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アラサー戦士中田翔子  作者: あざらし
正義の味方、中田翔子!
12/46

*11 Vermin Destroyers Exoskeleton System Ⅲ

 弥月と出会ってから四日。木曜日。

 あれから、弥月とは何度かメール越しに他愛ない会話をしていた。回を重ねるごとに、なんとなくだが距離感も掴めた気がする。いい傾向だ。

 対して、響子からは全く連絡が来ていない。ヴィディスの開発や敵の調査が、とても忙しいのだろう。邪魔してはいけないので、翔子からも連絡をしていない。

 で、翔子に与えられた任務はというと。

「最近ベクターズ出てこないなー」

 デッキブラシでトイレの床を掃除しながら、翔子はぼやいた。

 ――『君はベクターズが出現した時、奴らがどこから来るかを確かめることに注力してくれ』

 翔子に与えられた任務――ベクターズの出現経路を探り、敵の本拠地を探る――は、一向に進行していなかった。

 そもそもベクターズが現れないとできないことなので、仕方がないといえば仕方がないだろう。ベクターズが現れないということはつまり平和ということなので、それはそれで良いことだというのも質が悪い。

 このままベクターズが永遠に現れないのならそれが一番いいのだが、どうせまた忘れた頃に現れる。どうせ現れるなら、集中力が続いている内に現れてもらいたいものだ。

 上手くいかない現状に、気が滅入ってしまう。翔子は大きな溜息を吐いて、肩を落とした。

 こんな時は、弥月に格好いいと言われた時のことを思い出してテンションを上げなおそう。

「うへへ……」

 しばらく人が来る様子もないし、変に気が滅入っているよりはニヤついていたほうが何倍もマシだ。しばらく女子高生のことを思い出し、気分を盛り上げる。若いことは、いいことだ。

 ……充填完了。頬をパシッと叩き、気合を入れ直そうとして――ゴム手袋をしていることに気がついた。トイレ掃除用のゴム手袋で頬を叩くのは、生理的に受け付けない。危うく再び気が滅入る所だった。ゴム手袋を外してから、頬を叩く。

 さて、気を取り直してトイレ掃除に戻ろう――。そう思った矢先の出来事だった。

「――!」

 久々のこの感触。間違いなく、ベクターズが出現する。場所は――この公園から、少し離れた別の公園だ。平日の昼間なので人は少なく、更にベクターズとは少し離れた区画に居る。近くに住宅地はあるが、公園自体がかなり広いので、外に出るまでには時間がかかるはずだ。

 時間的猶予はある。まずは、与えられた任務をこなそう。

 ベクターズの出現する次元の歪みを、俯瞰的に捉える。この歪みはどこから来て、ここに繋がっているのか。流れを追った先に待っているのは、一体何なのか――。

 見えた。

 時空が歪んでいて、ハッキリとした場所までは断定できないが――県北、山々の連なる辺りに繋がった。周囲の景色にも、なんとなくだが見覚えがある。昔走りに行った事があるので、間違いない。

 そこの地下に、何か施設のようなものが……見えた気がした途端、視界がブラックアウトした。

 慌てて頭を振ると、靄が晴れるように視界が開く。見慣れたトイレだ。どうやら、時間切れらしい。

 だが、これだけわかれば十分だろう。なら、次はベクターズの始末だ。

 翔子は掃除用具を用具入れに押し込み、三角巾をジャージのポケットにしまい込む。

 バイクの停めてある駐車場の方へと視線をやり、一瞬の黙考。……この距離なら、バイクに乗って行くよりも走って行ったほうがいいだろう。

 周囲に人が居ないことを確認し、こっそりとトイレを抜け出す。公園から出たら、全力ダッシュで現場へ急行だ。

 二メートルぐらいありそうな柵を乗り越え、ベクターズの正面に出る。上手いこと背後をとれた。

「融装!」

 天高く手を伸ばす、いつものポーズ。鎧を身につけて、ベクターズに体当たりを仕掛ける。

 今回のモチーフは、スズメバチ――いや、羽がないのでアリだろうか。体長も一メートル五十センチ強と小ぶりで、色も全体的に赤黒い。シルエットだけなら、前に戦ったハチのベクターズと似ているのだが。

