第十一話 訓練
森の入口につく。
「さて、森まで来たがこの先はいつもどうりにして欲しい。私は手を出すような事はしないのでいないものと思ってくれ」
「わかりました」
ユウトは気を引き締める。
紗耶香の前でいい所を見せたいという見栄を張る気持ちと、下手なところは見せたくないというプライドが混ざり合い僅かな緊張感が生まれる。
最初の獲物はすぐに見つかった。
ボーンラビット。
今までに何度も狩ってきたモンスターだ。
ユウトはロングソードを振り下ろす。
──しまった!
直前にボーンラビットに気づかれたためクリーンヒットしなかった。
しかし、ダメージは残っているようでわずかに動きの鈍ったボーンラビットを追撃で仕留める。
ユウトは紗耶香の事が気になりチラリと見るが、紗耶香は何も言わず黙っている。
その後もユウトはボーンラビットを見つけては狩るという行為を繰り返す。
昼を回るくらいには六匹のボーンラビットを狩る事に成功した。
絶好調である。
誰かに見られている事がいい緊張感を生んでいるのか、次々に獲物を見つけるユウト。
ただ、そこで初めて紗耶香が声をかけた。
「少しいいだろうか」
「どうしました?」
「うむ、ユウト君はお昼ご飯はどうしているんだ」
たとえ『アルカディア』内にいても当然腹は減るし、食事を取る事もできる。
「昼飯ですか? いつも取ってませんけど……」
「それはよくない。いいかい、休憩する事と食事をする事は両方とも大事なことだ。というわけで今から食事にしよう」
「でもどうするんです。今から街に戻るんですか?」
「その必要はない、お弁当を用意してきた。念のため多めに用意してよかったよ。二人で食べても問題ないだろう」
「ここで食べるんですか? ……危なくないですか?」
「まあ大丈夫だろう。もし不安なら匂い袋を用意しておこう」
そう言うと近くの木に匂い袋をぶら下げる。
これで、モンスターは寄りつきにくくなる。
紗耶香は用意していたシーツを広げると、お弁当を並べ始めた。
森の中の雰囲気も相まってまるでピクニックのようだった。
お弁当の中身はサンドイッチ。
ユウトが最初に手にしたのはハムサンドだった。
シャキシャキのレタスと辛子マヨネーズがハム本来の旨みを引き立てる。
それだけでも十分美味しいのだが、柔らかな食パンに挟まれる事によって、なんとも言えないボリューム感まで味わえるのだ。
「美味しいですね。これ紗耶香さんが作ったんですか?」
「いや、来る前に食堂で買ってきたものだ」
「そうなんですか…… 紗耶香さんの料理食べてみたかったな」
ユウトは紗耶香の手料理だと思ったため少しがっかりした。
「私だって料理くらいできるんだぞ! ただ『アルカディア』ではやはり料理スキルを持っている者には敵わないからな。現実世界に戻ったら今度、私の料理を食べさせてやろう。そしてその時はこのサンドイッチに負けない物を用意することを約束しよう」
「いいんですか!? やったあ、楽しみにしてますね」
そういって無邪気に喜ぶユウトを見て、愛が甘やかすのもわかるかもしれないと思う紗耶香だった。
「そうだ、午前中の君の動きを見ていて一つ思った事がある」
「何です?」
真面目な雰囲気を察し、姿勢を改める。
「うむ、それはスキルを活用できていないということだ」
ユウトは以前、鍛冶屋の店主にも同様の指摘をされた事を思い出しハッとする。
「前に鍛冶屋の店主に武器を直してもらった時、同じような事を言われたんです。それからは気をつけるようにしていたんですけど……」
「ほぅ、武器を見ただけで気付いたのか。なかなか腕の良い鍛冶師かもしれないな」
「やっぱりなんか問題があるんですか?」
「恐らくではあるが君は今までボーンラビットしかほとんど相手にしてこなかったんじゃないか?」
ユウトは頷く。
「間違いなくそれが原因だろう。ボーンラビット相手にならほとんど一振りで倒してしまうため成長する機会が少なかったんだろうな。武器スキルのような戦闘スキルは相手が強いほど上がりやすいと言われているくらいだ」
「じゃあマッドベアのようなモンスターも相手にするべきでしょうか?」
紗耶香は首を振る。
「いや、そういうことではない。君がボーンラビットだけを相手にしていた判断は正しい。冒険者に成り立てのソロで危険なモンスターを相手にするには愚か者のすることだ」
「ではどうすれば?」
紗耶香は少し考え込むとやがて答えを出す。
「そうだな…… やはりそうしよう。食事が終わったら一旦街に戻るぞ、ユウト君!」
