2.契約
痛いコスプレイヤーみたいな男が部屋にいるなう。
全くの他人なのに彼氏面されたなう。
僕はこんな男は好きでは無い。いや、率直に言えば大嫌いだ。
―――気持ち悪い。
頭の中で現状を整理している暇もなく、扉は再度開かれた。
うわ、どうしよう。
「どうした?入れよ」
初対面なのに馴れ馴れし過ぎるだろ…この男。
残念ながら僕は、優しい女の子では無い。
そもそも不法侵入者に怯える必要なんて無いんだから、堂々と追い払おう。
僕は仁王立ちでそいつを睨み付けた。身長はそんなに変わらない。
「…お前は誰だ」
「さぁ?それは貴様が決める事だ」
言っている意味が分からない。とにかく、痛い。
この男、相当の電波か中二病のようだ。
こういうのには出来るだけ関わるなと母に言われていたのに。
「用が無いなら帰れ…」
「無理」
「帰れ」
「嫌だ」
驚くほどの即答だった。
痛い上に頑固だなんて厄介にも程がある。
僕は溜息を一つ吐いて、仕方なしに部屋に入る。
勿論痛い不法侵入者はスルーして、何事も無かったかのように。
こうしていればこいつも飽きて帰るはずだ。
僕の衣服に手を触れようとするなら、大声の一つでも出してやろう。
僕は椅子に座り本を読み始める。最近読み始めた、ファンタジー小説。
魔族に襲われている村を助けるべく、少年が立ち上がると言う内容だ。
王道と言えば王道だが、なかなか面白い。
まぁ、面白いと言うだけで憧れも信じもしないのだが。
男は、僕の方をしばらく見ていた。
見られながら読書をするのも落ち着かず、嫌悪感さえも感じた。
そこで男が口を開く。
「その本、面白いか?」
「………」
当然、僕は無視をした。
「なぁ」
「………」
「悪魔に興味、あるか?」
きっと本の表紙を見たんだろう。確かにそこには、悪魔が描かれていた。
男が付けているツノと羽は、悪魔のものになんとなく似ていた。
しかし、本の悪魔とはまるで迫力が違う。
尖った耳の方まで裂けた口、ぎょろりとした目。
醜い悪魔の絵に比べると、目の前の奴は人間だし…あれ?
(耳が変な形…)
普通の人とは違った形だった。
が、それだけの話。
顔はと言うと、悔しいが中の上くらいかそれ以上の美形かも知れない。
「悪魔、信じるか?」
もう一度声を掛けられた。
気が付けば、男は先程よりも僕の近くに来ていた。
僕を見つめる瞳は灰色で、少し濁っているようにも見えた。
「…僕は、そんな子供騙しは信じない」
本をぱたん、と閉じる。
僕はつい受け答えをしてしまった。
「ほう?我は…悪魔だ」
イタタタタタ。
ついに言ったぞこいつ。痛い。
僕はあからさまに引いた顔をして見せた。
「だから何だ」
「貴様と契約をしに来たのだ」
「…は?」
男は跪いて言った。冗談の割には顔が真面目だ。
…違う。自分が悪魔だとか信じきっているからこんな表情なんだ。
僕は男を馬鹿にするように、ツノを握り引っ張った。
「正気になれ。これも飾り物なんだろう?」
「い…ッ、痛あああッ!」
ツノが取れる事は無かった。
同時に、男の頭も引っ張られている。
本気で痛がっている様子の男。
「…なるほど、よく出来ているな。その芝居も」
「次引っ張ったら呪い殺すぞ、貴様…」
はいはい、と軽く流した。
僕はいつまでもこんな茶番に付き合うつもりは無い。
「で?何だ、契約?」
「そうだ。我と契約を結べば、貴様に力を授けよう」
「ふぅん…それを結んだら帰ってくれるな?」
「今日のところはな」
「いや、もう来るな気色悪い」
どうやら、契約とやらを結べば僕は自由になるらしい。
早く風呂に入って寝たい。疲れた。
その気持ちから、僕は契約を結ぶ羽目になった。
(新手の詐欺だったらどうしよう…)
とは言っても、書類にサインをする訳でもなく、判子を押す訳でも無かった。
「我と契約を結んでくれるか?」
「あぁ、もういいぞそれで」
「はいかいいえで答えろ」
「…はいはい」
これだけだ。これだけ、だったのに。
僕が答えた途端に、僕の体は黄金の光に包まれた。
どこかで見た気がする…あぁそうだ、変身ヒロインの変身シーンの。
全く、よく出来た演出だ。是非種明かしをしてもらいたい。
そして、光は消えた。
僕の衣装がフリフリになってたりはしていなかった。
全く変わっていないようにも見えるが…
「契約完了だ」
男は口角を上げてニヤリと笑んだ。
そして、僕の左手首を指差す。
そこには、小さく灰色の紋章が刻まれていた。
いかにも中二病っぽい。これで僕も奴の仲間入りなのか…
きっとタトゥーシールか何かだろう、男が帰ったらはがそう。
男は満足そうに何度も頷く。僕は冷たい目線を送っていたが、気づいただろうか。
「これで良いだろう?ほら帰れ」
「分かった分かった…それでは我は一度帰ろう」
意外にも素直に帰るらしい。
これで一安心だ、明日は鍵を固めれば良いだけのこと。
男は、窓から飛び降りたりはせずに玄関から出て行った。
やっぱり羽は飾りだったらしい。あんなに言い張るなら飛んで帰れば良かったのに。
「精神的にも疲れたな…」
僕は風呂場に向かった。脱衣所で服を脱いで、すぐに風呂に入る。
冷え切った体にじんわりと温かい。
タトゥーシールは湯船に浸かって体を洗えば落ちるだろう。
だが、どんなに頑張ってもそれが落ちることは無かった。
そのうち落ちると諦めた僕は、風呂を軽く済ませて寝る支度を始める。
受験前なのに…(
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