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第四話 スキル

 その日、ユウトは朝一で鍛冶屋へと向かった。

 日曜日の朝に店主はいるのだろうかと、不安だったのだがその心配はどうやら杞憂に終わる。

 鍛冶屋の中からは人の気配がしたからだ。


「こんちはーっす」


 声を掛けながら店へと入ると、どこか職人気質な中年の男はユウトを認識し手元でしていた作業を止め顔を向ける。


「はいよ、いらっしゃい」


 見かけによらず、愛想のいい声が響く。それに気を良くしたユウトは早速、本題を切り出す。


「ちょっと剣を見て欲しくて」


「ん? つい先日直したばかりじゃないのかい?」


 ユウトはすでにこの鍛冶屋の常連であり、店主にとっても顔見知りな相手だった。


「ですね。でも昨日ちょっと大物とやり合ったときに欠けちゃって」


 そういいながら背中に抱えていたロングソードを取り出す。


「どれ、見せてもらっていいかな」


 医者が患部を診察するような慎重な手つきでロングソードの確認をする店主。


「んーこれは……、一か所だけ大きく刃が欠けちゃってるな。ちゃんとスキルを活用しているかい?」


 ユウトは少し居心地の悪い表情をみせる。


「すいません…… 一応気をつけてはいるんですけど……」


「いや責めてるわけじゃないんだけどね。私にはここの武器ってのはスキル前提で作られてるように思えるんだよ。確かにスキル無しで力回しに振り回しても十分な効果を発揮するんだけど、やっぱりどこか武器に無理させちゃってるんだよね」


「なるほど……」


「大きな欠けが一か所に、細かい傷が4か所、全体を叩き直すとして100ゴールドかな。直していくかい」


 100ゴールド、およそ一万円。手痛い出費だが武器の整備は下手したら生命に関わるため慎重にならざるを得ない。


「お願いします」


「一時間くらい掛かるだろうから、また後でいらっしゃい」


 そういうと男は無言で剣を(つち)で叩き始めた。

 火花散るその様子をもう少し眺めていたかったユウトであったが、邪魔になってしまっても困るのでその場を離れることにした。

 ──スキルか

 言われてみると確かにユウトはスキルに頼った戦い方をしていなかった。


『”魂”こそが肉体を決する』


 VRシステム開発者、芦部(あしべ)の残した言葉である。

 芦部によると、例えば我々がトレーニングによって筋肉を鍛えている行為は、”肉体”ではなく”魂”を鍛える行為に他ならない。

 現実世界の”魂”がそのまま転移するこのVRMMOの中では、現実世界での身体能力がそのまま仮想世界に影響を与えるため元々運動の得意だったユウトはスキルに頼らずとも何とかなってしまっていたのだ。


 ここで一つの疑問が生じる。

 では逆の場合はどうなるか?

 つまり、仮想世界で鍛えた”魂”は現実世界の”肉体”に影響を与えるのだろうか?

 答えは()である。

 とは云っても、仮想世界で垂直に三メートル跳べるようになったからといって現実世界で三メートル跳べるようになるわけではない。

 現実世界には肉体という(かせ)が存在するからだ。

 しかし筋肉は確実に増加し、跳ぶという技術も上昇しているため多くの人々は跳躍力が伸びた事を実感できるだろう。

 このことは多くの可能性を生んだ。

 仮想世界で魂を鍛える事によって、より効率的なトレーニングを可能とすることができるのではないか。

 現在、多くのスポーツ業界から果ては医療業界に至るまでVRシステムは注目を集めている。

 その成果はこれからの研究次第であると言われ、将来を期待されている。


 ではスキルとは何だろうか?

 まずスキルを身に付けたからといって、ただちに使用者の能力が上がるわけではないし、超人じみた動作ができるようになるわけではない。

 しかし、スキルによって現実世界ではありえないような技能を身につける事は出来る。

 つまりスキル()()()()に効果があるわけではなく、スキルによって”魂”が成長した結果、一定の効果が生まれるのだ。

 いうならばスキルは”魂”の強制装置のような働きをする事になる。

 スキルレベルが上がるというのは、”魂”がスキルレベルに見合う成長を遂げたということである。


 ユウトは自分のプレイヤーカードを取り出しスキルを確認する。


・刀剣 LV13


 これだけである。

 スキルの少なさにはもちろん理由がある。

 スキルの値段が高いのだ。

 刀剣のような基本的なスキルでさえ千ゴールドから五千ゴールドほどするのだ。

 もちろん刀剣スキルは最安価格の千ゴールドだった。

 とてもじゃないが、複数のスキルを購入する事は資金的に厳しい。

 ユウトはプレイヤーカードを見て何とも言えない表情をした。


 

 

 


