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第十四話 マッドベア

 次の日、ユウトと紗耶香はマッドベアを狩るために森の中に入っていた。

 いつもと変わらないはずの森。

 しかしユウトはいつもとは違う別の何かを感じていた。

 難敵と相対する緊張感からだろうか。

 いや、それよりも隣りを歩く紗耶香の存在がユウトに大きな影響を与えていた。


「どうした? 心配ごとでもあるのか?」


 どこか落ち付かない様子のユウトに気づき紗耶香が尋ねる。

 

「いえ…… なんか隣りに誰かがいるっていいなって…… ひとりじゃないって心強く感じますね」


 森の中を単独で狩り続けていたユウト。

 どこか寂しさを感じていたのかもしれない。


「……ユウトはパーティーを組む気はないのか?」


「組みたいとは思ってますけど、なかなか難しくて……」


 基本的に『アルカディア』におけるパーティーは信用のできる友人や知人と組むことが多い。

 もちろん知らない人間同士が臨時にパーティーを組む事はあるけれど、報酬の分配で揉める事が多いため避ける人間は多いのだ。

 ユウトもその内の一人である。


「そうか、ただいつまでもソロというのは感心できん。怪我をするリスクが高いし、下手したら命にかかわるからな」


「はい、いずれはどこかの攻略グループにでも入れてもらうつもりです」


 攻略グループとは、冒険者として金を稼ぐ事を目的とした集まりである。

 ”クラン”と称する事もあるが、システム的に認知されているわけではないので、あえて攻略グループと呼ぶ事が多い。


「それなら白百合会(しらゆりかい)はどうだ? 親切な人間が多いし、堅苦しい決まりごとも少ない。ただユウトからしてみれば年上が多いかもしれないな」


「白百合会ですか」


「うむ、メンバーは全員同じ大学の出身者ばかりのため信用のある人間ばかりだ」


「でも僕、紗耶香さんと同じ大学出てませんよ?」


「心配するな、例外はいるし私も卒業しているわけではないので厳密には同大学の出身者というわけではない」


 ユウトはこの提案を魅力的だと思っていた。

 攻略グループは数あれど、大手の攻略グループは現実でのトラブルを解決するために闇社会と関わり合いを持っている事も多い。

 その点、紗耶香の人間性を考えると、白百合会は信頼できると思われる。


「そうですか…… あれ? でも紗耶香さんって愛ちゃんと同じ大学ですよね?」


「もちろんだ、先輩には高校から大学までとても世話になった。感謝している」


 紗耶香は誇らしそうに答える。


「でもそれだったら白百合会って女性ばかりじゃないんですか?」


 愛は女子大出身である。

 だとすれば白百合会は女子大の卒業生の集まりだといえた。


「確かに男はひとりもいないな……」


「駄目じゃないですか!?」


「うっ…… なあにユウトは弟っぽいから問題ない」


「いやどうみても問題ありまくりですよ……」


「いやきっとみんなわかってれるはずだ、よし今度相談しておこう」


「そんな無茶な」


「無茶なんかじゃないさ」


 そう言いながら笑う紗耶香。

 ユウトは弟のように可愛がってもらえてる事を喜ぶべきか、男として見られてない事に悲しむべきか迷っていた。






 ビスケの森を奥深く進むと空気が変わる。

 ユウトの感知能力が上がったせいか、ピリピリとした刺激が肌を差す。


「ユウト、気をつけろ。もうマッドベアの領域に入ったぞ」


 コクリと無言で頷くユウト。


「いいか、マッドベアと遭遇しても私は手を出さない。ユウトならひとりで十分やれるはずだ。決して焦るな、少しずつダメージを与えていくんだ」


 紗耶香は真剣な顔でこれまでの訓練のおさらいをしていく。

 ユウトは辺りを警戒しつつも紗耶香の言葉に耳を傾けていた。


 マッドベアはレアモンスターではないが、ボーンラビットなどに比べるとその生息数は少ない。

 遭遇したくなくても遭遇してしまうモンスターではあるが、狙って見つけようとするのはベテランのハンターでもなければ難しい。

 森の奥にはマッドベア以外にも様々なモンスターが生息する。

