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第九話 贈り物

 薄っすらとジャズが鳴り響く喫茶店。

 四人掛けのボックス席に三人の男女が座っていた。


「それにしても、なんであんなところで抱き合ってたんです?」


 紗耶香はもっともな質問をした。


「ユウちゃんが『お姉ちゃんがお嫁さんに行っちゃうかも』って悲しくなっちゃったんだよね?」


 愛はユウトにやさしく微笑みかける。


「そんなんじゃないから……」


 ユウトはどこか不貞腐れた様子で答える。


「うそばっかり。お姉ちゃんユウちゃんの考える事は全部わかるんですからね」


 したり顔で話す愛。

 ユウトはこのままでは分が悪いと思い、話を変える。


「それより姉さん、そちらの方は?」


「……」


 愛は答えない。


「あ、私は……」


「サヤちゃん!」


 紗耶香が何かを言おうとしたが愛が遮る。


「どうしたんだよ、姉さん」


「……姉さんなんて人知りません」


「……愛ちゃん」


「なにかしらユウちゃん」


 愛は最高の笑顔を浮かべた。

 

「フフフ……」


 紗耶香はそんな二人のやり取りをみて、堪え切れず笑いだす。


「ほら、笑われちゃったじゃないか」


 ユウトといえど年上の美人の前で姉を『愛ちゃん』と呼ぶのは恥ずかしかった。


「ごめんなさい、でも違うのよ。聞いてた通りの素晴らしい関係で思わず微笑ましくなっちゃって」


 紗耶香はひとしきり笑い終えると、ユウトの方を向く。


「それでは、改めましてこんにちは。本庄 紗耶香です、よろしく」


 その凛々しい表情に圧倒されながらもユウトは答える。


「あ、雪村(ゆきむら) ユウトです。こちらこそよろしくお願いします」


「お姉ちゃんは雪村 愛です。ユウちゃんのお姉ちゃんをしています。よろしくね」


「……知ってるから」


「ユウちゃんはお姉ちゃんだけ仲間外れにするのかな?」


「はいはい、よろしくよろしく」


 適当に相槌を返すユウト。


「それで、一体なんの話なの?」


「あれ、話してなかったんですか?」

 

 二人は一斉に愛の方を見る。


「うん、内緒にしてた方が面白いかなって」

 

 屈託のない顔で少女のように笑う愛。

 それを見てユウトは愛が紗耶香と本当に仲がいいんだろうなと思った。

 愛は基本的に外面はよく、他人の前では優等生そのものである。

 本当は茶目っ気溢れた性格をしているのだが、よっぽど親しい人でなければここまで素を晒さない。


「実はねユウちゃん、ここにいるサヤちゃんはなんと! ユウちゃんのお嫁さんになる人です」


「ええええええええええええええ!!!」


 声を上げて驚いたのは紗耶香だった。


「どういうことですか! 先輩!?」


「ほら、サヤちゃんがお見合いするって言った時、私のせいで取りやめになっちゃたんでしょ? かわりに紹介しなきゃと思って」


「いえ! 違うのです。先輩のせいなんてとんでもない。もともと望んでいないお見合いでしたし、むしろ先輩のおかげでようやく私は自分の人生を歩めるようになれたというか……」


「そう? でもよかったじゃない。ほらサヤちゃん言ってたでしょ、お見合い相手の写真がイヤラシイ目をしていてどうも受け付けられないって。その点、ユウちゃんなら大丈夫。ほら可愛い目してるでしょ?」


 そういって愛はユウトの両肩を掴むと紗耶香の前に突き出す。


「う…… 確かに可愛いですけど……」


 愛と同じく女子校出身のため異性との接触に慣れていない紗耶香は、思わず近づいたユウトの顔に鼓動が速くなる。


「でしょ! 私の自慢の弟なんだから! サヤちゃんだってイヤラシイ目をしたおじさんなんかより、ユウちゃんと結婚した方が絶対に幸せになれるわ」


 愛の剣幕に押されながら紗耶香は考えていた。

 確かに自分は好きでもない、よくわからない男と結婚するところだった。

 それに比べたら、愛の弟であるユウトはマシだろう。

 いや、あの尊敬すべき先輩の弟なのだ。

 決して悪いわけがない。

 ──それに、先輩がこんなに勧めてくれるんだ。

 今までも、愛のアドバイスに従って後悔した事は一度もなかった。


 そう思うと途端にこの提案が素晴らしいように思えてきた。


「あ、あの……よろ──」


 よろしくお願いします、紗耶香がそう言おうとした時だ。


「もー愛ちゃんいい加減にしてよ」


 ユウトはため息交じりにつぶやいた。


「え、何が?」


 笑顔のまま答える愛。


「で、本当の目的はなんなの?」


「つれないんだから、ユウちゃんは」


「愛ちゃんの冗談くらいすぐわかるよ。一体、何年一緒に暮らしてると思ってんのさ」


 呆然とするのは紗耶香だった。

 ……冗談?