 ベクターズは翔子に気づくと、息を荒くして襲い掛かってきた。この息の荒さと、凶悪なシルエット……恐らく、超音波強化後だ。

 グズグズと相手の本拠地を探っている間に、強化されたのだろうか? いや、それらしい超音波は聞こえなかった。状況から鑑みるに、最初から超音波強化を施された状態で出現したのだろう。

 生憎、今は武器を持ち合わせていない。亀のベクターズも結局はキャサリンの力を借りての勝利なので、タイマンでの戦績は芳しくなかった。

 だが、負けられないのなら勝つしかない。

 ここのところ様々な意味でリスキーな戦闘ばかりだったが、毎回なんとなかなってきた。今回も、全力で挑めばきっとなんとかなるはずだ。

 翔子は高く飛び上がり、起き上がろうとするベクターズに空中から蹴りを入れた。鋭い角度で、足がベクターズの顔面にめり込む。――決まった?

 翔子はバク宙でその場を飛び退き、ベクターズの様子を窺う。ベクターズはピクピクと震えながら、蒸発を始めていた。……本当に、これで終わりなのだろうか?

 警戒していると、案の定背後に歪みを感じた。素早く振り返り、現れたベクターズ――先程と同様にアリタイプだ――に先制の一撃を加える。

(二体目……でも、この程度の強さなら――)

 余裕だ!

 地面に倒れ伏したベクターズに、追撃の蹴りを加えようとした刹那。

「――!?」

 ――再び、背後に歪みを感じた。

 翔子は蹴りの姿勢から反転し、回転の勢いをつけて三体目を蹴り飛ばす。勢い良く吹き飛ぶ三体目。

 二度ある事は、三度ある。

「――また!?」

 翔子の背後に、更に現れる次元の歪み。まだ出現した分を倒しきれていない。いくら一体一体が弱くても、このままでは物量に押し潰されてしまう。

 なんとか二体目を屠るも、その間に三体は増える。既に数えきれない量のベクターズが、翔子の周りを囲んでいた。幸いなことに、これ以上増える様子はない――今のままでも、十分厄介なのだが。

 四方八方から襲い来るベクターズ。翔子は応戦を試みるも、やはり手が足りない。

 一撃加えるごとに妨害が入り、それを振りほどいている間にまた妨害が入る。大した攻撃力はないが、消耗戦に持ち込まれると単騎で挑むこちらが圧倒的に不利だ。

 押さえ込まれる右腕を必死に伸ばし、適当に掴んだ頭を握り潰す。割れた外骨格から溢れでた脳みそ的な物体は、頭の大きさからするとかなり少なかった。ベトベトしていて汚い。

 頭が砕けたベクターズは、ひっくり返って蒸発を始めた。やはり、頭部への攻撃が効果的なようだ。

 翔子は脳的なものに塗れた右手で、左肩にしがみつくベクターズの顔面を掴む。巷ではアイアンクローと呼ばれている技なのだが、翔子は知らない。握力だけでベクターズの頭蓋を破壊し、放り捨てる。

 次の獲物は背後の一体――振り返ろうと片足を上げたその時、狙おうとしていた背後の一体に足をかけられてしまった。

(まずい……!)

 多くの敵に囲まれた状態でバランスを崩すことがどれほど危険かは、戦闘知識に乏しい翔子ですら知っている。慌てて体勢を立て直そうとするも、ここぞとばかりに群がるベクターズのせいで身動きがとれない。

 翔子を中心に、団子のように群がるベクターズ。団子から伸びたワインレッドの腕が必死に逃げ出そうとするも、圧倒的な物量を前にどうすることもできない。

「痛い! 噛むな!」

 アリ型のベクターズは、その大きな顎で翔子の腕や足、脇腹などに噛み付く。鋭い顎による噛み付き攻撃は、刺されるような痛みを伴った。凄く痛い。今すぐ逃げ出したい。

「こなくそ!」

 全身の筋肉を一度収縮させてから、一気に解き放つ。やけっぱちの一撃だったが効果は覿面だったようで、ベクターズが半分ぐらい振り解けた。残りも強引に振り払いながら立ち上がる。近くに落ちた一体は、起き上がる前に頭を踏み潰して始末しておいた。