 なかでもシカ型のモンスターであるウッドディアーは素材が割と高値で売れるためユウトとしてはいずれ狩りたい相手だった。


 そんなウッドディアーがユウトから少し離れた距離に二頭並んで様子をうかがっている。


「紗耶香さん」


 ユウトはウッドディアーから目を離さずに声をかける。


「ユウト、今日の狙いはなんだ?」


「……マッドベアです」


「そうだな。気持ちはわかるが放っておけ」


「はい……」


 しょんぼりとしたユウトをみて、少し落ち込む紗耶香。

 ──いや、私がしっかりしなければ

 紗耶香にとってマッドベアは危険な相手ではないが、ユウトにとってはそうではない。

 万に一つも油断できないため気持ちを引き締め先へ進む。


 その日、ユウト達はなかなかマッドベアを見つける事は出来なかった。

 元々、生息数の少ないモンスターではあったが一日歩き回れば一頭は見つけられるはずである、しかしなかなか見つからない。

 これは、紗耶香が索敵に関して全く能力が無いため、ユウト頼みとなっていたこと。

 さらに、ユウトが森の奥に入るのは初めてに等しく、道に不慣れであった事に起因する。


 昼が過ぎ、そろそろ戻らなければ日が暮れてしまうのではないかという頃、その時は訪れた。

 日常に存在する違和感。

 まるで雨の中、傘を差さずに佇む人。

 穏やかな緑の森の中を歩くその生物は強烈な存在感を放っていた。


 マッドベア──体長は2メートル前後なので、小柄な部類の個体だろう。

 だがその鋭い爪は健在で油断をする事は許されない。


「いいか、ユウト。この先に少し開けた場所がある。そこで戦おう。私がそこまでおびき出すからその後はユウトが一人で戦うんだ。いいな?」


 小声で耳打ちする紗耶香。

 ユウトはしっかり頷くとロングソードを背中から抜き放ち強く握りしめる。


 紗耶香はユウトが指定の場所に待機した事を確認すると、マッドベアに対してペイントボールを投げつける。

 当たれば、発信装置となり逃げ回る獲物の場所を特定することが出来るマジックアイテム。

 紗耶香は牽制のつもりで投げつける。

 遠距離から牽制し、自分達の有利な場所まで釣り出し戦う。

 狩りにおける常套(じょうとう)手段だった。


 紗耶香はペイントボールを当てた後、マッドベアを誘導しながらユウトの元へと走る。

 ユウトは紗耶香が自分の後方へ走り抜ける際に目が合う。

 ──先制を食らわせてやれ

 紗耶香がそう言っているように思えた。


 マッドベアは突如現われた闖入者(ちんにゅうしゃ)に怒りを震わせていた。

 ダメージは無いものの不快感が纏わりつく感覚に、目の前の女を倒すべき相手と認識する。

 走り去ろうとする女に、追いかけるマッドベア。

 もう少しというところで強烈な邪魔が入る。


 ユウトは紗耶香に追いすがるマッドベアに対して、剣技パワーストライクを放つ!

 力を溜める時間は十分にあった。

 マッドベアは紗耶香しか目に入ってないのは一目瞭然である。

 こんな隙を見せられたら、逃す道はない。


 ユウトの放った一撃はマッドベアの脇腹に当たり、マッドベアは五メートルほど宙を飛び、大木にその巨体をしたたか打ちつける。

 手ごたえを十分感じたユウトはさらなる追撃を加えようと走り寄ろうとして────やめた。


 (決して焦るな)


 紗耶香の言葉が頭に響く。

 ユウトは倒れているマッドベアから一定の距離を取り、様子を窺う。

 マッドベアは少しふらつきながら立ち上がるもその目は決して死んでいなかった。


 怒りに震えたマッドベアはその標的を紗耶香からユウトに変え、右手を大きく振りかざし襲いかかる。

 だがユウトは冷静にバックステップしながら避けると、マッドベアの肩の辺りを切り払う。


 カチンと鋼のような毛に弾かれるも、マッドベアはひるんでいるためダメージは通っている様子。

 あまりの硬さに戸惑いつつも、隙を見つつ一撃、一撃を繰り返す。

 ユウトは紗耶香との訓練を思い出しながら着実にマッドベアを追い詰めていた。

 マッドベアの攻撃は紗耶香に比べるとあまりにも隙だらけだ。


 マッドベアの攻撃をかわしつつ、止めの一撃を入れるチャンスを待つユウト。

 ──次に大振りしてきたときに決めてやる!

