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和解

「あのさ」


 逆さ竜の仲間を前にして、ロイが困ったように口を開く。


「ちょっとドラゴンに睨まれちゃってさあ、しばらく、国に協力しないといけないんだよね…」


 そう言ったとたん、目の前の仲間達がざわついた。

 お互いに顔を見合わせて、また、ロイに視線を集中させる。

 だが、ロイにつかみかかろうとする者はいなかった。

 なにしろ、ロイの背後のさらに向こうから、火吹竜がこちらを思い切り睨んでいるのだ。


「ロイさん、お友達と仲直りできるかしら…」


 ロイに「仲直りしてくる」と言われたタエの、そんなつぶやきと思いは、これっぽっちも届いていない。

 普通に見る分には、どう見ても「睨みをきかせているドラゴン」だ。


「ね、ねえ。ロイ、本気で言ってるの?」


 恐々と一人が問う。

 実は脅されて言わされてるんじゃないか、とかいう心配が口調からにじみ出ていた。

 なにしろ、組合の中で誰よりも竜を憎み、誰よりもその討伐に意欲を燃やしていたのがロイなのだ。

 よっぽどの事がない限り、裏切るとは思えない。


「まあね。なあに、お前達が焼かれないように上手く立ち回るから大丈夫さ」


 にっこりと笑ってロイが言う。それから、小声で「任せておけ」とも言った。

 理由こそ適当だが、組合の仲間が国に捕まって欲しくないのは本心だ。

 そんなロイの気持ちを察したのか、不意に、仲間の一人がおずおずと前に進み出た。


「…ねえ、ロイ」

「何?」

「だったら、僕も協力する」

「は?」

「だ、だって、僕を助けてくれたのはロイだよ。なのに、ロイだけ竜に見張られるなんて不公平じゃないか!」


 緊張にうわずった声で、少年が叫ぶ。

 それにロイが口を挟もうとした瞬間、また別の声が割り込んだ。


「じゃあ、あたしも。だって、ディラノさんが人質に取られてるんでしょ?」

「それならオレも」

「待って、ボクも!」


 次から次へと上がる声。

 それにロイが目を丸くしていると、やがて、ほぼ全員がロイと共に居る事を宣言していた。


「ちょ、ちょっと待てよ」


 ロイがあせる。せっかく一芝居打ったのに、これじゃ意味がないじゃないか、と。

 けれど、背後からの竜の視線と、前からの仲間達の視線に挟まれた今、「それじゃ!」なんて逃げ出せる雰囲気でもない。

 ごくりと喉を鳴らし、じっと仲間達と見つめあう。

 そのまま数秒が過ぎて、先に苦笑したのはロイの方だった。


「……馬鹿だなあ」

「え?」

「馬鹿だなっあて思ったの。僕も、それからお前たちも」


 困ったようにロイが笑う。

 本当に馬鹿だ。反竜の組合は言い換えれば、家族を失った者達にとっての第二の家族。

 だからこそディラノが寝返った時に、あんなにも自分は傷ついた。

 そして、最初は国に捕まってでも、大事な仲間を取り戻そうとまで考えた。

 それと同じ思いを、仲間が持っている事に不思議はないのに、すっかりその事を失念していたのだ。

 竜に反目するという大きな目標こそあれど、苦楽を共にした者として、共にいたいと言うのは誰もが同じだったのに。


「よし!」


 迷いを振り切るように声を上げ、ロイがぐるりと仲間を見渡す。 


「あのドラゴンが僕達への疑いを解くまで、思い切り奴の味方のフリをしようぜ。な?」

「賛成!」

「おう!」

「…気がすすまないけど、賛成」

「それしか無いだろうな、今は」


 それぞれが、それぞれの思いを言葉に変える。

 そして、仲間の宣言が一通り終わると、少年がロイに歩みよってきた。


「あのね、これ……会えたらロイに渡そうと思ってたんだ」

「ん?」

「クルジさんからの手紙。中身は、組合のまとめ役に見て欲しいって。ロイがいなくなってから、誰が組合をまとめるか、なかなか決まらなくてさ。ずっと持ってたんだ……ごめん」


