思惑
一歩、また一歩と縮まって行く距離。それを、二人は見ている事しかできなかった。
逆さ竜の組合は、竜を憎んでいる者の集まりだ。竜に関わる者全ての不幸を願っている集団と言ってもいい。
それゆえに手段を問わない者も多く、王宮の関係者から人質や怪我人が出た事もある。
だからこそ、注意しなければいけないのだ。なのに、こんな場所で遭遇してしまった。
助けは呼べない。
呼んだ所で、気付いてもらえるかも怪しいだろう。
「奇遇だなあ、こんな所で城の連中に会うなんて。うん、僕は運がいい」
けらけらと少年が笑う。
その声ではっと我に帰り、ラーニアは急いで立ち上がった。
転びそうになりながらシャンザの前に立ち、きっと少年をにらみ上げる。
それを見て、すうっと少年が目を細めた。
「ふぅん……いい度胸だね。もしかして、体を張って仲間を守ってるつもり?」
「そ、そうだよ。あんたにはわかんないだろうけどねえ、家族を亡くしたあたしを支えてくれた、かけがえのない仲間なんだからね」
「支えてくれた?」
少年が片眉を跳ね上げる。
直後、ずいと少年がラーニアに詰め寄った。
「じゃあ、その震えは武者震いかな、それとも寒いのかな。どっちにしても老い先短いんだから、さっさと死んじゃえばいいと思うんだけどなあ。そしたら、死んだみんなとも会えるじゃない?」
少年との距離は、もう、手を伸ばせば届く程度の近さしかない。
「家族はもういないんだろ? それなら、もう終わりにしてもいいよね」
少年の手が剣に触れる。
そこまで来て、ようやく、ラーニアは震える声を絞り出した。
「よ、よくないよ。まだあたしは孫を見つけてないんだ。シャンザだって家族がいる。お、終わりにしたいなんて思うわけないだろう!」
「へーえ。だったらなおさら、竜に従うのは馬鹿だと思うなあ」
剣から手を離し、少年が頭の後ろで指を組む。
その態度にラーニアが怪訝そうな顔をすると、少年が馬鹿にしたように笑った。
「僕は知ってるよ。あんたの家族は山賊に襲われて死んだ、孫は消えた、竜は助けちゃくれなかった……なのに慕ってどうするんだよ、そんな事したって、あんたの家族は戻って来ないんだぞ! 今だって助けに来ない!」
少年が声を荒げる。刹那、りぃん、と音が鳴った。
音は、彼の服に留められた小さな鈴からだ。やや古びてなお、良い音を響かせる金属の鈴。
「あんた、その鈴……」
ラーニアが目を見開く。たかが鈴だが、忘れていない。忘れるわけもない。
「また来るわね、お母さん」と。あの日、そう言って帰っていった娘に、ラーニアはこの鈴を渡したのだ。孫のお守りになるようにと。
それを、この少年が持っているという事は──まさか。
「そ、その鈴、どこで……」
「グルオオオッ!」
刹那、地を揺るがすような声が響き渡った。思わず、場の雰囲気が凍りつく。
その硬直が真っ先に解けたのは少年だった。雪を蹴り、剣を滑らせ、キン!と何かを弾き上げる。
宙に跳ね上げられたのは細く鋭い、磨きぬかれた一本の鋼。
矢だ、と遅れてラーニアの認識が追いついた。
「ああもう、僕一人で充分だって言ったじゃーん」
矢を弾いた剣を降ろし、少年がけらけらと笑う。
「援軍なんていらないのに、本当に余計な事してくれるなあ。見ろよ、おかげで竜に見つかっちまった。ねえ、どうするんだい? ここで仲良く全員で焼死するのかい? 僕はゴメンだよ、そんな終わり方」
落ちた矢の上に足を乗せ、雪原に押し込みながら少年が笑う。
顔を向けるのは背後の木々の方。そちらに、仲間の気配があるのだ。
「全く、本当に余計な事をしてくれたね。衛兵からは逃げられても、竜からは逃げられない。さあて、どうしよっかな。ねえ? 婆さん、とりあえず僕を捕まえる事で他は見逃してくれないかな。まだ、僕しか姿を見せてないからいいでしょ?」
