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アラサー戦士中田翔子  作者: あざらし
正義の味方、中田翔子!
15/46

*14 インターミッション

「よし……できた」

 翔子用の増加装甲案をまとめ、響子は一息吐いた。

 ヴィディスⅢの完成により、使わなくなったヴィディスⅡ。それを解体して、翔子の増加装甲として再利用するのだ。名づけて、 "ヴィディス・アーマー" 。

 ヴィディスとしては使い物にならないが、その硬度は本物である。手足を中心に装備することで、打撃の際に反動で肉体にかかる負担を減らし、同時に打撃力の強化を狙う。全身版ナックルダスター、と言うのが正しいかもしれない。処分するのも勿体無いので、良い使い道だった。

 その他にも、試作してはみたものの量産向きではなかった装備など、とにかく使えそうなものをかき集めている。すぐに銃身が焼きつくヘヴィーマシンガンや、常人なら反動で腕がちぎれかねない機関砲などなど……。尤も、実際に使うかどうかは翔子次第だ。彼女には、この中から好きなものを好きなだけ持って行ってもらう。どうせ処分を待つゴミだったので、ちょうどいいタイミングだった。

 不良在庫の処分だとか言ってはいけない。来月捨てる予定だったけど。

 装弾数や重量その他諸々の情報をまとめて、リスト化しておく。ただし、翔子がリストと睨み合って武器を選ぶ様子は想像できなかった。恐らく、直感で選ぶだろう。このリストは、多分彼女の役には立たない。

(でも作っておかないと装備の管理ができないしなぁ……)

 彼女がどんな武器を選んだか。それを知るべきなのは、彼女だけでなく自分達もだ。サポートをするにあたり、そのポテンシャルを把握しておかなければいい働きをすることはできない。

 翔子のバトルスタイルと状況を鑑み、常に最善の指示を出す。それが、後方支援要員にできることだ。そうする以外に、彼女らの役に立つ術はない。

 響子には自責の念があった。

 翔子とキャサリンの二人を戦場に突っ込ませ、自分は安全な後方で指示を出すだけ。それが重要な役割であることも理解しているし、響子が一緒に戦っても役に立たないことも承知している。だが、頭では理解していても心が痛むのだ。

 最近の自分は、二人に入れ込み過ぎている。本気になったあの頃から、特に。

 それでは、いけない。

 過剰な思い入れは判断力を鈍らせる。小さな犠牲を見逃せないことが、かえって重大な損害を引き起こすことは多かった。

 だが、理性がそう告げるたび、響子の心は反論してしまうのだ。 「彼女達は小さな犠牲では済まない、大きな存在だ。彼女達を失うこと以上の損害などありえない」 と。

 確かに、翔子もキャサリンも今はベクターズに対する切り札的な存在だ。二人を失うことは、インセクサイドとしても大きな損失だろう。

 だが、違うのだ。

 響子は、たとえ二人が戦う力を失っても、同じことを言うだろう。 「彼女達は大きな存在だ。見捨てるなんてありえない」 と。

 教師に昔言われたことを思い出す。

『阿久津、キミは頭はいいが、人格に問題がある』

 当時は 「何だこのオバサン。生徒の個性にケチつけやがって」 と反感を覚えたものだが、今はその言葉の意味が痛いほどよくわかる。

 自分は、執着心が強すぎるのだ。

 たとえばその教師だが、失業後に散々尻を叩いて屈服させた。あの時の表情は、今でも覚えている。

 並み居る大企業からインセクサイドを選んだのも、虫をぶち殺したいという執着によるものだ。改めて考えると、ただの危ない人である。

 ただし欠点は、往々にして美点も兼ねているものだ。この執着心の強さが、今のインセクサイドの進んだ科学力を生み出したのもまた、事実だった。進歩への執着は、時に大きな進歩を生む。だからこそ質が悪い。善悪を一概に決められないものは、いつだって厄介だ。