 少年がうなだれる。

 だが、ロイは怒らなかった。むしろ笑った。


「いいよ。大変だったんでしょ、ディラノに続いて僕までいなくなっちゃったから」


 さぞかしみな、混乱した事だろう。なにせ、主力二人が立て続けに抜けたのだ。

 そして、残されたメンバーの中に、本気で竜を討とうとする者はそれほどいない。

 皆、我が身の不運に、それらしい理由を望んでいただけだ。

 竜のせいだと思えば、あるいは、そう言う事にすれば、仲間達と共にいられたから。


 けれどそれは、竜がその姿を見せなかったからこそだ。

 いない存在を憎むのは簡単だが、いざ現れた竜の姿を見てまで、「戦おう」なんて言えるのはせいぜいディラノとロイぐらい。

 その雰囲気を、ロイもうすうす察していた。だから、自分が抜けたらどうなるか案じてもいた。

 あの竜を見て、「怖がるな」なんて無茶だ。


 その事に改めて申し訳なさを感じつつ、手紙を受け取って封を破る。

 そして、その場で手紙を広げ――ロイは、目を見開いた。


「……どしたの?」

「何て書いてあるんだ?」

「教えてくれるかしら?」


 ロイの変化に気付いた仲間達が、次々に質問を投げかけて来る。

 それに対し、ロイは、信じられないという顔のまま、手紙の内容を読み上げた。


「『ダトイーンが、ナティマの第一王妃の娘を誘拐した容疑で、投獄された』って……」


 しん、と辺りが静まり返る。

 口にはしなかったが、ロイを除く全員が、それをドラゴンの魔力によるものだと信じ込んでいた。


※ ※ ※


 一方のナティマでは、ダトイーンの怒声が響いていた。


「一体なんなんだ、これは!」


 柵の向こう、もとい檻の中でダトイーンがわめく。

 ちなみに柵は木製。床にはシュロの寝床。屋根は金色の草ぶき。つまり、牢とは名ばかりの家畜小屋だ。

 無力な一般人相手ならこれで充分という理由からだったが、隣でまったり寝そべっている牛と並ぶと、どうにもいまいち格好がつかない。

 だが、ダトイーンは必死だった。柵を掴み、身を乗り出す。


「わ、私は、王族の娘など知らん! 何かの間違いだ、あるいは罠だ!」

「はっ、しらばっくれるなよ。お前が第一王妃様達を誘拐し、竜の生贄にしたと聞いたぞ」

「それは誤解だ! 私はメラシュ家のネバに誘われただけで……」

「そのネバが我々に教えてくれたのだ。お前が、ドラゴンの生贄に王女の娘を捧げたとな。だが、ただでさえ砂虫が増えて来ているのでな、お前の処罰に人の手はかけられん」


 めんどくさそうにナティマの兵がぼやく。

 それを聞いて、ダトイーンの顔から血の気が引いた。


「…つまり?」

「我が国の民を竜の生贄にした罰だ、お前には砂虫の餌になってもらう」


 あっさりと告げられた最終宣告。

 要は、砂漠に放り出すぞと言う事だ。


「……冗談デショ?」

「動揺するのは判るがな、本当だ」


 うむ、と兵士が大きくうなずく。

 その数秒後、ぱたっと情けない音を立てて、ダトイーンが牢の中で気絶した。

 思わず、兵士が苦笑する。こんな小物が良くぞ誘拐なんて真似ができたものだ、と。


「さて、戻るとするかねー…っと。んん?」


 兵士が首を傾げる。

 市場の方に、奇妙なものが見えたのだ。


「何だありゃ、新手の追っかけか?」


 市場で、人々の視線を集めているのは剣を背負った屈強な男。と、その後ろをこそこそついて行く女の姿。

 しかも、女のそれは尾行にしては下手すぎる。

 だが、男の方も相当に鈍いのか、気付く気配が全く見られない。

 その男が店主と会話し、立ち去った後、ぽつんと取り残された女が一言。


「わ、私は何をやっているのかしら…!」


 こっちが聞きたいよ、と一部始終を見ていた人々が思ったのは言うまでもない。


※ ※ ※


 そんな事があったとは知らず、ロイは一人でダトイーンの屋敷に足を運んでいた。