言いながら両手を上げる少年に、木々の向こうでざわめきが広がる。
だが、少年の決意は変わらないようだった。
「早く捕まえてよ、竜に見られているだけで腹が立つ。僕は二回、竜を嫌いになった。最初は僕の家族を奪ったから。二度目は、僕の尊敬する人に、呪いをかけたから」
「尊敬する人?」
「そう。だからね、竜は嫌い。王族も嫌い。あんたたちも大嫌い──」
ぎち、と歯を食いしばる音が響く。
「あの時も助けになんて来てくれなかった、何がシシリの守護神だ。今ごろのうのうと出て来て、遅いよ、遅すぎるよ。もう僕の家族は誰も帰って来ないのにさ……」
りぃん、と再び音が鳴る。
ラーニアが、怖々と少年に歩み寄った。
「……ねえ、あんた。まさかとは思うけど、あんた、もしかして」
動揺のあまり、うまく言葉が出て来ない。
あの日、家族で遊びに来ていた娘夫婦。家に帰ると言って、そして、そのまま音沙汰が途絶えた一家。娘とその夫の死体が雪の中から見つかったのは数日後。なぜか孫は見つからなかったが、無残に引き裂かれた服が発見された。
おそらく獣か山賊に襲われたのだろうという事で、捜査は一週間で打ち切りになった。
──お守り代わりに、持ってお行き。
そう言って渡した小さな鈴を、忘れた事は一度もない。
すがるように、そこに視線を注ぎ続けるラーニアに気付いて少年が足を引くと、ラーニアが少年を見上げた。少年が視線を反らす。
「ね、ねえ、あんたの名前は?」
「……覚えてない。反竜の組合での呼び名はロイだけど」
「じゃ、じゃあ、あんたの母さんは、ライナって名前だったりしないかい?」
「あぁ、そんな親を持つ奴ならいたかなあ。でもね、そいつなら、とっくに死んじまったよ。そいつから、何もかも僕が取り上げた。そいつは……もう、死んだんだ」
「あんた……」
目を合わせようとしない少年──ロイに、ラーニアが手を伸ばす。
それを、すいと半身をひねる事で避け、ロイが冷めたまなざしをラーニアに注いだ。
「念のために言っておくよ、僕に親族はいない。だから、『身内に犯罪者を持つ給仕もいない』。さあ、これで気が済んだだろう? 自首したんだから丁寧に扱ってくれよな。そうすりゃいい事、教えてやるからさ」
僕の雇い主の事もね、と耳打ちしてから高みの竜を振り仰ぐ。
その青い瞳が一瞬だけ険しさを帯びて、やがて、ゆるりと疲れたように閉じられた。
※ ※ ※
「それでな、もう全部砂だったんだよ!」
寒気を忘れ去りそうな熱気の中、アニアの興奮した声が響く。その周囲には子供達がいて、全員、すっぱだかでアニアの話に聞き入っていた。
恥じらいにと持たされた布の存在さえ、全員がすっかり忘れ去っているのはご愛嬌だろう。
それぐらい、アニアの話は魅力的だった。
存分に雪で遊んで冷えた手足に、じんとしみこむ熱気が心地良い。
さらに、湯気の香りも清々しい。
アニアが興味半分で買って来た精油が、ところどころに撒かれていたからだが、まるで夏の森の中にいるようだと、知りもしないのに皆、一様にそんな感想を口にしていた。
外は祭りの終盤とあって、酒場が次々と火を灯している。
陶器の売れ行きも好調だと聞いた。これで、藁をたっぷり買う事ができるだろう。
「砂ばっかりってさ、雪はないの?」
「ないよ」
「砂だけなのか?」
「うん。ここよりずっと暑くて、ずっと乾いてるんだ」
「そりゃあアレだ、火吹竜様が生意気なナティマの連中を燃やした場所だぜきっと!」
少年の一人が目を輝かせる。けれど、アニアは同意できなかった。
それから少し考えて、アニアはぽつりとつぶやいた。
「……どうだろう」
その時の顔は、きっと途方にくれていたに違いない。
