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第七話 絆

 春から初夏へと移り変わる季節、陽気な気温に誘われてか街は人であふれてかえっている。


「平日なのにすごい人だな……」


 声を出した青年の名前はユウト。

 最近は朝から晩まで『アルカディア』に入り浸っていたので人の多さに息苦しさを感じていた。


「……ユウちゃん? 今日は祝日だよ」


 隣りを歩く姉である愛が答える。

 

「…………知ってたけどさ」


 愛は強がるユウトを微笑ましく思いながらその腕を両手に抱え胸に引きつける。

 ユウトとしては、もういい年なので腕を組むのはやめて欲しかった。

 しかし、以前ユウトが抗議した際に『欧米では家族が腕を組むのは普通よ。それともユウちゃんは、もうお姉ちゃんと家族じゃなくなっちゃたのかな?』と悲しそうな目で見つめられてしまったため、甘んじて受け入れざるをえなかった。


 大きなデパートから、数多くのセレクトショップまで所狭しと立ち並ぶその街は日本有数の繁華街である。

 もしその気になれば、一日中だって店を回ることも可能なのだ。

 それを思うとうんざりするユウトの気持ちを知ってか知らずか、愛はその腕を抱えたまま颯爽と街に繰り出していく。


「ユウちゃん、ここ入ろ」


「ん、ああ」


 もちろんユウトに拒否権はない。

 愛の選んだのは一軒のセレクトショップ。

 日本では知名度の少ない海外ブランドを扱った女性向け服飾店である。

 当然ながら店内も従業員含め若い女性ばかりであった。

 居心地の悪さを感じるユウトであったが、カップルで訪れている客の中に男の姿を見つけホッとする。


「どっちがいいかしら?」


 薄いピンクのチュニックワンピースと黒と白のストライプカットソーを手に愛が尋ねる。

 どっちでもいいんじゃないかとは思ったが適当な事を言うと愛の機嫌が悪くなるのは明らかである。


「ワンピースのフリルがワンポイントでいい感じだよね」


「そうかしら? んーでもちょっと若い子向けなのかなー」


 何がどうワンポイントなのかわからないが、それらしい事をいうユウトの答えに満足したようだ。

 

「そんなことないですよ。そちらのワンピースは二十代から三十代の方まで大変人気になってます」


 目ざとく二人を見つけた二十代前半であろう若い女の店員が寄ってくる。


「彼氏さんの言うとおりお客様にとっても良く似合うと──」


 ユウトは姉が店員と話し始めるのを見るとさりげなくその場から離れた。

 こうなると長くなる事が分かっていたからだ。

 ちなみに『彼氏うんぬん』はいつもの事なのでいちいち弟だという事を説明はしない。






「お待たせ」


 愛はユウトがいつの間にかその場から離れてるのはいつもの事なので咎めるような事はしなかった。


「買わなくていいの?」


 わかりきってはいるが一応聞く。


「ユウちゃんの選んでくれたワンピース良かったんだけど他のお店も回ってからじゃないとね」


「そっか」


 ──別に選んだわけじゃないんだけどな……

 わざわざそんな事を行って機嫌を損ねる事もない。


 愛は適当に相槌を打つユウトの腕を再び捕まえて次の店へと急ぐのであった。




 


 太陽が頭上へと昇り、時刻が正午も回る頃、


「ええ、わかったわ。うん…… うん…… そうね…… そうしてくれるかしら……」


 愛が携帯電話で使っている横でじっと待つユウト。

 幾つかの店舗を回ったものの、いつものパターンなら半分も消化していないはずだ。


「ユウちゃん、ごめんね」


 電話を終えた愛がユウトに謝ってくる。


「いいよ別に、それで次はどの店行くの?」


「ううん…… 買い物はもういいの」


「え、もう帰るの?」


 ユウトの経験上、朝から出かけた買い物が半日で終わる事なんて滅多になかったので不思議に思う。


「……今日はね、本当は買い物が目的じゃないの。お姉ちゃんね、ユウちゃんに会って欲しい人がいるの」


 『ユウちゃんに会って欲しい人がいるの』

 その言葉はユウトの耳を通り頭の中を駆け巡る。

 

 会って欲しい人がいる?

 ──誰と?

 もちろんそれは愛の知り合いである。

 会って欲しい”人”というのなら、ユウトの知らない人物である可能性が高い。

 もし仮にユウトが知っている人物なら名前を挙げるだろう。


 わざわざ場を作ってまで、姉が家族であるユウトと会わせたい人物は誰だろうか。

 ユウトにとっても重要な人物に違いない。

 いや、重要に()()人物かもしれない。

 

 ユウトは頭が真っ白になり、息苦しさと胸を締め付ける嫌な感覚に襲われた。

 姉に()()()()()存在はいなかったはずだった。

 愛の容姿は弟の目か見ても整っているし、性格だって悪くない。

 だけど、高校・大学と女子校に進み、そういった話は一切聞かなかった。


 もしかしてユウトに話さなかっただけでは?

 聞いてない事でもなんでも報告したがる姉に隠し事があるなんて考えられなかった、いや考えたくもなかった。

 子供の頃からユウトを可愛がり、いつでもそばにいてくれた姉がいなくなる。

 そんな想像をしただけで、ユウトは足元が(おぼ)つかなくなってしまうのであった。


 ただ──姉が幸せになる事を喜んでやれない弟でいいのだろうか。

 両親がいなくなってからというものユウトの世話を文句の一つも言わずにしてきた姉は幸せになる権利は誰よりもあるはずだ。

 ユウトは必死に笑おうとした。

 笑おうとして──

 無理だった。


 そんなユウトの様子を見た愛は慌てて気付いた。

 ユウトがとんでもない勘違いをしていると。


「ユウちゃん違うの! 会って欲しい人は後輩の女の子なの!」


「お……んなの……こ?」


「そう、お姉ちゃんの高校時代の一つ下の後輩」


「そうなんだ……」


 ユウトはホっとすると同時に恥ずかしくなってしまった。

 自分の考えていた事をすべて愛に見透かされていた気がして。


「ごめんね、驚かせちゃって。お姉ちゃんがお嫁さんに行くと思っちゃった?」


「別に…… そんなんじゃないよ」


 顔をそらすユウト。

 愛はそんなユウトを見つめると大きく息を吸い込んで一気に吐き出す。


「あのね、お姉ちゃんていうのは弟にとっての母親なの。それでいて教師であって、よき友人でもあり、最愛の恋人であって、最高の娼婦であるのが良い姉なのよ」


「うん、明らかに最後おかしいよね!?」


 ユウトの言葉は無視する愛。


「お姉ちゃんはね、絶対にユウトを一人になんかさせないから安心しなさい」


 そういってユウトをそっとやさしく抱きしめた。

 一人になんかさせない──それが両親のことを意味している事はユウトにもわかった。

 だからこそユウトは愛を振りほどこうとはせずに、なすがまま受け入れる。






「どうも先輩、お待たせしま……って、何で街中で抱き合っちゃってるんですか!?」


 その場に現れた女が驚くのも無理がなかった。

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