 途中、ナティマの服を来た男が一人、国の兵士に連れて行かれるのが遠目に見えたが、そんな事は二の次だ。

 緊張にこわばった肩をほぐしてから、こんこん、と扉を叩く。

 すぐに、がちゃりとノブが回って、クルジが顔を出した。


「すみません、領主様は……」

「ああ、旦那様なら留守ですよ。わたくしで良ければ話を聞きますけど」

「そうですか。その……言い難いのですけど」


 と、前置きを挟んで、「国に従うことになった」と控え目に告げる。


「ちょっと失敗して、竜に見張られてしまって」


 怖々とそう言うと、クルジが、すっと冷ややかに目を細めた。


「なるほど。ところで、それは君の意思ですか?」

「え?」

「違うでしょう。こう見えても、わたくし、旦那様にお仕えするために、人を見る目は磨いたつもりです。なので、もう一度聞きます。それは、あなたの意思ですか?」

「……違うと言ったら?」


 急いで剣の柄を握り、ロイが半身を引いて身構える。

 そこに、クルジが一歩詰め寄った。


「そうですね、お茶でも奢るとしましょうか」


 ほがらかにクルジが言い切る。


「え?」


 ロイが呆気にとられると、「どうぞ」とクルジが屋敷の中にロイを促した。


「大丈夫ですよ、罠なんて仕掛けたりしません。だいたい、竜の目の届く所で何か出来るなんて思ってもいませんから。さ、どうぞ」


 そう言って先に歩き出したクルジが、中庭が良く見える部屋へとロイを促す。

 それにロイが従い、部屋に据えられた椅子に腰掛けると、ほどなくして、クルジが茶を淹れてくれた。

 仄かな香りが立ち昇る。


「お好みの味だと良いのですが。寒いですから、少し、スパイスの効いたものにしてみました」

「あの……」

「何でこんな事をするか、ですか?」

「はい」

「簡単ですよ」


 対面の椅子に腰掛けつつ、クルジが真面目な顔になる。


「目的は、わたくしの本当の主をお救いする事です」

「主?」

「ええ。今まで随分と苦労しましたが、旦那様もネバ様も、すっかりわたくしを悪事の共謀者として認めて下さいましてね。わたくしの助言には、全て耳を傾けて下さった。それを利用しただけの事です」


 そう言った途端、突風が吹いて、巨大な顔が窓の外にぬっと現れた。

 ついつい心配になって、様子を見に来たタエである。

 人を踏まずに済むようにと、場所を選んで着地したつもりだったが、すぐに立ち去らないと誰かが見に来るかも知れない。

 そう思って、にっこりとロイに笑いかけ、再び、タエは飛び去って行った。


「お茶会でしたのね、お邪魔だったかしら……」


 雲の間に声をこぼし、悠々と空を舞う。

 その下方で、やや遅れて集まって来た使用人達が「襲撃だああ!」などと大騒ぎしていたが、タエは気にせずに塔の方へと飛び去って行った。


「……で、話を戻しますけど」

「驚かないんですね、クルジさん」

「それはあなたもでしょう。しぶしぶ従っているにしては、竜の顔色をうかがっていない。それはつまり、わたくしの勘が合っていたという事ですよね」

「…………」


 ロイが無言で茶を啜る。それを見て、クルジはようやく話せる相手が出来たとばかりに、嬉々として語りはじめた。


「まず、最初に」


 と、ロイを真っ直ぐに見つめて口を開く。


「わたくしはナティマの奴隷でした。もっとも、最初から奴隷だったわけではなく、王族の血筋に仕えるれっきとした執事でした。ところが、わたくしの主があの強欲な女に狙われたと知り、わたくしは主を逃がそうと試みたんです」

「強欲な女?」

「ええ。現ナティマの王の母……と言えばわかりますよね。当時でも、竜のうわさはありましたから、主をシシリに逃がせば追って来ないだろうと当時のわたくしは考えました。けれど、上手くは行かなかった。主は侍女と共にシシリまで逃げて下さいましたが、わたくしは王女誘拐という罪を着せられて奴隷にされました」


