表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

第七話 バルティック

 レインが馬車を飛ばして数時間もしないうちに、目的の街バルティックが見えてきた。それまでの間、ドリスには言葉を教えてもらったので、ほんの少しだけ分かるようになってきたつもり。


「綺麗な街ね」


 彼らの言葉で言うと、とても喜んでくれた。まだ街の外壁しか見えていないのだが、語彙力不足につき勘弁してもらいたい。これからはずっとこの言語を使っていくのかと思うと、慣れるのは良いことだが、今までの自分が薄まっていくようで寂しかった。


「レインさん」


 門の手前まで来るとドリスがレインに声を掛け、何やら話し始めた。やがて男性の従者が先に馬車から降りて街に消えた。何事かと思っているとレインが私に向かって、


「ライゼンデが街に入るには申請が必要で、その申請には喚起術師の免許がいるとか。しぐれだけ街に入るといい」


 と言った。これは大問題だろう。


「あなたがいなくなったら、私はどうすればいいの」


 まるで破局を迎えた女の台詞のようだが、至って真面目である。


「彼らはよくしてくれると思うが」

「そうだろうけど、私は嫌。レインも来てよ」


 会って間もない人間にあれこれと世話をされるのは嫌なのだ。


「そんなことをすると君が捕まるだろう。なに、何事もばれなければいいのだ」

「……曲がりなりにも神様の台詞とも思えないんだけど」

「そもそもライゼンデではない以上、従う理由もあるまい。しばらくしぐれの影に邪魔をする」


 それだけ言うと、彼は私の小さな影に吸い込まれて消えた。何とも奇妙な光景だった。


「馬車はいいの?」


 残されたのは、馬のいない馬車に乗る私たち。スタンリーとドリスには事前に言っておいたのか、何ということもなさそうにしていた。私だけ何もわかっていないのがなんだが悔しい。


「お待たせしました」


 しばらくすると、先ほど街に入って行った従者の人が馬に乗って戻ってきた。彼は手早く馬を馬車につなげると、そのまま御者台に座って馬車を操りだした。ようやく街の中に入れるらしい。


「アミィ」


 気が付くと、ドリスが私の顔を覗き込んでいた。あまりにも人形みたいな女の子なのでつい頭を撫でてしまったので、笑顔を張り付けて誤魔化す。


「心配してくれるの? ありがとう、ドリス」


 言葉は違ってもなんとなく彼女に伝わったようで、しばらくおとなしく撫でられてくれた。

 街は思っていたよりも近世的だった。道はきれいな石畳、建物はレンガ積みで英国的なお洒落さがある。灯り始めたランプはガス灯のようで、橙色が落ち着く。


「どこ、行くの?」

「僕の家だよ」


 覚えたての言葉で尋ねてみると、スタンリーが何か答えてくれた。彼の家だろうか。無免許を咎められて投獄とかはないと信じたいが。


『コールフィールド家に招待されることになっている。狼と馬車の件でお礼をしたいとのことだ』

『いきなりテレパシーって驚くんだけど』

『……君の順応の速さにも驚くのだが』

『ねぇ、これ使ってしばらく同時通訳してくれない?』

『む。まぁ、よかろう』


 実際は喚起術師でもないのだが、その免許がないと不便が多いらしい。どのようにすれば免許をとれるのか、あとで彼らに相談してみよう。幸い有能な通訳も学院とやらに通う見習い術師もそばにいるのだし。


 着いたのは立派な館だった。従者とかがいる時点で気がついていたが、スタンリーもドリスも私とは住む世界が違う人たちらしい。レインから貰ったマントは裾が芸術的なボロボロさで、フォーマルとは程遠い品だ。中に着ている服も旅と野営で薄汚れており、急に恥ずかしくなってきた。

 とりあえず家の中に入るということでマントを脱ぐと、黒い霧になって消えてしまった。


『マント、消えちゃった』

『取り出そうと思えばいつでも出せる。安心するといい』


 レインの言葉にほっとした。なんだかんだで気に入っていたのだ。ちなみにマントが消えたときにも、私はそれが当然という風に振舞っていた。動揺を悟られるのが嫌で、隠すのが癖になってしまっている。


「無機物喚起だ……」


 スタンリーがまた何か感動してしまっている。彼にとって私は今どんな存在になっているのか非常に気になるところだ。


「マーシャ、アミィを中にお連れして」

「かしこまりました。失礼します」


 馬車に残っていた女性の従者、マーシャさんが一礼してから私をひょいと持ち上げた。この人のどこにこんな力があったのだろうと思ったが、力仕事に慣れた従者さんにとっては不健康な私は軽いのかもしれない。そうして危なげなく館の扉をくぐった。


「代わろう」


 館に入った瞬間に、私の影からレインが現れ、マーシャさんは大いに驚いていた。そして子猫を摘まむようにレインに持っていかれる私。マーシャさんの方が温かかったが、レインの方が落ち着く。


「マーシャ、ありがとう」

「恐れ多いお言葉にございます」

 

 敬称が分からないので呼び捨てにしてしまったが、レイン通訳によると、かなり萎縮させてしまっているようだ。


 この一連の誤解、解くべきか、否か。それが問題だ。

 

不憫な男性の従者、名乗れず。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