第六話 感知
魔法屋『ショップ銀盤』
冒険者ギルドが直営する、スキルをはじめとした様々な冒険に役立つアイテムを販売してくれる。
ユウトが狩りの効率を上げるために選んだ手段はスキルの購入だった。
朝一で魔法屋を訪れたユウトはあるスキルを購入する。
スキル『感知能力』。
身体系に属するそのスキルは、レベルが上がると主に音、匂い等に敏感になり気配を察知しやすくなる。
より多くのボーンラビットを狩るにはどうしたらいいか?
ユウトの出した結論は簡単だった。
より多くのボーンラビットを見つければいい。
そのために必要と考えたのがスキル『感知能力』だった。
ユウトは魔法屋でスキルを購入する。
その価格1000ゴールド。
決して安い買い物ではないが先行投資として受け入れる。
スキルスクロールと言われる巻物状の紙を開くと薄い光りに包まれる。
ユウトはプレイヤーカードを確かめると、
・刀剣 LV14
・感知能力 LV 0
しっかりとスキルが増えていた。
次にユウトは雑貨屋『トリーア道具店』へと向かう。
この雑貨屋もギルド直営だ。
売っている品は、定番の回復役から、安価の装備品まで幅広く備えてある。
ユウトは先ず匂い袋を購入した。
その有用性は身にしみて感じたので三つほど購入する。
さらに”ビスケの森”の地図を購入する。
ユウトがより多くのボーンラビットを見つけるための手段その二である。
感知能力を併用することで、行動範囲そのものを広げる狙いである。
匂い袋は一つ50ゴールドの三つで150ゴールド。
地図は500ゴールドした。
少し高めであるが、地図はただの地図ではなく、薬草の元になる素材の採取ポイントや鉱石の発掘ポイントが表示されるマジックアイテムだからだ。
いつものように森へ入る。
地図を購入したが、まずは通常の巡回ルートを進む。
いた。
ボーンラビットだ。
ユウトは手慣れた様子で近づくと一撃で仕留める。
ボーンラビットを狩ること自体は難しい事ではない。
初心者でも容易に倒す事のできるモンスターだし、ユウトも苦労なく倒してきた。
しかし、このボーンラビットを見つける事がなかなか難しい。
生息数はかなり多いのだが、広大な森全域に分布しているため一時間に一匹見つければいい方なのだ。
いつものように森を巡回する。
二匹目を狩り終えた時、ふと思う。
──違う、そうじゃないだろ。
これじゃ、完全に先月までと同じだ。
何のためにスキルを買ったのかわからない。
ユウトはプレイヤーカードでスキルを確認する。
・刀剣 LV14
・感知能力 LV 0
スキルはレベルが”0”だと意味がない。
レベルとは”魂”の成長度合いなので”0”とは全く成長していない事を意味する。
ユウトは考える。
刀剣はモンスターを倒す事によって成長した。
では、感知能力はどうすれば成長するのだろうか。
刀剣スキル同様にモンスターを倒していれば上がるだろうか?
いや──ユウトは首を振る。
スキルというのは、使用する事によって成長するのだ。
例えば鍛冶スキルならば、武器などを生産、修繕することによって成長する。
ならば感知能力は感知することによって成長するのではないか。
ユウトはさっそく試してみることにした。
もちろん感知対象はボーンラビット。
両手を天に向けて掲げ、空を掴み取る。
──さあ、こい!