 よくよく考えればわかることだった。

 たしか紗耶香が呼ばれた理由は『アルカディア』だったはず。

 何故、結婚の話を本気だと思ってしまったのだろうか。

 それに、ユウトが遮らなければ自分は何を言おうとしたのだろう……。

 思い出すと、顔が真っ赤になる紗耶香だった。


「あれ? サヤちゃん本気にしちゃった?」

 

 紗耶香の様子を目ざとく見つけた愛。

 フフ―といたずらが成功したような目で見る。


「本当にサヤちゃんだったら、ユウちゃんまかせちゃってもいいかもね」


 今度は冗談っぽく紗耶香をからかうのだった。

 

「おほん、私がここにいる理由は『アルカディア』の事なんだ」


 わざとらしく咳払いをしながら紗耶香はユウトを見る。

 このまま愛のペースに巻き込まれてはいけないとの判断からだ。


「……『アルカディア』ですか?」


 まさかこんな場所で聞くとは思わなかった単語に不意を突かれる。


「うむ、ユウト君も『アルカディア』を始めたんだろう?」


 ユウトが『アルカディア』を始めたのは大分前である。

 しかし紗耶香が意図しているのは”冒険者”としてであろう。


「あ、はい」


「実は私もここ数年やっているのでな、先輩から頼まれてなにかアドバイスできるのではと思ってやってきたのだよ」


 愛の方を見るとニコニコしていた。

 どうやら口をはさむ気はないようだ。


「アドバイスですか……」


 ユウトは考え込む。

 しかしあまりの急展開にとっさに何も思い浮かばなかった。


「そうだ、これを渡しておこう」


 そういって紗耶香はユウトに一枚の名刺を手渡す。


白百合会(しらゆりかい) 本庄(ほんじょう) 紗耶香(さやか)


「白百合会ですか?」


「そう、白百合会。私達は攻略グループと呼んでいる。ゲーム的にいえばクランといえばわかりやすいだろうか」


「はい、わかります」


 そういったグループが数多く存在する事はユウトも知っていた。


「ところで『理想郷の歩き方』という雑誌を知っているか?」


 『理想郷の歩き方』──VRMMO『アルカディア』の特集を中心にすえた月刊誌。数ある『アルカディア』を取り扱う中で主に若い女性を中心に読まれている。


「コンビニで立ち読みするくらいには……」


「じつは白百合会が多くの情報を提供しているんだ。私も一度ではあるがコラムを書かせてもらったことがある」


「へーそれはすごいですね」


 ユウトは全国のコンビニに並ぶ雑誌に目の前の女性が関わっている事を知って有名人に会った気分になった。


「だから遠慮なく何でも聞きなさい」


 純粋に関心するユウトに気を良くした紗耶香はそういって胸を張る。

 とはいっても困ったのはユウトだった。

 確かにユウトは駆け出しであるため聞きたいことはたくさんあるはずだ。

 でも前もって用意していたならまだしも、急に聞かれたため何を聞いたらいいのかわからなかった。


「ふむ、ユウト君の活動拠点は”トリーア”かな?」


 初心者が最初に選ぶ拠点として最も多いだろう都市の名前をあげる。


「はい、”トリーア”の”ビスケの森”でだいたい活動してますね」


「森? そうか…… よし分かった。今度、君に同行してみよう。そうしたらなんかアドバイスできるかもしれない」


「わざわざそんな悪いですよ」


「気にする事はない。最近は会の活動も余裕が出来てきてな、それに先輩の弟のためだ。是非手伝わせてほしい」


 考え込むユウトに、今まで黙っていた愛が話しだす。


「ユウちゃん、サヤちゃんにお願いしたら? サヤちゃんはこう見えて結構頼りになるんだから」


 愛の褒め言葉に照れる紗耶香。


「わかりました。それではお願いします、本庄さん」


 頭を下げるユウト。


「紗耶香でいい。ああ別に”サヤちゃん”で構わんぞ”ユウちゃん”」


 紗耶香がいたずらな笑顔を浮かべると


「ユウちゃんは勘弁してください…… 紗耶香さん」


 ユウトは困った笑顔で返した。


「よし、ではいつにしようか」


「僕は別にいつでも構いませんよ、だいたい毎日行ってますから」


「毎日? むー……、君にはいろいろ教える事がありそうだ。さっそく明日で構わないだろうか?」


「ええ、平気です」


 お互いに視線を交わし合うと、そこに愛が割り込む。


「あらあら、いつのまにか仲良くなっちゃって。やっぱり結婚するの?」


「しません!!!」


 先程の事を思い出し、また真っ赤になる紗耶香。

 

