表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/41

計画

 湯気の暖かさが、刺々しい寒さを和らげて行く。

 それをたっぷりと吸い込んで、レリウスは思い切り手足を伸ばした。


 ほどよい温度の湯と、冷えた空気がこの上なく心地良い。

 場所は塔の側。もちろん、景色は最高だ。


「全く、年よりをこんな場所まで呼び出しよってからに。お影で足腰が鍛えられてしまうわい」

「え、いいじゃん。運動後のお風呂って最高でしょ?」


 レリウスの隣で、ロイが笑う。


「口の減らない奴じゃのう……どこかの誰かを思い出すわい」

「誰かって、お父上?」

「うむ。まあ、そうとも言う」


 しっとりとした髭を撫でて、レリウスがさらに隣のラタに苦笑した。

 今、湯に漬かっているのは、レリウスと、ロイとラタと、その他大勢──もとい、動物だ。

 水を嫌うとされる山猫でさえ、風呂の端で幸せそうに、その毛並みをしんなりさせている。


「みんなで入るのも、悪くないよね」


 ね? とラタが一同を見渡して笑う。城でこんな事をやったら注目を浴びてしまうが、ここならば、心おきなくくつろげる。


「皆には秘密ですぞ」


 レリウスがラタに念を押した。


 ラーニアが戻って来てすぐ、レリウスはラタを呼んで塔に向かった。もちろん、塔に通じる道をしっかり封鎖するように命じた上でだ。

 ロイの身元についても確認してから、ラタを呼んで連れて来た。そして、小屋に着いてからちゃっかりと石鍋を堪能して現在に至る。

 一方のタエはと言えば、レリウスが持ち込んだ図面を見て、「あら!」とか「まあ!」とか嬉しそうに声を上げている。

ちなみに図面は、シシリと建物を描いたものだ。


「タエ様、面白い?」

「ええ、ええ、とっても! みなさま、これをシシリに作る予定ですの?」

「そうなりますな。この生意気小僧の案ですが」

「生意気は余計だってば」


 べ、と舌を出してロイがむすくれる。それを見て、ラタがくすくすと小声で笑った。


「でも、いい方法だね。ここで色々考えるってのは」

「だろ? この頑固な爺さんに言ってやってくれよ、僕が小屋作ったから、そう言う事ができるんだって。雪ざらしじゃ作戦会議も立てられなかったでしょ」

「作ったのはタエ殿では」

「設計は僕!」


 ロイが湯を叩いて抗議する。


「ま、本当はどうやって竜と戦うかって、あれこれ考えていた頃の名残なんだけどね」


 ぐっと伸びをして、ロイが片目をつむった。


 竜という巨大な力に打ち勝つには、拠点や人が必要になる。それには倉庫の役目を持つ建物を、人目につかない場所に建てなければならない。

 大体において、そう言う土地は不安定なのだが、ロイは、それを見越した上で、あれこれと設計案を練っていた。

 ディラノが武力の筆頭なら、一番弟子であるロイは知識の筆頭。その知識を、まさか、あれほど憎んだ竜のために使う事になるとは、ロイ自身も思っていなかったけれど。


「意外な所で役立ったよなあ。まあ、大きなものを作るには国の協力が必要だけどさ」

「タエさまの力もね」

「まあね」


 それにはロイも異論なしだ。

 これからやろうとする事に、タエの協力は欠かせない。タエは承諾してくれている。

 ちなみに小屋を作るとき、「ちょっと木を集めて」と頼んだだけで、いそいそと大木をへし折って来たタエを見て、腰を抜かしそうになった事はロイだけの秘密である。


「ねえ、ロイさん」


 不意に、タエから声がかかる。


「この、細長い印は何ですの?」

「ああ、それタエさんが前に作った音の塔だよ」


 とん、と風呂の底を蹴って体を滑らせ、ロイがタエの側へと泳ぎ寄った。


「建てる場所によって、音の高さを変えようと思ってるんだ。そうすれば夜道でも、何となく自分の居場所がわかるでしょ。ほら、雪があると、崖に気付かなかったりするじゃない。僕達は大丈夫だけど、風呂に来るお客さんはそうじゃないから、霧の日でも危ない場所がわかるようにって。──そこの爺さんの案だけどね」

「本当に、口の減らん奴だのう」

「えー、暗い顔してるよりいいじゃん」


 ね、王様? とロイがラタに向けて同意を求める。それにラタが笑い返すと、ロイが楽しそうに肩を揺らした。


「まあ、でも、これがいい案だってのは認めるよ。よく思いついたなあって思うもん」

「なあに、あの日、街じゅうに音があふれたからのう。長い事住んでおったのでな、誰がどの楽器を好むかは、もう充分に知っておる」


 もっとも、それがまとめて鳴ったのは初めてだし、その音で家の位置が判ると思ったのも初めてだ。


「音の道は、素焼きを組み合わせて造るとして、湯の流れてくる風呂は、ロイの案の通りに。できれば、さきほどの鍋もやりたいものですが、釜は焼き物用ですし、蒸し風呂にも熱を使っておりますからの。また、いずれという事で」

「あら、まあ。では、わたくしにも何かお手伝いができますかしら?」

「タエ殿には、塔の側から広場まで引く湯の道、それを作るのにご協力願いますよ。塔の付近はご存知の通り、雪崩が多いですから。我々では危険が大きいのです」

「ふふ、それでしたら、よろこんで。降りる時には、お怪我をさせないよう、一声かけさせていただきますね。──あら?」

「なにか?」

「ああ、いえ、ちょっとね。ディラノさん達が見えたものでして」

「どこ?」

「国の出口です。大丈夫、仲良くやっておられるようですよ」


 塔からは点にしか見えない距離だが、竜の目を持つタエには見えるのだ。共に手を繋いで歩くディラノとアニア。そして、なぜかそこから距離を置いて、こそこそと隠れるようにして二人を追いかけて行くネーヴェが。


「……すげえ」


 ぽつりと、ロイがつぶやいた。

 屋根の上の自分は、あの点と同じぐらいだっただろうに、それでもタエには区別がついていたのだ。

 あらためて、自分が挑もうとしていた者の力を思い知る。そこまでの力がありつつ、とことん争いを避けようとするとは本当に、竜の心は人智の及ばない領域にあるらしい。


「さーて、温まったら小屋に戻ろう。氷蜜でも食べて計画の続きだ。夕方には王様と宰相様に戻ってもらわないと、大騒ぎになっちゃうからね」

「そうですな」

「うん」


 レリウスに続いてラタがうなずく。

 それに楽しそうな笑顔を向けて、ロイは一足先に、湯船の淵に足をかけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