 だが、これだけでは埒が明かない。一度は振り払ったベクターズも、また翔子の元へと寄ってくる。

「あー、もう!」

 苛立ちを噛み殺し、向かってくるベクターズを返り討ちにしていく。効率は悪くとも、五体ぐらいは倒した。

 しかしその時、背後にまたしても歪みが起こる。

「またぁ!?」

 二箇所、三箇所、四箇所……十箇所ぐらいはあるだろう。そこから、次々と新たなベクターズが現れる。

 精神的な疲労が、だんだんと翔子を蝕んできていた。

 これから、あとどれぐらい倒せばいいのだろうか。相手の規模は分からないが、心情的には既に消耗戦に突入している。一方的に消耗する翔子に、減る素振りすら見せないベクターズ。

 苛立ちは疲れに変わり、疲れは翔子を蝕む。ただでさえ素人丸出しな動きが鈍り、隙が増えてしまう。

 その一瞬の隙を突かれ、翔子の首に背後から一体のベクターズが噛み付いた。

「ごぁっ!?」

 唐突に首を絞められた翔子の喉から、吸おうとしていた空気が漏れる。

 急いで振りほどこうとするが、力の入った大顎は翔子の首を固く締め付けていて、テコでも動きそうにない。

 上手く息ができない。それでもあまり息苦しくないのは、融装しているからだろうか。だがこの状態でも呼吸をしている以上、酸素は必要なのだろう。どれぐらい酸素が保つかは、わからなかった。

 このままではいけない。しかし、振り解けない。

 振り解けないのなら、どうする?

 そうこうしている間にも、他のベクターズが襲い掛かってくる。

「――!」

 翔子は、咄嗟の判断で首に噛み付くベクターズの頭を胴体から引きちぎった。力の抜けた大顎はあっさりと翔子の首を放す。翔子はその頭を、迫り来るベクターズに投げつけた。

 投げた頭は、ベクターズの一体に激しく突き刺さる。中身を撒き散らしながら、勢いでもう一体を巻き込んで蒸発した。

「ふぅー……」

 翔子は深く息を吐く。精神的な疲れは、視線の移動や周囲の探知――一挙手一投足ごとに増すばかりだ。

 集中力が途切れてきた。

 腕を掴まれたら、振り払う。背後を取られれば、振り向きざまに蹴りを入れる。正面から向かってくる相手には、正拳突きで対応だ。

 判断のほとんどを直感に押し付け、思考を半ば放棄する。四面楚歌の中、直感だけでも案外戦えているのは翔子とベクターズ単体での能力差と、素人なりに積み重ねてきた戦闘経験によるものだろう。

 しかし、時間が経てば経つほど翔子は不利になっていく。

 右腕のベクターズを振り払っている隙に、背後に重い一撃がのしかかった。

「かはぁっ」

 いいところに入ったのか、呼吸器から大量の空気が漏れる。踏み止まってバランスを取り直そうとしたが叶わず、転倒直前に受身の姿勢へと切り替えた。中学生の体育で習った動きが、なんとなく記憶に残っている。

 片膝を着いてから、前転。正しい動きだったのかは分からないが、痛くないので問題ない。

 しかし、前転の勢いのままに立ち上がろうとしたところで――脳天に一撃を食らって、再び地に伏した。

 顎を思い切り地面に打ち付けてしまった。今度はとても痛い。生身ならば、舌を噛んでいただろう。

 態勢を整えるべく起き上がろうとするも、群がるベクターズに邪魔されて上手く立ちあがれない。振り払っても振り払ってもまとわりついてくるベクターズは、邪魔なことこの上なかった。

 まずい。起き上がれない。

 今や次から次へと襲い来るベクターズに阻まれ、立ち上がることすらできないでいた。振り払った程度でくたばるベクターズではなく、払えども払えどもまた邪魔をされる。

「うぐ……」

 再び地に顎をつけ、翔子は呻く。

(万事……休す……か……)

 翔子が抵抗をやめても、ベクターズはとどまるところを知らない。体のあちこちに噛み付いてきて、とても痛かった。

(もしかして……このまま死んじゃったりするんじゃ……)

 ベクターズは一般人よりも翔子を優先して襲ってくるきらいがあるのだが、一体目的は何なのだろうか。単に逃げる一般人よりも邪魔な翔子を始末したいのか、それとも他に目的があるのか――。

 現状を考えると、前者が最も有力だ。これは恐らく、殺す気だろう。ロクな抵抗ができないだけで翔子の体に大したダメージはないのだが、攻撃からは殺意的なものを感じる。いくら一撃が貧弱でも、数時間も受け続けていれば翔子といえど衰弱死してしまうかもしれない。あるいはこの状況で他の強力な――例えば亀のベクターズが出てきたら、翔子でも簡単に死んでしまうだろう。

