第十話 防具
時刻はまだ早朝だというのに冒険者ギルドの前はログインしたばかりのプレイヤーで賑わっていた。
そんな中、一際目立つ大和撫子風な顔立ちに、西洋風な白銀の軽鎧を纏ったアンバラスな美女──紗耶香に声を掛ける。
「すみません、待たせてしまいましたか」
「いや、私も今きたとこだよ」
ユウトに気付くと、背にしていた壁からゆっくりと離れ、微笑む。
身につけている白銀の軽鎧にも負けないほどの輝く笑顔。
ドキリとしたユウトは赤くなった顔を何とかごまかそうとした。
「なんだか、デートの待ち合わせをしたカップルみたいですね」
「デ、デ、デ、デートだって?」
逆に顔を真っ赤にしたのは紗耶香。
あまりに過剰な反応に慌てるユウト。
「いやいや冗談ですよ」
「……ふう、やっぱり君達は姉弟なんだな。……たまに意地悪なところがそっくりだ」
ユウトとしては、恥ずかしさを誤魔化したかっただけなのだが異性関係の話題になると途端に弱い紗耶香。
これからは気を付けようと思うユウトだった。
幾分か落ち着きを取り戻した紗耶香はユウトを見る。
「その格好は?」
「格好ですか? どこかおかしいです?」
ユウトはクルクルと自分の服を見渡す。
「いや、おかしいというか…… 君の格好はレジャー施設用の服だろう?」
ユウトが来ている服は初期に支給される特徴のない服である。
初めて『アルカディア』を訪れた人々の多くが身につけている。
一方、冒険者と呼ばれる人間はモンスターから身を守るための鎧などに身を包むのが通常であった。
「ああ、まだ防具は用意してないんですよ。どっちみち危険な場所には行かないようにしてますし平気かなと」
マッドベアと遭遇したことは棚に上げて答えるユウト。
「ふむ。どうやらさっそくユウト君にアドバイスできることがあるようだな。いいかい? 『アルカディア』において街の外で危険じゃない場所なんてないんだ。たしかにモンスターには一定の出現場所はあるけどそれは絶対じゃない。比較的安全なエリアで危険なモンスターが出現したなんて話もよくある。それに”レアモンスター”と呼ばれる個体も存在する。こいつは通常モンスターより厄介なスキルを使ってきたりするんだよ。」
「なるほど……」
実はユウトも通常出現しないだろうモンスターが稀に現われる事は知っていた。
ただお金を節約するために防具を買わなかっただけである。
「私が知ってしまったからには、もう防具を付けずに外に出るのは禁止してもらう。もしそんな危険な事を許したら先輩に会わせる顔がないからな」
これに困ってしまったのはユウト。
防具は最低でも500ゴールドはする。
それに加えて最近、スキルなどに出費したばかりのため、これからは節約しようとしていた矢先であった。
そんな様子に気づく紗耶香。
「なに心配する事はない。私が以前使っていた防具が余っている。それを譲ろう」
「いや、そんな悪いですよ。防具なんて高価な物もらえません」
「実は売るわけにもいかず処分に困っていたのだ。誰かに譲るか、捨てるしかない品物だから気にする事はない」
そういうと紗耶香は冒険者ギルドの中へ入って行った。
ギルドの中には物を預かってくれる場所がある。
おそらくそこに向かったのだろう。
しかし、売るわけにもいかないとはどういうことだろうか。
確かにアイテムの中には使用者を限定する”バインド属性”なるものがある。
このバインド属性のアイテムは売る事は出来ない。
しかし、仮にバインド属性がついているなら譲渡もできないはずだ。
一体どういうことだろう。
しばらくすると、紗耶香が手にいくつか抱えて戻ってきた。
「まずこれを服の下に着てみてくれ、フリーサイズだからユウト君にもあうと思う。防御力は高くないけど動きやすさは変わらないと思う」
そういって、タイツのような伸び縮みする服を渡される。
その場で着替えようとするも紗耶香に止められる。
裸になるわけでもないのでユウトは構わないと思ったのだが、確かにギルド前は人も多い。
おとなしく冒険者ギルドの一角にある更衣室に入る。
ログイン・ログアウト時に活用することが多い場所だ。