 この執着心が二人を守るかもしれないし、殺すかもしれない。

 結果はなるようになるとしか言えないから、断定はできなかった。

 断定できないからこそ何が正しいのかわからず、結果としては悩むことになる。悩みは迷いを生み、迷いは遅れと損害を招く。しかし迷った末に最良の結論に達することもある。

 天才的な頭脳を保つ響子だが、これに関する結論は未だに出せないでいた。

 とりあえず。

 今はまだ翔子とキャサリンに対する執着心が消えることはないし、今後消える見込みも無い。必然的に、異常な執着で彼女ら二人をサポートすることになる。

 何を犠牲にしてでも彼女達を生還させる。建前としてはベクターズの根絶が目的だが、場合によっては否が応でも撤退させる。彼女達を五体満足で帰還させることが、本音の目的だ。

 キーボードを打つ手に、力がこもる。タイピングの早さと正確性が増す。キーボードに視線を落とす頻度が、五秒間に一回から十秒間に一回まで落ちた。

 さっさと終わらせて、次の仕事へ移ろう。

 響子はパソコンを前に、作業の続きを始めた。



 先日の失態を踏まえ、スーパーマーケットで買い物をする。

 菓子類は日持ちとチョイスの問題があるのでパス。とりあえず、お茶を確保することにした。適当な茶葉と、ティーバッグだ。

 因みにあの後もう一度台所を調べたのだが、お茶の類が存在しないにも関わらずお茶漬けの素八袋入りが三つあった。しかも二袋消費されている。どうやって食べたのかは、覚えていない。だが恐らく、お湯をかけて食べたのだろう。味あるし。

 茶葉の並ぶ棚の前で、腕を組み考える翔子。茶葉をどうやって選べばいいのか、まったくわからない。

 紅茶は安いくて量の多いものでいいのだ。どうせ砂糖を入れるし、どうしようもないほど不味かったら牛乳を入れてミルクティーにしてしまえばいい。

 だが、緑茶はそうもいかなかった。抹茶アイスよろしく砂糖や牛乳を入れるのには、どうにも抵抗がある。

 下手に安くて量の多いものを買うと、それが不味かった時悲惨なことになってしまう。

 だが滅多にお茶を飲まない翔子にとって、茶葉選びとは未知の領域だった。煎茶と番茶の違いすらわからないし、メーカーごとの違いなど更にわからない。買い物カゴを片手に、翔子は唸る。

 そのまま五分ぐらい考えて、あることを思い出した。

「……私、急須持ってないじゃん」

 お茶を飲まないので、必然的に急須も持たない。急須が無くても茶を煮出す方法はあるのだが、そんな面倒なことはしたくなかった。

 仕方がないので、緑茶も粉末茶かティーバッグで済ませることにする。

 見た感じでは、粉末茶は袋の大きさの割にそれなりの値段がし、ティーバッグは粉末茶に比べて安かった。しかし手に持ってみると、粉末茶のほうが重い。

「うーん、どっちが安いんだろう?」

 一体、どちらの方がコストパフォーマンスに優れているのだろうか?

 比較のため、価格や内容量などから一杯あたりの単価を割り出す。ティーバッグは一回使ったら捨てるものとして考え、粉末茶は裏面に記載してある 『おいしいお茶の淹れ方』 に従うことにする。

「……ふむ」

 ……計算したところ、粉末茶の方がティーバッグよりも安く済むことがわかった。ティーバッグを三回再利用しても、粉末茶のほうが安い。

 というのも、そもそもここに置いてあるティーバッグは一度に五百ミリリットル程度のお茶を淹れるためのものだったのだ。普段から飲むわけではないので、一度にそんなに淹れても仕方がない。作り置きして腐らせるのも嫌だった。

 買い物カゴに粉末茶を放り込む。よく自販機で売っているのと同じ銘柄なので、味も問題ないだろう。

(なら紅茶も粉末の方がいいのかも?)

