第十三話 一矢
それはどこにでもある夕食の風景。
テーブルの上には、ポテトを添えられたデミグラスハンバーグ、ホウレンソウのごま和え、オニオンスープにライスが並んでいる。
ユウトがハンバーグにナイフを立てるとジュウジュウと音を立て、肉汁が溢れる。
香ばしい匂いに鼻腔を刺激されると、我慢できなくなりデミグラスソースをたっぷりつけたまま口へと運ぶ。
「今日はユウちゃんの好きなハンバーグにしてみたんだけど、どうかしら?」
愛は自分の分の食事には手を付けず、ユウトが食べている様子を眺めていた。
「おいしいよ、愛ちゃんの作るご飯がおいしくなかった事なんてないよ」
事実、愛はユウトの好みを全て把握していたので、ユウトがマズイと思うようなものが食卓に並ぶ事はなかった。
「本当に? お世辞じゃなくて?」
「なんで愛ちゃんにお世辞を言わなくちゃならないのさ」
「ユウちゃんやさしいから……」
「……やさしいのは愛ちゃんだよ」
愛は仕事が終わってからどこかに寄って帰ってくるというような事はせず、毎日ユウトが帰ってくる頃には食事の準備をしていた。
おそらく今までに何度となく友人や同僚からあったであろう誘いを断っているだろうことにユウトは心苦しく思っていた。
「無理しなくていいからね」
「別に無理なんかしてないわ、お姉ちゃんがやりたくてやっていることだもの」
「でも……」
「めっ、最近ユウちゃんにしてあげる事なんてご飯を作ってあげる事くらいだもの。お願いだからお姉ちゃんの生きがいを取らないで」
「……わかったよ。でも僕だっていつまでも子供じゃないんだから、何か手伝えることがあったらいつでも言ってよ」
「ホント!? お姉ちゃん、ユウちゃんに甘えちゃっていいのかしら?」
「もちろんだよ」
愛はユウトが自分を頼って欲しいというほど成長した事が本当に嬉しかった。
ユウトはただ弟であるだけで最大の愛情を注いでくれる姉に少しでも何かしてやりたかった。
「じゃあ、お姉ちゃんユウちゃんに久しぶりに髪を洗ってもらおうかしら」
「……え」
「だって最近、一緒にお風呂に入ってくれないんだもの」
「それはそれで話が違うというか……」
「……駄目なの? ユウちゃん甘えていいって言ったのに……」
愛が上目使いでユウトに抗議する。
ユウトも愛と風呂に入るのが嫌いというわけではないのだが、さすがに最近はいろいろとまずいので出来る事なら避けたい。
「うーん今日はちょっと調子が悪いというか、ちょっと疲れているというか、そんな感じなんでまた今度ね。ご飯おいしかった、ごちそうさま!」
そう言うとユウトはテーブルを立ち、自分の部屋へと向かう。
結局ユウトの選んだ選択肢は逃げだった……。
ユウトと紗耶香の特訓は日に日に実戦形式へと移って行った。
剣技パワーストライクはその威力は強力だが隙が大きい。
そのため実戦でいかに隙を作らずに、使えるかがポイントになるのだ。
パワーストライクを使うために先ずはSPを溜めなければいけない。
SPを溜めるには集中しなければいけないのだが、相手は変身ヒーローの悪役のように待っていてくれるわけではない。
できるだけ間合いを取りながら、相手を警戒し、隙を見つつSPを溜める。
もし相手が仕掛けてきたらいつでも反撃出来るようにだ。
そしてSPが溜まったとしてもすぐに技を放つのは愚か者のすることだ。
パワーストライクは使った後の隙が大きい。
だから、必ず当たるタイミングで技を出さないと反撃でやられてしまう。
ユウトは紗耶香から一定の距離をとる。
紗耶香のロングスピアが届かないギリギリの間合い、それでいて一歩踏み込めばユウトの一撃が決まるであろうそんな距離。
ユウトは意識を集中し、SPを溜めようとするも、絶妙なタイミングで紗耶香の牽制が入る。
慌てて、剣で防ぐと集中はそこで途切れてしまいSPは霧散する。
ユウトは剣技の使用を諦め、紗耶香に向かって上段から振り下ろす。
しかし紗耶香は身体を捻るだけでそれをかわすと、手首をロングスピアで巻き上げる。
