石窯
ネーヴェが、再び塔に訪れた時にも、石の器は沢山あった。
新たに加わったものと言えば、いびつな土の塊。
ぐにゃりと曲がった平板のようなそれが、大量に雪原に転がっている。
「これは?」
座り込み、その破片を拾い上げる。
見た感じ、地中から出て来た岩ではない。
「レンガ…?」
感触だけならレンガだ。けれども、この形は珍しい。
そんな事を思いながら謎の破片を観察していると、ふと、頭上にぬっと影が差した。
「ネーヴェさん?」
「タエ様」
その名を口にして頭を下げる。
それから再び上を向いたネーヴェの目に、タエの悲しそうな表情が飛び込んで来た。
鋭い牙をわずかに見せ、寂しげな息をこぼすタエ。
それだけで少し温まった風を感じ、ネーヴェは不思議そうに目を細めた。
「タエ様、何か問題でも?」
「いいえ、大した事ではございませんの。でも、その…やっぱり、この手では上手に作れなくて…」
鋭い爪がついた自身の翼を見下ろし、タエがしょんぼりと肩を落とす。
その様子を見て、ネーヴェは白い息と共に声を投げかけた。
「タエ様、何でもお手伝いいたしますよ」
竜のような真似はできずとも、人にしかできない事ならできるはず。
いつも元気をもらっているのだ。こんな時ぐらい恩返しがしたい。
「どうぞ、遠慮なさらずに」
大丈夫です、と自信を見せる。すると、タエがそっと首を低めて来た。
巨大な竜頭が近付いて来る。続いて、人を丸呑みできそうな口が遠慮がちに開かれた。
「ありがとう、ネーヴェさん。それではお言葉に甘えて、お願いさせてくださいね?」
「はい。何なりと」
「それでは……その、土をこねて器を作って頂きたいのです。王族の方にこのような事を頼むなんて、心苦しいのですけど…」
よろしいかしら、と不安そうに問われ、思わず目を丸くする。
それから少しして、ネーヴェは小さな声で笑い出した。
「何かと思ったら、それを気にされていたのですか。お安い御用ですよ。私、庶民の出なんです」
「まあ、そうでしたの?」
「ええ。ラタ様は大切ですけど、城暮らしをしていますと時々、昔が懐かしくなりましてね。たまには庶民に戻っても許されるでしょう?」
ぱし、と腕を叩いて胸を張る。言葉の通り、労働は別に嫌いではない。
それを見たタエが、いそいそと、森の外れの方に視線をやった。
「あちらにね」
「はい」
「土の採れる場所がありますの。案内いたしますので、ついてきていただけます?」
「ええ、大丈夫ですよ」
うなずき、目元をなごませる。
なにせ、自分よりはるかに大きな竜が、秘密の花園を見つけた少女のような喜び方をしているのだ。
不謹慎だとは思いつつも、どこか、ほほえましさを禁じえない。
その笑みを隠すように首元の衣を引き上げ、ゆっくりと足を踏み出す。
そんな二人の足跡が、雪面に点々と残って行った。
※ ※ ※
――数時間後。
「ネーヴェさん、器用なのですね」
「ふふ、そう言って頂けるとやる気が出ます」
うっすらとかいた汗を冷やすよう、腕まくりをして笑顔を見せる。
雪のような白い肌も、今や淡い桜色。
だが、細いなりに、健康的な張りを見せるネーヴェの手足は、労働を知らない民のものではない。
それをさらすと言う、城では絶対にできないような格好になって、ネーヴェは土こねに没頭していた。
現在地は、いくつもの岩を組み上げた山の上。
タエが、ここなら温かいだろうとネーヴェを連れてきた場所だった。
「ここ、暑いぐらいですね」
捏ねた土を器の形にしながら、満足そうに息を吐く。
その言葉に、どっしりと隣に鎮座していたタエが、こくりと可愛らしくうなずいた。
「ええ。ネーヴェさんに作って頂いているものを焼く窯が下にありますから」
「下に…」
その言葉を繰り返し、ネーヴェは手を止めて視線を落とした。