 ――とも思ったが、粉末の紅茶はむしろ高いブランド物しか置いていなかった。微妙に使い勝手の悪い店である。

 とりあえずお徳用なティーバッグの箱を掴んで、カゴに入れた。

 後は、適当に足りないものを買い足すだけだ。事前に広告で調べておいた安売りの品を目指し、進路を変えた。

 いい感じに調味料が値下げされている。翔子はあまりまともな料理をしないが、豊富な調味料があれば違うかもしれない。台所に調味料が並んでいれば、多分やる気が出るだろう。

(いや流石にそれはないか……)

 調味料だけで料理ができれば苦労はしない。仮にやる気が出たとしても、上手く行かずに途中で萎えるだろう。

 そもそも、あまり食べ物を選り好みしない翔子が料理上手になったところで、宝の持ち腐れである。当然のことながら、振る舞う相手も居ない。

 調味料はパス――しようかとも思ったが、塩と砂糖だけは一応買っておくことにした。糖分と塩分のない生活というのは、なんとなくだが心細い。最近は砂糖も塩もなかなか安くならないので、この機を逃すのは損だ。家にあるストックも、かなり減っていた気がする。

 他にも、保存が利きそうな値引き品をいくつかカゴに入れた。食事の備蓄は、いくらあっても十分だとは思えない。それと、日用品の買い足しも少々しておく。

 最後に、今日の昼食夕食用の惣菜も、いくつか見繕った。

 とりあえず、買い物は終了だ。

 レジを通してから、レジ袋に買ったものを詰める。結構な量を買ったので、真面目に詰めないと袋が破れたり中で崩れたりしてしまう。

 重いものを下に……だった気がする。軽いものを下に置いたら、押しつぶされてしまうだろう。

 ざっくばらんに詰め込んだ結果、なんと会心の出来栄え。少し嬉しくなった。



 昼食を終えた翔子は、午後のバイトのために再びライダースーツを着た。

 汚れると嫌なので、食事中はライダースーツを脱いでいるのだ。下着姿での食事は、慣れたどころかもう日常である。

 鏡すら見ずに着替え、慣れた手つきでチャックを上げた。

 ライダースーツへの着替えは、その構造上洋服のようには行かない。しかし何度も何度も脱着を繰り返している翔子は、まるで着慣れたシャツのようなスムーズさでそのスーツを着ることができる。

「……よし」

 掃除用のジャージや小物などの荷物をまとめ、いざ出発。

 慣れた道をスイスイと進み、職場である公園に到着した。……職場が公園というのは、あまりいい響きではない。

 バイクを停めて事務所に向かい、手続きを済ませる。そのままパーテーションとロッカーで区切られた更衣室に向かい、持ってきたジャージに着替えた。

 掃除用具は、男子トイレの中にある。

 男子トイレ隅にある物置から、掃除中の看板を取り出して入り口に置く。立入禁止というわけではないので、この看板に強制力はない。ただ、気になる人のために置いてあるものだ。

 他に理由があるとすれば、掃除中は床が濡れていて滑りやすいので気をつけてください、程度だろう。

 気にならない人は平然と、本当に平然と入ってくる。

 気になるからこそ入ってくる人もいるのだが、その話はまた別の機会に。

 さて、掃除を始めよう。

 まずは箒でゴミを掃き出すのだが、実のところそこまで目立ったゴミはない。どちらかと言うと、埃の掃除がメインである。埃は、濡れるととても気持ち悪いことになるのだ。

 ゴミを掃いたら、いつものように便器を磨く。使うものは、水の入ったバケツと洗剤とトイレブラシ。一度には持ちきれないので、バケツで水をかける作業と便器に潜在をかけて磨く作業の間にはどうしても持ち替え作業が挟まってしまう。翔子は水の入ったバケツでも片手で軽々と扱えるので、それを活かして持ち替えの工程を無くしたいものだが……そのためには、腕がもう一本必要だった。