タエは優しい。けれど、そんなタエと過去の火吹竜を同じに見る人はまだまだいる。
タエの本音としては「もう戦はしたくない」だが、それを「いつでも焼き払えるから、戦を起こす必要すらない」と認識している人も少なくない。
こと、兵士やその関係者にはその傾向が強い。誇り高い竜として見たい気持ちもあるのだろう。
アニアに、それを批判する権利はない。
それでも、どうしても納得がいかないのだ。
「ごめん。ちょっと氷蜜もらってくる」
「うん。ずっと喋りっぱなしだったもんね」
何の疑いもなく納得してくれた少女に感謝しつつ、気まずさをごまかすべく外に向かう。
その途中で、令嬢専用の部屋に向かう女性達の声を聞きつけて、アニアはひっそりと笑みを浮かべた。
「人が多くてむさくるしいと思っていましたのに、意外にも素敵な香りがいたしましたのよ」
そんな一言が耳に入り、それだけで気分が晴れてくる。
敬愛する父を見習って、さらに大事な友人であるラタの国のために、立派な商人になるのが自分の夢なのだ。
趣味で買った精油が、こんな風に役立つのなら、自分の商品を見る目にも自信が持てる。
「ん、よし。親父ってがさつだからなあ、オレがしっかり選んでやんなきゃな!」
暗い気分を振り払うように言って、出口を潜り、そこでアニアは気がついた。
がさつで、後先考えないのは、何も父親だけではなかったのだと。
「あ……」
そう言えば裸だった、と皆の視線を集めてから逃げ戻ったのは、それからすぐの事だった。
※ ※ ※
「いってぇな!」
ロイの怒号が地下牢に響く。
けれど、少年を蹴飛ばした若い兵達はフンと鼻を鳴らしただけで、再び足を振り上げた。
竜に歯向かうという無礼を働いた者を、丁寧に扱ってやる理由などない。
そんな理由なのだろう。ロイがそれに舌打ちした時、ぽん、と兵の肩を叩く者がいた。
「よしなされ」
「ああ? ──って、うわっ」
不機嫌そのものの声を上げて振り返った兵が、慌てて、足を揃えて敬礼を示す。
ロイを囲んでいた他の兵士も同様だ。
「レリウス様!」
「乱暴はせぬように、と伝えたはずですぞ。竜の守護者を名乗る兵ともあろうものが、何と情けない」
眉を下げ、失望の意を滲ませるレリウスに、若者が気まずそうに視線を泳がせる。
確かに、「尋問の時まで見張っているように」というのが命令だったのだ。
ただ、この生意気な犯罪者が、あまりにも竜を悪し様に言うから堪忍袋の尾が切れただけである。
ロイが若いなら、兵もまた若い。理想を否定されて笑っていられるほど気長ではない。
「お言葉ですが、レリウス様……こいつは逆さ竜の者ですよ」
黙っていられなくなったのか、一人が嫌悪感を込めて口を開く。
それに触発されたように、他の若者が次々と続いた。
「そうですよ、何を企んでいるか知れたものじゃない」
「捕まったフリをして何をやらかすか」
「老婆を襲うような、道徳のかけらもない奴ですよ」
「さっさと始末した方が国のためです。こう言う輩は放っておくとつけあがる」
一人が二人に、二人が三人、と徐々に兵士達の気勢が増して行く。
それを真っ向から眺め、レリウスはやんわりと笑顔を作った。
「ならば、火吹竜殿に判断して頂くと言うのは?」
それは、場を静まらせるのに十分な一言だった。
「火吹竜殿なら、こやつの企みぐらい見抜けましょう。なあに、簡単な事。武器を持たせず、火吹竜殿の前まで行かせれば良いだけの話。何ぞ企んでいるなら、そこで消し炭にされるだけ。違いますかの?」
「それは…まあ……そうですね……」
竜を信じる兵にとって、竜を疑うというのは大罪に当たる。
兵の間に広がったざわつきは、やがて、納得という形で落ち着いて行った。