試しに岩に手を押しつけると、じんわりとした暖かさが指の間まで染み込んで来る。
湯とは違う、独特の暖かさ。
少し湿った岩肌のそれは、ただ焼けた石の熱とは違って、どことなく優しいぬくもりだ。
それをネーヴェが確かめていると、ふと、広い翼がその側に寄せられた。
そちらに顔を向けると、タエと目が合った。
「ささ、乗って下さいませ。落ちないように気をつけて下さいね」
「ありがとうございます。器、こんな感じでよろしいでしょうか?」
「ええ。上手に作ってくだすったこと」
「ふふ、職人の方々には及びませんけど」
楽しかったですよ、とドレスの裾をたくしあげ、それを片足にまとめて結んで笑う。
そんなネーヴェが翼に乗ったのを確かめて、タエが、そろりそろりと慎重にネーヴェを降ろした。
「この先をね」
山肌に沿って存在している細道を、タエが翼で指し示す。
「真っ直ぐ行って頂くとね、洞窟があるんですの」
「洞窟?」
「ええ。そこに器を置いて来て下さいませ、わたくしは、ここで待っておりますから」
翼をたたみ、そう言って頭を下げるタエに会釈を返し、洞窟へと歩んで行く。
辿り着いた先、潮風が吹き込む洞窟には、奇妙な匂いが立ち込めていた。
例えるなら、錆が濃くなったような酸味臭。
そこにある岩は物により白くて軽く、物により黒くて重い。
その、白くて軽い石を一つ衣にしのばせて、ネーヴェは急ぎ足でタエの元に駆け戻った。
「タエ様、置いてまいりました」
「ありがとう、ネーヴェさん」
大きく翼を広げたタエがそう言って、ばさりと洞窟の前へ舞い降りる。
それから蹴り倒した木々を放り入れ、炎を吹きかけると、あっと言う間に炎が木々に移り、洞窟の中を火で満たした。
洞窟の出口から、もくもくと上がり始める蒸気。
その光景にネーヴェが圧倒されていると、タエが再び舞い戻って来た。
「後は待つだけ。わたくしね、一度はこれをやってみたかったの。あのひとが、まだ若いわたくしを窯に連れて行ってくださってね。あれからいつかはやるぞ、なんて。年甲斐もなく夢みておりましたのよ」
「あのひと?」
「ええ、とても大切な人なの。もう…この世にはおりませんけれど。あの時作ったお茶碗も、昔に売ってしまいましたし」
「タエ様…」
切なさが胸を詰まらせる。
この火吹竜がどれだけ優しい心の持ち主かを、ネーヴェは良く知っている。
あの人、とは過去の契約者だろうかと考えてもみたが、それを詮索するような無礼を働く気にもなれない。
ただ、わかるのはタエが何かを作りたがっていると言う事。
その事にしばし悩み、紐でくるりと髪を纏め、ネーヴェはやや迷ってからタエを見上げた。
「タエ様」
「はい」
「あの洞窟のようなものを、別にも作れますか? 岩を組んで…」
「ええ、ええ。できましてよ。レンガを組んで作るものほど立派なものはできませんけど、それでもよろしければ」
「充分です」
にこりと笑みを見せて、ほがらかに息を吐く。
「タエ様の思い出の品、作ってみます。最初は失敗ばかりだと思いますけど、どうか、そこだけ大目に見て下されば」
「ネーヴェ、さん…」
タエが、感極まったように目を見開いた。
こんな異郷の地で、しかも恐ろしげな姿になった自分に対して、なんて嬉しい提案なのかと。
そう思うと自然と涙がにじんで、タエはそれを翼でぬぐった。
「ネーヴェさん…。ああ、どうしましょう。こんなに素敵なお話しを頂けるなんて、わたくし、なんだか申し訳なくて…」
百を超えただけでもありがたいと言うのに、まさか死した後に、こんな形で思い出の品と対面できるかも知れないなんて!
感涙にむせぶタエが、恥じるように岩陰に頭を引っ込める。
「いやですわ、人前で泣くなんて。でも、頑張って作りますね…」
窯を作ろう、最愛の人との思い出の窯を。
そうタエが決心した数日後、シシリの森の一角に、大きな岩の窯が出来上がっていた。