第六話 ドリスの想い
狼に襲われた時は、本当に怖かったです。スタンリーと私だけでは、あれだけの数をいっぺんに相手取ることは難しいでしょう。馬は二頭ともやられてしまいましたが、御者をしてくれていたマーシャが早く気がついて馬車に逃げ込めたのは本当に幸いでした。
馬を食べて満足してくれれば彼らは帰ってくれるはず、そう信じてじっと息を潜めて待っていました。
「まだいる?」
「ああ」
スタンリーは時々窓から外の様子を窺っていました。私は怖くて外の様子は見られませんでしたから。
「様子がおかしい」
「どうしたの?」
「狼が逃げて行った」
そう言うスタンリーの顔は青ざめていました。狼がせっかくいなくなったというのに不思議です。
「外に出れそう?」
「ばか、もっとヤバイやつが来たってことだよ……いつでも術を使えるようにしておこう」
「う、うん」
しばらくじっとしていたところ、スタンリーが外に術師がいるのを見つけたと言い、外に出て行きました。
やがて、スタンリーは小柄な女の人を肩に乗せた、馬車よりも背の高い魔人を伴ってこちらに戻ってきました。彼らは底の見えない魔力をしており、一瞬体が強張りました。スタンリーはどうせ気がついていないのでしょう。あの従兄はそういう能力がすこし足りないですから。
術師の方は、アマミヤシグレという不思議な響きの名前で、外国の方のようでした。髪は外套と同じく真っ黒、肌の色も少し違います。歳はスタンリーと同じくらいでしょうか、実力からして既に学院は卒業しているのでしょうけれど。
あと、脚が不自由らしくライゼンデの魔人が常に彼女を運んでいます。隷属させているようではなく、魔人が彼女を気遣っているのがわかるようでした。
こちらの言葉はまだ喋れないようで、彼女のライゼンデに通訳してもらいながらの会話になりました。スタンリーも言っていますが、この魔人は何者なのでしょうか。これだけの知性と魔力を備えた存在はリッチくらいしか思い当たらないのですが、リッチは人の成れの果て、つまり人と変わりない体躯をしています。レインさんは大きすぎるのです。
「レインさん」
「何だ」
「貴方は何の術を修めているのですか」
「私のことは語れない、すまないな」
アミィに止められているのでしょうか、彼は自分のことを話しません。アミィは悪い人には見えないのですが、ここまで謎が多いと少し怪しいです。そもそも彼女は何処からやってきたのでしょう?
レインさんが馬車を牽いてくれると申し出てくれたので、アミィは私たちと一緒に馬車に乗ることになりました。レインさんから離れるとき、彼女は少しだけ不安そうな顔を見せた気がします。そんな様子がとても儚げに見えて、美しいと思ってしまいました。
「アミィ、言葉教えてあげる」
彼女を目の前にして言いました。彼女は何を言われたのかわからず、曖昧に笑って頷きました。
「あ、また雨が降ってきた」
スタンリーは窓の外をよく見ています。無意識に狼が気になっているのでしょう。
「アミィ、雨だよ、雨」
「雨?」
「そう。雨が降ってる」
「雨が降ってる」
私が頷くとアミィは笑顔になりました。これだけでも何だか嬉しい気持ちになれます。
言葉を教えながらの旅路はあっという間でした。というのは間違いで、レインさんが速すぎたのです。馬を全力で走らせたよりも速いのがずっと続き、予定を一日縮めてしまいました。
「僕も喚起術習おうかな……」
スタンリーはすっかり喚起術に惚れ込んだようですが、アミィのようにあれだけの魔人を常時喚起するなんて常識はずれなことのできる人間が何人いるでしょうか。
彼女は脚を手に入れるために必死に努力したのでしょう。私たちとは想いが違いすぎたのです。
「私も頑張らなきゃ」
いつか、私もアミィのような術師になって、人を助けたいと強く思いました。
壮大な勘違い