 今まで散々命がけの戦いを経験してきたが、それでも死ぬのは嫌だ。

(こんなところで終わるのはやだなあ……)

 久しぶりの大ピンチ。女子高生の頃、初めてベクターズに襲われた時のことを思い出す。あの時は誰も助けに来てくれず、最終的にこの融装能力が目覚めて、撃退した。

 今回は、どうだろう。

 最近特に変わったことはなく、新たな力に目覚めるような予兆もない。覚醒は、望み薄だ。

 なら、翔子が助かる方法があるとすれば、それは――。


「――すまない、遅くなった!」


 自動車のブレーキの音と共に、聞き覚えのある声が響く。

 音の方へ目をやると、ありふれた白のハッチバック車が一台停まっていた。その中から、響子とキャサリンが現れる。

「最終テスト中、試験搭載したセンサーに反応が――いや、話は後だ。キャシー!」

 響子が叫ぶと、キャサリンが前に出た。黒のラバースーツを着ていて、首には特徴的なチョーカーをしている。特徴的な金髪は、アップで纏めてあった。

「ショーコ! 今助けるからネ!」

 自信満々にそう言うと、彼女は前に出した手首をクイッと回すなどのよくわからない仕草をしてから、叫んだ。

「ヘーンシーン!」



 ヴィディスの遠隔装着プロセスは、特定の単語と脳波の検知だ。首元のチョーカーが単語と脳波を同時に検知することで、四次元空間に格納されたヴィディス本体を呼び寄せる。

 呼び寄せられたヴィディスは、装着者の体に一センチから五センチの間隔で指定されたポイントの座標を取得し、それに合わせた座標に出現。チョーカーと本体のコネクタを接続し、データリンクを行う。

 出現時は、安全のために不動でいることが推奨されていた。ポイント座標の取得と出現のラグはコンマゼロゼロゼロ七秒以下なのであまり激しい動きをしなければ大丈夫なのだが、まだテストが不十分なこともある。念を入れるに越したことはない。

 弱点は、衣服の処理が未完成なので、ラバースーツのように体のラインに沿った服装でないとめり込んでしまうことだ。マネキンとプラスチック製のレプリカで装着実験を行った際には、フリフリの服がプラスチックの装甲と同化しておぞましいことになっていた。その後に装着解除コマンドも試してみたが、服と装甲の一部が入れ替わっていたため元には戻らなかった。

 ――と、これが響子に言われたヴィディスの新機能についての説明だ。変身ポーズは、キャサリンが自分で考えたものである。主な目的は自己満足だが、気合も入るので一石二鳥だろう。

 さて。

 装着プロセスを終え、キャサリンはカーボンカーボンの装甲を身に纏った。視界の端には各部の調子が表示されている。確認――異常なし。これより、翔子の救援を行う。

 キャサリンが足を前に出すと、人工筋肉がそれに追従して動き、筋力を上乗せする。地面を蹴る足の力が格段に増し、公園の地面を抉って土煙を立てた。翔子を取り囲むベクターズの一団に、力強い体当たりを仕掛ける。

 纏めて後方に転がっていった五、六体は相手にしない。翔子を押さえる個体の中から、最も彼女へ負担をかけていそうな個体――首を押さえているベクターズの胴体を掴み、翔子から引き剥がす。

 引き剥がしたベクターズの脇腹にフックを入れて黙らせてから、翔子に肩を貸した。

「ダイジョーブ?」

 訊ねると、弱々しい声で翔子は言う。

「まあ、なんとか……」

 鎧ごしなので表情は見えないが、声だけでも疲れているのがわかる。だが、もう少しだけ働いてもらう。

「イッキにいくよ!」

 翔子が敗北寸前まで追い込まれた相手に、キャサリンが一人で勝てるはずがない。協力して、一息に倒すべきだ。

「頭が弱点みたい」

 足を押さえながら立ち上がり、翔子が言う。

「アタマをツブせばいーのね?」

 言いながら、キャサリンは手近な一体の頭を潰す。なるほど、確かにすぐ蒸発を始めた。

 これほどわかりやすい弱点があれば、対処は楽だ。問題は、この数をどうするかだが……。

「トランスファー、リニアモーターガン!」

《Transfer》

 キャサリンの声と脳波を検知して、チョーカーに仕込まれた小型マイクが確認音声を発する。抑揚のない声は、とある女性社員の声をサンプリングしたものらしいが、明らかにエフェクトのかかった響子の声だ。普通は分からないが、響子の様々な声を聞いているキャサリンの耳は誤魔化せない。