 腕が三本。あったらあったで、間違いなく便利だ。しかし、当然のことながら問題もある。どの穴から手を出すのかやら、どこから生えてくるのかやら。露骨な左右非対称になってしまったら、バランス感覚も変わってくるだろう。

 くだらない妄想は打ち止め、便器磨きに戻る。力を入れすぎるとブラシが駄目になるので、丁寧に、丁寧に。

 大便器にはたまに茶色いものがそのまま残っていたりするのだが、そんな時は見なかったことにしてそっと流すのだった。

 便器磨きが終わったら、次は洗面台だ。ここが汚いと、特に気分が悪くなる。タワシと洗剤で、ガシガシ洗った。

 最後は、床掃除だ。

 少し洗剤を入れたバケツに水をいっぱいに入れ、床にぶちまける。乱暴にやり過ぎると水が跳ねて衣服が汚れるので、良識の範囲内で行う。

 床を水浸しにしたら、今度はデッキブラシで床をこする。こちらも便器磨きと同じで、力を入れすぎるとブラシが駄目になってしまう。常人離れした筋力を持つ翔子の場合は、特に気をつけなければならなかった。

 汚れの溜まりやすい隅までしっかりと磨き、床の黒ずみを防ぐ。ここも、気になる人は気になってしまうらしい。尤も、そんな人間は滅多にこのトイレを使わないのだが。

 床が磨き終わったら、もう一度バケツで水をぶちまける。汚れと泡が一緒に流れて、床の中央にある排水口に流れ込んだ。

 最後にモップで水気をとって終了。

 いつも通りのトイレ掃除。特に何の変哲もない、翔子のアルバイト。

 掃除を終えた翔子は事務所に戻り、着替えてから手続きを済ませた。

 今日のアルバイトは終了だ。翔子はバイクに跨って、家路についた。



『ごめーん、夏祭り行けなくなっちゃった』

 友人の八重子から、そんなメールが来ていた。

 夏祭りとは、この地区で行われている花火大会の通称だ。花火大会と言っても露天や屋台が沢山出ているうえに盆踊りまでやっているので、夏祭りと大差なかった。

 因みに盆踊りは希望制なので、弥月は一度も踊ったことがない。わざわざ時間を割いて練習するのも、自分の時間を拘束してまで踊るのも、面倒だ。

 だが、一緒に行く予定だった八重子が来られないとなると、その自分の時間も味気のないものとなる。

 一人で周る縁日……というのもなかなか乙なものかもしれないが、やはり祭りは盛り上がってこそだ。弥月が一人で行くと、恐らく途中から射的に入り浸るようになる。

 その時は楽しいのだろうが、思い返してみるとつまらない……ということになるだろう。そんなことになるぐらいなら、いっそ行かないほうがマシかもしれない。

 しかし……縁日はともかく、この花火大会はなかなか規模が大きかった。今年は確か、二尺玉が七発上がる。是非とも見に行きたい。

 とりあえず、八重子に 『わかった。また今度ね』 と返信する。行けない理由を訊ねようかとも思ったが、面倒なのでやめた。

 送ってから、どうするかを考える。一人で行くか、それとも他の誰かを誘うか。あるいは、行かないという選択肢もある。

 まずは、行くか行かないかだ。考えるのが面倒なので行かないのはどうかとも思ったが、しかし少し残念に感じた自分に気づいてしまう。どうやら弥月は、花火をそこそこ楽しみにしていたらしい。

 なら、行こう。

 ……誰と?

 スマートフォンの電話帳を開きながら、誰を誘うか考える。大抵は既に予定が入っていることを知っていて、ちょうどいい人物が見つからなかった。

 しかし、な行でとある人物を見つける。

 ――中田翔子。

 これは、彼女と出かける絶好のチャンスなのではないか?