 だが、クルジは諦めなかった。

 誰よりも大切な主を、どうにか救おうと考え続けた。


「主はシシリにいるはず。ならばシシリに行けば、主に会えるだろうと考えていたのです。そんな折、わたくしを旦那様が買い上げました」

「それは偶然?」

「まさか! ちゃんと演技ぐらいしましたよ、望みの買い手の元にいけるようにね。でも、シシリに来ても主の足取りは掴めなかった。ですから、わたくしは本当に主が竜にさらわれたのではないかと疑うようになって、竜の出現の兆候とされる場所を城に知らせるようにしたのです。例えば季節はずれの湧き水などの噂を集め、旦那様を通して城に伝えるようにしたのです。それで、もしも運良く竜に会えたら、主を帰してくれと頼むつもりでした」

「じゃあ、ダトイーンに僕達を引き合わせたのも……」

「ええ、ひとえに竜を探すためです。探索は人手が多い方が良いですからね。ダトイーンにとって君達は密輸を含め、反竜のためなら何でもしてくれる便利な連中。僕にとっては、国の手が回らない部分まで竜を探してくれる探索者。お互いに損が出ないように調整したつもりですよ、これでも」


 そこで一息ついて、クルジが自分のカップに口をつける。

 そして、クルジは軽く眉を下げた。


「怒りますか?」


 怒られて当然だ。自分の望みのためだけに、ロイ達を利用したのだから。

 だが、ロイは小さく笑って、ゆっくりと首を横に振った。


「ディラノなら、怒ったと思います」

「あなたは?」

「悔しいと言えば悔しいですよ。でも、竜を憎む事でしか、自分を保てなかった時期もあったし。逆さ竜の組合がなければ、僕は生きる気力も仲間も手に入らなかった。だから、悔しいけど、怒る気はしません」

「そうですか……」

「信じられないって顔してますよね。でも、本当に怒る気にはなれないんです。それより、今も竜がナティマ王妃を浚ったと思っていますか?」


 あの竜が、人を浚うような竜だと。

 言外にそんな意を含めて返答を待つと、少しの間の後に、クルジが「いいえ」と答えた。


「主が、国境でひっそりと暮らしておられる事を、最近になって知りましたから。ただ、わたくしがそれを知ったのは、王妃が主に気付く寸前です。ネバ――旦那様の取引先が、が嬉しそうに自慢してきたのですよ、正妃の探し人を見つけた、殺せばきっと金がもらえるはずだ、とね」


 それは、出世欲にくらんだ小悪党らしい考えだった。

 だが、そこでおろたえるクルジではない。


「いい機会だと思いました。それで、ネバをそそのかしてみたのです。『あの正妃は賢い、殺したら王族殺しの罪をあなたに被せてのうのうと玉座に収まるだろう。いっそ、シシリのドラゴンのエサにしてはどうか。ドラゴンにしてみればナティマの王族は憎き敵のはずだし、王妃も確かめには行かないだろう』とね。ついでに、その罪はダトイーンに被せてしまえとも」


 その誘いにネバが乗った。後はクルジの思い通りの展開になった。

 ダトイーンは逮捕され、クルジの逃がしたかった相手はシシリに来た。ネバはそれを報告した褒美を正妃から受け取り、その報酬の一部をクルジへと支払った。


 ちなみに旦那様、と呼ばずにダトイーンと呼び捨てにした辺りに、クルジの本音が見えている。

 そこに気付いてようやく、ロイは肩の力を抜いた。


「じゃあ、その方々は今はシシリに?」

「ええ。今頃、シシリのどこかに”誘拐されて”来ているはずです。誘拐に関わったネバの部下は、いまごろ喜んでネバの元に向かっているでしょう。当のネバは、もういませんけど」

「まさか、さっき連行されて行ったのって……」

「その”まさか”です。正妃は我が身が一番ですからね、竜の国で投獄された犯罪者なんかに情をかける事はありません。ネバの悪事が明るみに出れば、ダトイーンの悪事も同時にあばかれます。どちらも、ナティマが庇う事はないでしょう」


 つまりは、クルジの一人勝ちだ。

 その手筈にロイが感嘆していると、にや、とクルジが楽しそうに笑った。


「さて、ここまで話したのです。今しばし、この館の財産はわたくしのもの。ネバからの報酬も手元にあります。礼は弾みますから、どうか、わたくしの主を探すのに協力して下さいな。そして、我が主が無事に暮らせる方法を、一緒に考えてくださいませ」

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