第十二話 技能
翌日、ユウトは約束どうりトレーニングルームにやってきた。
昨日は気付かなかったがプレイヤーカードを確認すると刀剣スキルがLV16になっている。
一気に二つもレベルが上がった。
紗耶香に聞くとスキルLV30くらいまではトレーニングルームでも上げる事が可能らしい。
しかしそれ以降になるとなかなか上げるのは難しくなる。
やはり実戦が必要になるのだろう。
それとプレイヤーカードにもう一つ大きな変化があった。
・剣技 パワーストライクLV1
技能──スキルのレベルが上昇した時に覚える事がある。
ただ人によって習得できるレベルは上下するし、また中には全く覚える事ができない者も存在する。
その効果はすさまじく、極めると人間業とは思えないようなものもある。
紗耶香に剣技を習得した事を知らせると、
「ユウトは刀剣の才能があるかもしれないな。ただ剣技もスキルと同様に使い込まなければ成長はしない。覚えただけで慢心しない様に」
と浮かれていたユウトをたしなめるのであった。
昨日と同じようにトレーニングルームで二人は向き合う。
「さて、せっかく剣技を覚えたのならそれを使わない手はない。まずはこれを見て欲しい」
紗耶香はロングスピアを構えると体全体を淡く白い光が包む。
ビュン!
残像を残しつつすさまじい速度で槍が振るわれる。
ユウトのいる場所まで風圧が届く。
「すごい……」
ユウトの反応に満足そうに頷く紗耶香。
「技能を使う際に一番気を付けなければならない事は、ここが現実世界ではないということをしっかり認識する事だ」
『アルカディア』での活動が長くなると、現実世界との違いが付かなくなることはよくあることだった。
そして見分けがつかなくなると常識という鎖によって縛られてしまう。
「ユウトは現実世界での身体と今の身体の違いがわかるか?」
「……肉体があるかどうかですか」
「そうだ、今の私達の身体は魂だけで構成されているソウル体と呼ばれている。そしてソウル体を支えているものこそ魂力、SPだ。そして技能はSPを使う事によって可能になる」
ユウトは紗耶香の話を聞き逃すまいと真剣に聞く。
「ふむ、まあ実際に使ってみるのが一番だろう。使い方はもうすでに魂に刻まれているはずだ。やってみろ」
ユウトは模造刀を両手に持って構える。
息を整え、手に持っている模造刀に意識を集中させる。
するとユウトの身体を光りが纏い始めた。
パワーストライク──魂力を武器に乗せ、岩をも砕く強打撃を繰り出す。
ザン!
ユウトが思い切って振り抜いたその一撃は、今まで体感した事のない鋭さを持った一撃だった。
しかしあまりの勢いにバランスを崩す。
「うわっ」
慌ててバランスを整えたため何とか転ぶ事を免れた。
ユウトは紗耶香の事が気になって視線を向ける
「うむ、初めてにしては上出来だ。ただ準備をするのに時間が掛かり過ぎている。それでは隙だらけだ。あとバランスを崩したのは目標が無かったためだろう。次からは私が受けよう」
そういうと紗耶香はユウトに向かってロングスピアを構えた。
今度は先程より早く技を放てるように集中する。
「いきます!」
ユウトがそう掛け声をかけると紗耶香に向かって模造刀を振り下ろす。
ガチィン!
高い金属音が鳴り響くと模造刀は紗耶香のロングスピアによって止められていた。
「いいぞ! その調子で打ってこい!」
ユウトはいともたやすく受け止めた紗耶香に驚きを隠せなかったが気を取り直して集中する。
パワーストライクを放った後に魂力は霧散してしまうため、毎回意識を集中し直さなければならなかった。
ユウトが紗耶香に対して打ちこみ、それを紗耶香が防ぐという事を繰り返す。
すると突然足元がふらつき立っていられなくなる。
「それがSP切れの状態だ。体力と同じように休めば回復する。だが体力と違って疲れの自覚が少ないことに気を付けろ。戦闘中に急にSPが切れて倒れましたじゃ命にかかわるからな」
紗耶香はそう言い放つと休憩を取るように指示をする。
座り込んで天井を見上げているユウトを見て紗耶香は驚いていた。
自分が初めて技能を使った時には、一度使っただけで半日はフラフラしていたものだ。
別に紗耶香が特別なわけではない。
同じ攻略グル―プの先輩も、自分が初めて技能を使った時もそうだったと笑っていた。
もしかしたらユウトはとんでもない才能を持ってるのかもしれない。
紗耶香はユウトの隣に腰を下ろす。
「ユウトは一体何を目指しているんだ?」
「何を……ですか」
「うむ、目標といえばいいのだろうか。ユウトだって何か目標があってこの『アルカディア』にいるんだろう?」
ユウトは少し考え込む。
「そうですね、今はなんとか生活できるだけの収入を得る事が目標といえば目標です」
紗耶香は首を振る。
「そういうことじゃない。ただ収入を得るだけならボーンラビットを狩り続ける事でも可能だろう。でも君はそんな事のために”冒険者”の道を選んだわけではあるまい」
成績のよかったユウトが進学をやめてまで冒険者を選んだ理由。
どこまでも見透かすような紗耶香の瞳に促されユウトは話しだす。
「……いずれ”エデン”に行ってみたいですね」
エデン──ドラゴンや火食い鳥などの幻想種が生息する場所。その強さは圧倒的で並みの冒険者では生きて帰る事はできない。しかしその素材はどれも高価なものばかりで、もし売るとそれだけで一生遊べるようなものまであるという。
「”エデン”だって!? 危険すぎる!」
紗耶香が驚くのも無理はない。
エデンに行った事のある者の多くは危険知らずの外国人で、日本人が行ってきたという話はほとんど聞かないような場所だ。
「何も今すぐ行く気はありませんよ。自分の強さぐらい分かってますからね。いつか行ってみたいと思っているだけです。ユニコーンとか手なずけたいんですよね……」
おどけた調子で言うユウトに少し安堵する紗耶香。
「でもなんでユニコーンを?」
「……愛ちゃんがユニコーン好きなんです。それでいつか乗せて上げられたらいいなって」
照れくさそうに話すユウトを見て暖かい気持ちになる紗耶香。
「そうか…… いつか叶うといいな。ただ一つだけ約束してくれ。もし将来、エデンに行こうとするときは必ず私に相談して欲しい」
真剣な目をした紗耶香に、誤魔化すような真似はできないとじっと目を見つめ返して答える。
「わかりました。万が一そのような時が来たら必ず紗耶香さんに相談します」
ユウトの答えに満足した紗耶香は立ち上がる。
「よし、そうと決まれば”エデン”に相応しい実力を身につけないとな! やれるか?」
「はい!」
ユウトはその日も体力が続くまで紗耶香の指導を受けるのだった。