのもわかる。自分でも、ここ最近の交友関係の広がりには内心で驚いていた。
この出会い、きっかけは全てトランセンデンターの力だ。この力がなければ、きっと彼女達とは出会わなかった。だが、この力がなければ、また違った交友関係が生まれていただろう。一体、どちらがよかったのだろうか?
起こってしまったこと。遠い昔に置いてきた過去。あの時どうしていたのが正しいのか、どうなっていたら幸せだったのか、今では全くわからない。もしもの未来を想像するのは、それを叶える手段がない限り不毛でしかない。叶えられたとしても、それが正しいのかは、わからない。
そんなわからないことだらけの中で、しかし一つだけ、ハッキリと言えることがある。
こうして出会った以上、彼女達との関係を失いたくはなかった。
出会いは大切にしたい。これまでも、これからも。
※
積もった瓦礫から、 "それ" は這い出した。
人の可能性が、この程度で死ぬなどありえない。ただ、死んでいないだけで深刻なダメージを負ってしまった。やはり、早急に生物の粋を突破しなければならない。
しかし、それよりも今はこの現状をどうにかしなければならなかった。
このまま下半身の再生を待つのと、瓦礫の下から下半身を回収するのとでは、どちらの方が早く終わるのだろうか?