第四話 出会い
しぐれは眠っているときに、いろいろな表情を見せる。もちろん眠っているわけであるから、ほんの少しの変化だけだが。昨晩はどうも悲しげで、どんな夢を見ているのか気になった。
私は睡眠を必要としない。そもそも生き物ではないから食べもしないし、おおよそ生き物が必要な行動をとらないのだ。
私に唯一必要なのは、『畏れ』だ。
「レイン、待ってるだけも面白くないね」
「そうだな」
私はこの人間が不可解だ。死を受け入れるのはそう容易いことではない。いくら一度見逃したとはいえ、死の体現である死神の膝の上で猫のように丸くなるとは、理解に苦しむ。
「道進んでみない?」
「どっちが街かもわからないのにか」
「どっちにも街はあるんじゃないの?」
「砦かもしれん」
「それじゃあ一般人には会えないじゃない」
「む……」
確かに、丸一日待っても誰も通らないということは憂慮すべきことかもしれない。
「街道沿いでは飲み水が心配だ。川沿いに移動する」
「うん、川沿いに文明は出来るらしいしね。賛成」
「では行こうか」
立ち上がると同時に、膝の猫を肩にのせる。彼女は私が速度を速めると大層喜ぶ。こんなときは年相応に見えて安心する。
どのくらい移動しただろうか。しぐれがいかにも眠そうにしていた。
「あれ、何?」
急に彼女の気配に怯えを含んだものに変わった。おや、と思って彼女の視線の先をみれば死の気配を感じた。
「動物が人を襲っているのか」
襲われているのは馬車だ。馬は既に食い殺されたのだろう。御者の姿もない。襲っている動物は大ぶりな狼のようなものだ。
しぐれは私に助けてやれとは言わない。逃げようとも言わない。彼女は自分の脚が別の意思を持つものと弁えているのだろう。
「助けたいか」
「うん……乗ってるのは街道を敷いたのと同じ存在だろうから、助ければ街までいけるかもしれない」
同じ人間だから助けたい、とは安易に言えない。中にいるのがどんな生き物かわからないのだ。
「然り。落ちるなよ」
右手に鎌を取り出し、しぐれががっしりと掴まっているのを確認してから一気に加速する。数秒も数えると、馬車のもとに着いた。
「去ね、獣ども」
突然現れた我々に驚いた狼どもは唸り声を上げたが、しりすぼみに小さくなり、ことらを気にしつつも退散して行った。獣は獣でも身を弁えたものたちだった。
「どうする?」
「ちょっと待ってみましょう。それしまって」
しぐれはこの鎌が嫌いらしい。仕方がないのでしまうが。
「離れて待ちましょう。たぶん警戒してる」
待つこと数分、ようやく馬車の扉が開いた。中には四人の人間が乗っているようだ。そのうち一人がこちらに向かってくる。
「追い払ってくれてありがとう。僕はスタンリー・コールフィールド、あなたの名前を教えてくれませんか」
出てきたのは、身なりのよい少年。私をちらと見ただけで、しぐれに向かって話しかけている。
「レイン、やっぱり言葉通じないね」
しぐれは苦笑している。確かに始めて聞く言語だ。私がここは助けるべきなのだろう。
「私が間に入ろう。この少年はスタンリー・コールフィールド。君に感謝の意を示し、名を尋ねているが」
私が口をきくとは思わなかったのか、少年が驚いた。ちなみに先ほどはしぐれの言葉を使った。
「わ、さすが神様、なんでもわかるのね。アミィですって伝えて」
「スタンリー・コールフィールド、彼女はアミィという」
少年の言語で答えてやった。そして何の迷いもなく偽名を使う彼女の警戒心の強さは賞賛に値する。
「アミィ……アミィは優秀な喚起術師なんだね。そのライゼンデは一体何者なんだい?」
私の通訳は抜きで記すと以下のような会話がなされた。
「ライゼンデって何?」
「喚起で呼ばれたものたちのことだよ」
「へぇ、こっちではライゼンデっていうのね。種族は秘密、名前はレインっていうの」
「それは残念。異国の人と話すのは初めてだよ。食事を用意するからもっと話を聞かせてくれないかい?」
「もちろんよ。ご馳走になるわ」
こうして食事まで手にいれてしまった。しぐれが少し胡散臭く見える。