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第五話 資格

「申し訳ありませんが、冒険者登録の期限が切れてます」


 いつものように森へ狩りに行こうとした時の出来事だった。

 街から出て森に向かうためには、必ず門を通らなければならない。

 そして門を通るには、外出の手続きが必要であった。

 

 門番からプレイヤーカードを返されたユウトは、外出手続きを待つ他のプレイヤーの邪魔にならないようにその場を後にする。

 街から出るには一定の資格が必要である。

 ユウトは冒険者の資格を利用して森へ狩りに出かけていた。

 その冒険者の資格の期限が切れていたのだ。


 冒険者の資格は冒険者ギルドで申請すればすぐに発行してもらうことができる。

 ただ、その資格を得るためには十八歳以上である事。

 さらに、月会費として1000ゴールドが必要である。

 つまり、前回1000ゴールド支払ってから一か月が経過していたのだ。


 ユウトは冒険者の登録をするためにギルドに向かったのだが、その途中にある事実に気づく。

 手持ちのゴールドが864ゴールドしかなかったのだ。

 ユウトは仕方なく一旦ログアウトをして、現金でゴールドを買う事にする。

 

 一ゴールドは一ドルで交換できるため、日本円に換算すると一ゴールドおよそ百円である。

 月会費に足りない136ゴールド分を買い足し、ログインし直した。

 ──こんなことならレッドワイルドボアで儲けたときのゴールドを残しておけばよかったな。

 ゴールドを現金に換えて、その現金でゴールドを買っているんだから完全に二度手間である。

 ただ初めての大儲けを、現金で手にする事によって実感したかっただけなのだ。


 ユウトが『アルカディア』で冒険者登録をしたのは一か月前、高校を卒業してすぐである。

 冒険者で金を稼ごうとしていたユウトの前に、まず立ちはだかったのは凶悪なモンスターではなく金そのものだった。

 

 冒険者になるには月会費1000ゴールドが必要なのだが、この1000ゴールドを払えばすぐに冒険者として活動できるわけではない。

 いや、厳密に言うと可能だが武器もスキルも無しでモンスターに立ち向かう勇気と能力を必要とする。

 

 運動能力に自信のあったユウトだが、さすがに素手でモンスターと殴り合う選択を採る事はできなかった。

 結果、ユウトは”ロングソード”と”スキル 刀剣”を購入する。

 ロングソードの値段は1500ゴールド。スキルは1000ゴールドする。

 ユウトは先ず3500ゴールドを払わなければならなかった。

 ただこの3500ゴールドは極めて少ないといえる。

 

 一般に冒険者になるには1万ゴールド、つまり100万円は必要だといわれている。

 そこをユウトは防具なし、武器最安値、スキル最小限に済ませる事によって3500ゴールドに抑えたのだ。


 3500ゴールドはもちろん現金で支払うこともできる。

 しかしユウトは3500ゴールドを『アルカディア』内で稼ぐことにした。

 もちろん冒険者としてではない。

 

 VRMMO『アルカディア』はVRシステムを利用して仮想現実世界を楽しむ事が出来る。

 ユウトは今、主に冒険者として『アルカディア』を利用しているが実はそういった利用方法以外にも実に多くの機能を『アルカディア』は備えている。

 

 一番、ポピュラーな利用方法は観光地としてである。

 カジノだったり、世界遺産をも遥かに凌駕する絶景、現実世界では味わえないようなアミューズメントパーク。

 さらには二十歳以上の入場を制限されている素敵な場所。

 『アルカディア』は実に様々な世界を内包しているのだ。

 

 実はこのカジノの存在こそがプロ冒険者を誕生させるきっかけになる。

 本来ゲーム内通貨は現実の金銭に変える事は出来なかった。

 しかし、カジノで儲けた分をなんとか、現実の世界に持ち込めないか。

 そこで作られたのがゲーム内通貨買取所である。

 つまり実際には直接ゲーム内通貨を換金しているわけではなく、買取所に売却する事によって現金化するのだ。


 また、サービスが発生する場所には雇用が発生する。

 この世界にはNPC等という便利な存在はなくどうしても人出が必要だ。

つまり『アルカディア』内で仕事に就く事も出来る。

 ユウトは、同級生が受験シーズンに突入し、皆が勉強に明け暮れている頃『アルカディア』内でアルバイトをし冒険者になるために資金を調達していたのだ。






 冒険者登録の手続きを終えたユウトはその足で門に向かい、森へと出発する。

 ユウトが休みなく森へと向かうには訳があった。

 冒険者になって一カ月、思うように結果が出ていないからだ。

 