 マッドベアのスタミナが落ち、甘さの残した大振りを放った瞬間────


「ユウトおおおおお!!」






 紗耶香はマッドベアを開けた場所まで誘導すると、ユウトが放った一撃に驚いた。

 ユウトは当て感が上手い。

 練習を見ている際に、何度かユウトに驚かされることがあった。

 パワーもスピードも、紗耶香から見ればまだ駆け出しレベルであるが、たまに不意を突くような一撃を放つのだ。

 呼吸をするために息を吐いた瞬間に、目の前に剣が突きだされている。

 そんな経験を何度もした。

 それに距離感が巧みなのだ。

 当たるか当らないか、そんな微妙な距離を取っていたのにいつのまにか目の前にいる。

 それはスキルの力ではなくユウトの天性の才能であった。


 マッドベアに一撃を入れた後、距離を取るユウトを見て紗耶香は満足していた。

 モンスターの狩りで大事な事は狩りのスピードではなくどれだけ安全を担保できるかが重要なのだ。

 慎重にいきすぎる事はない。


 しかし、そんな紗耶香の顔色が徐々に曇る。

 マッドベアの繰り出す一撃はスピードもなくまずユウトに当たる事はないだろう。

 しかしだ、万が一その一撃が当たってしまったらどうだろう?

 いや、ユウトには防具を渡してある。

 軽装ではあるものの、あの防具ならマッドベアの一撃くらい十分耐えられるはずである。

 だがしかし、物事に絶対はない。

 運悪く、マッドベアの必殺の一撃がユウトに当たってしまったらどうなるだろうか。

 ユウトと過ごした時間が思い出される。

 どこか照れ笑いを浮かべるユウト。

 たまに冗談を言うユウト。

 どこか弟のような頼りない感じがしていたのに、ときたま見せる力強さにたくましさを感じるユウト。

 そんなユウトが怪我をする。

 ありえないことだが二度と見る事が出来なくなると思うと紗耶香は居ても立ってもいられなくなった。


 マッドベアが必死になりながらユウトを殺そうと一撃を放っている。

 許せるだろうか?

 許せるわけがない。


「ユウトおおおおお!!」


 紗耶香は自身の槍を手に持つと槍技ペネトレーションを解き放つ。

 光りに包まれ、マッドベアを貫く紗耶香の槍。

 

 紗耶香が息を吐くと、胸に大穴を開けたマッドベアが立ったまま死んでいた。






 ユウトはその光景を呆然として見つめていた。

 何が起こったのか分からない。

 マッドベアをあと一歩のところまで追い詰めて、止めを刺そうと思っていたところに紗耶香が飛んできた。

 一体なぜ?

 答えを求めて紗耶香の方を見る。

 

 紗耶香は泣きそうな顔をしていたかと思えば、ユウトを見つめて笑顔に変わる。

 なおもキョトンとした顔で紗耶香を見続けていると、なぜか紗耶香が困ったような顔に変わる。


「あの…… 最後のは一体どうしたんです? なんかまずかったですか?」


「あーオホン、そのだな…… よくやった……」


 紗耶香は落ち付いたユウトの様子を見て気付いたのだ。

 そこにピンチはなく、自身が暴走しただけであると。

 

 

「本当ですか、よかった。でも何で……」


 なら何故最後に手を出したのだろうか?

 ユウトの疑問はもっともだった。


「あー、そうだな。あれだ、私もただ見ているだけでは申し訳なくなってな」


 苦し紛れの言い訳をする紗耶香。


「そうですか…… 気にしなくてもいいのに」


 止めをさせずにちょっと不満の残るユウト。

 紗耶香は気恥ずかしさから何とかこの話を逸らすため声を掛ける。


「もう遅い時間だ。日が完全に暮れるまでには森を出よう」


「はい!」


 素直に従うユウトにホッとした紗耶香は街へと戻るのであった。






 街に戻りマッドベアの素材を売って紗耶香と等分にわけた。

 最初は紗耶香が後ろめたさから受け取りを拒否したが、そこは何とかユウトが説得する。


 本日の収支


・支出   0ゴールド

・収入 190ゴールド


 計  190ゴールド

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