ユウトは午前中の調子がよかったので狩りを続けたかったが、やる気に満ち溢れた紗耶香の目を見ると頷くことしかできなかった。
二人が街に戻り、訪れた場所は冒険者ギルド内部における一室だった。
十五メートル四方の白い部屋は余計な物は何もなく無機質な感じがする。
「ここは?」
ユウトは辺りをキョロキョロと見回しながら尋ねる。
「利用するのは初めてか? ここはトレーニングルームだ」
そう言うと紗耶香は手にしていた模造刀をユウトに渡す。
手に持ってみるとロングソードとほぼ変わりのない重さがした。
そして紗耶香自身も似たようなロングスピアを手にしている。
「さて、その武器は致命傷を与えないような作りになっている。この部屋自体にもどういった仕組みか怪我を防ぐ効果があるらしい。そこでユウト君にはその武器を使って私に向かってきて欲しい」
「えっと、この武器で紗耶香さんと戦うってことですか」
「簡単にいうとそういうことだ。ユウト君の欠点を克服するのに役に立つと思う」
ユウトの欠点。
それはスキルを活用できていない事。
「……わかりました」
紗耶香を相手に剣を振るう。
抵抗が無いといえば嘘になる。
ただ短い付き合いながらも紗耶香は信頼に足る人物だ。
紗耶香の言う事を信じてみよう。
ユウトは模造刀を強く握りしめると紗耶香の正面に立つ。
「いきます!」
掛け声とともに紗耶香に向かって鋭く踏み込む。
そして、いつもボーンラビットを相手にしてるように上段から振り下ろす──つもりが、転がっていた。
気付くと天井を見上げていた。
何が起きたか分からない。
「そうそう、私もただ見ているというわけではないから覚悟するように」
ロングスピアを下段に構えた紗耶香が告げる。
その姿は見る者を魅了する凛々しさを秘めていた。
ユウトは立ち上がり紗耶香に向かって踏み込む。
転がる。
立ち上がり踏み込む。
転がる。
ユウトが足を踏み込んだ瞬間にその足を紗耶香がロングスピアで刈り取っているのだ。
リーチの差があるため、ユウトは容易に踏み込めなくなった。
「どうしたユウト? もう来ないのか」
紗耶香はそう言うと一歩ユウトに近づく。
マズイと思った時には頭をスパンと薙ぎ払われていた。
軽く脳みそが揺れる。
もし、あれが模造刀の類ではなく本物の武器だったら間違いなく致命傷だっただろう。
ユウトは待つ事も許されず、無謀にも突っ込んでは転がされる。
もはや大人と子供の争いというより、大人と赤ん坊にしか見えなかった。
「さあ立てユウト! どうした! そんなものか!」
紗耶香が武器を構えて叫ぶ。
ユウトはその声につられて立ち上がる。
一体何度こうやって立ち上がっただろうか。
スポーツで鍛え、冒険者になってからは毎日森の中を走り回り、体力には自信のあったユウトだがフラフラになっていた。
それでも何とか立ち上がれるのは、紗耶香の前で格好の悪いところを見せたくないというプライドのおかげだった。
ユウトは渾身の力を振り絞って紗耶香に向かって踏み込む。
もはや通じない事は百も承知だが、それでもユウトにはそれしか出来なかった。
足を刈られて転がされる──しかし、そうはならなかった。
紗耶香はロングスピアを振るうことなく、そのままユウトを抱きとめる。
ユウトには、もはや刀を振るう力は残っていなかった。
「よし、よくやったユウト。少し休もう」
紗耶香はユウトを抱きかかえるとそのまま床に下ろし背中を壁にもたれかけさせる。
ユウトは汗まみれで呼吸を荒くしていたが、紗耶香は涼しい顔をしたままだった。
「ユウト、君の欠点がわかったかい?」
いつの間にか”ユウト君”から”君”がとれていた。
指導する上で呼びやすかったからだろう。
「……痛いほどわかりました」
あえて言うなら次元が違っていた。
ユウトはスキルを全然活用できていない事をまさに体で実感したのである。
そして同時にスキルの凄さを肌で感じていた。
「続きをやりましょう」
絶対にスキルをものにしてやると決意を胸に立ち上がる。
「その心意気は素晴らしいが、終わりだ」
「……え」
ユウトは自分の不甲斐なさに見捨てられたのかと思い悲しくなる。
「そんな捨てられた猫のような顔をしないでくれ。残念ながら今日はもう時間が無い」
気付くと時刻はすでに夜と言っても差支えなかった。
「ユウトさえ望むなら明日もまた続きをやろう」
「是非お願いします!」
紗耶香はユウトの答えが自身の望んだものだったため、ニッコリと笑いユウトの手を取るのだった。
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