第三話 前世の記憶
翌朝、目が覚めるとレインは昨晩と同じ姿勢で座っていた。死神は眠らない、などと澄ました顔で言われそうなので敢えて言及しない。
「そのマントは君にやろう」
「いいの?」
「なくなることはないからな」
そう言って彼はもう一枚マントを脱いで見せた。すると一瞬黒い靄が出て、同じマントが形作られた。どうやらマトリョーシカ的になっているのではなく、際限なくに生えてくる雑草のようなものらしい。
ともあれ死神のマントという非常に禍々しいものを手にいれてしまったわけだが、白いワンピースに黒のマントというのはハロウィン仮装のようでどうも恰好がつかない。
「朝食だ」
「わ、ありがとう」
彼が指差したのは、何かの卵を使った目玉焼き。夜のうちに獲ってきてくれたのだろうか。一緒にいたのがレインじゃなかったらこの生活は望めまい。ちなみに水は雨水がたまっているものをそのまま使っている。雨女、もとい雨男のおかげと言えるだろう。
「夜の間に森を調べた。日没までに出られそうだ」
「ほんと? それで、その後は?」
「森のほとりに街道を見つけた。そこを辿ってみようと思う」
「人がいるのね」
「ああ。街道に動物の糞が残っていた。恐らく馬車のようなものが通るのだろう」
昨晩の夕飯となったウサギの余りで作った干し肉と、朝食になったものと同じ卵を、先ほど脱いでもらったマントに包んで背負った。
「ではしっかり掴まれ」
レインに抱きつくように手を伸ばし、為されるままに肩に座らされる。最初はあまりの高さに驚いたが、二階のバルコニーにいるようで心地よい。
宙を滑るレインに揺られること半日、ついに街道に出た。
「立派な街道ね」
「ああ」
石畳の街道は、一体どのくらいの時間と手間がかかっているのだろうと感動してしまうほど綺麗なものだった。どのような人たちがこの街道を作ったのか、この先にはどのような街があるのか、期待が膨らむ。
「ここで待つ?」
「そうだな。徒らに移動しても仕方あるまい。焚き木を集めてくるが、しぐれはここで待ってるか」
「や、ついてく」
「そうか」
おいて行かれるのが堪らなく不安なのだ。はぐれてしまったら、見捨てられてしまったらと考えると息が詰まる。
ずっと乗せてもらっているレインには悪いけれど、しばらくは一緒にいて欲しい。そこまで思考して、恋する乙女のようで急に恥ずかしくなった。
昨日と同じように火を起こして、新しく狩ってきた動物と、食べられそうな木の実を集めた夕食になった。木の実はレインが毒見済みらしい。
「どんな人たちが往き来しているのでしょうね」
「街道を作れる程度の文明をもつようだが、好意的かどうかは別問題だ。一応警戒はするつもりだが」
レインは黒靄から鎌を作り、かなり物騒な警戒をする気のよう。
「レイン、あんまり警戒心をむき出しにしない方がいいと思う。あと、浮かないで移動ってできる?」
「無論。ただししぐれへの負担が大きくなると思うが」
「私は大丈夫。それより相手に無駄な警戒心を与える方が問題でしょ?」
「一理ある。ならばそのようにしよう」
「お願いね」
何かあったら起こしてくれるという約束で、私はマントに包まって眠りにつく。
私は夢を見ている。私は昔から、と言ってもたかだか十何年だが、夢では自分以外の誰かになることがあった。ある時は老婆、ある時には少年、今回は妙齢の女性。
「どうしても征くのですね」
私は鎧を着る男性を引き留めるように言う。何となく、彼は私の婚約者なのだと分かった。
「かの伯爵は我らの窮地に現れて下さった。その恩義に報いるのが私の騎士道だ」
彼は己の剣を胸に当て、決意を表した。
「負ける戦いになると知ってもですか」
「勝負は時の運だ、確実に負けるなどとは言えないだろう。なに、あの時だってうまくいったろう」
「ですが……」
「もう発たねば」
彼は想いを振り切るように私に背を向けた。私は彼の背に言った。
「お待ちしております。必ず帰って来てください」
そうして彼は去って行った。しかし、季節が一周巡っても、彼は帰って来なかった。彼は何処で黒衣の死神に出会ったのだろう。