第五話 ライゼンデ
いつの間にか私はレインを従える喚起術師というものになったらしい。レインは微妙な表情をしていたが、人間と思われるよりはよかったと思う。
馬車にはスタンリー少年のほかにドリスという可愛らしい女の子とそれぞれの従者の男女がいた。驚くべきことにスタンリーとドリスは術師見習いというものらしい。
話の流れから推測すると特定の分野を修めると何とか術師と名乗れるらしく、私は人ならざるものを呼び出して使役させる喚起術師に当てはまるそうだ。
ちなみに二人は元素術師という私がイメージする魔術師のようなものを目指しているらしい。
「私はアマミヤシグレです。アミィと呼んでください」
中学生の英作文のような文章だが、至って真面目だ。初めての異世界語である。ちなみにアミィというのは、その昔外国人の友人が私につけたあだ名だ。彼らの発音からして、雨宮しぐれの発音は難しいだろうから 。
「うん、通じてるよ、アミィ」
今は食後、ドリスに簡単に言葉を教えてもらっているところだ。
「名を告げてよかったのか」
「別に呪われはしないと思ったけど。まだ子供だし」
私の名くらいなら名乗られた以上名乗り返さねば。
「ねぇ、アミィはどこに行く途中だったの?」
とドリスが問いかけてきたらしい。このレベルになるとまだまだレインの通訳が必要だ。
「この先の街、名前は読めなかったんだけど、そこに行くつもりだったの」
私は馬車の頭が向いている方向を指差した。あわよくば連れて行ってもらおうという魂胆だ。
「バルティックの街かな」
「この先ならそうだろうね」
「ところで、二人もバルティックに?」
「そうよ、私たちもアミィと同じ。バルティックは私たちの故郷で学院が休暇だから帰る途中だったの」
「この道って狼もでるのに休暇ごとに帰るの?」
「ほら、僕たちこれでも術師見習いだから。それにあの狼たちだって普段は人間に近づかないんだ」
スタンリー少年はそう言って首をかしげた。
「森で何かあったのかも知れんな」
レインが呟く。つられて後ろの森を振り返ると、暗く鬱蒼としており、不気味に見えた。
「君たちに提案がある」
落ち着いたころに、レインが二人に持ちかけた。
「馬が死んでしまっては馬車は使えまい。そこで私が馬車を牽こう。その代わりに我が主に馬車に乗せ、積んである食糧や水も分けて欲しい」
二人は願っても無い申し出に喜んだ様子、従者二人もホッとした雰囲気だ。このままでは彼らが荷物持ちになっていただろうから。
「ありがとうございます」
「気にするな」
レインは私を馬車に座らせると、自分は馬の代わりの位置に立った。
「気づいているかも知れないが、我が主は歩くことができない。気にかけてくれると助かる」
レイン二人に何かをいうと、彼らは頷いてから馬車に乗り込んできた。
「アミィ、言葉教えてあげる」
ドリスが私の向かいに座って、笑顔を向けてくる。私はこのとき気がついたのだが、レインがいないと彼らとコミュニケーションがとれないのだ。ドリスは色々な物を指差して単語を教えてくれているようだが、中には魔術の道具なのか、何に使うかよくわからないものも混ざっていた。
「こんなに速いのに全然揺れない」
スタンリーがふと窓の外を見て、ぎょっとしていた。私とドリスもつられて外を見てみると、電車のような速さで外の景色が後ろに流れている。ここ数日で見慣れた速さではあったが、確かに馬車にして速すぎるし、おそらくレインは馬車を牽いているのではなく持ち上げている。
「すごい、飛んでるみたい」
ドリスはいたく感心した様子。従者の二人もそろって私のことをキラキラとした目で見てくるものだから、少し困ってしまう。
「あのライゼンデは本当に何者なんだろう……それを操るアミィはどれほどの術者なんだ」
知っている単語は二つだけ。それにしても、言葉が通じないというのはもどかしいものだ。
本当にライゼンデという語はあるらしいです、知らんけど。