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一週間、それから

 それからも、タエの日々は平和だった。

 朝起きて、伸びをして、国を眺めたり空を飛んだりしてから眠りにつく。

 吹雪はタエにとって子守唄のように優しかったし、寒さで風邪を引く事もない。

 その事に感謝しながら、縁側でひなたぼっこをする調子で過ごしているタエだったが、それを見る人々の反応は、そこまで安穏としたものではなかった。

 「あの」火吹竜が召喚された。

 その噂は疾風のごとく人々の口に伝わり、瞬く間に話題をさらって行った。


「知ってる?」

「知ってるわ!」

「火吹竜様でしょ?」

「そうそう、まさか伝説が本当だったなんて…」


 道端で雑談に花を咲かせる一団ですら、ここ数日、こんな感じだ。

 一騎当千の伝説を持つドラゴン、火吹竜。その話を知らないシシリの民はいない。


 ――かつて大国ナティマの侵攻を受け、ここに逃げ込んだシシリの王は、火吹竜にこう願った。


「私たちには行く場所がない。どうか、この霊峰を私たちの国として使わせてはくれまいか!」


 それがどれだけ無謀な願いかを、存分に承知した上での事だった。なにせ幻獣との取引は、望む物の大きさに比例する。

 当時の火吹竜は、この地から永遠に夏を奪い、春を削る事を条件に王の願いを叶えた。

 追って来た兵を焼き払い、緑豊かな霊峰を言葉通り雪と氷の世界へと変え、「真に王国の危機が迫った時、再び力を貸そう」と約束して、塔の最深部で眠りについたのである――。


 この話は親子代々、子供の寝物語としても語り継がれている。だからこそ、シシリの民がこの地の寒さをなげく事はなかった。

 最も、不自由に耐えかねて「ここを聖地とし、別に王都を作ろう!」と言う声もたびたび起き、それは歴代の王を悩ませる事となっていたのだが、実現される事はなかった。

 ところが、ラタの父、ゼレが雪崩で急死したのだ。

 勢いづいた過激派は、ここぞとばかりにラタを手中に収めようとした。城は権力争いの温床となり、薄暗い噂が次々と立った。

 そんな状態で国が安定するはずもない。ネーヴェはそれを国の危機と捉え、ラタに竜の召喚を進言した。

 「なぜ呼んだのか」と竜に問いつめられた時のために、「こりずにちょっかいをかけて来ている大国の残党が、国を脅かしているからだ」と言う、正当な理由も準備した。

 そしてついに、伝説に名高い破壊者、空の覇者である火吹竜が召喚される事になったのだ。

 だが、タエは伝説で語られる竜とは大きく違った。


 もちろん、最初は「竜が現れたのなら戦争か」と言う噂が飛び交った。戦争と竜は同じ意味合いだ。それゆえに、家族に出兵を告げる兵士まで出たほどである。

 だが、タエの温厚な性格がそれを裏切った。なにしろ根っからの平和主義だ。

 周囲がタエをどう見ようと、タエとしては「戦争なんてもうこりごり!」である。


 そんなわけで、兵士達は困ってしまった。竜が飛んだら後に続こう。そう思って待てど暮らせど、招集がかからなかったのである。

 やがて、不思議に思った兵士が一人二人と城に確認に行き、とうとう、その勘違いは払拭された。竜が戦争を望んでいるのは誤解である、と。

 以降、王を亡くして先々に不安を抱える事になったシシリから、一気に暗さが吹き飛んだ。

 竜に対する畏怖と尊敬の天秤が、尊敬のみに傾いたのだ。


 塔の前で、煌々と朱を光らせる竜。辛い冬に灯った真紅のともしび。

 だが、塔の近辺は雪崩も多く、城から通じる地下道を通ってしか安全に行けない。

 そのため、直接国民が塔に来る事はなかったが、それでも、朝に夕にと自分を拝む国民たちを、タエもまた、優しい目で見守っていた。


※ ※ ※


「お久しぶりです」


 ラタとネーヴェが再びタエの前に現れたのは、召喚から一週間も過ぎた頃だった。

 国民への状況説明に追われ、執務室に缶詰となっていたからだ。

 だが、説明に時間を割いただけあって、ほぼ、タエへの誤解を解消する事ができた。

 これは大きな快挙だった。少なくとも、シシリにとっては。


 シシリの自然は厳しい。自衛のための兵士は一定数いるが、できれば人手を減らしたくないのが本音である。そこに守護神が降臨し、しかも「戦をしなくて良い」というのだ。

 当然、人々は喜んだ。結果、催事用の肉があちこちでふるまわれるようになり、残りを燻製にする煙が、植え込みの間に良い香りを振りまくようになった。

 さらに、外に出て竜を見たいと言う子供達のために、糸がつむがれ、服が編まれた。

 時には小さな竜の形をした雪像が作られ、家々の扉を守るように並べられもした。だが、それは外敵を威嚇するようなものではなく、訪問者を歓迎するような、そんな表情の像になった。

 もちろん、頂きの塔にいるタエの顔は、人の視力で確かめるには遠すぎる。それにも関わらず、雪像が恐ろしい物にならなかったのは、民の方もまた、自分達を見守る優しいまなざしを感じていたからかも知れない。

 そんな感じの一週間。それを経て、再びタエの元に訪れたラタとネーヴェを迎えたのは、見慣れた塔と、雪と、


「こ、これは一体……?」


 塔の前。相変わらずの大きさを誇る火吹竜の前に並ぶ、石で出来た器だった。

 器の中に張られた湯には、猿が大量に漬かっている。一週間前にはなかった代物だ。


「わあ……」


 王と言っても箱入りの十歳。見たこともないような数の猿に目を輝かせるラタ。

 その隣で、ネーヴェが不思議そうに首を傾げた。


「召し上がられるので?」


 はて、竜族は茹でた獣肉がお好みか。ならば羊の肉でも献上しようか。

 そんな事を思ったネーヴェの前で、タエがふるふると首を振った。


「そんなことはいたしませんわ。ほら、寒いだろうと思って…」


 でも、さすがに作り過ぎましたわね、とあごを引いたタエが薄く口を開く。

 人で言うなら、はにかみ、頬を染めてうつむくような仕草だ。

 親子連れの猿達があんまりにも嬉しそうなものだから、ついつい嬉しくて数を増やしたけれど。よくよく見ればそこらじゅうに、湯がなみなみと張られた石の器が出来ている。

 むしろ、余るほどに。


「ちょっと、作りすぎてしまって。ごめんなさいね」


 年甲斐もなくはしゃいだ事を恥じるように、そっと目を伏せるタエ。

 その前で、ラタとネーヴェが、信じられない物を見る目で石の器を見つめていた。

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