 武器のメンテナンスが終わるまでに薬草などの消耗品を購入し終えると、ちょうど一時間ほど過ぎていた。


「こんちわーっす」


 先ほどと同じように声を掛けて、鍛冶屋の中に入る。

 すると店主は一分の狂いもなく同じ姿で鎚を振るっていた。

 その姿からはまさに職人としか思えない。


「んん…… ああ、もうすぐ仕上がるからそこで待っているといい」


 ユウトの姿をチラリと見ると、すぐに作業を再開する。

 その鎚を振り下ろす姿があまりに見事なため、ユウトは邪魔しては悪いと思いつつも声を掛けずにいられなかった。


「見事な手際ですけど、やっぱりスキルの効果なんですか?」


「そうだね、私は鍛冶スキルを持っているからね」


 カツーン

 カツーンと室内に響き渡る音。


「……レベルはいくつくらいなんですか?」


 聞いていいものか少し悩んだが、思い切って聞いてみた。


「三十二だよ」


「おーすごいっすね」


「まあ商売にして一日中、鎚を振っているからわけだからね。いつのまにか上がっていたよ」


「……スキルって使っていたら勝手に伸びるんですか?」


「……わからんね。君達のような若い子の方が詳しいんじゃないのかい?」


「んーと、いろいろな説があるんですけど、どれも噂レベルですね」


「私も詳しい事はわからないけどこれだけは言えるよ。技術ってもんはこっちの世界も、あっちの世界も同じでコツコツ努力することが大事だってことはね」


「そういうもんですかね」


「まあ私の鍛冶スキルのような職人スキルと君が必要としている戦闘スキルでは幾分と話が違うのかもね」

 

 店主はそういうと叩いていた鎚を止め、ロングソードを持ち上げ二度、三度軽く振る。

 再度、鎚を手にして仕上げを行うとユウトにそれを手渡した。


「どうかね?」


 ユウトも先ほどの店主を真似(まね)てか、ロングソードを二度、三度と振ってみる。


「うん、問題ないみたいです」


 仕上がりに満足したユウトは代金である百ゴールドを支払う。

 鍛冶屋を出たユウトはいつものように街を出て森に向かう。


 高校を卒業してから一カ月余りが過ぎていた。

 思えば、今まで狩りをする事に必死になるあまり余裕がなかった。

 けれどもそれは仕方がない事である。

 ユウトは遊びでVRMMOをしているのではなく、金を稼ぐためにしている。

 いうならば、プロであり結果をださなければならないと自分を追い込んでいたのである。

 しかし昨日の思わぬ臨時収入により懐が暖かくなると同時に心にも余裕ができていた。

 ユウトはこれからの事も見据え、スキルの事などいろいろと考えていこうと思うのだった。

 

 森に一歩でも踏み込むと、鬱蒼(うっそう)とした木々に陽光が遮られ肌寒さが感じられる。

 雑草の伸びきった足元は歩きにくく、昼だというのに薄暗い雰囲気はとてもじゃないが作りものの世界には思えない。

 しかし、ここは間違いなく仮想世界であり、現実世界にはない脅威が存在しているのであった。

 森に入ってからは、いつモンスターに襲われるかわからない。

 そんな緊張感を持ちつつ一歩、また一歩と森の奥へと足を進めていく。

 とはいえ実はこの森で、モンスターが襲いかかってくる事は珍しい。

 この森に生息するモンスターのほとんどが、ゲーム風に言うといわゆるノンアクティブモンスター。

 現実世界風に言うと草食動物とでもいうのだろうか。

 積極的に人に襲いかかるタイプではなく、むしろ人間から逃れようとするタイプといえる。

 もちろん例外はあるが、その多くは森の奥深くを生息地としているし、またユウトはそこまで足を踏み入れるつもりはなかった。


 少し木々が開けた空間に一匹のウサギがいた。

 ただのウサギではない。

 ウサギにしては二回り以上の大きな体躯をし、特に足まわりは異常とも思えるほど発達した筋肉で隆起していた。

 その赤い瞳はするどく辺りを警戒し、なにより頭部にある一本の角がただのウサギでないことを如実に表してる。

 ──ボーンラビットだ。

 この森でもっともポピュラーなモンスター。

 それでいて素材としては角、毛皮、肉と安価ながらも需要は多い。

 臆病な性質なため、森で遭遇すると逃げる事も多いが角から繰り出す一撃は侮れない。


 ユウトは気付かれないように近づき、ロングソードを上段に構えた。

 しかし、なにやら思案すると力を緩め一旦その刃先を下ろす。

 ユウトの剣術は上段に構え、武器の重さを利用しそのまま叩きつける。

 剣を扱うというよりは、むしろハンマーを扱うようであった。

 ボーンラビット相手にはそれで十分通用していたし、なにも問題ないはずだった。

 

(『ちゃんとスキルを活用しているかい?』) 


 思い出したのは鍛冶屋の店主の言葉。

 とてもじゃないが、ユウトのそれはスキルを使ったものとはいえない。

 改め直して剣を構える。

 両手に力を込め、脇を引き締める。

 膝をやや落とし、剣が地面と水平になるように刃先を下ろす。

 やや窮屈な感じがしたが、それでいて居心地は悪くない。


 ユウトはごく自然な動作でロングソードをボーンラビットに突き付けた。

 ボーンラビットが気づいた時にはもはや手遅れだった。

 疾風の如く迫るロングソードになすすべもなく弾き飛ばされ、そのまま力尽きる。

 それを見たユウトは肩の力を抜き、

 ──悪くないかな

 とつぶやいた。


 その後も十匹ほどボーンラビットを同様に狩り続ける。

 太陽の光に赤みが差してきた頃、ユウトはプレイヤーカードを見ると


・刀剣 LV14

 

 一つ上がったレベルをみて笑顔がこぼれる。


 本日の収支


・ボーンラビット×10 98ゴールド


・武器の修繕     -100ゴールド


・薬草の補充  × 3 -24ゴールド



 計          -26ゴールド


 しかし赤字であった……。

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