 早速メールを打ち込み、翔子に送る。 『今度の花火大会、一緒に行きませんか?』 という簡素なメールだ。ここしばらく彼女とメールをしていて、変に飾るよりもこういったシンプルなメールのほうが好まれることをなんとなく察していた。

 しばらく経って、返信が来る。

 どうやら、一緒に行ってくれるらしい。

 その後は待ち合わせ場所などを決めて、少し雑談をしてから、翔子が風呂に入った。いい時間なので、弥月も風呂に入ることにする。



 ショートヘアーは、乾くのが早い。

 中学校の修学旅行で、長いとなかなか髪が乾かないと八重子がぼやいていた。そして実際、八重子は部屋のドライヤーをかなりの時間占領していた。濡れたまま寝て風邪を引かれても困るので、誰も文句はいっていない。そもそも、ドライヤーを占領したのは彼女だけではなかった。

 弥月が髪を短くしている理由は、邪魔だからだ。長髪にあまり魅力を感じない弥月にとって、長い髪はただ邪魔なだけだった。どうしても、デメリットが先行してしまう。

 実は、小学生ぐらいまでは伸ばしていた時期もあった。しかし、ある日どこかに挟んで痛い目に遭っている。それ以来、髪は短く切ることにしたのだ。

 綺麗な髪だと褒められたことは、一度や二度ではない。しかし弥月は、褒められることよりも自らの利益を優先する人間だった。

 だからモテない……というのはある。しかし、例によって例のごとく、本人は気づいていない。

 弥月は、壁にかけられた時計に目をやった。時刻は午後の六時過ぎ。

 夕飯までには、まだ時間がある。

 しばらくやることがない。時間が空いていても、宿題をするような気分ではなかった。

 こんな時は、エアガンの手入れに限る。

 ここ最近使っていないのだが、他にやることもないのでとりあえず磨くのだ。マンガやアニメに出てくるスナイパーのように、分解して拭いたり油を差したりする。

 今日の得物はスナイパーライフル。とても格好いいのだが、射程距離は大したことがない。取り回しも悪いのでサバイバルゲームで使うことは稀だ。それどころか、使っても接近戦をする。弥月はそのほうが強かった。

 いつか本当の、圧倒的長射程からスナイプできるようなスナイパーライフルを使ってみたいのだが、日本では無理だろう。銃刀法は強敵である。



 弥月から花火大会に誘われてから数日。今度は、響子にインセクサイドの施設に来るよう言われていた。

 なんでも、翔子用に用意した武装の中から、どれを使うか選べということらしい。

 しかしこれまで直感とその場の判断だけで戦ってきた自分が、豊富な武装を使いこなせるとは思えなかった。

 別に、翔子は射撃が苦手なわけではない。レヴァンテインを初めて使った時も見事に命中させたし、射的もまとも狙えばそこそこ当たる。

 だが、戦術的にはどうだろうか。前回の戦いで、キャサリンは敵が多いと判断して火器を用いた。しかし、立場が逆だった場合翔子にそんな判断ができただろうか?

 勿論、そんな装備が用意されているとわかっていれば、多少はそれを視野にいれることができるのだろう。敵が多いので重火器で一気になぎ払うという判断ぐらいは、翔子にもできるかもしれない。

 しかし、戦術の初歩も勉強していない翔子が、更に高度な戦術を要求する状況に出くわした際、その要求に応えることができるだろうか?

 募る不安の中、翔子は響子が待つという倉庫へと向かう。

 案内された倉庫の中は、有り体に言って武器庫だった。誇張でも何でもなく、ただひたすらに武器庫である。

「……おはよう。悪いね、こんな朝早くから」

 疲れた顔で、彼女は言う。

 朝早くとは言うが、もう午後の一時である。彼女の横にはレトルトかに玉の袋が捨ててあるので、あれを朝食と勘違いしたのかもしれない。荒みすぎだ。よく見ると、更にその隣にあるゴミ箱には、同じようなレトルト食品の袋 "だけ" が捨てられていた。付近にものを温めるような道具は認められず、どうやって食べたのかには疑問が残るところである。

