目の前にリムジンがぁ!!
「急げ!!もう明日走れなくなっても良いから!!もう一生走れなくなっても良いから!!……いや、それは嫌だな~」
って!んな一人ボケツッコミをやってる場合じゃない!!とにもかくにも走れ!
時計を確認すると、現在5時23分。おいぃぃぃい!!ヤベェ!!ここからじゃあ、走力が一時的に覚醒しても間に合わない!
どうする…?このままじゃ…キャベツ一玉10円がっ!卵一パック(10個入り)20円がっ!!
わぁー!!せっかくの出血大サービスが!!僕のお財布大出血に変わってしまう!!
えぇーい!もう知らん!!神よ!!僕に天運を!!
‘キキィィィイイ!!’
「え?」
僕の目の前で一台の車が止まった。
車って言っても、これは…うんアレだ…。リム…?リムジ…?理不尽…?違う違う、リムジンだ!そうリムジン!それが僕の前でピタッと、いや正確にはキキィィイ!っと止まった。
リムジンってアレだぜ!?あの…なんか無駄に長いやつだぜ!?
僕がポカンとしていると、黒光りしたドアの上部にある窓が、ほぼ無音でせり下がっていき、マジックミラーになっていて見えなかった車内が僕の目に飛び込んできた。
タイムサービスのことなどすっかり忘れて、僕はその珍しい車内に目を奪われた。
広い車内、綺麗な床、U字型に折れた座席、そして一人の女性…。ん?女性?
「やぁ少年、どうやら急いでいるようだな?」
その女性は、未だに間抜けな顔だったであろう僕に、そんなことを言ってきて。
「え?はい…」
「じゃあ、私が目的地まで送ろう。」
なにいってんのこの人…。
いつもの僕なら間違いなくそう思うだろう。しかーしっ!今の僕は一味違うぜ!
なんせ僕は今、タイムサービスに向かっているのだから!!
僕は迷わずドアを開けると、リムジンに飛び乗り、運転手がいるっぽい前部に向かって叫んだ。
「『安いYOU!!(やすいヨウ!!)までよろしく!!」
「かしこまりました」
帰ってきたのは、低くも澄んだ、男の声。
僕は気持ちが伝わったことに安心し、一旦そのふかふかな座席に身を埋めた。
「はぁ~…疲れた…」
「そのようだな。既に死地を見たような顔だ」
僕に話しかけてきたのはさっきの女性。
茶色くて長い髪、よく見ると凄まじく整った顔立ち、そして僕と同じ、高校の制服……?
「まぁ、私が来たからにはもう安心だ。お任せだ。どんと来いだ」 その人がそう言ったとき、僕は車がもの凄いスピードで走っているのが分かった。
これなら間に合うっ!
僕はそう思い、再び肩を撫で下ろした。
「あの…ところで、なんでうちの制服を?うちの生徒なんですか?」
「ん?君は私を知らないのか?私はな!何を隠そう桜ヶ咲高校生徒会会長!霜月雪だ!以後お見知りおきを!」
そんなテンションで、座ったまま胸を張る霜月さん…。とりあえず、ユニークな人であることは間違いない。
で、どうやらこの人はうちの生徒会長らしい…。
まぁ確かに…僕は生徒総会とか始業式とか…そういうのは全部寝てるから、知らないのは当然と言えば当然…。って…僕って最低だな…。
「はぁ…なんかすみません、やっぱ知らないです…」
「ん……まぁ良い。今回の件で覚えてくれれば、私はそれで幸せだ!」
元気な人だ…。
って、んなこたぁ今はどうだってよろしおすのよ!時間時間!!
僕がスマホの画面を見ると、時刻はズバリ5時26分。
…ふぅ…一先ず安心だ。このスピードなら、流石に30分には間に合うだろう。
「ありがとうございます、霜月さん。あ、霜月先輩ですね」
「はうっ!!」
「はう?」
いきなり変な声を上げて仰け反る霜月先輩。ちょっと面白い。
「いや、な、なんでもない…。と、ところで、そのお財布のなんとかには何の用なんだ?」
「え、あぁはい。ちょっとタイムサービスがありまして…」
「タイムサービス?」
「ええまぁ。恥ずかしいんですけど、僕ちょっと生活苦でして、節約しないといけないんですよね~…」
そうさ、だからこそ僕は走った。キャベツを!卵を手に入れるために!俺は走ったさ!
で、そこに現れたのが霜月先輩であり、今日をもって霜月の恩人だ。あと、運転手さんもね。
「そ、そうなのか…。大変だな…。私は家柄が裕福なのでそんなことにはならないぞ?」
「………あぁそうですか」
「ん?な、なんだ怒ったのか…?」
「別に…恩人ですしね…それくらいで何とも思いませんって…」
まぁ、正直今の台詞にはムカついた。大変だなって…心配してくれるのかと思ったら…なんか嫌味を言われて終わった…。
でもしょうがないっすよ~!!だって恩人だしね、うん。
「いやっ…その…悪い…!ちょっとその…勢いと言うか…何と言うか……すまん…」
上目遣いで僕を見てくる霜月先輩。正直めちゃくちゃ綺麗だが、そんなの関係ねぇ。はい、オッパッ(ry
まぁ悪気が無かったのは本当みたいだし、何よりこの人のお陰でタイムサービスに行けるんだから、もうさっきの何てどうでもいい。
「だから怒ってませんって、それどころか感謝してますから」
「…そ、そうか?んふふ、なら良かった!よーしっ!!」
右手を思いっ切り上に突き出し、車の天井に拳をぶつける霜月先輩…。あぁリムジンが…リムジンがガンって…。
「痛っ!……あぁ~!擦り剥いた~!!」
「え、本当ですか?ちょっと見せてください」
そう言ってから、霜月先輩の右手を掴んで、ぶつけたところをよく見てみる。
「はうわっ!!」
う~む、確かにちょっと擦り剥いてるな…。これは後から痛いやつだ。
なんかまた変な声が聞こえた気がするけど、まぁ今はこの傷が先決ってことで。
僕は適当にカバンを探り、常備している絆創膏を出す。以前クラスのやつが美術の時間にカッターで手をやっちゃったのを見て、常備することに決めたのだ。
あの時は誰も持ってなかったから、血が出まくって大変だった。
僕は一枚テープを剥がして、丁寧に霜月さんの傷に貼る。思ったより出血が少なく、このままでも大丈夫そうだ。
「はい、多分もう大丈夫ですよ」
「…お、おお!助かったぞ!君はとてもその……優しいな…」
「遅れそうな僕を拾ってくれた先輩ほどじゃないですって」
僕がそう言ったとき、車、せっかくだからリムジンと呼ぼう。リムジンがピタッと止まった。どうやら着いたらしい。
時間はっ!?おぉー!!5時29分27秒!!余裕!!
僕は急いでカバンを持ち、ドアを勢いよく開けてリムジンを飛び出した。
「ありがとうハーメルさん!!ナイス運転!!」
「お礼なら雪様に。ではグッドラックです」
「はい、ありがとうございました椎華先輩!!僕、勝って(買って)きます!」
「お、おう!またな!」
続く