 確認音声からコンマ二秒、ヴィディス本体と同じ理屈で、キャサリンの手にリニアモーターガンが現れた。

 リニアモーターガン――リニアモーターカーの原理を、大型の兵器に転用したものだ。本来はヴィディスⅣの武装として開発されたものだが、そのヴィディスⅣが未完成なため、ヴィディスⅢで実験運用することになっていた。

 リニアモーターガンから伸びているケーブルを、ヴィディスの腰コネクタに接続する。この兵器、威力こそ高いが消費電力は莫大だ。そのため、ヴィディスのジェネレーターから有り余る電力を供給されて動いていた。

 一瞬で電力が供給され、砲身に緑色の光が走る。キャサリンはマズルを適当な一体に向け、引き金に指をかけた。

「ファイヤー!」

 火薬を使用していないので 『ファイヤー』 は不適切な気もするが、構わない。掛け声の全ては雰囲気と勢いだ。叫ぶと同時に、キャサリンは引き金を引く。

 砲身内部でコイルのように何重にも円を描くガイドレールに沿って、ゴルフボール大の弾丸が進む。爆発的に加速するそれは、目にも留まらぬ早さでガイドレールを抜けて、ベクターズの頭部に到達、炸裂した。

 いや、違う。あれは炸裂ではない。着弾の際に発生した熱エネルギーで、プラズマ化したのだ。熱エネルギーは弾丸をプラズマ化させるだけでは飽きたらず、ベクターズの頭部さえも蒸発させる。頭の消えたベクターズは勢いで後ろに倒れて、仰向けで蒸発を始めた。

 威力は確かだ。

 キャサリンは、ベクターズの密集地帯に向けてリニアモーターガンを連射した。次々とベクターズの頭部が消滅し、頭部を失った個体が蒸発を始める。

「す、すごい……」

 一体一体手作業でベクターズの頭部を破壊しながら、翔子が感心していた。

 このベクターズ、単体での戦闘力はとても低い。子供に踏み潰されたアリのように、あっさりと死んでいく。

 定期的に増援も現れるようだが、そのペースも徐々に落ちてきていた。

 リニアモーターガンの弾が尽きるのと同時に、最後の一体を倒す。

「私は手こずったのに……本当、すごいね、それ」

 翔子が疲れた声でそう言うが、実際は相性の問題だろう。多対一では、こういった武装を扱えるキャサリン――もといヴィディスに分があるのだ。

 それを裏付けるような存在が、この場に現れる。

「――! 危ない!」

 突然翔子が動き、キャサリンを突き飛ばす。何事かと思えば、キャサリンが居た場所には巨大な虫のような化け物が居た。

 これまでのベクターズと似た形状をしながら、大きさが明らかに――三メートル以上はある――違うそれは、散々倒したアリベクターズの親玉だろう。さしずめ、女王アリといったところか。

 女王アリは特別強いわけではなかった気がするのだが、この個体はやたら強そうに見える。そもそもこの圧倒的な質量は、突進だけでもかなりの威力だろう。

 女王アリのベクターズは、近くに居た翔子に蹴りを加える。自分の二倍近くの身長に蹴り飛ばされた翔子は、疲れもあってか五メートルぐらい後ろの植木まで吹き飛ばされてしまった。

 次に近いのは、キャサリンだ。

 心情的には翔子を助けに行きたいのだが、今はそれどころではない。ここでキャサリンまでやられてしまえば、あのベクターズに対抗できる手段がなくなってしまう。

「ストレージ!」

《Storage》

 弾切れのリニアモーターガンを四次元空間に戻し、身を軽くする。あんな大きなものを持っていては、ロクな回避行動も取れないだろう。

「サー、かかってキナサイ!」

 ゆっくりとした歩みで近づくベクターズに、そう言い放つ。この身長差を考えれば、有効な戦術は限られてくる。翔子を蹴る動きを見たところ、その動きは大振りだ。今回は、その隙を利用する。