 最初から上手くいかない事はわかっていてもそれでも焦ってしまう。

 なぜならばプロだからである。

 プロは結果がすべてと考えるユウトは何より結果が欲しかった。

 そんな思いが普段は踏み入れない森の奥へと足を進めてしまう。


 マッドベア。

 体長二メートル以上ある森の王様。

 その爪は巨木をも切り裂く。

 

 駆け出しの冒険者が一番注意しなければならないモンスターである。

 実際、日本におけるモンスター死亡事故の原因の多くはこのモンスターだと言われている。

 森の深い位置に生息するそのモンスターは、歩を進めるたびに枯れ枝を踏み砕き大きな音を立てていた。


 ユウトがその音に気付いた時に考えたことは、やっと獲物を発見した、だ。

 しかしすぐにその考えを改める。

 音がやけに大きいのだ。

 ユウトの狙いであるボーンラビットが立てる音ではない。


 バキバキ ザシュ ザシュ


 相当の重さがなければ出ない音が辺りに大きく鳴り響く。

 ユウトは足を止め警戒態勢に入った。

 近くの茂みに腰を下ろし、慎重に音源へと目を向ける。

 

 ──くっ!

 マッドベアを認識したユウトは思わず息を呑んだ。

 今まで遭遇した事のない殺気に初めて触れて肌が粟立(あわだ)つ。

 ユウトは慌てて手を背中に回しロングソードに掛けるが、思いとどまる。

 あの鋼のような毛に覆われた巨躯には傷を付けるのも難しいだろう。


 ユウトは気持ちを切り替えてある袋を取り出す。

 匂い袋──人間にはわからないが、モンスターにとって苦手なにおいを出す袋。投げつければモンスターは逃げ出すだろう。

 お守り代わりに購入しておいたとっておき。

 ユウトはこの危機を匂い袋に賭ける事にした。


 ユウトとマッドベアの距離は十歩ほどまで近づいていた。

 このままやり過ごす事が出来るかもしれない。

 そんな甘い考えに首を振る。

 

 恐怖を感じると、行動する事より行動しない事を選んでしまう傾向がある事をユウトは知っていた。

 そんな恐怖に惑わされてはならないと、グッと膝に力を入れ思い切り袋を投げつける。


 匂い袋は吸い込まれるようにマッドベアの胸に直撃した。

 突如飛来した物体に何事かと様子を伺うマッドベアであったが、変化はすぐに現われる。

 

 マッドベアはグルグルと小さな円を書くように歩き回ったかと思うと、突然背中を地面にこすりつける。

 それでも、落ち着かないのか激しく転がりまわると、

 グォグォグォグォ

 と声を上げ、カチカチ歯を鳴らす。

 そして突然に立ち上がると森の奥へと走り出してしまった。

 

 それを見てホッとしたのはユウトである。

 もし匂い袋の効果がなかった時のため、ロングソードを構えていたのだが、その手はわずかに震えていた。


 マッドベアとの遭遇を終えたユウトはその場から足早に離れる。

 匂い袋はもうない。

 今日はまだ一匹もボーンラビットを狩れていないが、このまま森を探索する気も起きずユウトは街に戻っていった。






 ユウトはそのままログアウトをすると家に帰る。

 太陽はまだ頭上でギラギラと輝いている。

 時刻は正午過ぎ。

 

 ユウトは冒険者となって一か月、初めて太陽が沈まないうちに帰宅する事になった。

 果たしてこのままでいいのだろうかとユウトは考える。

 毎日、何も考えず狩りをするだけでいいのだろうか。

 それはプロとしてどうなのだろうか。

 やはりプロというには計画性が必要なのではないだろうか。

 