「では、こやつを竜の裁きにかけましょう。見張りには適任を。ここへ」
そう言ったレリウスが、扉を示す。
その言葉を待って、のそりと扉を潜ってきたディラノに目を止めて、ロイがぎょっとしたように固まった。
「よう。久しぶりか?」
からりと笑うディラノに、ロイのまなざしが鋭さを帯びる。
何が久しぶりだ、とロイが小声で毒付くと、ディラノが面白そうに笑い出した。
※ ※ ※
思えば、ほんの数日前の事だ。早朝、粉雪が舞う日の事だった。
森の一角で、ばふっ、と雪が粉となって散る。そこに転がされたロイは、きっと自分を転がした男を睨みつけていた。
「何で竜を討たないんだ! アンタが討つと言ったんだぞ! ディラノ!」
剣を手に、鋭い口調で責め立てるロイに、ディラノがばりばりと後頭部をかく。
「あー、お前が怒るだろうなとは思ってたよ」
ディラノが苦笑して肩をすくめる。その表情に「やっぱりな」という思いが現れていた。
反竜の組合は若者が多い。もっとも、組合に属していい気分になっている者が大半で、本気で竜を討とうとする者は多くない。
その「数少ない戦力」の筆頭がディラノで、ロイはそれに次ぐ行動派だ。
自分がいなくなれば、ロイが真っ先に行動するだろう。そう思ってディラノはロイを誘い出した。そして、この結果だ。
「どうして、どうして竜を許すんだよ……国の言う噂なんて、作り話に決まってるだろ」
「俺も、会うまではそう思ってたさ。けど、お前も雪崩から逃がしてもらっただろ。悔しいけど、国の通達が正しいんだよ」
「そんなはずない! あんたは騙されてるんだ! ナティマでの伝説を聞いただろう!? 竜は、いつ裏切るかわからない!」
ロイが叫ぶ。けれど、ディラノは動じなかった。
「絶対に裏切らないさ。だから、止めに来たんだ」
「止めるって……」
「長い付き合いだからな。お前の性格ぐらい判る。どう動くかの予想もな」
良くも悪くも家族だよ、と笑ったディラノに、ロイが拳を握り締めた。
「何で、何で殺さないんだよ……あんたなら簡単なはずだろ。殺す価値もないのかよ!」
「殺したら、あの優しい竜が泣く。不幸を嘆いて死にたいなら勝手にしろ。ただし、国の外でな」
「ディラノ……」
「いいから祭りを楽しんで来い。ああ、俺に対する不意打ちは歓迎するぜ。死んでやる気はないけどな」
ロイから取り上げた剣を握り、ディラノがひょいと肩をすくめる。
「死なれると、残された奴が泣くんだよ」
それは、タエからもらったかけがいのない言葉だ。かつてはディラノも、命をなげうつ事を、素晴らしいと思っていた。
英雄の子となれば、きっとアニアも喜ぶだろうと、そう単純に信じていた。
けれど、アニアが望むのは、英雄ではなく、親なのだ。それは痛いほど身に染みた。
母を亡くしてしばらく、アニアは一人で寝るのすら怖がって、ひとときもディラノから離れなかった。
だから、もう二度とそのような過ちは犯さない。甘いと言われようと、ロイは殺さない。殺せない──。
「……っ。僕達が死んでも、誰も悲しまないだろ……国賊だぞ、僕達は」
「俺が悲しむ。共に剣を競った仲間が死んで、俺が喜ぶとでも思ったのか?」
「僕達には身よりもない!」
「仲間がいる。俺にとっては、お前は仲間で、兄弟だ。そりゃあ、守るための剣は必要さ。獣から身を守るための剣ならな。けれど、伝聞を間に受けて振るう剣は悲しいだけだ。現実を直視しろ。話はそれからだ」
「ディラノ……あんた、あんた一体どうしちゃったんだよ……」
おかしいよ、とロイが声を震わせる。
「あんたは僕の憧れだった。強く、ひたむきで、真っ直ぐに生きていたのに……」
「今もそうだ。いいから頭を冷やせ。本当に守る者が出来た時、お前にも必ず俺の行動の意味が判る。だから今は祭りを楽しんで来い。ロイ」