ユウトは紗耶香から受け取った服を着る。
思ってたよりも体に密着する。
最初は締め付けられるような感覚があったが、すぐに慣れた。
ただ、服からする女性特有の甘い匂いに少しクラクラした。
ユウトは着替えて紗耶香の元に戻ると、次に革製のプロテクターを渡される。
肘、膝、脛に取り付けるとグルグルと体を動かす。
多少の引っかかりはあるが問題ないようだ。
「うむ、似合ってるじゃないか」
満足そうに頷く紗耶香。
「でも、本当に貰ってしまっていいんですか。売れば結構な値段になりそうですけど」
おそらく保管状態もよいのだろう。
使い込まれてはいるもののしっかり修繕されており、いくらでも買い手がつきそうだった。
「構わないと言っているだろう。それに売り物にするには問題があるんだ」
「何故です? バインド属性も付いてないですし……」
紗耶香は少し困った顔をするがやがて口を開く。
「……言いづらい事なのだが、それは直接肌に身につけるものだろう。私達のグループは一部では有名でな、ストーカーに近い連中がいるんだ。そういった連中がよくない理由で集めようとするから売りに出せないんだ。だから君に役立ててもらった方が私としても嬉しい」
なるほどと思った。
たしかに紗耶香ほどの美人が身に付けていたものなら防具としてではなく欲しがる人もいるだろう。
そういった相手に渡したくないという気持ちも納得できるものだった。
そして、さきほど思い切り匂いを嗅いだ事は黙っていようと心に誓った。
出発の準備が終わると二人はさっそく森に向かいながら話をしていた。
「スキルは持っているか? もしあるなら教えて欲しい」
ユウトはプレイヤーカードを確認する。
「刀剣LV14と感知能力LV1です」
「刀剣のレベルはまずまずだな、感知能力は身に付けたばかりか。しかし……」
そう言うと紗耶香は考え込む。
「何かまずいですか」
「いや…… まずいというわけではないが少しな」
「どういうことです?」
「ユウト君はどういった理由でその二つを選んだんだ?」
「刀剣スキルは、武器とあわせて考えた時に手ごろな値段だったからですね。感知能力スキルは最近狩りの効率を上げようと思ったからです」
「なるほど。必要にあわせてというわけか」
「駄目でした?」
「そういうわけではないのだが、スキルというのは無限に身につけられる訳ではないことは知っているだろう? だから系統をしぼってとるべきなんだ。刀剣スキルは戦士系で感知能力スキルは狩人系や盗賊系に必要なスキルだから気になってな」
スキルは人によって身につけられる数が違う。
魂の器が大きいほど、より多くのスキルが身につけられるという噂があるが詳細は定かではない。
身につけられる数の平均は十前後だとされている。
「とりあえず必要になったものから選んでました……」
「いや気にする事はない。初めはいろんなスキルを試してみるのもいい。費用は掛かるが選び直しもできるしな。ただ最終的には一つの系統に絞ったほうが効率はいいだろう」
「一つの系統ですか」
「そうだ、目的を持ってスキルを伸ばすのが良い。そうだな…… まずは刀剣スキルを三十まで伸ばして”剣士”を目指すのが良いかもしれないな」
『アルカディア』は”スキル”を伸ばす事によって”職業”に就く事ができる。
職業に就くとそれに応じた能力補正が付く。
何も職業に就いてない場合は”冒険者”となる。
「三十ですか、まだ遠いですね」
「スキルは三十を越えたら一人前だからな、気長にやればいいさ」
「そういえば感知能力スキルはどうすれば上がるんでしょう?」
ユウトは気になっていた事を聞く。
「ん…… 基本的にスキルは使用しているだけで上がっていく。感知能力のような身体系スキルは自然に上がっていくだろう。あえて伸ばそうとするなら高レベルのダンジョンに潜ると上がりやすいと言われているが無理をする事はないだろう」
その後もユウトは気になっていた事をいくつか聞きながら森へと向かった。
そして紗耶香が質問に全てよどみなく答えるのを見て、相当の実力者である事を確信したのであった。