…………
何も起こらなかった。
刀剣スキルの場合はスキルを持っていると正しい構えだったり、どう剣を振るえばいいのかがなんとなくわかった。
スキルに従うのは矯正具を付けているような窮屈さを感じたが、実際に慣れると剣の素人であるユウトもそれなりのものだった。
では、感知能力スキルはどうであろうか。
感知能力とは五感を強化するものに他ならない。
ユウトはとりあえず目をつぶって耳を澄ませてみた。
今ひとつ実感がわかない。
今度は思い切って地面に寝転がり耳を地面に付けてみる。
風が木々を揺らす音が聞こえる。
それと同時に濃い緑のにおいが鼻を満たす。
ユウトは大きく呼吸をすると、思い切って立ち上がった。
そして再び目を閉じ耳を澄ませてみる。
コツは自分と森が同一になるようなイメージを持つ事。
するとどうだろう、今度は先ほどより、多くの音が集まってくる。
なんとなくコツを身に付けたユウトは、周りの気配を探るよう森の巡回を再開した。
──この辺りは……
ユウトは立ち止まると手元に地図を広げ現在地を確認する。
地図は特殊な効果で今どこにいるか表示される機能があるのだ。
ユウトが立ち止まった場所は薬草の群生地だった。
もっとも薬草そのものが生えているわけではない。
薬草の素材となるセージが生えているのだ。
ユウトは足元を見つめ、草に手を伸ばす。
何度かその動作を繰り返すのだが、ため息を吐くとその場から立ち去った。
セージと雑草の区別がつかなかったからだ。
元々野草に対する詳しい知識を持っているか、あるいはスキル”採取”でもあればよかったのだが、ユウトはそのどちらも持ち合わせていなかった。
『ビスケの森』──ウサギ、イノシシ、シカ、クマ等の野生動物タイプのモンスターが数多く存在する。
街から比較的浅い部分にはクマタイプの強力なモンスターであるマッドベアは出没しないため駆け出し冒険者の狩り場として人気である。
ただ、森の奥深くに行かなければ命の危険がないわけではない。
夜の森はその危険度を大きく増す。
視界が悪くなる事はもちろん、夜行性のモンスターが活性化するのだ。
そのため、太陽が沈む前にユウトは狩りを切り上げる。
今日の成果はボーンラビット六匹。
当然ながら不満の残る結果である。
ただでさえ、いつもより少なめなのだが今回は満を持してスキルと地図を購入した上での結果である。
──感知能力スキルで上手くいくと思ったんだけどな。
落胆した表情でプレイヤーカードを見る。
・刀剣 LV14
・感知能力 LV 1
感知能力のレベルが一つ上がっていた。
まだ結論を出すのは早い。
スキルが上がればいずれ結果も付いてくるはずである。
将来のための先行投資。
一日や二日の結果に一喜一憂すべきではない。
気を取り直したユウトは手にした獲物を売却しに街へ戻った。
今日の収支
・支出 1650ゴールド
・収入 62ゴールド
計 -1588ゴールド
「ユウちゃん、明日はどうするの?」
夕食のことである。
姉である愛がユウトに話しかけていた。
「明日って? 別にいつもと変わらないけど……」
ユウトは食卓に並ぶ料理を食べながら答える。
料理はサバの味噌煮。
厚みのある身の部分にたっぷりと煮汁が染み込んだ極上の逸品である。
さらに新鮮な青ネギのシャキシャキとした食感と土ショウガのピリリとした味覚が絶妙なハーモニーを醸し出す。
「お姉ちゃん明日お休みなの」
「へーそうなんだ」
料理に夢中で適当に相槌するユウト。
「それで明日お買い物に行こうと思うんだけど……」
「いいんじゃない? 行ってきなよ」
目を合わせることなく返答するユウト。
手に持っているのは味噌汁。
オーソドックスなエノキと豆腐の味噌汁。
しかし隠し味に入れられたユズコショウが一気に味噌の濃厚さを際立てる。
「うん…… それでユウちゃんについてきてほしいの」
この時、初めてユウトは手を止め愛を見つめる。
「んーでもなあ、明日もちょっと頑張りたいんだよね」
ユウトとしてはこれからどんどん稼いでいこうと思った矢先である。
あまり気が進まない。
「でもユウちゃんずっとお休みなしでしょ? そういうのよくないと思うな」
愛はそう簡単にゆずらない。
「んーでも……」
ユウトは愛の買い物に何度も付き合った事がある。
そのたびに後悔してきたのだ。
愛は買い物をする時、すぐに物を買う事は一切しない。
行く予定の全ての店を回ってから、品物を見定めて購入に踏み切るのだ。
まれに一日中店を回ってから何も買わない事だってある。
ユウトは何も買わないのなら無駄足だと思うのだが、愛からすると『いろんな品物を見れて楽しかったでしょ?』ということだ。
両者の価値観が一致する事はないだろう。
「だめ?」
そういうと愛はユウトを見上げるように懇願してきた。
保護欲を引き立てる様な上目遣いはわざとやっているんじゃないかと疑うほどだ。
「わかったよ」
「きゃっ、ユウちゃんやさしい。大好き!」
結局のところ毎回ユウトは姉のお願いを断る事はできないのであった。