 この一か月、朝から晩まで必死に狩り続けた。

 それなりの収入は得る事ができたはずだが、そろそろ本格的に行動の指針を立てるときが来たのかも知れない。


 



 自宅にまだ姉はいなかった。

 仕事から帰って来ていないのだろう。

 ユウトは自室でPCを立ち上げるとまずこの一カ月の収支を確認する事から始めた。


 前月の収支


・支出 4652ゴールド

・収入 3639ゴールド

 

 計 -1013ゴールド


 今月の収支


・支出 1000ゴールド

・収入    0ゴールド


 計 -1000ゴールド


 累計の収支


・支出 5632ゴールド

・収入 3639ゴールド


 計 -2013ゴールド


 ユウトは収支を数字で確認すると考え込む。

 この中で一番重要な数字は前月の収入である3639ゴールドだ。

 この数値を支出が下回るようにすれば収支はプラスになるはずである。

 

 だがこの収入をそのまま鵜呑みにしてはならない。

 先日のレアモンスターの臨時収入により大きく跳ね上がっているからだ。

 毎月、レアモンスターが狩れるとは思えない。

 その分を除外して考えるべきだろう。

 そうすると、先月の収入はおよそ2500ゴールド。


 次にユウトは前月の支出に注目する。

 まず支出から初期投資である武器とスキル代を除くと2652ゴールド。

 これが一か月にかかる必要資金であるといえる。

 つまりこのままいくと、収入2500ゴールドに支出2652ゴールド。

 完全に赤字だ。

 

 このままではいけない。

 どうにかしないと。

 収支を黒字にするのは二つの方法が考えられる。

 収入を増やすか、支出を減らすかである。


 収入を増やす方法について考えてみる。

 まずは今までのようにボーンラビットを狩る。

 

 ただし、一日に狩る量を増やす。

 ボーンラビットは一体およそ10ゴールドで売れる。

 そして今はだいたい一日に平均すると八体くらい狩っている。

 もし一日十体狩れるようになれば、一日20ゴールドのプラス。

 一か月だと600ゴールドのプラス、これなら月の収支もプラスになる。


 次に考えられる手段としてボーンラビット以外の獲物を探す方法がある。

 例えば今日遭遇したマッドベア。

 マッドベアは一体400ゴールドにはなるはずだ。

 これを一日一体狩るだけで、月1万2000ゴールドの収入。

 ウハウハだ。

 

 もちろんそんな簡単にいくわけがない。

 まずマッドボア安定して狩れるようになるには、それなりの装備とそれなりのスキルとそれに見合った実力が必要である。

 

 ユウトが足りない事は明らかだった。

 また仮に実力を備えたとしても、マッドベアの生息数はボーンラビットに比べて圧倒的に少なく、毎日狩り続ける事は難しい。

 他にも、ワイルドボアやウッドディアーなどの獲物を狙う事も考えられたが、どれほどの数を狩ることができるか見当もつかなかった。


 一方で支出を減らす方法について考える。

 これは少々難しい。

 

 なぜなら、ユウトは最低限の支出で済むように努力してきたからだ。

 それにこの部分を削る事はあまり推奨されるべきではない。

 

 例えば滅多に使用しないであろうから匂い袋は買わなかったとする。

 そうしたらどうだろう、今日のような出来事があったときに思わぬ痛手を負う事になるかもしれない。

 安全を期するためには、支出を惜しんではならないのだ。


 やはりユウトがとるべき手段は収入を増やす事だろう。

 そして第一目標はボーンラビットの一日の狩る量を増やす事。

 第二目標としてボーンラビット以外の獲物を狩れるようになる事。

 方針はこれで決まった。

 

 問題はどうやって、狩りの効率を上げるかだ。

 ユウト自身も狩りに慣れてきたため、先月よりは優れた結果を残せるかもしれないだろう。

 

 しかし今後の事も考えると、()()もいいかもしれない。

 冒険者として一カ月過ぎ、新たな一歩を踏み出そうとするユウトだった。

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