何とか武器を落とさない様にするのが精いっぱいのユウトに追撃の胴払いで勝負あり。
「いいかユウト、一撃で決めようとするんじゃない。まずは牽制、そして相手が隙を見せたらそこを突くんだ」
「はぁ、はぁ、はぁ…… はい!」
息を切らしながらユウトは立ち上がる。
隙らしい隙をみせない相手にどうやって隙を突けばいいんだろうか。
ユウトは歯を食いしばりながら必死に考える。
まず大振りは絶対に駄目だ。
「シッ!」
威力よりも速さを重視した一撃。
しかし、紗耶香のロングスピアで軽くはじかれる。
「シッ!」
ここで慌てて大振りになってはいけない。
根気よく責め続ける。
紗耶香のロングスピアは厄介だ。
間合いが広いため、内側に入ろうとすると体制を崩され追撃が来る。
それでいて、距離を取ろうとすると遠慮なしに牽制が飛んでくる。
ユウトは攻め手が見つからず、破れかぶれで突っ込んだところをいなされ続けていた。
何か手はないだろうか。
ユウトは牽制をしつつ間合いを取りながら必死に考えていた。
「どうした! そっちから来ないならこっちから行くぞ!」
紗耶香の鋭い突きをなんとかバックステップでかわす。
離れた距離をすかさず詰めてくる紗耶香。
本来、待ちが得意な紗耶香だがチャンスと見るや一転して攻めてくる。
ユウトはそれに何度もやられていたのだ。
──このままではまずい!
ユウトはとっさに紗耶香に向かって距離を詰める。
しかし紗耶香は冷静にロングスピアの柄の部分で武器を持つユウトの手首をかち上げる。
ユウトは必死に武器を離すまいと身体を踏ん張るが──やめる。
そのまま武器を捨て、身体ごと紗耶香に体当たりしたのだ。
「!?」
驚いた紗耶香が、慌ててバックステップしようとするもユウトは逃がすまいと腰にしがみつく。
二人はそのまま倒れて地面に激しく転がった。
ユウトは反撃を恐れて、必死にしがみつくものの一向に何もしてこない紗耶香を不思議に思い顔をあげる。
「……うむ、見事だった。戦いの最中に武器を捨てるのは感心できないが諦めずに何とかしようという気持ちは伝わった」
今まで紗耶香に何をしても通じなかったが、ようやく一矢報い入れたと思うと嬉しさから笑顔がこぼれてくる。
「……それと出来れば身体を離して欲しいのだが」
そういう紗耶香の顔は真っ赤だった。
腰にしっかりと両手でしがみ付き、胸に顔をうずめながら笑顔を浮かべているユウト。
まるで婦女子を押し倒した変質者のようだった。
「オホン、今の動きは悪くなかったぞ」
心なしか二人の間にはいつもより距離がある。
「だがな、実戦では武器を捨てる様な真似をしてはいけない。一か八かなんて危険な真似をするべきではないからだ」
「……はい」
少し落ち込むユウト。
「そんなにしょぼくれるな。君は間違いなく強くなっている。そうだ試しにマッドベアでも倒しに行くか?」
「倒せますか!?」
少し前に命からがら逃げた相手である。
「……うむ、何とかなる相手だと思う。もちろん私も付いていくから安全は約束しよう。どうする? 行くか?」
「はい! お願いします!」
ユウトは願ってもいないチャンスに喜んだ。
”ビスケの森”を探索する上で避けては通れない相手。
マッドベア。
いつかは倒せるようにならなければと思っていた相手だけに気合いが入る。
「よし、今日はゆっくり休んで疲れを取るんだ。出発は明日にしよう。準備はしておくように」
「はい、ありがとうございました」
稽古を付けてもらった礼をするユウト。
──本当に強くなっただろうか
いまいち自分の力が分からないユウトはプレイヤーカードを見る。
・刀剣 LV22
・感知能力 LV 3
・剣技 パワーストライクLV3
数値の上では驚くべき成長度合いだった。
感知能力が何故かレベルが上がっているのも気になるが、おそらく紗耶香との訓練中に神経を研ぎ澄ませていたため感覚が磨かれたのだろう。
それよりも伸び悩んでいた刀剣スキルが嘘のように伸びていた。
ユウトは改めて紗耶香と紗耶香に会わせてくれた愛に感謝するのだった。