「ふざけるな……っ」
立ち去るディラノの背を睨み、ぎちりと雪を握り潰す。
それからたっぷり五分ほど経って、ようやくロイは体を起こした。
のろのろと足を引きずりながら、祭りの音の方へ向かう。
その体を、真っ白な道が出迎えた。
左右には松明の明かり。橙を両側に並べた雪の道。
そこに風が通った途端、ほう、と不思議な音色が道に響いた。
「この音……」
聞いたことがある、と目を凝らす。
見れば、器をひっくり返したようなものが、家々の前に飾られていた。
横に穴を空けられた器。それが、風を通すたびに音を立てている。
高く低く、吹く風に甘い和音を返すそれは、どこか優しい歌声にも思えた。
溶けたつららが、下の器に落ちて、澄んだ音を響かせている。
──音の、道。
その音に包まれているうちに、目の前が滲んで来て、ロイは何度も手の甲で目をこすった。
※ ※ ※
「あれからどうしてた?」
「屋根に上がってた」
竜の元に通じる通路を歩きながら、ロイがディラノの問いに答える。
ここは二人しか通れない。だから、言葉に気を使う必要もない。
「毎晩、屋根に上がって竜を見ていたよ。伝説通りなら、目が合ったら焼き殺しに来るに違いないって」
「ヤケになったのか?」
「まさか! 襲ってきたら返り討ちにする気だったさ」
「で、結果は?」
「見ての通りだよ。生きてる」
くすくすとロイが笑う。
豪胆な兄貴を慕う、無邪気な弟分にも似た笑顔だ。
それを見て今度はディラノが渋面になった。ようやく、ロイの魂胆が知れたのだ。
「お前、もしかしてわざと捕まったのか?」
「あ、気がついた?」
「今さらだけどな。おおかた、俺に戻る気がない事が明らかになって、組合内部に焦りが生まれたんだろ」
「うん。少しでも早く竜を討て、って雰囲気になった。でも、そんな事したら全滅だろ?」
相手が竜にしろ、国の勢力にしろ、正面切って戦えば勝敗は明らかだ。
仮に全員が逮捕されたとしても、ささやかなプライドに縋って自決する者が出かねない。
「僕にとっての家族は組合だ。周囲がどう見ていようとね。だから、無駄死になんて絶対にさせない。例え相手が国でも竜でも、シシリでもナティマでも、僕の家族は殺させない。これは僕の意地。僕のプライド。もしも僕まで竜の側についたら、自分の悪事が筒抜けになる事を恐れたパトロン達が何をするか知れたもんじゃないだろう? 最悪、口封じに巻き込まれる可能性だってある」
「だから、あえて一人で捕虜になったわけか?」
「うん。だから僕は、これからも竜の反逆者だ。そうすれば兵の怒りは僕に向き続けるし、組合の連中も僕が人質になっていると思えば下手な事はしない。この先どうするかは、これから考えてみるさ」
「タチの悪い悪女みたいな真似だな。俺を様付けで呼んでた敬虔さはどこに行った?」
「そんなもん、あんたが組合を裏切った時点で破り捨てたよ。あ、そうだ。旅に出るなら気をつけて? パトロン達があんたに目をつけてる」
「ご忠告ありがとうよ。アニアが巻き込まれないように気をつけるさ」
にや、と笑ってディラノが塔の外に通じる扉を押し開ける。
途端に見えた巨竜にロイがごくりと喉を鳴らすと、ぐいと頭を下げてきた竜が、牙だらけの口をゆったりと開いた。
生ぬるい息がロイにかかる。思わずロイが一歩を引くと、竜がすっとその目を細めた。
「あら、あら。はじめまして、屋根の上の御方よね。あの時、『危ない!』って叫ぼうとして吠えてしまったけれど、驚いたのではないかしら。ねえ、お怪我はありません?」
迫力ある顔とは釣り合わない、のんびりとしたタエの声。
それを受け、ぽかんと間抜けな顔になったロイの隣で、ディラノが豪快に笑い出した。