「いえいえ、こちらこそ……。大丈夫ですか?」

 心配になって、ついつい訊いてしまう。だが響子は、クビを横に振った。

「だいじょーぶ。私はこの程度じゃくたばらんよ」

 そう言いながら、コーヒーを一口飲む。それから、飲みかけのカップをこちらに向けて言った。

「君も飲むかい?」

 普段は美しい黒髪が今は乱れているし、微妙に臭うので、しばらく風呂にも入らず作業していたのだろう。目の下には濃いクマがあり、瞳孔の挙動がおかしい。睡眠時間も削っていたと思われる。

 そんなボロボロな彼女の気遣いだ。翔子は素直に受け取ることにした。

「あ、じゃあ遠慮無く……」

 カップを手に取り、口をつける。

 それから思わず目を疑い、次に舌を疑った。最終的に第六感でこれの正体をコーヒーだと確認して、改めて衝撃を受ける。

 それはとてもコーヒーだとは思えない、砂糖水的な何かだったのだ。

 よく見ると、底の方に溶けきっていない砂糖が溜まっていた。コーヒーの温度は決して低くなく、かなりの量の砂糖が溶けるはずである。それなのに、底には大量の砂糖が溜まっているのだ。

 翔子は大量の砂糖が入ったコーヒーを、一気に飲み干した。甘すぎて吐き気がするが、翔子の健康的には問題ない。だが、響子は違うはずだ。

 こんなに酷い生活をしていたら、彼女が壊れてしまう。

 翔子はカップを置くと、響子を軽々と抱え上げた。所謂、お姫様抱っこの体勢である。

 これには響子も困惑したらしくオロオロしていたが、構わず翔子は駆け出した。

 倉庫を出てから、キャサリンに電話して呼び出す。彼女も最近見かけなかった響子のことを心配していたらしく、すぐに駆けつけてくれた。キャサリンに、響子の部屋まで案内してもらう。

 響子の部屋に着いてから、まず何をするべきか考える。連れてきてはみたものの、問題が山積みでどこからとりかかるべきか判断に迷う。

 とりあえず響子をベッドに寝かせた。次に身体の掃除だが、この状態で風呂に入れると逆に危険な気がするので、拭くだけにしておこう。

 キャサリンにその旨を伝え、早速作業に取り掛かる。

 まずは響子の白衣を脱がせ、たたんで机に置く。その下のTシャツを脱がせていると、響子が口を開いた。

「翔子君……その、今日は……大胆、だね……」

 わずかに頬を染め、少女のように俯いている。その様子は、彼女を翔子の家に招待した時の態度と酷似していた。

 しかし今はそれどころではない。

「いいから、大人しくしててください」

「……うん、任せる、よ……」

 そう言うと、彼女は全身から力を抜く。少しやり難いが、まあいいだろう。

 下着を脱がせるべきか迷ったあたりで、キャサリンが濡れタオルと水を張った洗面器を持ってきた。

「下着って脱がせたほうがいいのかな?」

「キレイにするならジャマだよねー」



 響子の身体を拭き終え、再び下着をつける。

 着ていた服はキャサリンに洗濯してもらった。

 その手際が妙に鮮やかだったのを疑問に思って訊ねると、キャサリンから驚きの答えが返ってきた。響子とキャサリンは、ルームシェアをしているというのだ。いつも洗濯をするのは響子なのだが、見て覚えたらしい。天才だ。

 ならばとキャサリンに響子の替え下着を持ってくるよう頼んだ。できるのならば、下着も替えておきたい。

 キャサリンの持ってきた下着に着替えさせて、一件落着。後は、響子に十分な睡眠を与えるのみである。

 響子はしばらくぼーっと翔子を見ていたが、やがて深い眠りへと落ちていく。

 しばらく彼女を見ていた翔子も、途中から眠くなってしまい、結局響子が寝てから数分で寝てしまった。

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