1.痛い
「寒っ…マフラーでもしてくるべきだったな…」
高校一年生の僕は、一人で自転車を漕いでいた。
学校が終わり、帰宅する途中。季節は秋から冬へ移ろうとしていて、冷たい風が吹く。
その風に乗って、甘い香りが漂ってきた。視線を其方に向ければ、たいやきと書かれた看板が見える。
なるほど、最近出来たたいやき屋とは此処のことか。
思わず店の前で自転車を止めた僕は、自転車から降りてそこに向かう。
いつもなら通りすがるような店だが、今日は何故か機嫌がいい。
店員は三十過ぎのオッサンで、フレンドリーな印象。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん!」
「…どうも。今日は冷えるな」
「そうだねぇ。ウチのたいやきは美味しくて、食えば心もほっかほか!」
「…ほう」
「何だい?俺みてぇなオッサンより、若いイケメン店員のが良かったってか!」
「…は?」
「がっはっはっは!でも俺も負けてねぇぜ?そういえばこの前ウチの娘が―――」
出た。オッサンのマシンガントーク。このノリに僕は、どう対応すればいいのだろうか。
話を適当に聞き流していると、後ろから肩を叩かれた。
「碧、何してるの?」
振り向くと、銀色の髪をサイドテールにしている少女が立っていた。
彼女は僕の幼馴染の白神魅桜。
「たまにはたいやきでも、と思ってな」
不思議そうに僕とオッサンを交互に見ている魅桜に、僕はそっけなく答える。
「へぇ。アタシも買おうかな」
「おう、お嬢ちゃん!いいねぇ、お友達かい?」
ここでオッサンも魅桜に気づいたらしく、魅桜を見てウィンクした。
茶目っ気があるのか、ナルシストなのか。
さて、たいやきの中身のメニューはと言うと、定番のあんこ、クリーム、抹茶、チョコレートなどなど。
豊富なメニューと睨めっこした挙句、僕はあんこに決めた。
「あんなに迷ってたのに結局それ?」
「変わったのを食べて失敗したら嫌だからな…」
「そっか。じゃ、アタシはクリームかな」
注文してからすぐにたいやきは差し出され、お代を払ってそれを受け取る。
「はいよっ、また宜しくな!」
オッサンはもう一度ウィンクをした。かっこいいとでも思っているのだろうか。
寒い日にはやはり温かい物が一番だ。ふわふわの生地に、たっぷりのあんこ。
僕でも満足できる一品だった。隣を見れば、これまた幸せそうにたいやきを頬張る魅桜の姿。
「美味しいじゃん、此処のたいやき」
「なかなかだな…うん」
「おじさんも面白かったし」
「面白い…のか」
気が付けばもう太陽は沈み、辺りは暗くなっていた。先程よりも寒さは増したかもしれない。
僕達はたいやきを食べ終えて、再び自転車に乗り、帰路につく。
途中まで一緒に帰っていたが、十字路にて魅桜と別れた。
後は全速力で自転車を漕ぐのみだ。
「ただいま…」
数分後、自宅に辿り着いた。体感時間は長かった。
向かい風は容赦なく吹くし、僕は白シャツに赤いリボン、灰色セーター、黒いスカートの制服姿。
…寒いに決まっている。
とりあえず帰ってきたことを知らせるため、声を掛けたけれど返事はない。
それもそうだ、僕は一人っ子だし両親は仕事だから。
少し寂しい気もするが、二階にある自室に向かった。
〔へきるのへや〕と書かれたプレートが付いている扉を開けると、そこには―――
「やっと帰ってきたか。遅ェよ」
ツノと羽みたいなものを付けた、痛い不法侵入者がいた。
見るからに怪しい。
怪し過ぎる。
僕は咄嗟に扉を閉めて、携帯電話を取り出した。
通報するまでにそれほど時間は掛からないはずだ、が。
ツー…ツー…
虚しく音が繰り返されるだけで、応答の声は無い。
代わりに、部屋の中から愉しげな笑い声が聞こえてきた。
この時から、僕の人生は狂い始めた。
受験前なのに…(
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