 迫るベクターズ。キャサリンは身構える。タイミングは……まだだ。まだ、もう少し近くに――。

 不意に、視界の隅で何かが動く。その方向に注意を向けると、ベクターズの口から何か液体が吐き出されていた。

 さしずめ、毒液だとか強酸だとか、そんなロクでもない代物だろう。生身では避けられないタイミングだが、ヴィディスのスペックならなんとかなる。咄嗟のステップで回避すると、そのタイミングを狙って急接近したベクターズのつま先が迫っていた。

「Oh,shit!」

 まずい。地に足がついていない――仮につけられても、強酸でグズグズになった地面は不安定だ――今、あの蹴りを完全に回避する術がない。キャサリンは予定を変更し、回避の姿勢から防御態勢へ移行する。

 胸の前で腕をクロスさせ、更に直撃コースから外れるべく身を捻った。キャサリンの思惑通り、クロスさせた腕にはつま先の側面が当たる。

 それでもその衝撃は凄まじく、カーボンカーボンの装甲が微妙に歪んでしまった。それも、運悪く肘節部だ。内部の配線を一部貫いていて、右肘から先の人工筋肉が機能していない。

 キャサリンには、特別な力がなかった。翔子のように生身で戦うのは、あまりにリスキーすぎる。

 左腕だけで、対処できるのだろうか。そう考えていると、植木から翔子が這い出してきた。あれだけ派手に蹴り飛ばされたにも関わらず、装甲には傷一つついていない。

 翔子は肩で息をしてから、助走をつけて飛び上がる。飛び上がった勢いのままに、ベクターズの頭部にアッパー気味のパンチをお見舞いした。

 翔子はそのまま着地せず、ベクターズの頭部を踏み台にしてもう一度飛び上がる。地上十メートル近くで、一度静止した。

「これでぇ……」

 言いながら、翔子は空中で右足を突き出し、キックの姿勢を取る。その時、足裏が微妙に尖ったように見えたのは、キャサリンの気のせいだろうか。

「終わり!!」

 重力に任せた、鋭い一撃。

 翔子の右足はベクターズの頭部に刺さり、勢いのままに後頭部までを貫いた。頭部を突き抜けた翔子は、着地の際にバランスを崩したのか少しもたつく。

 女王アリも頭部が弱点だったらしく、前のめりに倒れて蒸発を始めた。

「うわっ……グロい」

 後頭部にポッカリと空いた穴を見て、翔子は言う。貫いたのは翔子自身なのだが……まあ、いい。

「オツカレ。やっぱり、アイショウだったね」

 翔子の肩に手を置き、キャサリンは言った。

「相性?」

 翔子が疑問符を浮かべる。そういえば、相性の話をする前に翔子が蹴り飛ばされてしまったんだった。

「タクサン相手にする時はヴィディスがユーリだけど、ストロングな相手にはショーコの方がイーんだよ。タフだし」

「ああ、そういう」

 なるほどと頷いてから、翔子は融装を解く。便乗して、キャサリンもヴィディスを脱ぐことにした。

「キャーストオーフ」

 脱衣は、装着と同じく単語と脳波の同時検出だ。チョーカーと本体のコネクタが外れて、装甲が四次元空間に格納される。装甲の下に着ていたラバースーツが、再び露わになる。

 このラバースーツはキャサリンがヴィディスを着るために作られたもので、伸縮性が高く通気性も良好だ。特注なので、身長からスリーサイズまで体のラインにピッタリ沿うよう作られており、息苦しさはない。

 問題は、ピッタリであるが故にこの格好で外にでるのは少し恥ずかしいということだ。他人に見られて恥ずかしいどころか自慢できるレベルのスタイルなのだが、公然の場でこのような姿を晒すのには抵抗がある。今この場には翔子と響子しか居ないからいいものの、ここは公園だ。いつ誰が来るかはわからない。もし家族連れで遊びに来た一般人に見られでもしたら、かなり恥ずかしい思いをするだろう。

 それを考えると、同じように体型の浮き出るスーツをいつも着ている翔子は、こう言っては何だが実は変態なのではないかとすら思える。慣れの問題なのだろうか?

 そんな下らないことを考えていると、キャサリンはあることに気づく。翔子がいつものライダースーツではなく、ジャージを着ているのだ。

「アレ? 今日はジャージ?」

 キャサリンが訊ねると、翔子は 「あっ」 と何かを思い出したように言う。

「そういえば、バイトの途中で抜けてきたんだった! 詳しいことはバイト終わったら電話するから、じゃあね!」

 こちらに手を振りながら、翔子は走り去っていった。

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