 ──見た目は凛々しい感じの女性(ひと)なのにずいぶん可愛らしいとこがあるんだな

 ユウトは紗耶香の様子を見てそう思ったのだ。


「それじゃお話も終わった事だし、ご飯にでも行きましょうか」


 愛がそう言って手をパンと叩き立ち上がると


「はい、是非に」


 と紗耶香は立ち上がる。

 

 だがユウトは、


「僕は帰るよ。愛ちゃんは久しぶりに紗耶香さんと会ったんだろ? 積もる話もあるだろうし二人で行ってきなよ」


 と促す。


「えーユウちゃん帰っちゃうの? 一緒に行きましょうよ」


「僕とはいつでも一緒にいられるじゃないか。それにちょっと買いたいものもあるんだ」


 そう言って喫茶店を出た後二人と分かれたのだった。






「気を利かせちゃったのでしょうか…… いい弟さんですね」


「そうでしょ! やっぱりサヤちゃんならわかってもらえると思ったわ。なんたってユウちゃんの命の恩人さんだものね。そうだユウちゃんにも教えてあげないと」


「いやいや、よして下さい。そんな大したものじゃないですから」


 命の恩人とは愛が早退するのを結果的に手伝ったときの事である。


「そうかしら?」


 不思議そうな顔をする愛。


「それはそうとサヤちゃん、さっきはほんとにユウチャンのお嫁さんになってもいいかなって考えてたでしょ? ユウちゃんは簡単には渡しませんからね」


 顔は笑っているが目が笑ってなかった。


「違いますよ! それは先輩の弟さんですし、ちょっとはそんな人生もあるのかな、なんて考えましたけどいきなり結婚なんてありえません。先輩にはお話したじゃないですか。普通に恋愛して、普通に結婚するのが夢なんですから。」


「そう? でもねユウちゃんはきっとサヤちゃんのこと好きになると思う。それでサヤちゃんもユウちゃんのことが好きになったら…… そしたら…… サヤちゃんにだったらユウちゃんのことまかせてもいいかもって思えるかもしれないわ。その時はよろしくね?」


 今度は目の奥から微笑んでいる優しい笑顔だった。


「そんな…… ユウト君が私の事を好きになるなんてありえませんよ」


「ううん、分かるの。だってユウちゃんもサヤちゃんも私の大好きな優しい子達だもん。きっとお互いに好きになれるはずよ」


 それを聞いた紗耶香は熱いものが込み上げてくる。


「先輩…… 私も先輩の事ずっとお姉さんのように大好きで──」


「お義姉さんはまだ早いわ」


「違います!!」


 二人は久々の再会を心のゆくまで楽しんだ。

 





「ただいまー」


 愛が扉を開けて家に入る。


「お帰り、早かったね。夕飯は食べてこなくてよかったの?」


 中からユウトが玄関まで出迎える。


「ええ、ユウちゃんが気を利かせてくれたおかげで十分楽しめたわ」


「そっか、それならいいんだけど」


 照れくさそうに笑うユウト。


「お腹すいたでしょ? すぐご飯作っちゃうからね」


 そういうと愛はすぐに着替え始め、台所へと向かう。






「愛ちゃん、これ」


 料理を始めようとした愛にユウトは紙袋を手渡す。


「なにかしら?」


 愛が紙袋をあけると、中にはワンピースが入っていた。

 薄いピンクのチュニックワンピースである。

 ユウトは二人と分かれた後、店に寄りワンピースを買っていたのだ。


「……これ、私に?」


「そのさ…… 普通は初給料で家族にプレゼント贈るもんだろ? でも僕そういうのないから。だから一カ月経ったし、なんとなくね」


「ユウちゃん!」


 愛はユウトを抱きしめると顔中にキスをする。


「うわあ、ちょっとやめてよ愛ちゃん!」


「もう、ユウちゃんは可愛いんだから」


 そう言いながらも愛はユウトを離す事はなかった。

 愛が飽きるまでユウトを堪能すると、


「大事にするね、ありがとう」


 最後にそう言って、やっと解放されたのだった。






 本日の収支


・支出 15000円(約150ゴールド)

・収入     0円


 計 -15000円(約-150ゴールド)


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